rev3-52 多大すぎる期待
「──今日はここまで」
「ありがとうございました」
日が暮れて、淡いオレンジ色の光が差し込んでいた。
人も地面も世界さえも、差し込んできた光に染まっている。
目の前には、王宮騎士団のうちの100人ほどが並んでいた。
この100人でひとつの隊を為していて、総勢は300人ほど。
警護の兵士はも300人ほどで、城に常駐している戦力は計600人抱えているけれど、そっちは騎士団とは別の管轄になっている。
俺の管轄はいまのところ目の前にいる100人。数だけを見ると少ないけれど、城の常駐戦力の六分の一が俺の麾下になると考えると、とんでもないことだ。
王配だからこその手勢だというのは、俺自身理解している。
ルクレがいなければ、100人という戦力を抱えられるほどの器など俺にはない。
魔大陸にいた頃は、お抱えの冒険者がどれほどいたのかはわからなかった。
依頼や傷心旅行やらでちょくちょくとギルドを留守にしていたこともあり、お抱えの冒険者がどれほどいたのかは完全に把握できていなかった。
いや、冒険者だけじゃないか。職員の半分だって顔と名前が一致するかどうかも怪しい。
それは目の前にいる100人に対しても同じだ。
まだ顔と名前を憶えきれていないので、誰が誰なのかはよくわからない。
ただ、何人かは顔と名前を把握できている。
たとえば、この一隊の分隊長に関してはもう憶えたし、その補佐官2人も憶えている。
基本的に王宮騎士団は100人でひとつの分隊になっているが、その分隊の中でもさらに細かく分けられているそうだ。
ひとつの分隊は20の小隊で成り立っており、小隊はひとつにつき5人ずつ。その5人を纏めるのが20人の小隊長、その20人を纏めるのが分隊長とその補佐官2人というのが基本形になっているらしい。
現在は分隊長の上に俺と言う存在がひょっこりと立っている。100人ちょうどのはずが、俺という存在のおかげで101人と端数が出てしまっているのはなんとも締まりが悪い。
かといって、俺がいるからひとり出て行けなんて言えるわけもない。そもそも言ったら、暴君すぎる。
ルクレが言うには俺は最終的に王宮騎士団どころか、護衛の兵士もすべて指揮下に置くことになっているらしくて、ルクレは「いまのうちに副官候補を見つけておくといいですよ」と言ってくれた。
100人だけでもきついっていうのに、その6倍を抱えさせるなんて鬼かと思ったけれど、ルクレは「旦那様なら大丈夫ですよ」の一点張りであった。
なんで大丈夫なんだと問いかけたら、ルクレからの返答はいつもひとつだった。
「だって、私でもできているんですから、旦那様であれば問題なしです」
というのがルクレからの返答だった。
いまさらではあるけれど、ルクレはこの国における大将軍の位に就いている。なんでもリヴァイアクスの王は代々大将軍の地位に就くのが慣例らしく、ルクレもその例に漏れず、大将軍としてリヴァイアクス軍を管轄下に置いているそうだ。
公の場でいつも着ている服は、歴代の王が代々身に付ける軍服の女王Verとのことだ。そう言われて思い起こせば、ルクレの肩には階級章のようなものが施されていた。階級章にはついてまったくの無知だけど、たしかに星の数はとても多かったなぁと言われてから気づけた。
とにかく、ルクレが言うには「戦闘なんてまるでできない私でも、大将軍なんて地位に就けているんだから、旦那様なら簡単ですよ」ということだった。
なお、そのことを告げられた場には、アレクセイ卿やイリアもいたわけなのだけど、どういうわけか2人は頭を痛そうに抱えていた。
2人の反応がどういう意味なのかは、なんとなく察することができたけれど、念のためにアレクセイ卿とイリアのそれぞれから話を聞くと、ルクレの発言がずいぶんととんちんかんなものであることがわかった。
というのも、そんなことができるはルクレくらいだというのが2人の意見だった。
リヴァイアクス王が代々大将軍の地位に就くのは事実らしい。ただ、従来のそれはあくまでも名誉職であり実権はほぼない。実権を握るのはリヴァイアクス軍の総帥であり、大将軍であるリヴァイアクス王は代々お飾りらしかった。
だが、現在のリヴァイアクス軍には総帥はいない。それが意味するのはルクレは名実ともにリヴァイアクス軍を掌握しているということだった。
聞いたときは耳を疑ったよ。もしくは新手の冗談かと思った。
だが、アレクセイ卿もイリアも「事実です」と告げてくれた。
「ルクレティア陛下が即位されてから一年後に当時の総帥は退役なされました。曰く「陛下がおられれば、自分など必要ない」とのことでしたな。どういうことですかと尋ねると、「陛下は軍事の天才で、私のすべてをたった一年で吸収され、そのうえで私を凌駕なされたのです」と返答されましたよ」
「当時のリヴァイアクス軍の総帥は歴戦の軍人で、その戦歴は華々しいものがありました。特にリヴァイアクス軍における、伝統とも言うべき海上戦では並ぶものがいないと言わしめていた方でしたが、当時まだ11歳のルクレティア陛下との模擬戦で大敗されたのです。私はたまたま国賓として招かれていて、その模擬戦を観戦しましたが、圧倒的でしたね」
アレクセイ卿とイリアはそれぞれに当時のことを語り、ルクレがどれほどの存在であるのかを突き付けてくれた。
うちの清楚なお嫁様は、見た目通りではないようだ。
「ルクレティア陛下だからこそ、掌握は簡単に行えるのです。ですが、そのことをどうにも陛下はご理解されておられないのですよ」
「曰く、「私は軍の指揮ならちょっとだけできますけど、自分で戦うことはからっきしなので、ぜんぜん凄くないのです」と。正直、「ちょっと? ちょっとの定義ってなんだっけ?」と思いました」
「だからこそ、王配のレン殿には、自身で戦えるレン殿には、その、やや過剰的な信頼と言いますか、期待を向けすぎていると言いますか」
「……よく言うじゃないですか、恋は盲目と。だからこそ、陛下の頭の中では「私がどうにかできることなら、旦那様には簡単にできる」という図式になっているのかと」
最終的に2人はとんでもないプレッシャーを与えてくれた。
どうにもルクレは自信がなさすぎるタイプだからこそ、自分にもできる=誰にもできるという方程式ができあがっているみたいだ。その方程式は夫である俺にはより一層強烈になっているようだ。
あれだ。優秀すぎる上司が、無自覚に部下を潰してしまうという感じ。ただ、俺の場合は、上司じゃなく嫁なのが困ったもんだ。しかも悪意など欠片もなく、そこには俺への好意しか感じられないのが余計に困る。
そんな俺の将来を案じていたのか、それとも単純に哀れんでいたのかはわからないけれど、2人とも最後の方は顔を逸らしていたのがとても印象的だった。
イリアは仮面でわからなかったけれど、口元が引きつっていたことを踏まえると、その内心がどういうものだったのかは考えるまでもない。
その苦難はいまも行われている。現在俺の管轄下に置かれたばかりの分隊は、なぜかとても目をきらきらと輝かせて俺を見つめていた。
まるでルクレに「旦那様は私なんかよりもはるかに凄い方ですから」とかなんとか言われているような、期待に満ちあふれすぎている顔をしている。
やめて。胃が痛くなるからやめて。マジで血吐くよ、俺。
そう言えれば、どんなに楽だろうか。
だが、現実はそんなことを許してくれるほど甘くはない。
「此度もレン閣下のご指導をいただき光栄でありました。またのご指導を我ら一堂、心よりもお待ちしております!」
分隊長さんはそう言い募って最敬礼をしてくれた。分隊長さんに続く形で補佐官さんたち、そして騎士さんたちの順に一切のずれなく最敬礼は行われた。
やめて。
本当にやめて。
胃がキリキリと痛み始めたから。
いまにも吐血しそうなほどに、皆さんからの期待という名の重圧がすごい。
そもそも指導もなにも、単純に武器の使い方や魔法についてをちょっと矯正しただけで、大した指導なんてしていない。
だというのに、その「素晴らしき教えをいただき恐悦至極」みたいな顔をするのはやめて!
大したことは本当にしていないっていうのに。
あぁ、胃が痛い。マジに痛い。
ダレカタスケテ。
「……えー、ゆっくり休んでくださいね。この城の平和は皆さんたちが担っているのですから」
「は! 心得ております!」
「……そう、ですか。では解散で」
「本日もありがとうざごいました!」
分隊長さんが頭を下げると、一斉に皆さんが「ありがとうございました」と続けてくれた。
そんな気が遠くなりそうな光景を眺めてから、俺は一足先に訓練場を後にした。
キリキリと痛むお腹を抑えつつ、元凶であるルクレに今夜はいろいろと頑張って貰うことにした。いまだ背中に突き刺さる視線を浴びながら、のほほんとしているだろうルクレの下へと急いだのだった。




