rev3-80 なすべきこと
2022年の最終更新となります。
僕が口にした一言で、カレンたちは驚いていた。
特に、ルクレティアの表情なんて笑いを堪えるのに苦労するくらいだ。
整った見目が台無しになっている。絶望と救い、そしてこれは悲しみ、だろうな。そんな様々な感情に彩られている。
まぁ、無理もないけど。
ルクレティアにしてきたことは、自分で改めて振り返ってみてもひどいものだった。
正確には、ルクレティアだけじゃない。
母親であるルクレシアにも、いや、ふたりだけじゃない。
リリアを祖とする現在の王族。その中で王女ないし女王たちはみな僕の毒牙に掛かってきた。
ルクレシアとルクレティアの母娘もその毒牙に掛かったものたちだった。
僕にとっては、体のいい玩具だった。
特にルクレティアは、いままで犯してきた王女ないし女王たちの中でも一番のお気に入りだった。犯せば犯すほど、僕の中に高揚感に似たなにかが生じた。そのなにかがやけに気に入ったので、僕好みになるように徹底的に閨の技を仕込んだ。
その閨の技はカレンが一番享受している。いや、これからはカレンのみが享受することになる。
いままであれば、「手塩に掛けて教え込んできた玩具を奪いやがって」という醜い嫉妬心が芽生えていた。
けれど、いまは不思議とそんな気持ちは沸き起こらなかった。それどころか、逆に「カレンであれば任せられる」という想いを抱いていた。
人は変われば変わるもの。
その言葉は人ならざるこの身であっても、どうやら同じようだった。
だからこそ、僕は自身の役割を、本来の役目をこなすことにした。
すべては愛娘の血を引く裔の未来と、勘違いでそのすべてを台無しにしてしまった我が裔の従妹を救うために。そしてふたりを揃って幸せにしてくれるであろう、腹立たしいが頼もしき愚妹に任せるために。
「どういうこと、ですか?」
ルクレティアが震えながら言う。
その震えがどういうものなのかは判断しづらい。
単純に僕に対する恐怖なのか。
それとも僕がいなくなることへの歓喜ゆえなのか。
はたまた神獣の加護を失うことで、国家の基盤が崩れることへの不安からなのか。
どれも正解であるように思えるし、どれとも違うとも思える辺り、僕はなかなかの鬼畜だったようだ。
実際、自分でもそう思うのだから致し方がない。
罪滅ぼしをしようにも、どれほどの時間を掛ければいいのかも定かではないし、そもそもできるかどうかもわからなかった。
それでも、僕はできる限りのことをしてあげたかった。
それが僕のするべきこと。
ふたりへの贖罪に繋がるはずだ。
ただ、プーレリアには少しばかり苦労を掛けることになるかもしれないし、いらぬ役割を押しつけてしまうことには申し訳なく思うけれど、こればかりは我慢してもらいたい。こうでもしないと、プーレリアの問題を解消する術はないのだから。
「そうなのです。いきなりいなくなるなんて、虫のいいことを言われても信じられないのです。リヴァイアサン様みたいな絵に描いたような鬼畜外道な人がそんなことを言っても信じられるわけがないのですよ」
「……おい、待て、そこのメスガキ、コラ。おまえはオブラートに包むってことを知らんのか、あぁん?」
せっかく問題を解消してやろうというのに、その当のプーレリアからは非難囂々と来たもんだ。もう少しやんわりと言うことを知らんのか、こいつは。ずばずばと本当のことを言うんじゃない。正論っていうのは時に暴力になるというのに、こいつときたら。……救うのやめようかなって少し思ってしまったじゃないか。
とはいえ、僕には救うのをやめるという選択肢はないわけだが。なにせ、嫁が、レリアーナの目が怖い。レリアーナは笑っている。だが、その目は笑っていないし、雄弁に「わかっておられますよね?」と語りかけてくるんだ。
おかしいなぁ。僕が知っているレリアーナってもっと優しい女だったはずなんだけど、なんで千年ぶりに再会したらこんなにも怖いんだろうか? 母は強しって言葉があるからそういうことなのだろうか? よくわからん。
「そんなことは知らないのですよ。だって、それだけのことをリヴァイアサン様はしでかしてきたのです。そんな人がいきなりしおらしくなっても信じられるものも信じられないのです」
「……また正論言いやがって、このメスガキ」
「このくらいどうってことないはずなのです。ルクレちゃんたちにしてきたことを考えれば、この程度の態度は取られても仕方がないのです。プーレはルクレちゃんのお姉ちゃんという立場なので、このくらいのことは言う権利は──」
プーレリアがたたみ掛けてくる。こっちが下手に出ていたら調子に乗りおってからに。本当にいい性格しているな、こいつはと思っていたら、プーレリアの言葉にルクレティアが過敏に反応する。
「──ちょっと待ちなさい、プーレリア。いまなんて言いましたか? 誰が? 誰のお姉ちゃんだと?」
ルクレティアはにこやかに笑いかけながら、プーレリアを見遣る。笑っているはずなのに、どうしてだろうか、笑っているように見えない。というか、その笑顔がやけにレリアーナにそっくりだ。たしかな血の繋がりを感じられるな。
「プーレがルクレちゃんのお姉ちゃんだと言ったのですよ? プーレはルクレちゃんと違って、ちゃんと場の空気を読める大人のレディですから。となれば、プーレがルクレちゃんのお姉ちゃんという立場になるのは当然のことなのです」
なにを言っているのと言わんばかりに首を傾げるプーレリア。いまのルクレティアに相手に強気に出られるとか、この女、心臓に毛でも生えているのかと言いたくなる。そもそも空気を読めるならそんな発言はしないだろうに。
(……よく、これを嫁にしようと思ったな)
プーレリアのマイペースっぷりに愕然としつつも、よくこれを嫁にしたものだと感嘆しそうになる。僕の視線から気持ちを読み取ったのか、カレンは顔をそらしていた。すると、その発言を受けたルクレティアは笑みを浮かべたまま続けた。
「逆じゃないですか? あなたの方が妹では? それもできが相当に悪い妹でしょう?」
にっこりと笑いながら毒を吐くルクレティア。その言葉にかちんと来たのか、「どういうことですか?」と唸り始めるプーレリア。そんなプーレリアにルクレティアは続けた。
「あなたも一応は王族ですけど、傍流中の傍流ですよね? その点私は前女王陛下の実の娘で、そのまま女王として即位致しました。当然、いろいろな礼儀作法は叩き込まれており、大人のレディという意味合いであれば、私の方が相応しいでしょう。特に一人称が自身の名前であるような人とは比べようもなく、お・と・なですからね?」
ルクレティアの言葉は、プーレリアにとっては耳に痛いものだった。特に一人称に関しては激痛と言ってもいいだろう。その言葉にプーレリアの頬が引きつったのが見えた。だが、プーレリアはそれで終わる女ではなかった。
「ふ、ふぅん? そういうことを言うのですね? たしかにルクレちゃんの言う通り、プーレは自分をプーレと呼んでしまうのです。そういう意味ではたしかに子供っぽいかもしれません」
「でしょう? だからこそ」
「なのですが、プーレはルクレちゃんよりもスタイルがいいのです。ルクレちゃんみたいなお子様ボディとは違って、セクシーボディなのです! そういう意味ではプーレの方が大人のですよ。特に、胸とか。ふふんなのです」
最初はやけにしおらしいと思っていたプーレリアだったが、まさかの反撃を仕掛けてきた。いや、たしかに「大人っぽい」というそういう意味合いもなくはない。なくはないが、この場で言うことだろうか。
まぁ、ぱっと見る限りでは、プーレリアの方が胸は大きいようにも見えるが、ほぼ誤差の範囲だろう。少し前まであれば、確実にプーレリアだったが、いまは互角ではないかなぁと素直に僕は思う。思うけど言わない。だってふたりとも笑顔が怖いんだもん。特にルクレティアの笑顔が。こめかみに血管が浮き出ているし、相当にぶち切れているようだ。
「……胸は互角じゃないですかね?」
「じゃあ具体的に数値を言うのです。プーレは以前測ったときは80でした。ルクレちゃんは?」
「……以前測ったときは78でした」
「ふふん、じゃあやっぱりプーレの方が」
「ですが、それは以前のことです! ここ最近は旦那様のおかげで下着のサイズが合わなくなりましたので、大きくなっています。少なくともあなたよりかは!」
「それは単純に太っただけなのです! 胸が大きくなったわけじゃないのです!」
「な!? なんてことを言うんですか、あなたは! よりにもよって、太った? 太ったですって!? うら若き乙女に対してなんて言い草を!」
「同じ乙女だからこそ言うのです! ルクレちゃんのは単なる幸せ太りであって、サイズアップではないのです! 断じて認められないのです! ルクレちゃんは単にデブっただけです!」
「っ! それを言うのであれば、あなたこそ私よりもデブなだけでしょう!? 胸なんて単なる脂肪なんですよ! それを自慢するということはそういうことでしょう!? この、なのですデブ女!」
「なっ!? いきなりなにを言うのですか!? プーレはデブってないです! デブっているのはルクレちゃんだけです! いい加減なことを言うんじゃねーのですよ、この見せかけ清楚女!」
「ふざけたことをっ!」
「なんなのですかぁ!」
ついには額を突き合わせての言い合いに発展するふたり。
このふたりは、たしかほぼ初対面であるはずなのに、なんでいきなり喧嘩を勃発させているんだろうか?
ただ、その喧嘩はなんとも懐かしいものだ。
ちらりと後ろを見遣れば、レリアーナがなんとも言えない顔で佇んでいる。
それもそうだろう。
ふたりの喧嘩はまるで、レリアーナとレイアーナの喧嘩とそっくりだ。それこそそのものと言ってもいいくらいに。
それぞれの裔であるからこそなのだろうか。
まるで当時の焼き直しでも見ているかのようだ。
当時と違うのは、ふたりに挟まれているのは僕ではなく、カレンだということ。
それでも懐かしさが込み上がってくる。
もう二度と戻らない過去が鮮やかに蘇る。
だからこそ、相応しい。
後任としてこれ以上となく相応しいのだ。
「……おまえら、そこまでにしておけ。仲良く喧嘩なんてするんじゃない。話が進まないだろうが」
「仲良くなんてしていません! 悪いのはこの変な語尾女です!」
「そうなのですよ! 悪いのはこの清楚女なルクレちゃんです!」
「馴れ馴れしく呼ばないでください!」
「このくらいいいじゃないですか、けちんぼ!」
「誰がケチですか、誰が!?」
「ナイ乳なルクレちゃんですよ!」
「こんのぉ!」
「なにをぉ!」
再び額を突き合わせての言い合いを始めるふたり。こいつら本当に仲いいなと思わなくもないが、あまり長々と突き合うのも面倒なので、もうさっさと始めることにした。
「カレン」
「は、はい?」
「おまえ、たしかジールヘイズを手に入れていたよな?」
「……はい。でも、もうジールヘイズは」
「あぁ、安心しろ。あれは本当のジールヘイズじゃない」
「は?」
「まぁ、偽物ってわけでもない。あれもジールヘイズではあった。だが、本当のジールヘイズは失われていない。なにせ五の姉上がまだ存在している。だからジールヘイズが失われたわけではない」
風神槍ジールヘイズ。名高き神器のひとつ。
その神器をカレンはかつて得た。
しかし、あのクソババアのせいで失っている。
だが、それは誤りだ。
ジールヘイズは、本当のジールヘイズはまだ存在している。五の姉上が、風の神獣ジズがまだ存在しているのだから。
カレンが手に入れたのもジールヘイズではある。だが、あれは本当のジールヘイズの現し身でしかない。
本物の、本当のジールヘイズはいまだカレンを待ち続けているのだ。
それをカレンは知らない。
だからこそ伝えよう。
神器とはなにか。
そして神獣とはなんなのかを。
この子たちに伝えよう。
「よく聞け、カレン。風神槍ジールヘイズとは、風の神獣ジズその人のことだ。いや、ジズ姉上だけじゃない。僕たち神獣の本来の姿こそが神器なのだ。おまえたちは、ルクレティアが率いる艦隊と戦っていたあの大蛇の姿こそが僕の本来の姿だと思っているだろうが、それは違う。僕の本来の姿とは水を生み出した一本の杖。水神杖リヴァイ。それが僕の本当の姿であり、本当の名前なんだ」
僕の言葉にカレンどころか、いがみ合っていたルクレティアとプーレリアも驚いた顔をしている。
それもそうだ。
このことは本来なら誰も知らないことだ。
いや、知らせてはならないことだ。
だが、その禁を僕は破る。
すべては贖罪のため。
その贖罪を為すため、そして本来の役目を果たすために。
僕はこの身のすべてをこの子たちに預ける。
それが僕のなすべきことだった。
今年もありがとうございました。来年も拙作をよろしくお願いいたします




