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Act1-73 霊草エリキサ その九

本日六話目です。

 アルトリアに抱き締められたあと、すぐに庭に向かった。


 庭では、シリウスが元気よく走り回り、そんなシリウスを、ミーリンさんが穏やかに笑って見守っている。エリキサの納品という難題があったのが、まるで嘘のような光景だった。


 エリキサの納品は、俺が蒔いた種だし、決まったばかりなので、ミーリンさんが余裕なのも無理はない。


「あ、ギルドマスター。ようやく出て来られたのですね」


「心配かけたね、ミーリンさん」


 ミーリンさんに声をかけると、白と黒の塊が突っ込んできた。支えきれずに、組み伏されてしまう。


「シリウスちゃんも心配していたんですよ?」


 ミーリンさんの声に合わせるように、シリウスに顔を舐められてしまう。ざらざらとした感触がなんとも言えない。


「お、おい、シリウス、やめろって」


 くすぐったいからやめてほしいのに、シリウスはやめてくれない。むしろ、舐めるのが加速してしまった。


「み、ミーリンさん、助けて」


 どうしてか、言うことを聞いてくれないシリウスを止めてもらおうと、ミーリンさんに頼むけれど、 ミーリンさんは、笑うだけで止めてくれない。


「み、ミーリンさん?」


「シリウスちゃん。ゴー」


「ちょ!?」


 まさかの裏切りだ。こんなことで、裏切られるなんて思ってもいなかった。どんなに嘆いたところで、裏切られた現実は変わらない。そしてシリウスもまた止まらない。止まることもなく、俺の顔をよだれでべとべとにしてくれた。


「う、うぅ、なにするんですか、ミーリンさん」


「私はなにもしていませんよ? ただシリウスちゃんに許可を出しただけです」


 ニコニコと笑いながら、ミーリンさんは屁理屈を言ってくれた。


 たしかにミーリンさん自身はなにもしていない。ただシリウスをけしかけただけだった。しかしシリウスをけしかけたという間接的な行動を取ったことには変わりない。


「そんなの屁理屈じゃないですか」


「ええ、屁理屈ですよ? それがなにか?」


「開き直ったよ、この人」


「開き直りもしますよ。だってギルドマスターは、アルトリアちゃんのことばかりで、シリウスちゃんのことを、まるで気にかけていなかったですし」


 ぐうの音も出なかった。実際、最近の俺はアルトリアのことばかり考えている。


 寝ても覚めてもアルトリアのことばかりだった。


 シリウスのことを、まるで気に掛けていなかった。いや、いまのいままでシリウスのことを忘れていた。


 シリウスはただのペットじゃない。ナイトメアウルフの忘れ形見だった。俺を友と呼んでくれたあいつから託された子だった。そのシリウスのことを、俺はいままでまるで気に掛けていなかった。


 やっぱり俺はどこかおかしいのかもしれない。いままでの俺であれば、こんなことはしなかった。


 けれどいまの俺は平然と、シリウスのことを放っていた。これじゃシリウスが俺の言うことを聞いてくれないのも当然だ。


「……シリウスちゃんは、とてもいい子です。ギルドマスターのことを、常に考えてくれていますよ。実際、いままでアルトリアちゃんと一緒にいるとき、この子が邪魔をしたことがありましたか?」


「それは」


 一度もなかった。俺とアルトリアが一緒にいるとき、シリウスが邪魔をするようなことは一度もなかった。


 道端を歩いているときは、いつもアルトリアに抱きかかえられていて、じっとしている。


 部屋でくつろいでいるときは、いつのまにか、部屋からいなくなっている。


 それがすべて俺とアルトリアのことを考えての行動であることは、あきらかだった。


 普通の犬であれば、そんなことはできない。けれどシリウスにはできる。


 なにせシリウスは、魔物だった。誇り高き狼の魔物であり、ナイトメアウルフの息子だった。


 ナイトメアウルフは俺のことを友と言ってくれた。


 けれど俺はその友と呼んでくれたあいつを殺した。


 たとえあいつ自身がそれを望んだとしても、シリウスの親を殺したという事実は変わらない。いわば、俺はシリウスにとって、親の仇でしかない。


 そんな俺のことを、シリウスは考えてくれている。


 たしかにミーリンさんの言う通りだ。シリウスは、とてもいい子だ。そんないい子を、俺はひとりにしてしまっていた。シリウスのことをなにも考えてやっていなかった。育ての親として失格だろう。


 それでも、そんな俺でも、こいつは俺のことを考えてくれている。


「……ごめんな、シリウス」


 無垢な瞳で、シリウスは俺をまっすぐに見つめている。


 堪らなくシリウスが愛おしく思える。


 強く、その小さな体を抱き締めると、シリウスは嬉しそうに鳴いてくれる。


 恨まれて当然な俺を、どうしてこんなにも慕ってくれるのか。理由はわからない。けれどその想いだけはたしかに伝わってくる。


「これからはできるだけ、一緒にいるよ。もうおまえに寂しい想いをさせはしない」


 腕の中のシリウスに囁いた。シリウスは小さく吼えた。


 でもそれはどこか申しわけなさそうな響きがあった。アルトリアとのことを気に掛けてくれているのだろう。本当にこいつはできた奴だけど、余計なことに気を回しすぎだった。


「余計なことに気を回さなくてもいい。おまえはただ甘えてくれるだけでいいんだよ」


 いつかシリウスは野性に返さなければならない。それがナイトメアウルフとの約束だ。


 ナイトメアウルフはシリウスが望むのであれば、そばに置いてやってほしいと言っていた。俺もできるならそうしてほしいとは思っている。


 しかしもし地球に戻ることができるのであれば、そのときシリウスは一緒に連れてはいけない。


 この世界に永住するのであれば、シリウスを野性には戻さず、俺のそばにいさせられる。


 しかし地球に帰れるようになれば、シリウスを連れて行くことはできない。


 地球には狼はいるけれど、魔物は存在しないんだ。魔物が存在しない世界に、シリウスを住まわせるわけにはいかない。


 シリウスとはいずれ別れることになる。それはどんな選択をしても、必ず訪れる。


 なにせ魔物のシリウスと人間である俺とでは、生きていく時間が異なっている。その異なる時間ゆえに、いつかは必ず別れることになる。それはアルトリアとだって同じことだ。


 アルトリアは吸血鬼の人魔族だ。吸血鬼同様に、その寿命は人よりもかなり長い。


 つまり俺が老いても、アルトリアは若いままということ。


 一緒に老いていくことはできない。


 だからこそ、アルトリアとも早めに別れた方がいいのかもしれない。アルトリアとシリウスのことを思えば、俺のわがままを貫くわけにはいかない。


 けれど、アルトリアもシリウスも、俺にはなくてはならない存在になっていた。そのなくてはならない存在との別れは、とても胸が痛くなる。


 でもいつかは必ず訪れるんだ。それが寿命という理由なのか、それとも元の世界に帰るという理由でなのかは、まだわからない。


 でもいつかは必ず別れが訪れるということだけは、わかっていた。それだけははっきりとしている。


 それでも、それでも俺は言わずにはいられない。


「おまえは、もう俺の家族だ。だからもう遠慮なんてするな。余計な気遣いなんてするんじゃない。ただ甘えてくれればいいんだよ」


 手触りのいい毛並みをそっと撫でていく。シリウスは鼻先をこすりつけて来る。くすぐったい。でもとても心地が良かった。


 別れは必ず訪れる。その日が来るのがいつになるかはわからない。それでもいまを、このひとときを守って行きたいと思う。


 そのためにはエリキサを見つけなければならない。とても難しいことだけど、それでも俺は諦めるわけにはいかないんだ。


「シリウス、力を貸してくれ」


 シリウスは短く吼えた。了承してくれたということだろう。その証拠にシリウスは真剣な目で俺を見つめている。ありがとう。もう一度シリウスを強く抱きしめた。

続きは十六時になります。

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