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rev3-67 私の戦場

 大きな白煙が立っていた。


 夜の海上戦。


 本来ならあまり行わないもの。


 だが、奇襲としてであれば、行うことがあるもの。


 夜は大抵の相手が油断をしている。


 戦にはお作法なんてものはないのにも関わらず、「夜には戦いも終わるだろう」と勝手に考えている者の多いこと。


 その平和ボケしているところに奇襲を仕掛けると、大抵それで片が付く。


 中には厳重な警戒をしている相手もいるけれど、そういうときは何度も姿を現してはすぐに引けば、相手の砲弾が届かない距離で引けば、大抵の相手は自滅してくれる。こちらの狙いが自軍の疲弊だと理解していたとしても、対処はしなければならない。


 こちら側はただ姿を現すだけで、相手は疲弊していく。こちらは時間を定めて交代で行えばいいので、相手ほど疲弊するわけでもない。


 たまに暴走して強襲を仕掛けてくる相手もいるにはいるが、そのとき用にこちらは常に半数ずつで警戒と休憩を行わせているから、対処はすぐに可能だ。なにせ、強襲を仕掛けてきたときは、一斉放射にてねじ伏せるように指示をあらかじめ出している。


 相手がどのように動こうとこちらの優位性は保てるようにしている。そういう意味であれば、夜の海上戦はわりと得意の範疇だった。


 その得意の範疇にある夜の海上戦で、いま私の前には大きな白煙が立ち上っている。


 相手は神獣であるリヴァイアサン様。


 私を、私と母を、いやその何代も前から連綿として私の一族を嬲られてきた方。私だけでも相当数の陵辱をされてきた。一族全体であれば、どれほどの陵辱を受けてきたことか。おそらくは加害者であるリヴァイアサン様であっても、その数はわからないはず。


 それでも、私たち一族があの方のされるがままになってきた理由は、あの方の加護があるからこそだ。


 海上における絶対の安全。それがどれほどのものであるのかなんて考えるまでもない。どの国でも、海上における安全が確約されると言われたら、喉から手が出るほどに欲しがる権利。


 ベヒリアのような内陸国でもなければ、海上の完全なる保証はどの国家でも求めるもの。その代価が女性王族への陵辱だったとしても、人ひとりの尊厳が失われる程度であれば、天秤にかけるほどもない。


 だからこそ、私たち一族はあの方の陵辱に耐え続けてきた。


 なにをされても抵抗はしなかった。ただ諦観を以てあの方からの行為を受け続けてきた。

 

 そんなあの方に私はいま主砲での一撃をたたき込んだ。


 どう考えても反逆としか取られないこと。


 加護を取り上げられたとしてもおかしくない行為。


 わかっていた。これがどれほどまでに罪深い行為であることは。


 それでも、それでもやらねばならない。


 今回の作戦は、勝つためのものじゃない。


 かといって負けが確定しているわけでもない。


 もともと特殊な作戦だった。


 すべては大蛇殿へと向かわれた旦那様への援護のための作戦。


 大蛇殿が現在どのような状況になっているのかはわからない。


 でも、その大蛇殿に旦那様は向かわれた。


 まさか、大蛇殿への直通通路のことを知られているとは思ってもいなかったけれど。


 いや、あれは知っていたというよりかは推測したという方が正しいのか。


 そもそも、あの人に隠し事をすること自体が無理なのかもしれない。


 私は一切そういう素振りは見せなかったけれど、まさか旦那様が私とリヴァイアサン様がそういう関係であることを知っていたのだから。そのうえで、あの人は私を愛してくれている。


 無理矢理得た愛だった。卑怯な手段を用いて得たというのに、それでも旦那様は気にされなかった。


 その上で愛してくれている。惚れた女だと言ってくれた。


 それが仮に嘘だったとしても、それでも嬉しかった。


 まやかしの愛だったとしても、それでもその愛のために戦える。


 たとえ、その相手が王として弓を引いてはならぬ相手だったとしても。


「いまのは、いったい」


 隣にいた三の姫君の声が聞こえた。


 見れば口を大きく開けて呆然としていた。


 驚いているのだろう。


 無理もないことだとは思う。


 そこまで詳細を教えるつもりはないけれど、少しなら話してもいいだろう。


「あれは旗艦リリアンナにだけ搭載している主砲ですよ」


 旦那様にも話していない機密。いずれは話すつもりではあったけれど、まだそのときではないと思い、黙っていたこと。さすがに主砲のことまでは旦那様でもわからないはずだ。いや、わかっておられるとちょっと困ってしまう。


 隠し事はできないとわかっていても、これもすでに知られているのはさすがに問題すぎる。

 旦那様に敵わないのはベッドの上だけでも十分すぎるくらいなのに、国家機密も知られているとあったら諜報能力さえも負けているということになってしまう。まぁ、半ば負けている同然の状況ではあるけれど、ここまで知られると知られないのとではまるで違う。完敗と敗色濃厚は似ているけれど違うのだから。


「……いま、なぜかのろけのような雰囲気になりませんでした?」


「気のせいですよ」


 呆然としていたはずの三の姫君が、呆れ顔になってしまっていた。いけない、いけない。少し旦那様のことを考えすぎていた。


 最初は旦那様を骨抜きにするようにリヴァイアサン様から指示をされた。でも、いまは真逆だ。私こそがあの人に骨抜きにされてしまっている。リヴァイアサン様に陵辱されていたときは、「淫らな女だ」と何度も言われてきたけれど、自分では違うと思っていた。


 けれど、旦那様に抱かれるようになってからは自分でもはっきりと淫らだと思うようになった。あの人に抱かれる度により淫らになっていく。それが自分でもはっきりとわかる。そんな私をあの人は嫌がるどころか、より愛してくれる。それが堪らなく嬉しい。


「……あの、陛下。いまは戦闘中です」


 副官がなんとも言えない顔をしていた。いや、副官だけじゃなく、艦橋にいる乗組員全員が同じ顔をしている。隣を見れば、三の姫君が仕方がないものを見るような目を、呆れきった顔で私の顔を覗いている。遺憾であるとしか言いようがない。


「……こんな色ボケの指揮官でいいんですか?」


 三の姫君が私から視線を背け、副官ほか乗組員たちを見渡していた。その言葉に皆ぐうの音も出ないようだった。それどころか、あからさまに視線を逸らす者もいる。ちょっとお話したい気分に駆られてしまうが、先ほど副官が言った通り、現在は戦闘中。まだ戦は終わっていない。それどころか、ここからが本番だった。


「……やってくれるものだ。なぁ、ルクレティアぁぁぁぁぁぁーっ!」


 無音となった海上にこだまする絶叫。見れば、立ち上っていた白煙が絶叫によって、いや、絶叫とともに放たれた衝撃波によってかき消されていく。


 白煙が消えて露わになったのは、水の膜が消え、わずかに、そう、ほんのわずかに体に傷が付いたリヴァイアサン様だった。


 主砲の直撃を受けてあれかと思うと、気が遠くなりそう。


 逆に言えば、主砲だったからこそ、水の膜を突破できたということ。突破することで主砲の威力の大部分が吸われ、リヴァイアサン様の体にわずかだけど損傷を与えることができたということ。それをよしとするべきか否かというところ。


 だが、同時に別の問題が浮上していた。


「下手に出てやっていたら、調子に乗りよって。許さんぞ、許さんぞ、ルクレティアぁぁぁぁぁーっ!」


 別の問題。それはかえってリヴァイアサン様を逆上させてしまったということ。


 リヴァイアサン様の全身が紅潮していく。それは神々しくもあるけれど、酷く悍ましくもあった。


 その怒気に合わせてびりびりと空気が震えていた。


 ただ叫んだだけ。


 それだけでこの衝撃。


 わかっていたこととはいえ、いくらなんでも規格外にもほどがある。


 それでも、それでも私はいまここにいる。私の戦場にいる。


「女王陛下、今一度主砲を」


「いえ、連続では撃てませんし、いま撃っても意味はありません」


 三の姫君が具申するが一蹴した。


 正確に言えば、主砲は連続で放つことはできる。


 できるけれど、最大威力ではない。


 最大威力でなければ、リヴァイアサン様に損傷は与えられないし、仮に撃てたとしてもご自身に傷を与えられる攻撃である主砲に対して、あの方は最大級の警戒をされるはず。


 確実に当てられる状況でない限り、主砲は放てない。だが、その分見せ札として利用できる。


「皆、これより正念場である。気を引き締め──」


「いや、あなたが言うんですか、それ?」


「──こほん。とにかく、これより全身全霊を尽くせ」


 乗組員に指示を出す。


 その指示を聞いて乗組員たちが復唱していった。


 その復唱を聞きながら、私は心の中で旦那様に「できるだけ早くお願いしますね」と告げながら、戦に没頭していった。

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