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rev3-56 君の名前は

 信じられない。


 いまの僕の感情を、的確に言い表せる言葉は、その一言に尽きる。


 目の前で起きていることが、信じられない。


 たしかに。


 そう、たしかに僕の目的だった。


 レリアーナを取り戻す。


 それが僕の目的だった。


 別に愛しているわけじゃない。


 六の姉上のように、人間如きに現を抜かすつもりはない。


 せいぜい、その肢体が僕好みだったというだけ。


 なにせ、彼女を手放してしまってからというもの、約千年間、彼女ほどに僕好みの女はなかなか現れてくれなかった。


 それも当然か。


 いまの王族はレイアーナの、レリアーナの妹の血筋だ。


 レイアーナはレリアーナほどではないけれど、僕好みではあった。


 その血を引く女であれば、当然先祖同様にある程度までは満足できる肢体の持ち主ではあるけれど、至高とも言える肢体の持ち主だったレリアーナに勝る女が出てくるわけもない。


 その中でも、ルクレティアは近年稀に見る逸材だった。


 母親のルクレシアもなかなかだったし、その娘はどれほどのものかと内心楽しみではあったのだが、その期待はいい意味で裏切られた。


 ルクレティア本人には決して言うつもりはないけれど、適齢期になったら孕ませようかと思うほどには。


 ルクレシアでもそう思ったことはなかったし、それこそ先祖であるレイアーナに対しても、そこまでは思わなかった。


 近年稀に見るとは言ったものの、実際はレイアーナの血筋でもっとも僕好みの女だったのが、ルクレティアだったわけだ。


 だから、幼少の頃から閨の技を仕込んだ。


 レリアーナを取り戻せなかったとき用の保険として、キープしておこうと思ったからだ。


 その甲斐あって、アレは非常に僕好みの女になってくれた。


 まだ肉付きは薄いけれど、あと数年もあれば、その肉付きも改善される。そうなったときのルクレティアはきっと見物であろう。


 なにせ、「清楚」という言葉を体現したような見た目であるくせに、その実最高級の娼館に在籍する娼婦でさえ、勝負が成り立たないほどの閨の技術を持った女なんだ。


 一度抱けば虜になり、二度目には骨抜きにされ、三度目には彼女なしでいられなくなるだろう。


 さすがに現時点ではまだそこまでには至らない。


 しかし、確実に至れるほどの逸材だ。


 だからこそ、保険として手元に置いておきたかった。


 レリアーナを取り戻すことは確定ではあるが、確証はない。そのための保険だ。


 まぁ、その保険も結局は手放してしまったのだが、その甲斐はあった。


 そう思えるほどの光景が、いま目の前に広がっていた。


「──お久しゅうございます、リヴァイアサン様」


 その声はレリアーナの肉声ではない。その声は彼女の血筋の娘であるプーレリアのもの。だが、僕の知るプーレリアとは明らかに雰囲気が異なっている。


 プーレリアははっきりと言えば、どこか子供っぽい子だ。従姉にあたるルクレティアと比べると、若干残念なところがある。


 ただし、体つきはルクレティアよりも、いくらかいい。あくまでもいくらかであり、ほぼ変わらない。


 さすがに幼少時から僕が仕込んできたルクレティアよりも、閨では見劣りするのは目に見ている。


 そんなプーレリアを見つけるには苦労したものだ。


 どうやったのかまでは知らないが、まさか「聖大陸」から遠く離れた「魔大陸」にレリアーナの血筋が連綿と受け継がれていたなんて考えてもいなかった。


 そもそも、どうやって「魔大陸」にまでレリアーナを運んだのかもわからない。海上を使えば、それだけで僕にはわかる。海は僕の領土なのだから、その海を密かに進んだところで僕が気づかないわけがない。


 だからこそ、「聖大陸」のどこかにいるとしか考えていなかった。海に隔てられた「魔大陸」にいるなんて思いもしていなかった。まんまとレイアーナには裏を搔かれてしまったものだ。


 まぁ、その工作も空しく、レリアーナの血筋であるプーレリアの遺体を手に入れることはできた。


 そしていま、その遺体を元にレリアーナを取り戻すことができた。


「大回帰」ではレリアーナをプーレリアの遺体に宿すことはできない。


 かといって、「大蘇生」ではプーレリアが生き返るだけ。


 仮にレリアーナを「大蘇生」で宿すことができたとしても、あれは六の姉上の管轄の力だ。僕も使うことはできるけれど、消耗が半端じゃない。それでレリアーナを宿すことができればいいものの、プーレリアを呼び戻すだけじゃ何の意味もない。リスクが高すぎた。


 八方塞がりとも言うべき状況だったが、その状況を進展させたのが、アンジュの存在だった。


 もともと六の姉上の血筋の子が双子であることはわかっていた。


 その双子をなぜか離ればなれにしたのは、正直意味がわからないことだった。当時はそんなに亡き妻の面影のある子たちを見ていたくないのかなと思っていた。


 しかし、理由に気づけば、姉上の判断は間違っていなかったというのがわかる。


 仮に僕が姉上の立場であったら、同じ判断をしていたと思う。


 あの姉妹がそばにいることは、火種以外のなにものでもない。


 いや、火種なんて生やさしいものじゃないか。


 あれは正真正銘の爆弾だ。


 あのふたりを巡って世界大戦が勃発してもおかしくないレベルのだ。


 その大戦に率先して参加するのが、あのクソババアだというのも明確にわかってしまう。


 とはいえ、あくまでもあの姉妹が揃えばの話だ。


 揃わなければ、単体であれば、そこまでの火種にはなりえない。


 むしろ、有効活用できるほどだ。


 特にアンジュの「開放の巫女」の力は、僕にとっては福音だった。


「開放の巫女」の力を使えば、プーレリアの中に眠る、彼女の祖先たちが代々受けついできたレリアーナの血から、彼女を目ざめることはできる。レリアーナを目ざめさせられれば、あとは簡単だ。レリアーナをプーレリアの遺体に固定させれば、レリアーナを取り戻せる。


 その代償が、散々仕込んできたルクレティアを手放すことになってしまうが、レリアーナを取り戻せなかったとき用の保険なんて、レリアーナを取り戻せれば必要なくなる。


 惜しいとは思うけれど、レリアーナとのトレードだと思えば、そのレートは破格と言ってもいい。


 惜しくはないとまでは言わないが、等価交換というには、僕の持ち出しが安すぎる。迷うことはない。


 まぁ、それも二の次だが。


 いま目の前に僕が長年夢見てきた光景が、レリアーナとの再会がようやく果たせたんだ。長年の悲願を達成できた。その感動はひとしおだった。それこそ感涙したくなるほどにだ。いまはその想いに少しでも長く浸っていたかった。


 だが、レリアーナはそんな僕の気持ちを理解してくれないようで、「あの?」と恐る恐ると声を掛けてくる。離れている間にせっかちにでもなったのだろうか。まるで()()()()()()()()()


「なにか不具合でもございましたか? 私自身はずいぶんと昔に亡くなったのですが、その私をわざわざ呼び起こされるということは、なにかしらの不具合があったということなのでしょうが」


「不具合などないよ。ただ、僕は君に──」


 会いたかったんだ。そう言おうとした矢先のことだった。


「左様ですか。正直言いまして、あの人はわりとのんびり屋さんですから、私がいなくなった後、ちゃんとリヴァイアサン様とやっていけるのかなぁと心配していたのです。()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()の心配をするなんて身に余ることだとは理解しているつもりなのですが」


「──ぇ?」


 ()()()()()の言葉が理解できなかった。


 いま、なんと言ったのだろうか?


 レリアーナは自分のことを凡庸だと言っていた。


 僕にとってレリアーナは凡庸というイメージはあまりない。


 彼女は型破りな女性であり、凡庸と言えるような人間じゃない。


 むしろ、凡庸と言うべきなのはレイアーナの方だ。


 レイアーナはとにかく真面目だ。


 その真面目さが災いすることが多々あり、その度にレリアーナにからかわれていた。


 だが、それでも姉妹仲は良好だった。


 非凡な姉と凡庸な妹。


 普通なら仲違いでもしそうなものだけど、ふたりは仲違いなどしていなかった。


 その理由が、レリアーナの顔にある火傷なのだと思う。


 子供の頃の不始末で火傷を負うことになったレリアーナ。


 そんなレリアーナにレイアーナはいつも負い目を感じていた。


 その負い目があるからこそ、あのふたりは本来なら仲違いしてもおかしくないほどの能力差があるというのにも関わらず、良好な姉妹関係を結んでいた。


 そう、レリアーナはレイアーナよりも能力が劣るなんてことはない。なのに、なんでいま目の前にいるレリアーナは自分を凡庸だと言うのだろうか?


 そもそも()というのはどういうことなのか。


 わからない。


 ()()が言っている意味が、まるで理解できない。


 理解できないまま、僕は彼女の言葉を遮り、疑問を投げかけた。


「なにを。なにを言っているんだ?」


「なにを、と仰いますと?」


「君には姉なんていないだろう?」


「いえ、私には姉がいますけど」


「……は?」


 レリアーナの言葉の意味がわからない。


 姉がいないはずなのに、姉がいると言う。


 もしかしたら、幼少時に姉がいたとでもいうのか?


 いや、そんな話は一度も聞いたことがない。


 では、「姉」とは誰のことだ?


 レリアーナの「姉」とは誰のことなのか。


 その疑問を僕はレリアーナにぶつけていた。


「なにを言っているんだ。君はレリアーナ、だろう? レリアーナには姉はいないはずなのに」


 まるで縋るように僕はレリアーナに問いかけた。


 いままでの言葉はすべて冗談ですよと言って欲しかった。


 質の悪い冗談であることを彼女の口から言って欲しかった。


 けれど、そんな僕の願いは叶わなかった。


「……あぁ、そういうことでしたか。やはり旅立ちが早すぎましたね。ちゃんと話をしていればよかったのかもしれません。その様子では……あぁ、なんということでしょうか。唯一できる姉孝行だと思っていたのですが、()は結局姉のためになにもできなかったのですか」


 レリアーナが泣いている。


 だけど、言われた意味はやはりわからない。


 理解できないのではなく、理解したくなかった。


 それほどまでに彼女の言葉は、僕の心をこれでもかと打ち付けていた。


「なにを、なにを言っているんだ。君は、君はレリアーナだ。だって、あのとき僕の前にいたのはレイアーナだった。だって、だってレリアーナにあるはずの火傷は()()にはなかった。だから、()()は!」


「……いいえ。いいえ、違うのです。私は、私の名はレリアーナではありません。()()()()()()()()()。あなたの言うレリアーナの()()()()なのです」


 レリアーナが言った。その言葉を聞いて僕の頭は真っ白になった。

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