re3-47 あなたは最低です
今回もエグいです。
なにも考えられなかった。
いまがいつなのかもわからない。
ただ、ぼんやりとしていた。
ぼんやりとしながら、すぐ目の前で肩をわずかに上気させているリヴァイアサン様を見つめていた。
リヴァイアサン様は、私の両脚を抱え込みながら、笑っていた。
笑いながら、私を貪っている。
最初は必死に抵抗した。
でも、もう抵抗する気力さえなくなってしまった。
リヴァイアサン様にされるがままになっていた。
「ふふふ、いい姿だね、アンジュ。ますますそそられるよ」
リヴァイアサン様は唇の端を舐めながら、私を見下ろしている。
見下ろしながら、何度も何度も体を前後に動かされていた。
ときには私の体を揺すったり、私をご自身の上にまたがらせたりなどされていた。
そのすべてを私はぼんやりとしながら、されるがままになっていた。
受け入れたわけじゃない。
どんなに拒絶しようと、抵抗しようとしても、最終的にはぜんぶ同じだから。
最終的には強引に組み伏されてしまうだけ。
殴られていないだけましだった。
殴られていたら、きっとそれだけで私の心は折れてしまっていただろうから。
殴られないように、かといって受け入れないようにされるがままになっていた。
それが一番楽だってことに気づけたから。
だから、私はされるがままになっていた。
「おやおや? もう反応さえできないのかい? これじゃただの肉人形を使っているだけじゃないか。これじゃ興ざめだよ。まったく面倒を掛けるねぇ」
面倒を掛けると言うわりには、リヴァイアサン様の口角は大きく吊り上がっていた。
私と似た色の瞳はぎらついた光を宿していた。ぎらつきながら、リヴァイアサン様は私を見下ろしていた。
なにをするつもりだろうと、とりとめもないことしか考えられなくなっていた私でも、次のリヴァイアサン様の行動には首を傾げていた。そんな私にリヴァイアサン様はゆっくりと近付いてこられた。
また唇を奪われるのだろうか?
それとも私を貫いているモノを、口の中に突っ込むつもりなのだろうか?
どちらも何度もされてしまっていて、もういまさらとしか思えない。
好きにされればいい。
なにをされたところで、私はこれ以上の反応をすることなんて──。
「んー、んー、ん。……いい感じだぜ、アンジュ。やっぱりおまえは最高だな」
──ないと思っていた。
でも、急に聞こえてきた声は、私がいま一番聞きたくない声でもあり、一番会いたい人の声だった。
(ちがう、ちがう、ちがう! レンさんじゃない。レンさんじゃない! レンさんはここには──)
違うと何度も否定しながら、目の前を見遣る。そこにはいるのはリヴァイアサン様であって、レンさんじゃ──。
「──ぇ?」
──レンさんじゃないはずだった。なのに、目の前にいたのはレンさんだった。
レンさんはいつものように右目だけ露わになった仮面を着けながら、呼吸をわずかに乱しながら私を見下ろしていた。
「なん、で? だって、いままで」
「なにを言っているんだ? せっかく今日を迎えられたって言うのに。少し、いや、かなり無茶をさせすぎたかな? ごめんな」
レンさんは申し訳なさそうに、私の頬を撫でてくれた。頬を撫でる手のぬくもりは私の知るレンさんのものと同じだった。
レンさんがこうして私を撫でてくれたことはほとんどない。
レンさんに私にするのは、頭を叩いたり、暴言を吐いたりすることくらい。
でも、ほんのわずかだけど、抱きしめて貰ったことはあった。
そのときに感じたぬくもりと、頬を撫でるぬくもりは同じものだった。
だからわかる。
いま目の前にいる人は、レンさんなんだって。
私はいまレンさんに抱いて貰えているのだと。
「なんで、レンさんが」
「レンさんって、他人行儀だな、アンジュ?」
「え?」
「最近は「旦那様」って呼んでくれていたのに。まぁ、ベティたちの前ではレンさんなのは変わらないけれど、ふたりっきりのときは「旦那様」って呼んでくれていただろう?」
レンさんは少し寂しそうに笑っていた。
胸が痛むけれど、それ以上に言葉の意味を解することができなかった。
「なにを、言って?」
「……あー、やっぱり無理させていたかな。悪い、式のときに見とれていたせいだな。あまりにも魅力的だったから、夜まで我慢していたんだ。その分だけ、つい無茶をさせてしまったね。ごめんな」
レンさんが謝っていた。謝っているのだけど、言っている意味がやっぱりわからない。
式というのはなんのこと?
魅力的って私が?
レンさんの言う意味がまるでわからない。
わからないまま、レンさんはゆっくりとご自身の左手を見せてくれた。
左手には、左手の薬指には指輪がはまっていた。
「式の最中ずっと笑っていたアンジュを見ていて、「アンジュと式を挙げられてよかった」って本気で思ったよ」
レンさんがまた笑った。
その笑顔を見て、憶えのない記憶が頭の中に浮かび上がる。
色とりどりの紙吹雪。
万雷の拍手。
無数の祝福の声。
その中で私とレンさんがふたりで真っ赤な絨毯の上を歩いて行く。
その先には数え切れないほどの人々がいて、その中央にルリさんとイリアさんと手を繋いでいたベティちゃんがいた。
ベティちゃんは最初気後れというか、遠慮していた風でもあったのだけど、ルリさんになにかを囁かれた後、すぐに私とレンさんに飛びついてきた。そんなベティちゃんをどうにか抱き留めながら、私とレンさんは笑っていた。とても幸せそうに笑っている。
「……なに、これ?」
知らない記憶だった。
なのに、とてもリアルな光景。
身に覚えはないはずなのに、なぜかはっきりとした記憶が残っていた。
「大丈夫か、アンジュ? やっぱり無理をさせすぎたかな?」
レンさんの声が聞こえる。
心配そうに私を見遣るレンさん。
その目も、その手つきもとても優しかった。
まるでそうあるのが当然であるかのように。
その優しさがとても心地よかった。
その心地よさに私はすっかりとあてられてしまった。
「……大丈夫です、その、だ」
「だ?」
「……だんな、さま」
「うん、やっと呼んでくれた。ありがとうな、アンジュ」
にこやかにレンさん、ううん、旦那様が笑う。
その笑顔に胸の隅々にまで多幸感が染み渡っていく。
気づいたら、旦那様の背中に腕を回していた。
旦那様は「いいのか?」と尋ねられていた。
「……はい。もう少しだけ旦那様を感じさせてください」
「そっか。わかった。……ふふふ」
「どうされました?」
甘えるように旦那様に抱きつくと、なぜか旦那様は含むように笑い始めた。どうしたのだろうと尋ねると、旦那様はとてもおかしそうに笑っていた。
「いや、なに、簡単に騙されたなぁって思ってねぇ」
「……ぇ?」
騙された。その言葉と共に目の前の光景が一変する。旦那様はいなくなっていた。目の前にいるのはリヴァイアサン様だった。
「……なん、で?」
いきなりの変化に私は戸惑いを隠せなかった。
そんな私にリヴァイアサン様は高笑いしていた。
「簡単だよ。いままで君に幻覚を見せていたのさ。どうだった? 愛しの人との偽りの挙式とその初夜の後の光景は? 幸せいっぱいだっただろう?」
リヴァイアサン様の口角はこれ以上となく吊り上がっていた。
その笑顔はまさに邪悪としか言いようがないもの。
その笑顔を見て、はっきりとわかった。
「あぁ、本当に騙されたんだ」と。
あの幸せな光景は幻だったのだと。
すべてはリヴァイアサン様の掌の上で、バカみたいに踊らされていただけだったんだと。
涙が込み上がった。
込み上がった涙は溢れて、私の頬をゆっくりと伝っていく。
「傑作だったぜ? ありもしない光景に浸る君を見るのは、最高の気分だった。でも悪いのは君なんだぜ? せっかく僕がかわいがってやっているというのに、反応しない君が悪いんだ。でも、これでまた反応が楽しめる。さぁ、続きをしようか、アンジュ?」
私がなんの反応を見せなかった。
それが私を騙した理由。
たったそれだけの理由で、あんな光景を見せる。
つくづくと思う。
はっきりと思う。
この人は──。
「あなたは、最低です、リヴァイアサン様」
──リヴァイアサン様は最低な人だと。はっきりと思った。
私の言葉にリヴァイアサン様は「お褒めいただき光栄だよ」と笑った。
「なにを言われようと、僕はなにも思わないよ? ただ君という楽器から極上の音色を奏でることしか考えていない。それも僕の目的のために必要なことだ。だから、せいぜいいい声で啼けよ、アンジュ」
口角がより吊り上がった。
その笑みはもう笑みというよりも、獣が牙を剥いているとしか思えなかった。
その獣が私の上にいた。
もうどうすることもできなかった。
私にできたのは、ただ現実から目を逸らすことだけ。
でも、それはかえって獣をその気にさせてしまうだけだった。
「おいおい、やめてくれよ。そんなウブな反応を見せられたら、余計にそそられるじゃないかぁ!」
獣が叫ぶ。
その声とともに衝撃が走る。
いままでの比じゃないほどの衝撃。その衝撃に私はただ耐えた。
耐えながら、思うのはひとつのことだけ。
「たすけて」
たすけて、レンさん。
いまはいない、想い人に。
私を見ることのない想い人に助けを求めること。
私はそれしかできなかった。
それしかできないまま、私は獣に嬲られ続けたのだった。




