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rev3-Ex-3 初めての意思ゆえに

 天井から差し込む眩い光が差し込んでいた。


 差し込んだ光によって、天井から床に至るまでのすべてが淡く照らされていく。


 照らされた部分はすべて白だった。


 いや、通路のすべてが白に染まり尽くしている。


 一点の曇りさえないほどに、すべてが重厚な白に覆われた通路。


 まるですべての穢れとは無縁と言わんばかりの通路だけど、それはこの通路だけが特別というわけではない。


 城中にあるすべての通路が純白。その純白の通路のひとつ。それが私がいま進んでいる通路。


 その通路を進みながら、私は居心地の悪さを感じていた。


(……すべてが白というのも考え物だね)


 ほかの城のことはいくらか知っている。


 アヴァンシアや、つい最近までいたリヴァイアクスの城も、この城の通路のように白がメインではあった。


 そう、あくまでも白がメインであり、なにからなにまで白尽くしだったわけじゃない。たとえば、床に敷き詰められた真っ赤な絨毯だったり、壁に掛けられた絵画や肖像画などの調度品だったり、と。白一辺倒ではなく、真っ白な通路を彩りながらも、決して景観を損なわないように工夫を凝らされていた。


 だけど、この通路にはそれがない。


 清純な白によって何重にも塗り固められたかのような、重厚な白だけで覆い尽くされている。


 調度品の類いなどなく、床に敷き詰められた絨毯さえない。


 いや、正確には絨毯はあるけれど、その絨毯でさえ、白に染まっていた。


 まるで白以外の色などいらないと言わんばかりに。


 そのせいとも、そのおかげとも言うべきなのか、この城の通路を通ると、なんとも言えない気味の悪さがある。それは居心地の悪さとも繋がっていた。


(……まるで、なにかにずっと見張られている気もするし)


 そう、至るところから視線を感じる気さえしてしまう。この城で育った私でさえも、そうなるのだから、召し上げられたメイドたちにとっては気の休む暇もないだろう。


 実際、いまも曲がり角から同僚に支えられて、よろよろと歩くメイドがいる。たしかまだ入ったばかりの新人ちゃんのはず。その顔はひどく青い。調子を崩していることは明かだ。もっともそれは新人ちゃんを支えている同僚ちゃんも同じだけども。


「どうかしたの?」


 目の前にいるふたりに声を掛けると、ふたりは「え?」と振り向いてすぐに慌てて佇まいを直した。


「ひ、姫様。ご機嫌うるわしゅう」


「あぁ、そういうのいいから。それでそっちの新人ちゃん、だよね? どうかしたの?」


 背筋を伸ばして挨拶をしようとするふたりに、気にしなくてもいいと挨拶をやめさせた。


 畏まった挨拶自体が好きじゃないというのもあるけれど、挨拶をさせて目の前で倒れられる方が面倒だった。


 そこらのメイドであれば、別に倒れられようと大して気にはしない。けれど、目の前にいるのは前々から目を付けていた新人ちゃんだ。同僚ちゃんは以前に手を付けて、私好みに「教育」したことがある。


(たしか、この子たちは同室だったっけ?)


 この城のメイドたちの中でも好みの子に限ってだけど、その子らの詳細はすべて頭に入っている。家族構成や同室が誰か、そして処女であるかどうかもまた。同僚ちゃんのは散らしていて、同僚ちゃんがこの城で最後に抱いた子でもある。だけど、新人ちゃんはまだ手をつけていなかった。


(……ちょうどいいかな? 同僚ちゃんの奉仕もなかなかによかったし、新人ちゃんに「教育」するついでに、ふたり揃って食べちゃおう)


 リヴァイアクスに行くまでは、嗜虐的嗜好が満たされることが多かった。でも、ここ最近はまったく満たされていない。そろそろ嗜好を満たさないとまずい。その対象にこのふたりはぴったりだ。ぴったりのごちそうだ。


 わずかに舌なめずりしながら、ふたりに近付いていく。新人ちゃんは不穏なものでも感じ取ったのか、若干怯えている。対して同僚ちゃんはと言うと、その顔を喜色に染めていた。頬が紅く染まり、まるで恋する乙女って感じ。


 同僚ちゃんの反応に新人ちゃんは、困惑を強めていた。まぁ、無理もないか。頼りになる同僚ちゃんは新人ちゃんよりもひとつ年上で、幼なじみの親友だったそうだし。その親友の変貌に理解が追いつかないというのも無理からぬことだ。


 そんなひとり置いてけぼりになっている新人ちゃんの側により、そっと頬を撫でてあげた。新人ちゃんは体をわずかに震わせ、「な、なにかございましたか」と怯えた目で私を見つめている。


「さっきも言ったけど、それは私のセリフだよ? あなたこそ、どうかしたのかしら? 先ほどは調子悪そうにしていたけども」


「ひ、姫様のお手を煩わせることでは」


「ふふふ、気にしないで? あなたのようなかわいい子のためなら一肌脱ぐことにためらいなんてないし」


「で、ですが」


「重ねて言うけれど、気にしないでいいの。さ、なにがあったか話してちょうだい?」


 できるだけ優しく笑いかけると、新人ちゃんの頬に朱が差した。心の中で「はい、堕ちた」とほくそ笑む。でも、それを気取られないように注意しながら、そっと新人ちゃんを抱きしめ、顎をそっと掴み、俯きがちだった顔を上げさせた。


 新人ちゃんのお顔は、素朴なものだった。かわいいと言えばかわいい。だけど、誰もが夢中になるような顔立ちというわけじゃない。かわいいというのもあくまでも一般的に言えばの話。上流階級の者たちから見れば、掃いて捨てる程度のレベル。


 でも、そういう掃いて捨てる程度でしかない子たちほど、「教育」してあげると理性を簡単に手放させるような魔性を身に付けてくれる。逆に上流階級の女はどれだけ「教育」しても、高貴だなんだのとは無縁の存在に成り下がってしまう。


「教育」の仕方を変えたわけじゃない。同じやり方をしても、なぜかそうなってしまう。それが不思議だ。


 まぁ、それはいまはどうでもいい。


「ひ、姫様?」


 新人ちゃんは信じられないという顔で私を見つめている。その目はいろんな感情が混ぜ合わさっている。一番大きいのは驚愕と恐怖だろうか。どちらも理解できるが、特に恐怖のそれは実に私好みだ。悍ましさから来るものではなく、いままでの人生で知り得なかったものに対する恐怖。本当にそそられる。


「ねぇ、事情を聞かせてくれない? あなたたちの部屋でたっぷり、と。ねぇ、いいでしょう?」


 ちらりと同僚ちゃんを見遣ると、彼女は「……はい」と陶酔しきった顔で頷いた。ただ、陶酔しながらもその目には期待の色に染まっている。


「安心して。久しぶりにかわいがってあげる」


「……約束ですよ」


「ええ、約束は守るから。でも、その前にこの子。協力してくれる?」


「はい、ご主人様」


 同僚ちゃんは笑っている。その笑顔と発した言葉に新人ちゃんはより困惑を強めていく。けれど、もう構うことはない。なにせこの子はもう逃げられないのだから。


「さぁ、行きましょうか」


 にこやかに笑いながら、新人ちゃんを抱きかかえる。新人ちゃんはなにがあったのかわからなくなっている。でも、それでいい。いや、それがいい。


 私は笑みを深めながら、このふたりの部屋へと足を向ける。


(……あの子がいなくなった分まで、この子らで発散せてもーらおうっと)


 偽物のシリウスちゃんはいなくなった。


 あの子の背を押したのは、別に親愛から来るものではない。


 たしかにあの子はかわいそうな子ではあるが、それだけで情を抱くほど、私は優しくない。

 ならなんでそうしたのか。


 それは単純なこと。


 どうせ、あと一年も保つかどうかの出来損ないだ。


 放逐したところで、なんの痛痒もない。


 だから、好きにさせてあげただけ。


 この城にいてもあの子がすることなんて、せいぜい姉様に痛めつけられるか、金持ちの変態どもの捌け口になるくらいだ。姉様に痛めつけられるのは別として、変態どもの餌食になるのは気の毒だった。


 なにせ、あの子は口元が白骨化しているのを除けば、とてもきれいな子だ。あの美しい銀髪も整った顔も宝石のような紅い瞳も、すべてがきれいだった。そのきれいな子が変態どもの獣液で汚されるのは、正直見ていて胸が痛かった。


 姉様に痛めつけられることだけは羨ましいし、その姿を見ていると嗜虐的嗜好が満たされるから私としてもありがたかった。


 まぁ、総合的に見れば、私はあの子を嫌ってはいない。むしろ、姪としてかわいがってあげている。


 たとえ、出来損ないのクローンであったとしても、あの子が姪であることには変わりない。

 その姪が初めて、産まれて初めて自分の意思を告げたのだ。


 なら叔母としてはその背を押してあげるのは当然だ。


 それに。


(どうせ、あの子はそのうちに戻ってくるだろうし)


 なにかしらの根拠があるわけじゃない。


 ただ直感的に思った。


 放逐してもこの子は、いずれ自分の意思で私たちの元へと戻ってくる、と。


 ただそれが悲観的なものゆえか、それとも別の感情由来でなのかまではわからないけれども。


 どちらにせよ、あの子が戻ってくる日はそう遠くない。


 であれば、残り少ない日々を思うように過ごさせてあげよう。そう思った。


 実際にその通りにお父様には上申し、お父様は許可をくださっている。姉様もお父様が許可をくださった以上は、なんの文句も言えない。あの方に至っては、あの子にはなんの興味もないからか、「好きにさせるがいい」とだけだった。


(まぁ、好きにやんなさいよ、出来損ないの姪っ子ちゃん)


 いまはいないあの子に向かって、そうほくそ笑みながら、私は腕の中と傍らに控えるごちそうたちを、どう味わおうかと考えつつ、彼女らの部屋に向かって進んでいくのだった。


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