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rev3-61 水の巫女

朝から日暮れに変更しました。

なんか勘違いしていました←汗

 日が沈みかけていた。


 本来であれば、夕飯時の団らんの一時か、一日のお勤めの終わりの挨拶が交わされていたことだろう。


 それは城の中でも変わらずに行われるはずだった。


 しかし現在の城の内部はひどい喧噪で覆われていた。


 怒号は飛び交っていないものの、それも時間の問題と思わせるには十分すぎた。


 おそらくは街中の喧噪はそれ以上にひどいものだろう。


 この喧噪を止めるには、王が一喝する必要がある。


 それこそ鶴の一声とでも言うべきものを発する必要がある。


 でも、そのためには、王が言葉を発するためには、事前の準備が必要となる。


 どういう内容を口にするのかの打ち合わせとでも言うか、要は上層部での作戦会議がいる。

 その作戦会議がいまルクレの執務室内では行われていた。


 その作戦会議に俺も参加している。


 とはいえ、作戦会議と言ってもその内容は、大したものではない。


 そもそも相手が相手だった。


 会議が行われている理由は、突如として現れた水柱の対処のためだ。


 が対処と言っても、どう対処しろというのか。


 あの水柱の正体は怒り狂ったリヴァイアサン様だとアリアは言った。


 その言葉をルクレは否定しなかった。


 アリアとルクレの会話の内容を振り返えれば、水柱の正体がリヴァイアサン様だというのはなんとなく察することはできた。


 察することはできたが、できればあってほしくはなかった。


 だって、あの水柱は縦も横もありえないサイズだった。


 コサージュ村近郊で出会ったときのリヴァイアサン様は、褐色肌の幼女というべき姿をしていた。どことなくガルーダ様と似ているなぁと思う姿だった。とてもではないが、雲に届くほどの巨体ではなかった。せいぜい小学生くらいの背丈だった。


 そのリヴァイアサン様が、あの水柱ということは、あの中には本来の姿のリヴァイアサン様がいるということだ。


(……元の世界での知識を踏まえたら、ありえないことじゃないんだけど)


 そう、元の世界での知識を踏まえたら、リヴァイアサン様の本来の姿があれだけの巨体であったとしてもおかしくはなかった。


 元来は旧約聖書に登場する魔獣であり、世界の終末には食糧となることが決められているものの、その強大さは最強の生物と言わしめるほどだ。


 だからこそ、あれほどの巨体をこの世界のリヴァイアサン様が持っていたとしてもおかしくはない。


 その巨体相手になにができるのかと言われたら、なにもできないとしか言いようがない。しかも相手が曰く怒り狂っているとしたら、もうどうしようもない。


 だが、建前だけであったとしても、ここでなにかしらの方向性を決める必要がある。


 でなければ、この喧噪を止めることなどできない。できないのだけど、ならどうするべきか、具体的にどうすればこの事態を治めることができるのか。


 ルクレの頭を悩ませるのはそこだ。


 相手は神獣。この世界における最強の一角。


 その最強相手に脆弱な人間がなにをなせるのか。


 いま執務室にいるのは、俺とルクレ、そしてアリアの三人だけ。リヴァイアクスという大国の命運を握る会議というには、あまりにも参加者が少なすぎる。


 けれど、頭数を仮に十倍、百倍にしたところで、建設的な話ができるとは、それこそ具体的な打開策が出るとはとてもではないが思えない。


 むしろ、人数を増やすことは喧々囂々となり、かえって場を乱すことになりかねなかった。人は強大すぎる存在にはあまりにも無力であり、その無力感ゆえに冷静な判断を下せなくなる存在だった。


 そういう意味では、会議の参加人数が少ないというのは、僥倖と言ってもいいのかもしれない。


 ただ頭数が増えただけでは、なんの意味もない。


 だが、数が力であることも事実だ。


 そしてその数を活かすことが古来より人間が、強大な存在相手に行ってきた生存のための戦略でもある。


 要はどんな意見でも聞くべき内容があるということ。どんな些細なものであっても、その中には一筋の閃きがあるかもしれない。


 頭数があれば、その閃きが見つかる可能性は増える。もっともデメリットの方が多いから、一概にも人数がいればいいというわけでもないのだけど。


 今回は少人数であることのメリットとデメリットの双方が同時に顔を覗かせているという状況だった。


 一言で言えば、相手があまりにも悪すぎる。


 作戦会議は開始早々に暗礁に乗っていた。


「……どうしたものですかね」


 ふぅと小さくため息を漏らすアリア。


 イリア曰く「バカな子」という残念扱いであるはずなのに、いまの姿を見る限りはとてもではないが、残念扱いされるような存在には見えない。


 まぁ、仮に残念扱いされるような存在だったとしても、今回は難題すぎるのだから、残念だろうとそうでなかろうと、大して差はないだろう。


「リヴァイアサン様が怒り狂われている時点で、人間という存在ではどうすることもできません。できるとすれば、リヴァイアサン様と同等ないしそれ以上の存在くらいでしょう。そんな存在であっても、いまのリヴァイアサン様はおそらく手に余る可能性が高いでしょうが」


「同じ存在となると、一番近いのはベヒモス様か?」


「ええ。ですが、たとえ彼の方のお力を借りられたとしても、それで事態が解決とはならないでしょう」


「いまのリヴァイアサン様を前に対話など不可能です。力で抑え込むしかないのでしょうが、たとえば同じ人間同士であっても、理性が飛んでいる状態の相手を抑える込むのは至難の業だというのに、リヴァイアサン様がそうなったとなれば、同じ神獣様でも難しいでしょうね」


「そもそも、仮にベヒモス様で抑えられるとしても、ベヒモス様に面通しをできるほどの時間はないでしょう。ここからベヒモス様の居城の「巨獣殿」の膝元であるリアスまでは快速船を用いても一週間は掛かります。そのリアスから「巨獣殿」までさらに一週間。約半月かかってようやくたどり着けるというのに、その日のうちに話が済み、戻るにはまた半月。一ヶ月掛かる計算になります。どう考えてもいまのリヴァイアサン様相手にこの国が一ヶ月持つわけがないです」


 暗礁に乗った会議でも、どうにか意見を交換するも答えは変わらない。一言で言えば、この国はすでに詰んでいた。それは俺もアリアも、そして国主であるルクレとて同じ意見だった。


 だが、たとえ詰みであっても、そのままのことを住民たちに言えるわけがない。そんなことを王がみずから口にすれば、それこそ喧噪が大混乱に変わるのは目に見えていた。


 誰も口にしないけれど、ただでさえ詰んでいる状況だというのに、そんな大混乱を起こせば、完全にこの国は滅びることになる。まぁ、リヴァイアサン様が怒り狂っている時点で時間の問題と言えなくもないのだけど。


「……ルクレ。仮に時間を稼ぐとしたら、どこまでできる?」


「……一分でも稼げたら僥倖と言うところですね」


「恐れながら私の見解も同じですね。名高きリヴァイアクス海軍の総力を費やしたところで、全滅の時間がわずかに伸びる程度でしょう。我が国の精鋭を使ったところでもやはり同じですかね。仮に交互にぶつけたとしても、一分が二分に変わる程度でしょう。下手すればひとまとめにされる可能性もありますので、一分が数十秒になることもありえますね」


 アリアがまたため息を吐いた。


 リヴァイアクスの総力を費やしてもほんのわずかに全滅の時間が増えるだけ。


 そこにルシフェニアの力が加わったとしても、結果は変わらない。


 いや、ルシフェニアどころか、この大陸の総力をあげたとしても、全滅までの時間にさしたる変化はないだろう。


 それだけ相手は強大だった。強大すぎる相手だった。


 そんな相手に脆弱な人間がなにをなせるというのか。


 会議は結局堂々巡りを繰り返すだけで、建設的な内容とはとても言えない様相を為していた。


 それでも、なにか打開策はないかと全員が頭を捻っていた。


 導き出される答えなどないとわかっていたとしても、決して諦めることなく答えを求めていく。


 誰もが諦めの色を顔に浮かべつつも、それでもと頭を捻る。


 だけど、答えなど見つかるわけもない。


 ただ時間だけが過ぎていき、そして──。


「あぁ、くそ。こういうときに鎮める存在ってのが普通いるもんだろうに。巫女とかそんなのがさ」


 ──苛立ち紛れに俺は癇癪を漏らした。我ながら情けないと思いつつも、癇癪せずにはいられず、なんの意味もない文句を口にした、そのときだった。


「……巫女?」


 アリアが耳ざとく拾ったのは、俺が口にした「巫女」だった。


 元の世界では、リヴァイアサン様のような超常的な存在相手へのカウンター処置というべき巫女という超常的な存在を鎮める存在が必ずいるものだ。


 国によっては巫女ではなく聖女とも言われるだろうけれど、どちらにしろ、人間では抗えない存在を鎮めるための存在だった。


 場合によってはその身を以て対象を封印することもある人物。それが巫女ないし聖女だと俺は思っている。


 その巫女にアリアはなぜか反応を示していた。


「……そうだ、「原初の巫女」だ」


「え?」


「「原初の巫女」?」


 アリアが思わずと言ったものは、聞き慣れない単語だった。


「この世界の最初の巫女たちを差すものです。それぞれ火、水、風、土の四人の巫女がいたそうです」


「そんな人たちが」


「……」


 アリアの言葉を聞いて俺は素直に驚いていた。が、ルクレは悲壮な面持ちをしている。その反応に引っかかるものを感じつつも、アリアの話に集中した。


「そしてそれぞれの巫女にはそれぞれ司る力があったそうです。たとえば、火の巫女であれば開放の力、風の巫女であれば進化の力をという具合に。その中でも、水の巫女は変化の力を司っていたそうです」


「変化?」


「ええ。水というのは変化するもの。時には個体になり、気体にも、液体にもなる。ゆえにその力は変化を司るもの。その変化の力を用いれば」


「リヴァイアサン様を通常の状態に戻せる、とか?」


「可能性はあるでしょう」


 アリアが頷いた。


 話の通りであれば、水の巫女の力があれば、いまの怒り狂ったリヴァイアサン様を変化させ、通常の状態に戻すことも可能かもしれない。あくまでも可能性でしかないが、先ほどまでのとっかかりがなにもない状況よりかははるかにましだった。ただ問題もある。


「その水の巫女ってどこにいるんだ?」


 そう、原初の巫女というからには、神代にいた人たちだろうから、すでに亡くなっているだろう。


 仮に血筋が残っていたとしても、いったいどこにいるのかなんてわからない。それを探している余裕なんてあるわけもない。そう考えていた俺に、アリアはくすりと笑いながらルクレを見遣った。


「あら、水の巫女の末裔でしたらお隣におられるでしょうに」


「え?」


「そうですよね? ルクレティア陛下。あなたは、いえ、リヴァイアクス王家は水の巫女であらせられたアクスレイア様の末裔の一族。その一族であるあなたであれば」


 アリアの言葉はまたもや想定外のものだった。


 だけど、もし本当にルクレが水の巫女の末裔であれば、この状況を打開することも──。


「……できません」


 ──できると思っていた。


 だが、ルクレからの返答は可能性を、わずかばかりの光明を完全に閉ざしてしまうものだった。


「私はたしかに水の巫女の末裔です。ですが、私では、私の力ではリヴァイアサン様を元に戻すことはできないのです」


 ルクレは心苦しげにそう告げたんだ。

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