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Act0-17 出立の宴

 ラースさんの言い分はもっともだった。出資する金は、ただで手に入るわけじゃない。自分の懐にあるものを出してくれるんだ。つまりは身銭を切るんだ。その分きちんと相手を見極める必要がある。渡した金をもって、とんずらされたら目も当てられないし、その金を無駄に浪費するだけで終わってしまうには、一千枚の金貨は高すぎる。だからこそ俺の価値を示せ、というのは納得できる話だった。問題があるとすれば──。


「どうやって価値を示せばいいでしょうか?」


 そう、価値を示せと一言で言われても、どう示せばいいのか、俺には思いつかなかった。エンヴィーさんみたく、スタイルのいい美人であれば、やりようはあるかもしれないけれど、俺みたいなちんちくりんじゃ、その方法は無理だろう。


「そうだな。まぁ、体で稼いでもらうとしようか」


「え? ラースさんって俺みたいなちんちくりんな」


「誰がそのようなことを申したか。そうではなく、冒険者として稼いでもらうということだ。冒険者を相手に稼ぐのであれば、なによりもその冒険者のことを知らなくてはならぬ。違うか?」


「それは、そのとおりです」


 冒険者を相手にするのであれば、相手のことを知らなければどうしようもない。真夏の砂浜で味噌煮込みうどんなんて出しても売れないように、冒険者を相手にするのであれば、冒険者が求めるものを知らなければ、いくら金をかけたところで、儲けなんて出るわけもない。


「ゆえにそなたには一か月冒険者として生活してもらおう。そして冒険者として一か月で稼げるだけ稼いでもらおう。ただ金額は決めさせてもらおう。一か月ぐーたらして、最終日に銅貨数枚稼ぎました、では出資などしたくもない」


「それは、そうですね。じゃあ、いくらを」


「そうだのう。さきほど話に出たBランク冒険者の年間の稼ぎが、だいたい百枚であったな。ならば、その一か月分。ふむ、金貨十枚ほどかな?」


 難しいとも簡単とも言えない金額だった。いやどちらかといえば難しいか。Bランクの冒険者の平均年収が金貨百枚。それを十二で割れば、約八枚だけど、実際は常に金貨八枚を稼げるというわけじゃないだろう。金額が前後するのはあるだろうし、ときには百枚を割る年だってあるはずだし、一年中常に働いているわけでもないだろう。仮に二か月くらいは休みやら移動で費やされるとして、実際の労働は十か月ほどと仮定すると、ひと月金貨十枚っていうのが、Bランク冒険者の実際の稼ぎってところなのかもしれない。

 でもそれはあくまでもBランク冒険者だからできることだった。俺はまだ冒険者にもなっていない。そんな俺が金貨十枚。どう考えても無理だ。勇ちゃんさんも同意見なのか、批難するような目でラースさんを見つめていた。


「ドラっち。さすがに金貨十枚を冒険者でもない子が稼ぐのは」


「無謀か? だがな、勇ちゃん。金貨十枚を一か月で稼ぐというのは、最低ラインだぞ?」


「最低ライン?」


「ああ、金貨十枚を一か月で稼げるのであれば、年百枚は稼げる可能性がある。そしてそれを十年続けらられば、金貨一千枚だ。むろん、きっかり十年というのは無理だろう。さまざまなことに金はかかるのだ。だが、それを続けられるのであれば、金貨一千枚を稼ぐのは無理ではなくなる。そしてそれを元手にすることもできる。たとえギルドのようなものを設立し、それが軌道に乗らず、失敗したとしても、それを糧にし、新たな方法を実現させられる元手になるのだ。そもそもカレン殿は星金貨一千枚を稼ぐのだ。金貨十枚を自分で稼げぬものが、星金貨一千枚を稼ぐことなどできるわけもなかろう」


 そう言って、勇ちゃんさんを見つめるラースさんは、真剣な顔をしていた。その顔を見て、この人は本当にずるい人だと思った。そこまで言われたら、条件を緩くしてほしいだなんて、とてもではないけれど言えなかった。


「……わかりました。その条件でいいです」


「カレンちゃん。本当にそれでいいのかい?」


「難しいってのはわかっています。でも最終目標は、ギルドを設立することじゃない。俺の目標は元の世界に帰ることなんです。なら、金貨十枚を一か月で稼ぐくらい、こなしてみせないとかっこがつかないですよ」


「相当に厳しいよ? それでもいいの?」


「星金貨一千枚を稼ぐのと、どっちが厳しいですか?」


「それは」


「言うまでもないですよね? ならやるだけです。勇ちゃんさんのお気遣いには感謝しますけど」


「……敬語じゃなくていいよ。同い年って言っただろう? さん付けもいらないよ」


「じゃあ、勇ちゃんでいいかな?」


「ああ、それでいい。ただ人前では」


「アルクさんか、アルクさまかな?」


「ん~、アルクでいいかな」


「了解、勇ちゃん」


 勇ちゃんさん、もとい、勇ちゃんに向かって、見様見真似の敬礼をしてみた。勇ちゃんは、なんでそこで敬礼するのかな、と呆れた。でも、なんだか楽しそうに笑ってもいた。自然と俺も笑っていた。


「では、明日よりカレン殿には、「蛇の王国」に向かってもらおう。今宵はその宴にすることとしよう。護衛にはそうだな、勇ちゃん、就いてもらってもよいか?」


「構わないよ、ドラっち」


「そうか。すまぬな。エンヴィー。そなたも用事が終わったら」


「はい。国でおふたりをお待ちしています。期間は、カレンちゃんがわが国にきて、私のもとに来てから、でよろしいでしょうか?」


「ああ、さすがに明日より、一か月ではかわいそうだしな」


 ラースさんは、まるで最初からそのつもりだったかのように、次々と俺についてのことを決めていった。その迷いのなさは、本当は俺がギルドを設立する、というのを最初からわかっていたかのようだった。さすがにそれはないとは思いたいけれど、魔族の王様なんてやる人なんだから、ありえそうだった。


「それでは、また乾杯としようか。我らが新しい友になるかもしれぬ、カレン殿のよりよい明日を祈って、乾杯」


 ラースさんの言葉に、部屋にいた全員が笑いながら、それぞれが持っていた杯を掲げた。逃げ場をふさがれているようにも思えるけれど、どうせやることなんてない。ならば、お膳立てをしてもらったことを、全力でやるのも悪くはない。そう思いながら、俺はその辺にあった杯を掲げていた。絶対にやり抜いてみせる。そんな決意を秘めていた。それがいまから一週間前のことだった。

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