rev3-66 三叉槍
海上戦のはずが、ファンタジーじゃなくなってしまった←
ありえない光景だった。
(……なんなの、これ?)
目の前で繰り広げられている光景は、にわかには信じられないものだった。
艦隊が出発してすぐに私と女王陛下は、旗艦であるリリアンナの艦橋へと移動した。艦橋には女王陛下の座席があり、その座席に腰掛けながら女王陛下は矢継ぎ早に伝令を出していった。
もともとひとつの塊だった船団を左舷、中央、右舷の三つに分けると、それぞれに進軍させた。
一塊でなくしたのは、少しでも生存率を上げるためだろうけれど、なぜか旗艦であるリリアンナを中央の先頭にしている。
普通は旗艦を中心にして円形にするだろうに、なぜか女王陛下は旗艦を先頭としている。これではまるで「狙ってください」と言っているようなものなのだけど、なぜか艦橋にいる兵士たちは誰ひとりとて疑問の声さえもあげずに、女王陛下の指示を聞いていた。
王としては名君だけど、総帥としては独裁気味なのかもしれないと女王陛下の評価を改めていると、リヴァイアサン様の元へとたどり着いた。
陸の上から見てもとんでもない大きさだったけれど、近くで見ると、その規格外すぎる巨大さに圧倒されそうだった。
女王陛下は出立の際に、「生き延びることが勝利」と言っていたが、この巨体を前に生き延びるというのはどう考えても無謀なことだ。
その気になれば振動一つで艦隊は全滅しかねない。
それだけ規格外の相手との海上戦。
早まったかなと言うのが私の素直な感想だった。
独裁すぎて誰も反論できない指揮官のそばで、規格外の相手とのおおよそ戦いになりえない戦をする。
どう考えても早まったとしか思えなかった。
(まだ死にたくはないんだけど)
ホムンクルスである私の寿命は短い。おそらくあと数年も生きられればいい方で、下手すれば半年後に寿命が尽きていたとしてもおかしくはない。
だからこそ、その短い人生を面白おかしく生きたいというのが私の願い。その願いを踏まえれば、旗艦リリアンナに乗り込んだのはどう考えても失敗だった。
だが、なぜかその失敗を私は選んでいた。
正直「なんで?」と自分でも思うけれど、高見の見物だけしていればよかっただろうに、なぜか私は最前線に出ている。
どう考えても生き延びるのは無理。
だというのに、どういうわけか、不安も恐怖も感じられなかった。
その理由は、たぶん女王陛下があまりにも自信満々であること。
だからこそ、乗船を希望したのだと思う。
でも、その乗船したことを後悔していた。
艦隊を三つに分けるまではわかる。
だが、旗艦を先頭に出すなんて、意味不明なことをされたときから、「まずいかも」という不安に駆られ、リヴァイアサン様の本来の姿を見て、恐怖が差し迫ってきた。
でも、不安と恐怖に彩られていたのは私だけだった。
女王陛下も艦橋にいる兵士たち、いや、旗艦の乗組員たちも、誰もが平静としていた。
平静としながら、女王陛下は「一斉放射」の指示を出した。
そうして一方的になぶり殺されるだけの戦は始まった。
なにせ、こちらが一斉放射をしても、リヴァイアサン様の体に届いていなかった。水の膜のようなものに防がれてしまい、あの方の体にまでは届いていなかった。
それを見て、「あ、ダメだわ、これ」と思ったけれど、すでに後の祭り。
お返しとばかりのリヴァイアサン様からの攻撃──おそらくは「流」属性の力で作り上げた無数の大蛇たち。その大蛇たちが一斉に迫ってきたときは、死を覚悟した。
「手を貸したのは失敗だったか」と確定した未来にため息しながら、それを受け入れようとまぶたを閉じた。
だが、不思議なことにいつまで経っても衝撃は訪れなかった。
それとも死というものはなんの衝撃もないものなのかと首を傾げていた。そんなときだった。
「伝令。左舷隊、いまのまま距離を保ちながら魔導砲を放ち続けよ。右舷隊、足の速さを活かして翻弄せよ」
聞こえてきたのは想像もしていなかった言葉だった。
恐る恐るとまぶたを開くと、無数にいた大蛇たちは砲弾の嵐によって押し込まれ、次々に消えていった。
「なに、これ?」
目の前の光景はあまりにも信じられないものだった。
「中央隊。左右両隊の援護。一斉砲撃をあと10秒。砲撃後、旗艦リリアンナは前進する。それに続け」
女王陛下は普段のふわふわとした雰囲気はどこに行ったのか、冷徹としか感じられない様子で淡々と指示を出していく。
その指示を次々に伝令として艦隊に伝えていった。
伝令が通るたび、艦隊はそれまでとはまるで違う動きを見せていく。
旗艦からではどうなっているのかはわからないけれど、リヴァイアサン様の視点から見れば、きっと大きな獣が縦横無尽に動いているように感じられることだろう。
その大きな獣の頭部に私はいる。
正確にはその頭部の中心のそばに私はいた。
「旗艦リリアンナ。旗を掲げよ」
女王陛下が次の指示を出すと、上部のマストに大きな旗が掲げられた。
通常の戦であれば、旗を掲げる意味はある。
その旗を見て相手の動揺を誘うこと。もしくは味方に到着したことを伝えるため。
でも、今回の戦は相手の動揺を誘うことはできないし、味方も存在しない。
旗を掲げる意味はない。
それでもあえて女王陛下は旗を掲げた。その意味がなんなのか。わからない人がますます理解不能な存在へと代わっていく。
「大して意味はないですよ」
「え?」
「なぜ旗を掲げるのかって顔をしていますが、大きな意味なんてありません。ただ、あの方に対峙しているのは私だということを理解して貰おうとしている程度です」
ちらりと振り返り、女王陛下は薄く笑っていた。
普段の笑顔に比べていくらか固さはあるものだけど、普段通りには見える。でも、その本質は違っていた。あまりにも違いすぎている。
「わざわざ武威を示すと?」
「私たち程度が武威を示したところで、あの方にとっては虫が羽音を立てている程度にしかなりません。ですが、虫とはいえ、いまたしかに私たちはここにいる。それを理解して貰うだけのことです」
「なぜ、そのような」
「命のやり取りをする相手のことを知ってもらうのは当然でしょう?」
なにを言うのかと言わんばかりに、おかしそうに笑う女王陛下。本質が違うと思ったけれど、どうやら本質が違うというのは、間違っていないようだ。普段が春の日だまりとすれば、いまのこの人は真冬の吹雪のようだ。
透明な湖水を思わせていた瞳は、いまや凍てついており、とてもではないけれど、「彼女」と一緒にいたときと、どこか平和ボケしているような人と同一人物だとは思えなかった。
「さて、一掃できたところですし、そろそろ攻撃と行きますか。……そうですね。次の直線的な攻撃を回避したところで、主砲と行きますか。旗艦リリアンナ、面舵。中央隊はそれに続け。左舷隊、右舷隊はそのまま」
「は?」
女王陛下がまた伝令を出すも、言われた意味がわからなかった。
次の直線的な攻撃ってなんのことだ?
そんな攻撃が来るなんてわかるわけがない。
そんな示し合わせたかのような攻撃なんて飛んでくるわけが──。
「……え?」
──飛んでくるわけがない。そう思っていた矢先だった。リヴァイアサン様が口を大きく開き、その口の中が光ったと思ったときには海上を割るような勢いの光線が放たれた。だが、その光線が旗艦には当たらなかった。いや、旗艦どころか、その後に続いていた中央にいる戦艦すべてにも直撃はしていない。せいぜい、光線によって巻き上げられた海水を被る程度。
だが、本来ならいまの一撃で終わっていたはずだ。
リヴァイアサン様の放った一撃はどう考えても致死のもの。いまの一撃で旗艦を含めた中央に位置していた戦艦の悉くが葬られていたはず。
その致死を回避した。
いったいどうやってと思うも、その問いかけをする前に女王陛下は指示を飛ばした。
「三叉用意」
「三叉用意!」
伝声管を使い、女王陛下の指示が響く。
すると、どこからともなく汽笛のような音が響き渡り、海上だというのに地鳴りのような音が聞こえてきた。
それと同時に目の前の床が割れて、下から水晶塊が浮上し、艦橋の窓から太く長い槍のようなものが、三叉に分かれた槍のようなものが顔を出したのが見えた。
「……あれは」
いったい、なんだと思っていると、女王陛下が水晶塊に触れた。
「発射準備」
女王陛下の声は囁くようなものだった。
でも、その囁き声はどこまでも響くほどに大きく聞こえた。
その声に伝声管の前に立っていた兵士が、女王陛下からの指示を伝えていく。
「主砲発射準備開始。魔導炉全開はじめ!」
伝声管からの指示とともに、旗艦リリアンナ全体が震え始めた。
同時に三叉の槍の穂先の部分が青白く輝いていく。
「魔導力充填完了まであと5、4、3……充填完了。いつでも行けます!」
伝声管の前にいた兵士とは別の兵士が、女王陛下の前に現れた水晶塊とは別の水晶塊を眺めていた兵士が叫ぶ。
その声に合わせて女王陛下が目の前の水晶塊を両手で覆うようにして触れる。すると水晶塊はその形を変えていき、やがてひとつの筒のような形に変わる。その筒は両手で握るにはちょうどいい大きさでかつ、握り手の部分に小さなレバーのようなものがあった。
「主砲三叉槍──モードトライデント発射」
その小さなレバーを女王陛下は引いた。
それとともにいままで聞いたこともない轟音と目を眩ませるような光の奔流がまっすぐにリヴァイアサン様へと放たれた。
眩む視界の中でわずかに見えたのは、リヴァイアサン様の驚愕とした顔。
その顔を見てすぐに炸裂音が海上に響き渡っていった。
主砲が気づいたら波動砲みたいになっていた件←




