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rev4-3 女傑

 ファラン少佐とその部隊に案内兼護衛をされながら、私たちは「ベヒリア」の首都であるリアスの中を練り歩きました。


 リアスの街中は、一面の茶褐色でした。最奥にある王城以外はすべて茶褐色のレンガによって構成されていました。


 ただ王城以外はすべて同じ種類のレンガであるからか、住民以外には見分けがつきそうにはありませんでした。


 ファラン少佐は時折「あそこの食堂は安くて美味しい」とか、「あの商店は品揃えがいい」と教えてくれましたけど、指を差されても正直どこの店のことを言っているのかは、一目ではわかりませんでした。


 外装に若干の違いがあるだけど、全部同じ建物にしか私には思えなかったのです。


 まぁ、それは私だけではなく、レンさんやベティちゃんも同じでしたけどね。プロキオンちゃんやルクレティア陛下たちは来たことがあるからか見分けが一応は付くようです。あくまでも一応であり、完全に見分けがつくわけではないようでしたが。


 それくらいにややこしい外観のリアスの街でしたが、驚くことはもうひとつありまして、それが洞窟の中とは思えないほどに明るいということです。


 とはいえ、日差しが差し込んでいるというわけではなく、大きな光の球のようなものが街の中央の天井付近にあって、その球が疑似的な日光となっていたのです。


 その光の球はリアス全体を明るく照らしており、それは街の郊外といえども例外ではありませんでした。


 もっと言うと郊外どころか、入り口のあの大きな裂け目まで、その光は届いていたのです。

 最初はどこからか日の光が差し込んでいるのかなと思っていたのですが、まさか中央にある光の球からのものだとは思いませんでした。


 ファラン少佐曰く「擬似的な太陽であり、「ベヒリア」の街や村には大小の差はあれど、必ずあるものだ」ということでした。加えて「リアスのあれは「ベヒリア」国内で最大の大きさである」とも。


 いったいどうやって、あんな大きな球が作り出したのだろうかとファラン少佐に尋ねてみましたけど、少佐も詳しいことはわからないそうです。


 曰く、「あれはベヒモス様から下賜されたものである」ということでした。


 なんでも、初代国王陛下がベヒモス様から下賜されたものをそのまま利用しているということでした。


 ただ、下賜されたのは、リアスにあるものであり、ほかの街や村にあるものは、下賜されたものを量産したものだということらしいです。


 らしいというのは、ファラン少佐はそれ以上のことは知らないようでした。


 あくまでも、あの光の球の由来と、ほかの街の球はリアスのそれの模造品であるということだけ。その製造方法はわからないそうです。当然、その仕組みも知らないようでして、「あれだけの強い光をどうやって年中放出しているのか」ということもわかっていませんでした。


「……あれだけの光を日中ずっと放てる理由があるのでしょうけど、言われるまで特に不思議には思いませんでしたね」


 ファラン少佐はそう言って首を傾げていました。


 私のように外から来た人間にしてみれば、あの光の球の仕組みとかは非常に気にはなりますが、産まれも育ちも「ベヒリア」の人にしてみれば、そこにあるのが当たり前すぎて、疑問に思うことがなかったのでしょう。


「アヴァンシア」の国内になぜ雪がこんなにもあるのかと言われるようなもので、「ベヒリア」の国民にとってみれば、あの光の球はあって当然のものとしか思えないのでしょう。


 光の球の話題については、それで終わりました。


 ただ、話題は終わりましたが、話している最中ずっとプロキオンちゃんは、光の球をじっと眺めていましたけど。いや、眺めるというか、睨んでいるという方が正しいのかもしれません。それほどにプロキオンちゃんの視線は鋭かったし、ひどく顔を顰めていたのです。


 いったいどうしたのだろうと思いましたが、結局その場で聞くことは叶わず、私たちはそのままファラン少佐に護衛されながら、リアスの王城へとたどり着いたのです。

 

 リアスの王城はリアスの街の中で唯一茶褐色ではなく、一般的に想像するお城。いわば白亜の城で、非常に目立っていて、遠目からでも「あ、あれがお城か」とわかるくらいです。


 なにせ、ほかはすべて茶褐色の中、唯一真っ白な建物があるのです。しかもその建物は誰もが想像するようなお城然としているのですから、それが王城だというのは誰の目から見ても明らかでした。


 そのお城の内部に私たちはいまいます。正確には謁見の間にまで通されていました。それもやはりルクレティア陛下がおられるからこそでしょうね。でなければ、ひとつの部隊を任せられている方が案内役にされるわけがないのです。


 ちなみに、ファラン少佐とその麾下の方々とは、お城にたどり着いてすぐにお別れとなりました。


 ファラン少佐が担ったのは、あくまでもお城までの道中の案内でしたからね。お城の内部は別の方が案内してくださいました。


 その方は老齢の女官さんであり、髪の毛はところどころに黒が交じっていますが、ほぼ真っ白でした。お顔立ちも整ってはいますが、深い皺が刻み込まれており、長い年月を生きてこられたというのが一目でわかるほどでした。


 その方は私たちの到着を待っていたかのように、お城の入り口に立たれていました。身に付けられていたのはそれまで見たことがないもので、一枚の大きな生地を羽織り、その左右を正面で合わせて着るというものでした。


 それは街中を行き来する人たちも同じような服を着ていましたので、「ベヒリア」の国民服というべきものなのでしょう。ただ、その女性が身に付けておられたのは、街中を行き来する人たちのそれよりも上質なものでしたが、派手ではなく質素なものです。


 たぶん、お城に務められる方の制服なのかもしれません。ファラン少佐の軍服とはデザインそのものが違いまが、武官と文官の違いがはっきりとわかるものでした。


 その老齢の女性はファラン少佐に案内された私たちを見て、右拳を左手で覆いながら一礼されました。


「ようこそ、リアスへ。歓迎いたします」


 女性の言葉に合わせて、守衛であった兵士さんも同じように一礼されていました。そんな女性にルクレティア陛下はおかしそうに笑っておられました。


「ご歓迎の意、ありがたく頂戴いたします」


「ファラン少佐。ご苦労様でした。後は私が」


「は! では失礼いたします!」


 ファラン少佐は背筋をピンと伸ばして敬礼をされると、私たちに黙礼をされてから麾下の方々とともに離れて行かれました。


 道中は少しフランクなところもあったファラン少佐でしたが、やはり真面目な軍人さんであるからなのか、女性との応対はとてもきっちりとしていました。


 そんなファラン少佐たちが見えなくなるまで見送った後、女性は「では、謁見の間までご案内いたしましょう」と笑いながら先導してくださったのです。


 ルクレティア陛下は、どういうわけか、おかしそうに笑っていましたが、女性に「お願いいたします」と一礼されていました。その反応からして女性とは顔見知りなのかなと思いつつ、私たちは女性に先導されるまま、リアスの王城内を進み、謁見の間にとたどり着いたのです。


 そう、たどり着いたのですが、そこで問題が生じたのです。


「……あれ?」


 謁見の間にたどり着いたのはいいのですが、不思議なことに謁見の間の玉座には誰も座っておられなかったのです。


 玉座の周囲には位の高そうな文官さんがふたり、玉座を挟む形で左右に立っておられました。右側が眼鏡をかけた若い方、左側はモノクルをかけた年配の方でした。ほかの方は壁際に等間隔で並ばれた護衛の兵士さん方くらい。


 肝心の国王陛下のお姿はどこにもなかったのです。


(……国王陛下はおられないのかな?)


 謁見の間でなかったら、確実に声に出していたでしょうが、さすがに謁見の間で許しもなく声を出すことはできなかったのです。そう、あくまでも私は。


「ばぅ? ねぇねぇ、おばあちゃん、こくおーさまいないよ?」


 その言葉を発したのはベティちゃんでした。なお、おばあちゃんというのは、案内をされた女性のことです。案内してもらっている最中にベティちゃんが女性に懐いてしまい、「おばあちゃん」呼びをし、女性も「構いませんよ」と認可してくださったんのです。


 とはいえ、場所が場所なので、「ダメですよ、ベティちゃん」と私は慌ててベティちゃんの口を塞ごうとしたのですが、右側の若い文官の方がベティちゃんの言葉に顔を真っ赤にされたのです。


「い、いまなんと」


「ばぅ? おばあちゃんなの」


「お、おばあ!? あ、あなたはなにを」


「私の愛娘がなにか落ち度でも? 右大臣殿?」


 いまにも詰め寄ってきそうな若い文官さんに、ルクレティア陛下がにこやかに笑われました。どうやら若い文官は右大臣様だったようです。ということは──。


「ま、愛娘? そちらの少女がですか?」


「左様ですが? なにか問題がございますか? 左大臣殿はどう思われますか?」


 そう言って、ルクレティア陛下はもうひとりの年配の方にお声を掛けられました。


「……いえ、問題はないかと。ルクレティア陛下」


「そうですよね。この子は私のかわいい愛娘です。そこになんの問題もないですよね?」


「……はい。問題ございませぬ。そうだな?」


 年配の方こと左大臣様は右大臣様に目配せをされました。その視線に右大臣様は「は、はい」と背筋を伸ばして頷かれました。同じ大臣様ではあるけれど、やり取りを見る限り左大臣様の方が立場的には上のようでした。単純に年功序列ということかもしれませんが。


 そんな両大臣とルクレティア陛下のやり取りを眺めていて、不意に件の女性が私たちから離れていることに気づきました。


 でも、離れていることは離れていたのですが、それは脇に控えるとかいうことではなく、なぜか玉座に向かって進まれているのです。


 いったいどうしたのだろうと思っていると、その女性は喉の奥を鳴らすように笑いながら、両大臣様の間を通られました。その際、右大臣様の肩をぽんと叩かれました。


「修行不足だな? 親父殿をもうちっと見習え。堅物なのもいいが、柔軟になれや」


「は、はぁ」


「まぁ、そういう直情的なところもおまえの長所ではあるがね。ただ、噛みつくなら、ちっとは周囲に目を配れ。じゃねえと火傷するぜ?」


「……はい。承知いたしました」


「そういうところが堅物って言っていんだろうが。まぁ、いいか。いきなりおまえが堅物じゃなくなったって言われても、「悪いもんでも喰ったか?」って心配するしな」


 女性はそれまでの態度を崩して、横柄な態度を取ったまま、玉座の前に向かい、ゆっくりと踵を返すと、「よっこらっしょ」と声を上げて玉座に腰を掛けられたのです。


 その光景に私は「……はい?」と首を傾げました。


 あまりにもあんまりな光景すぎて、状況がまるで飲み込めなかったのです。レンさんも若干唖然とされていましたが、「……やっぱりかぁ」とため息を吐かれました。そのため息に女性はにやりと口元を歪められると──。


「ほう? 俺の正体に気づいていたか。かっかっか! ルクレから嫁入りしたって連絡が来たときには、「そこらの青二才じゃ認めねえぞ?」と思っていたが、なるほどなるほど、見所のある嬢ちゃんじゃないか! 気に入ったぜ! よし、ルクレと子をなすことを認めようじゃないか!」


 ──なんてことを宣われましたのです。あまりにもな言葉に私がまた言葉を失っているとルクレティア陛下が小さくため息を吐かれてから一言──。


「なんで旦那様との間に子をなすことの許可を、あなたにいただかなければならないのですか? アリシア陛下」


「あぁ? 決まっているだろうが。俺がおまえの保護者だからだ!」


「……アリシア陛下の庇護下になった憶えはありませんけど?」


「そりゃそうだな。なにせ俺が勝手に決めたことだからな! だから諦めろ。かっかっかっか!」


「……相変わらず、身勝手なお方ですこと」


「そういう性分だからなぁ!」


 女性とルクレティア陛下のやり取りは、衝撃的すぎて、右から左に流れていきました。内容は理解できるのに、内容を理解したくなかったのです。


 でも、どれほど理解したくなくても現実は変わりません。悲しいくらいに変わってくれないのです。


「さて、ルクレが暴露しちまったが、自己紹介と行こう。俺の名はアリシア・フォン・ベヒリア。この国の王をさせもらっている。よろしく頼むぜ、婿殿一行よ」


 再び高笑いをしながら、女性ことアリシア陛下はよく通る声で自己紹介されるのでした。

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