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rev3-63 ルクレの問いかけ

 アクスレイア。


 その名前を聞いたのは、ほんの少し前だった。


 その名を聞いたとき、ひどい胸の痛みを感じた。


 幻痛だとわかっていても、まるで心臓そのものに何かあったんじゃないかと思ってしまうほどの強い痛みだった。


 どうしてそんな痛みが走ったのか。その理由は、アクスレイアという名前にあった。


 正確に言えば、その名を持った女性を知っているからだ。


「魔大陸」で死に別れた嫁のひとり。


 目の前にいるルクレと悲しいほどに似たプーレのファミリーネームが「アクスレイア」だった。


 はじめはただの偶然だと思った。


 ただ同じ名前だと思った。


 でも、考えれば考えるほど、偶然ではありえないということに気づいてしまった。気づかされてしまった。


 ルクレとプーレ。


 あまりにも似すぎたふたり。


 なにせ、ゼーレさんのところで修行していたというドアンさんでも、ルクレをプーレと見間違えるほどに、ふたりは酷似している。せいぜい髪と瞳がルクレは色素が薄めと言う程度。それ以外でふたりに見た目の違いはない。


 赤の他人と呼ぶには、あまりにも似すぎている。


 でも、それがふたりが親戚だというのであれば納得はできる。


 なにせ、「魔大陸」を離れるときに、ククルさんはプーレを王族だと言っていた。ただ傍流ではあると言っていたけれど、それでも王族の血筋であることには違いない。そしてその王族こそがリヴァイアクス王家。つまりはプーレはルクレと同じ一族だということ。


 そこにリヴァイアクス王家が、「水の巫女」の血を汲む一族だという情報を得た。


 さらに、そのリヴァイアクス王家の保持する「水の巫女」の力は二分化されたとしか思えないほどに弱いものだという。


 そこまで揃ったら、その理由を推し量るのは難しくない。


 だけど、俺が結論づけた一番の理由は、コサージュ村の近郊でプーレの遺体をリヴァイアサン様に奪われたことにある。


 いや、もっと言えば、プーレの遺体をなぜかリヴァイアサン様が欲しがったということ。


 ただ、その理由自体は理解できるものではあった。


 リヴァイアサン様はある女性──おそらくはプーレの先祖にあたるレリアーナという女性に懸想されていた。


 その懸想されていた女性とは、事情があって結ばれなかった。


 だから、プーレの遺体を欲しがった。


 レリアーナさんを手に入れるために。


 その方法自体は俺にはわからないけれど、「海王リヴァイアサン」と名乗る人物が、プーレそっくりの姿をしていることから、なんとなく事情は察することができた。


 あの海王という人物は、たぶんリヴァイアサン様本人だ。


 ただ、あの体まではリヴァイアサン様のものじゃないだろう。


 あの体はおそらくだけど、プーレのものなんだと思う。


 実際には見ていないから、断定はできないけれど、リヴァイアサン様はコサージュ村での邂逅で、去り際に「後悔させてやる」と言っていた。


 その「後悔」こそがプーレの遺体を使うということなんだと思う。


 俺の嫁だったプーレの体をみずからのよりしろとして使い、そのよりしろの体にレリアーナさんの魂を移植するつもりだったのかもしれない。


 どうしてプーレの体にレリアーナさんを宿らせようとしているのかはなんとなくだけど、予想はできた。大方、俺の前でプーレの体に宿ったレリアーナさんを抱くとか、そういう類いのことをしようとしていたんだろう。


 俺を絶望させることとレリアーナさんを手に入れる。その両方を一度に達成できる方法だった。


 もともとそういうつもりだったのかはわからない。


 いまのリヴァイアサン様の目的が俺を絶望させることだと思えば、あの人であればそこまでするとはっきりと言い切れる。


 ただの嫌がらせにしては、やりすぎだとは思うのだけど、相手は神獣という規格外の存在だ。子供じみてはいるけれど、効果的かつ確実に俺を絶望に陥れる方法としてはこれ以上とない方法だと思う。


 解せないのはそこまでする意味があるかということだけど、相手が相手だから普通の考えは通用しない。


 俺から見れば、意味のないことでもあの人にとってはなにかしらの意味があることなんだ。それが俺の目の前でプーレの体を抱くという異常じみた行動なんだろう。


 だけど、もし、ほかに理由があるとすれば?


 もしかしたら違うかもしれない。


 けれど、もし別に理由があるとすれば、それはプーレの体を確保することだったとすれば。レリアーナさんを宿すためだけではなく、その体こそに、その体に宿る力こそが本当の目的だったとすれば?


「水の巫女」の力がどれほどのものだったのかはわからない。


 ルクレでは半分くらいしか使えないという力。


 そのもう半分を得たところで、意味はないかもしれない。


 けれど、元の力に戻ったとき、その力が爆発的に上がったとすれば?


 よくある話ではあるんだ。


 二つに分かたれた力が、元に戻ったとき、その力は爆発的に上昇するとか、わりとお約束に近い内容ではある。


 そのお約束が現実になったとすれば?


 それこそ、リヴァイアサン様の地位を脅かすほどのものだったとしたら?


 もし、本当にそうなるのであれば、俺であれば元に戻らせないように手を打つだろう。


 真実を悟らせないために、表向きの理由をでっち上げてだ。


 表向きは亡き最愛の人を取り戻すため。


 しかし実際は自分の力を凌駕しかねない力を、復活させないためだったとすれば、いろいろとつじつまは合ってしまう。


 そこにアリアがもたらした「水の巫女の力であれば、いまのリヴァイアサン様を鎮められる」という情報。より一層俺の考えがでたらめではないという、ほぼダメ押しとも言うべきものだった。


 総合的に考えて、リヴァイアサン様の目的は「水の巫女の力を復活させないため」というのが妥当だろう。


 そしてその「水の巫女」の力の片割れをどういうわけかプーレが受け継いでいる。だからこそ、リヴァイアサン様はプーレを欲し、彼女を殺した。


 そしてその遺体をいまのいままで使っていた。


 でも、リヴァイアサン様はいま本来の姿になっている。


 雲に届かんばかりの水柱を纏う、本来の姿にだ。


 だが、そうなるとプーレの体はどうなったのだろうか?


 そもそも、なんで本来の姿になったのか。


 わからないことはまだある。


 まだあるけれど、少なくともプーレの体がいまこの国にあることはたしかだ。


 その在処がどこなのかも含めて、だ。


「……うん。ルクレ、ひとつ聞かせて欲しい」


「なんでしょうか?」


「「大蛇殿」との直通のルートがあるよな?」


「っ!?」


「教えてくれ」


「……な、なにを仰ると思えば」


 ルクレは息を呑んでから、俺の言葉を否定した。


 けれど、それでは俺の言葉が事実だと言っているようなものだった。


 否定するのであれば、即座に否定するべきだった。


 それをしないということは、この城には「大蛇殿」への直通のルートがあるということだ。

 ルクレがリヴァイアサン様と関係を持っていたのであれば、わざわざ街中を通ってくるなんて面倒なことをリヴァイアサン様がするとは思えない。


 まぁ、リヴァイアサン様であれば、転移してくるという可能性もあるが、そんなことができるのはこの国では、リヴァイアサン様くらいだ。それにその方法だとリヴァイアサン様しか移動できないわけだ。この国の代々の王たちには無理なことだった。


 なんでこの国の代々の王がというと、もし、極秘にリヴァイアサン様と代々の王が会談をすることがあったら、リヴァイアサン様が城に来るときのように、往来を行き交うなんて面倒なことをするだろうか?


 リヴァイアサン様であれば転移してくるだろうが、王族にはそんなまねはできないとすれば、この城と「大蛇殿」を繋ぐ直通のルートがあってもおかしくはない。むしろ、あるべきだろう。少なくとも俺であればそうする。


 根拠はほぼ勘だったけれど、ルクレの反応を見る限り大当たりのようだった。


 であれば、だ。


「「大蛇殿」に行って、プーレの体を取り戻しに行く。だから、教えて欲しい。直通ルートがどこにあるのかを」


 ルクレを見遣る。


 その顔にははっきりと焦りの色が見える。


 それでもなお俺はルクレをじっと見つめた。


 その視線にルクレは顔を逸らして、一言。


「約束してください」


「え?」


「……「彼女」の体を取り戻しても、私を愛することを。この場で誓ってください」


 ルクレは言う。


 非常事態だというのに、なんて呑気なことをと言うのは簡単だった。


 だけど、ルクレはひどく真剣だった。


 その真剣な様子にごまかしはできないのは明らかだ。


 その言葉に俺は、俺が告げた答えは──。

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