rev3-Ex-4 スカイディアの願い
『いまから、遠い遠い昔。この世界には一柱の神様がいたの』
培養液に浸かりながら、シリウスちゃんが語ってくれるのは、この世界の遠い昔の話。この世界でいう神話よりもはるかに昔の話だった。
『それが母神様?』
『ううん、違う。創世の神話においては、人の世で語られる神話においては、たしかにこの世界の神は一柱しかいない。一般的にはそれが母神スカイストと呼ばれているの』
『……一般的に、っていうと、実際は異なるってこと?』
シリウスちゃんの言葉から察するに、その一柱の神様とやらは一般的には母神様ってことになっているようだけど、実際は違い、別の神様がいたってことになる。そのままのことを伝えると、シリウスちゃんは「正解」と言って続けてくれた。
『その一柱の神様はこの世界とともに産まれた。その力はまさに全知全能だったらしいよ。まだ混沌としたものしかなかった、この世界を盟友とともに創っていったの』
『……盟友って?』
『私も詳しくはわからないんだけど、エルなんとかいう神様らしいよ?』
『……つまり、神様が二柱いたってこと? おかしくないかな?』
いきなり話が矛盾してしまう。
さっきは一柱の神様がいたってはずだった。それなのに、いきなり盟友とか言う神様が登場するっていうのはどういうことなんだろうか。そもそも名前が中途半端にしかわからないっていうのもよくわからない。
『ううん、おかしくはないの。だって、そのエルなんとかって神様は別の世界の神様だったから。その神様はここの隣の世界の創世神だったの。なんでも「お隣さんのよしみ」ってことで、この世界の創世を手伝ってくれたってことだよ』
『……え? なに、そのご近所さん的なノリ? 神様の間でもそんなノリって大丈夫なの?』
話を聞いているだけだったのに、顔がひきつりそうになってしまった。「お隣さんのよしみ」ってことは知っている。ご近所さん同士でよくある話だけど、それが神様同士でも痛痒するっていうのは戦慄しかない。むしろ、そんなノリで世界を創世するって大丈夫なのかな。
『……私も同じ意見だけど、実際にそういうノリだったみたいだから仕方がないの。神様っていうのはそういう存在だとしか思うしかないよ』
『えー』
創世の神話よりもはるか昔の話だったはずなのに、神秘とロマン溢れる話だったはずなのに、いきなりご近所さんとの井戸端会議みたいな雰囲気になってしまった。実際、神様的な井戸端会議を経てこの世界は創られたってことだし、そういうものだと思うしかないのかもしれない。
『とにかく。そのエルなんとかというよその神様と一緒に、その神様はこの世界を創って行ったんだ』
『……じゃあ、その人が本当の母神様ってこと?』
『ううん。その神様が最初に創ったのは、自分の代理となる神様だった。それが母神。そして母神はその神様の代わりにこの世界を創っていったの』
『……あれ? また矛盾しているよ? だってさっきは』
『うん。その神様とよその神様が創ったって言ったよ』
『おかしくないかな? だって、その神様とよその神様で創ったのに、なんで母神が代わりにまた創るの? 矛盾しているよ?』
『それはとても単純な話。最初の神様とよその神様の二柱で創った世界は、最初の神様の手で消滅させられているからだよ』
『……消滅?』
またとんでもない話が飛び出てきた。
世界が消滅した。しかも創っていた神様の手によってだ。
その話はあまりにもとんでもなさすぎる。というか、スケールが大きすぎて想像さえもできないことだった。
でも、その想像できないことが事実だというのだから、どう反応するべきなのかもわからない。
『なんで、そんなことを?』
『理由は「気に入らない」ってことだったらしいよ』
『……え? それだけの理由で?』
『うん。それだけの理由で世界は一度消滅したの。なんでも、よその神様の世界そっくりになりすぎてしまったみたいで、因果律がどうだのこうだのという面倒な問題が起きてしまったらしいの。ならいっそのこと「えいや」って消滅させるのが手取り早かったらしいよ』
『……いや、そんな簡単に』
『まぁ、相手は神様だから仕方がないと思う。感覚が私たちとはまるで違うんだよ。たとえば、ステーキを見て「美味しそう」と思う人もいれば、「うえぇ」と嫌そうな顔をする人もいる。いろいろな事情や要因もあるだろうけれど、それって要はその人の受け取り方だよね? その人の感覚によって、差異が起きているってことだよね? それが私たちと最初の神様の感覚の違いだと思う。……まぁ、スケールにあまりにも差がありすぎるだろうけれど』
シリウスちゃんは苦笑いしているようだった。
たしかに、シリウスちゃんの言うとおりではある。同じものを見ても、同じ感想を抱くってことはなかなかない。シリウスちゃんの例はかなり極端だったけど、言わんとすることはわかった。
『……最初の神様が最初に創った世界を消滅させた後に、母神を生み出し、その母神が創ったのがいまの世界ってことだけど、なんでそんなことをしたのかな?』
『理由はたしか、「自分とは違う存在であれば、盟友とともに創ったあの世界とはまるで違う世界を創り出せるんじゃないか」っていう実験のためだったらしいよ』
『実験って』
『まぁ、ノゾミママの気持ちもわかるよ。でも、結果的にその実験は成功だったの。最初の世界とは違う世界が、この世界ができたんだよ。いくらか最初の世界とよその神様の世界の要素をブレンドしながらね』
『ふぅん。めでたしめでたしってところかな?』
齟齬が起きてしまい、結果的に「気に入らない」となった世界を消滅させ、代理人に創らせた世界は最初の世界よりも安定したものになった。物語であれば「めでたしめでたし」ってことになるとは思う。……まぁ、あまりにもスケールが大きすぎるけども。
『……残念ながら。そうはならなかったの。むしろ、ここからが本番だもの』
『……え? どういうこと?』
『すべてはその後、最初の神様が代理人である母神にこの世界の運営を任せたことが切っ掛けだった。いや、それ以前の問題だったかもね』
『……と言うと?』
『母神にとって、それは想定外のことだったからだよ』
『うん?』
『母神がね。この世界を創ったのは、最初の神様とよその神様と一緒に、この世界の運営をしていくためだったの。もっと言えば、最初の神様たちに褒めて貰うためだったんだよ』
『褒めて貰う?』
『……母神にとって、最初の神様は文字通りお母さんだったんだよ。お母さんのために、お母さんに喜んで貰うために、そしてお母さんに褒めて貰うために、この世界を創りあげたの。それはよその神様に対しても同じだったの。母神にとっては、最初の神様がお母さんであり、よその神様はお父さんみたいに思っていたらしいよ。だから最初の神様たちのために精一杯頑張ったんだよ』
『……あー』
身に覚えがある話だった。いや、まぁ、正確には記憶にはないけれど、なんとなく、母神様の気持ちがわかる気がした。
大好きな両親のために精一杯頑張った。両親に喜んで貰うために、褒めて貰うために、自分の全力を出した成果。その成果を一緒に眺めたい。母神様の気持ちは本来ならそういうことだったんだと思う。まぁ、やっぱりスケールが大きすぎるけれど、その気持ちは痛いくらいにわかる。
だけど、その気持ちはものの見事に踏みにじられてしまった。
『……言っておくけどね? 最初の神様が悪かったってわけじゃないの。ただ、なんというか、タイミングなのかな? 母神がこの世界を創り出したときは、まだ最初の神様だって誕生してからそこまで経っていなかった。もし、最初の神様がもっと成熟していたのであれば、母神の気持ちも理解してくれたんだと思う。きちんと褒めてあげたんだと思うよ。でも、実際はそうならなかった』
『……それってやっぱり』
『うん。創り出された世界を見て、最初の神様が言ったのは「いいんじゃない?」の一言だけ。その次に出されたのは「じゃあ、あとはあなたに任せたから」だった。それは母神にとって、あまりにも想定外すぎる言葉だった』
『……』
『母神は聞き分けよく頷いたんだ。きっとちゃんと世界の運営ができれば、褒めて貰えるかもしれないって思って、引きこもってしまった最初の神様がいつかは褒めてくれると思ってね。だけど、どんなにきちんと運営をしても最初の神様が褒めてくれることはなく、ただ時間だけがすぎていった。よその神様もこの世界が無事に創り出されたのを見てすぐにいなくなってしまって、母神はひとりっきりで長い長い時間をすごしていった』
『辛い、ね』
『……そうだね。でも、長い長い時間を過ごす中、母神の中で新しい気持ちが芽生えたんだよ』
『新しい気持ち?』
『……うん。家族が欲しいって』
『家族?』
『そう。一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒って喧嘩する。そんな家族が欲しかった。そうして産まれたのがスカイスト』
『……え? それって母神様の名前じゃ?』
『そうだね。一般的には母神っていうと、スカイストになる。けれど、真の母神はスカイストじゃない。スカイストは母神が自身の半身として、妹としてみずからの内側に生み出した存在なんだ』
『内側?』
『うん。さしもの母神もね。新しい神を創造することはできなかったんだ。できたのは自分しか知らない、もうひとりの自分を生み出すこと。そうして産まれたのがスカイスト。最初の神様のように、自分をちゃんと見てくれて、よその神様のようにいなくなることもない。永遠に自分と寄り添い合ってくれる理想の家族。それが母神にとってのスカイストだった』
『……そんなの』
『……そう、だね。でも、それくらい母神は追い込まれていたんだと思うよ』
言おうとした言葉はシリウスちゃんによって遮られてしまう。
たしかに、母神様の気持ちはわかる。放棄されるわけでもなく、無干渉になるわけでもない。ずっと自分と寄り添い合ってくれる人。ずっと自分と一緒にいてくれる家族。それはたしかにある意味では理想的と言えなくもない。
だけど、それは本当の意味の家族とは言えない。とても歪みきった理想だった。でも、その歪みきった想いに縋るくらいに母神様は追い込まれてしまっていたのであれば、否定することなんて誰にもできはしない。
『でも、それがすべての始まりになってしまった。母神、いや、スカイディアは最初スカイストと話せるだけでよかった。でも、徐々にその欲望は増していき、やがてスカイディアが目指したこと。それが』
『女神の真体?』
『そう。実際に触れ合えるスカイスト。いや、スカイスト自身の肉体を創り出すこと。そしてその母体に選ばれたのが、……ノゾミママなんだよ』
シリウスちゃんは言いづらそうに、でも、はっきりと答えを口にしてくれたんだ。
これにて第三章はおしまいです。次回から第四章となります




