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rev4-5 想いを巡らして

 賑やかな場所だった。


 様々な料理がテーブルに所狭しと置かれ、その料理を誰もが会食形式で食べていた。


(……見覚えのあるものばっかりだなぁ)


 アンジュとイリアがテーブルに並んでいる料理の数々を、次々に取り皿へと盛っている。アンジュはともかく、イリアであれば見慣れているんじゃないかと思ったが、どうやらイリアはあまり「ベヒリア」には来ていなかったようだ。


 曰く「ベヒリア」の担当はアリアだったらしい。というか、「聖大陸」に関しては基本アリアとアルトリアがメインで担当していたようだ。


 もっとも「魔大陸」のように各国にちょっかいを出すというわけではなく、単純に各国の王や上位層に顔を売り誼を通じることが主目的らしい。イリアもいくらか顔は売っていたけれど、彼女はどちらかと言えば、「魔大陸」をメインに活動しており、「聖大陸」にはそこまで入り浸ってはいなかったそうだった。


 だから「聖大陸」の各国の基本的な知識はあれど、各国についてそこまで深く知っているわけではないようだ。現にアリシア陛下が用意してくださった逸品に舌鼓を打っては、取り皿に次々にと盛っている。普段のイリアからは想像もできない姿であり、新鮮だなと思う。


 アンジュに関しては、「ベヒリア」の料理が肌に合うようなのか、どう見ても激辛としか思えない、いっそ殺人的とも言える色合いの料理さえも平然と取り皿によそい、平然と平らげていた。


(……考えてみれば、「獅子の王国」の料理とわりと似ているもんな、ここの料理って)


 アンジュの祖国である「獅子の王国」は、国土の至る部分からマグマが溢れるとんでもない土地だ。だからか、基本的にあの国では辛い料理が多い。しかもその見た目は中華料理のそれだ。


 そしてそれは「ベヒリア」料理も同じだ。むしろ、「ベヒリア」の方が中華という感じが強い。なにせ身に付けているのは、伝統的な漢服に近しいものなのだから、余計に中華というか、中国に来ているような雰囲気だ。国土に長大な大河と無数の山脈を抱えるところも一層そのイメージを加速させてくれている。


「ルリ殿、想像以上にイケる口じゃないか」


「女王陛下殿もなかなかではないか」


「かっかっか! 国を預かる身なんだ。このくらいの酒で酔っていたら、王なんざ務まらんさ!」


「それとこれとは話が別な気もするが、まぁ、酒に酔っていたら海千山千の連中を相手取るのは難しいかもしれんが」


「そうさ。腹に一物抱えた連中を相手取るっていうのに、酒なんぞで酔っていたらまともに相手なんてできやしねえさ」


「ほう? だが、我もそれなりには抱えているが?」


「はっ! んなもん、誰だってそうだろう? この世界のどこに腹に一物も抱えてねえ奴がいるってんだ? 聖人だのなんだのと呼ばれる連中だって一皮剥けば誰だって同じで、欲望塗れってもんさ。ただ、その欲望を抑えていられるか、もしくはその欲望が誰かのためになっているかって奴らを聖人って呼んでいるだけだよ」


「まぁ、たしかにその通りではあるか」


「だろう? なにせ、俺みてぇな奴だって世論では聖人君子って言われるくらいだ。俺は自分のために政をしている。この国を豊かにしたい。豊かにすれば旨いもんも誰だって食べられるし、旨い酒だって飲めるようになれる。俺は俺の欲望のために生きているのさ。」


「まったく女王陛下殿は名君であらせられるな」


「かかか! 世辞はよせ! 酒がまずくなる」


「そうだな。では、世辞抜きで付き合って戴こうか」


「いいねぇ。じゃ秘蔵の酒をごちそうしようじゃないか」


「ほう、いただこうか」


「よし、待ってなぁ」


 中国風ではあっても、酒飲みという人種は、各国共通なのかもしれない。ルリとアリシア陛下のやり取りを見ていると、酒飲みに国境は関係ないんだなぁというのがよくわかる。


 しかも、そのやり取りの中でなんとも言えない内容が飛び出してくるんだから。右大臣殿がお腹を痛そうに擦っているのを見る限り、世論でのアリシア陛下像というのは、だいぶ情報操作された結果のものなのかもしれない。


 まぁ、情報操作しなくても、アリシア陛下の人柄であれば問題はないようにも思えるけれど。……国王としてはどうかと思う発言が多いのも事実ではあるが、それもまたアリシア陛下の魅力のひとつなのかもしれない。


 少なくとも右大臣殿はああしてお腹を擦ってでも、アリシア陛下のために尽力するのは、右大臣殿がそれほどまでにアリシア陛下に心酔しているというなによりもの証拠だった。


 アリシア陛下は言うなれば、欲望の王ではあるけれど、その欲望はご本人の言葉通り、「国を豊かにしたい」という想いが根底にあるからこそだ。決して「自分だけが豊かになりたい」というわけではなく、「国ごと豊かにしたい」という想いがあってこそだった。


(……まさに女傑ってところか)


 誤解はされやすいだろう。でも、その誤解さえもあっけらかんと受け止め、自身の目指す場所へと邁進するのがアリシア陛下のあり方なんだろう。それもまた王という超越者のあり方のひとつなんだろう。


「……ばぅ~」


 アリシア陛下のあり方に想いを廻らしていると、腕の中から健やかな寝息が聞こえてきた。

 ベティが俺の腕の中で眠っていた。


 少し前までははしゃいでいたのだけど、疲れてしまったみたいで、すっかりと夢の中に旅立ってしまっている。


 そんなベティを抱きかかえながら、俺はひとり会場の端っこでぼやんりとしている。


「ベヒリア」に来たのは、「アヴァンシア」の先王陛下からの書状を届けるため。まぁ、いまはルクレとの新婚旅行も兼ねているわけだけども。なんだかんだで「リヴァイアクス」が「対ルシフェニア連合」に参戦してくれたいま、残すはこの「ベヒリア」のみ。


「リヴァイアクス」と「ベヒリア」は「聖大陸」における二大軍事国家だ。その二国が連合に参戦してくれるのであれば、これほど心強いこともない。……欲を言えば、ここに「魔大陸」のどこかの国も参戦してくれるのであれば、より精強な連合軍になるのだけど、それは敵わないことだ。


 なにせ、連合には俺がいるからだ。俺は「魔大陸」ではお尋ね者だ。「聖大陸」にも俺の手配書は広まっているけれど、いまの俺と以前の俺は別人のようになっている。だから、手配書を見て俺をお尋ね者として捕まえようなんて奴はいまのところいなかった。


 ただ、それはすべて「聖大陸」にいるからだ。


「魔大陸」に行けば、きっとすぐに俺の正体は気づかれることになる。


「魔大陸」の玄関口である「蛇の王国」の王が、彼女が俺を見間違えるわけがない。


 どんなに変装をしようとも、魔力の波長事態が変わっていようとも、彼女であれば確実に俺を察知する。彼女は、レアはそういう人だ。そして俺を見つけたら今度は確実に俺の命を奪うだろう。


 愛憎。いまのレアが俺に向けるのはそれだろう。愛するがゆえに憎む。それだけのことを俺は彼女にしてしまったということ。具体的になにをと言われると答えようがない。彼女を軽んじたことはない。でも、結果的に、彼女からしてみれば俺の有り様は彼女を軽んじていたのかもしれない。命を狙われるほどの憎悪を向けられてしまうのも仕方がないくらいに。


(……いまさら命が惜しいと言うわけじゃないけど)


 命は惜しくない。


 この世界を破壊できるのであれば、くそったれな世界を壊し尽くすことができるのであれば、この命なんていくらでも捧げよう。


 だけど、それまではどうにか生きていたい。生きていたいが、彼女が俺を見逃すことはないだろう。


 だから、「魔大陸」には行くことはできない。


「魔大陸」に行くことは、つまり死地に赴くということだ。


 命は惜しくない。


 でも、まだ捨てる気はない。


 その要因のひとつとして、ベティの存在がある。


 ベティはもう俺がいなくても大丈夫だとは思う。


 ベティには家族ができた。


 喪った家族の代わりになれる家族ができたんだ。


 俺もその家族のひとりではあるけれど、頼りになる「おかーさん」がいるんだ。


 死に損ないの「おとーさん」なんてもう必要ではない。


 それでも、こうしてベティに甘えられていると、「もっとこの子と一緒にいたい」って気持ちが沸き起こっていく。


 血の繋がりなんてない。それどころか、種族そのものが違っている。


 それでも、俺にとってベティは娘であり、ベティにとって俺はおとーさんなんだ。


 おとーさんとして、この子を見守っていたい。


 でも、それができる時間は日に日に減っていく。


 共にいられる日々が残り少なくなっていく。


 それは当たり前のことだ。


 でも、その当たり前が、とても悲しかった。


 その悲しみをただ受け入れることしか俺にできることはな──。


「だーれーだ」


 ──ないと思っていたそのとき。不意に視界が塞がれてしまった。


 憶えのあるぬくもりと香りだった。


 間違えるはずのないふたつに、俺は苦笑いしながら答えを口にしてあげた。


「ん~。そうだなぁ。プーレかなぁ? あぁ、でも、プーレはいまここにいないからなぁ」


「……旦那様。わざとですか?」


「さて? なんのことやら」


「……意地悪なのは、伽のときだけでいいのですけど」


 ぼそりとなんとも言えないことを言われてしまった。


 いまのところ近くには誰もいないし、ルクレの声も小さかったから誰にも聞こえなかっただろうけれど、あ、いや、待て。ルリには聞こえるか。まぁ、ルリだったら呆れるだけだろうから問題ないだろうけど。……ただ、代償に酒代がとんでもないことになるんだけどね。


「……いま、違う女性のこと考えました?」


「わかるの?」


「……わかります。最愛の人のことですもの」


 俺の視界を塞ぎながら、彼女はとんと俺の背中に額を当てた。


 背中側にいるし、物理的にも視界が塞がれている事も相まって、二重に彼女の顔を見ることはできない。できないのが少しだけ残念だった。ヤキモチを妬く彼女の顔が見られないのが残念でならない。


「そう、俺も愛しているよ、ルクレ」


「……旦那様は、本当にもう」


 ルクレの手が下がっていき、俺を後ろから抱きしめるような形になった。顔が見たいなと思うけれど、言ったところで見せてくれるルクレじゃなかった。


「ごめんね。俺はこういう奴だからさ」


「……知っております。知ったうえで、あなたを愛しているのですから」


 ルクレの言葉が心地よかった。


 その声も、その想いも、その有り様もすべてが愛おしい。


 愛おしさを抱きながら、そっと彼女の手に触れようとした。


「……ふぅむ。部屋を早めに用意しようか? 婿殿」


 ルクレの手に触れるかどうかというところでアリシア陛下の声が聞こえた。慌てて顔をあげると、すぐそばでニヤニヤと笑うアリシア陛下がおられた。


「あ、アリシア陛下?」


「端っこでこそこそとなにをしているかと思えば。若いってのはいいもんだ。よぉし、とびきりの部屋を用意しようじゃないか。だからそこで早速しっぽりと──」


「……しませんから」


「遠慮しなくていいんだぜ?」


「遠慮じゃないですから」


「そうかい? まぁ、いいか」


 そう言ってアリシア陛下は喉の奥を鳴らすようにして笑っていた。笑いながら、どこからか持ち込んできた椅子を俺の隣に運んでそこに腰掛けていた。手には「酒」と書かれた壺があった。


「ルリ殿と呑むのもいいが、そういえば、婿殿と杯を交わしてねえなと思ってな。こうして秘蔵の酒を持ち込んだってわけよ」


 そう言って、ぐいっと酒壺を俺に手渡してくるアリシア陛下。杯を交わすとか言いながら、肝心の杯はない。できるとすれば直飲みをし合うっていう程度だった。ただ、さすがに女王陛下ともあろう方が、壺から直飲みなんてするわけが──。


「おっと、まずは俺からした方がいいか。これが「ベヒリア」流ってな」


 ──するわけがないと思っていたが、アリシア陛下は俺に手渡してきた酒壺をかっさらうと一気に呷った。零れた酒が口元を濡らしていく。


「……ってな具合だ。そら」


 ある程度呑んだ後に、アリシア陛下はまた酒壺を俺に手渡してくる。


 酒は酒精の弱いものくらいしか呑んでこなかった。せいぜいが、プーレとゼーレさんの墓前に行ったときくらいか。


 だが、アリシア陛下のそれは酒精が弱いなんてとてもじゃないけれど言えない。ゼーレさんに呑まされたのよりも数段は強いだろう。なにせ、ゼーレさんのときよりも強い酒の香りがする。だけど、その一方で香しくもある。


 若干躊躇したが、「まぁいいか」と思い、アリシア陛下に倣って壺を傾ける。喉が焼けただれるんじゃないかと思えるくらいに、とても熱いものが喉に流れ込んでいく。でも、嫌いではないと思った。


 そうして呑める分だけ呑んだ後に、壺をアリシア陛下に渡すと、アリシア陛下はおかしそうに笑っていた。


「いい呑みっぷりだ。気に入ったぜ、婿殿」


「……それは、どうも」


「かっかっか! これだけ強い酒は初めてかい?」


「……ここまで強くはなかったですが、一度だけ」


「なるほどなるほど。その割には思い切りがいい。さすがは、彼の「才媛」殿だ」


 酒精のせいで熱くなっていた体が、一瞬で冷え込んだようだった。


 言ったつもりはなかったし、そう簡単に見分けが付くとは思ってもいなかった。


 まぁ、ルクレには気づかれていたが、ルクレの場合はリヴァイアサン様がバックにいたからこそだった。


 だが、アリシア陛下にはその手の影はない。あるとすれば、ベヒモス様くらいか。だが、俺はベヒモス様に会ったことはない。でも、相手は神獣様だし、俺の正体なんて一目で看破できるだろう。……あくまでも俺と会っていればだけども。


 でも、俺はベヒモス様とは会ったことがない。さすがの神獣様でも出会ったことのない相手を看破することはできないはずだ。


 ならどうやって俺の正体を看破できたのだろうか。


 アリシア陛下の底知れなさに背筋が寒くなっていくのを感じていると──。


「あぁ、安心しな。婿殿の正体は俺だけが知っている。世話役殿に教えて貰っただけだ」


 ──アリシア陛下がそう口にした。


 世話役殿。


 その言葉の意味がなんであるのか。


 すぐには理解できなかった。


 でも、しばらくして思い出すことができた。世話役という存在で思い当たる人物のことを。


「……アスランさんですか?」


「あぁ。彼女に婿殿の正体は教えて貰ったよ」


 アリシア陛下は俺をまっすぐに見つめながら、はっきりと答えを口にした。

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