rev3-42 リヴァイアス支部にて
「──え? 当分はかかりっきりになる?」
アンジュを迎えに、リヴァイアスの冒険者ギルドの支部に来たのはいいけれど、そこで待っていたのは、アンジュではなく、支部のマスターだった。
いま俺たちがいるのはリヴァイアス支部の応接間だった。その応接間で支部のマスターと対面していた。
リヴァイアス支部のマスターは、モルガンさんやククルさんとは違い、ギルドマスターの地位を得た人ではなかった。その影響なのか、リヴァイアス支部はアルトリウス支部に比べると、半分くらいの規模だった。所属する冒険者の数もアルトリウス支部の半分以下である50組ほどらしい。
ただ、数は少ないけれど、その分精鋭が揃っているとマスターは言っていた。アルトリウス支部は、冒険者の数は多いけれど、ひとりひとりの平均はそこまで高いわけじゃない。上はBランク、下に至ってはGランクの冒険者もいた。質を量で補っているとも言えた。
リヴァイアスの支部は逆に数は劣るが、その分質で補う方針のようで、最低でDランクという徹底ぶり。アルトリウスの支部とリヴァイアスの支部はそれぞれ抱えている冒険者の平均はCランクということになるみたいだけど、同じ平均値であっても、その実情はかなり異なるみたいだった。
実際、ルリが見ても「なかなかだ」というくらいに粒ぞろいの支部だった。さすがは聖大陸における二大軍事国家の片割れだった。その王様はルリの言葉を聞いて「そうでしょうとも」と胸を張っていた。……胸を張るのはいいのだけど、張った分だけ俺の腕に胸を押しつけるのはどうかとは思う。
口にしたところで、「あえて当てているんですけど?」と言われるだけなのは目に見えている。少し前に指摘したら、そのまんまな言葉が返ってきたし。好きにさせておこう。
まぁ、その分目の前にいるマスターさんのなんとも言えない視線が痛いデス。
なんとも言えない視線とは言ったけれど、その目にあるのは困惑だった。
うん、めちゃくちゃ困惑している。
事情を知らなければ、女王陛下が一冒険者の腕を抱きしめているという光景は、目を疑うどころか、働き過ぎて幻覚でも見えているんじゃないかと思っても不思議ではない。
現にマスターさんも「……詰めすぎたかなぁ」と目元を揉みながら、ぼそりと漏らしていた。気持ちはわかりますと言いたいところだけど、マスターさんにそこまでさせている原因は俺にもある以上、下手なことは言えませんでした。
そのマスターさんを困惑させている主な原因である女王陛下は、我関さずというか、どこ吹く風と言いますか、いまにも鼻歌が聞こえてきそうなほどにご機嫌な様子だった。
理由は支部に着くまでは、左右で俺の腕を抱きしめていたイリアがいまは離れているということに尽きる。
さすがのイリアも支部のマスターの前まで、ルクレ同様に俺の腕を抱きしめるわけにはいかなかったんだと思う。
なんだかんだでイリアはわりと常識人だ。その分苦労を背負い込むことも多くはあるんだが、今回もその常識に則り、「イリア」としては上司になるマスターの前では節度ある対応を取るために、ここの支部の敷地にたどり着いたときには、自分から離れていったんだ。
イリアとしてはルクレも常識に則ると思ったのだろう。
だが、ルクレはそんなイリアの予想を凌駕した。
「じゃあ、旦那様、行きましょうか」
イリアが俺から離れても、ルクレは離れることなく、そのまま支部の中に入ろうとしたんだ。
それにはイリアも慌てて、「いくらなんでも非常識ですよ」と言い募っていた。
ルクレはそんなイリアの言葉を鼻で笑うように、一言で切り捨てた。
「この国の法は私です。こればかりはリヴァイアサン様であっても、覆させません」
にこやかに笑いながら、ルクレはなんとも恐ろしいことを言ってくれた。
その一言にイリアは言葉を失った。
タイミングよく支部から顔を出したマスターさんも、ルクレの一言を聞いて言葉を失っていた。……あの場合は、タイミング悪くと言うべきなのかもしれないけども。
マスターさんもたまたま顔を出したら、女王陛下がとんでも発言をしているのだから、閉口するのも無理からぬ話だった。
マスターさんはいかつい顔の男性なのだけど、その顔が驚愕の色に染まったのはなんとも言えない光景だった。
とにかく、ルクレはそうしていまもなお俺の腕に抱きついているわけだ。しかも、イリアに向けて勝ち誇ったような笑みを浮かべながら。当のイリアは仮面でその表情は読めないけれど、左右の拳をこれでもかと握りしめているのを見る限り、相当に頭に来ていた。
……女の争いって怖いなぁとしみじみと思った。
そんな争いの渦中にある俺を見るマスターさんの目は、困惑の色もあるけれど、同じくらいに同情の色で染まっていた。いや、同情というよりかは哀れみと言えばいいんだろうか。
哀れまないでくださいと言いたいけれど、下手なことを言うとルクレがなにをしでかすかわからない。
一見大人しそうな子なのだけど、中身まで大人しいわけではないというのがよくわかるよ。
そういうところはプーレとよく似ている。
見た目だけじゃなく、中身もわりと似ている。
まるで双子の姉妹のようだと思うほどに。
血縁関係まであるかはわからないけど、なにかしらの関わりがあるんだろうなぁとは思う。そうでないとここまで似ている理由がつかない。
もしかしたら遠縁の親戚という可能性もある。実際はまるでわからないけれど。
ただ、そう思ってしまうほどにルクレはプーレによく似ている。悲しくなるほどに。
「あの、当分掛かりきりになるということでしたが、いったいどういう用件なのでしょうか」
「え? あ、あぁ、そのことですか。そのままの意味としか言えませんね。何分、私もよくはわからないので」
「わからない?」
ずいぶんとおかしなことを言われてしまった。
元々アンジュはこの支部でなにかしらの作業があるからこそ呼ばれたということだったはずなのに、その作業がなんであるのかをここのトップであるマスターさんがわからないというのは、意味がわからない。
けれど、マスターさんは苦笑いしながら続けた。
「意味がわからないとお思いでしょうが、実際にわからないのですよ。なにせ、この件は神獣様と深い関わりがあることですから」
「神獣様と?」
「ええ。私が知っているのは、神獣様からの要請があり、その要請に適した人物が彼女だったということだけです。だから、どれほど掛かる作業であるのかも、その作業がどういうものなのかもわかりません。ひとつ付け加えるとすれば、作業終了まで彼女との対面はできないということくらいですか」
徹底した秘密主義と言えばいいのだろうか。
なにかしらの作業があり、その作業が終わるまで、アンジュはその作業に掛かりきりになるから対面はできない。それも神獣様からの要請だから、断ることは誰にもできないというおまけ付き。
ここまで言われたら、俺にできることはなにもない。ただで引き下がるのはなんとも歯がゆくはあるけれど、だだをこねたところで改善されるわけでもないし、かえってマスターさんからの心証が悪くなるだけ。大人しく引き下がるしかなかった。
「……一応重ねて聞きますけど、作業が終わったらあいつは戻ってくるんですよね?」
「ええ、その予定です。ですが、いつになるのかは見通しが立っておりませんが」
「そうですか、なら気長に待つことにします」
「わかりました。彼女の作業が終わり次第、こちらから人を出しますので」
「では、そのときに迎えに来ます」
「はい、そうしてあげてください」
ニコニコと笑うマスターさん。いかつい顔のわりに、だいぶ腰が低いというか、かなり丁寧な物腰の人だった。
単純に、ルクレがいるからこそということもあるのだろうが、どちらかと言えば、普段からこういう人なんじゃないかなぁと思うくらいには、その口調には澱みがなかった。普段から高圧的な人であれば、ここまで澱みなく会話をするのは難しいと思う。
となると、やっぱりこれが素なんだろう。
見た目とのギャップがすごいなぁと思うけれど、それもまた人間らしいことだった。
「それでは今回はこれで失礼します。お忙しい中、ありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらずに。「フェスタ」中はわりと暇でしたから。私も本当なら「フェスタ」を楽しみたいところなんですが、さすがに支部のマスターが率先して抜け出すというのはなかなか、ねぇ」
マスターさんは苦笑いしつつ、肩を落としていた。どうやら本当に「フェスタ」を楽しみたいようだが、支部のマスターが率先して抜け出すのは憚れるということで、「フェスタ」が開催されている中、書類仕事に勤しんでいたようだった。
管理職の悲哀というものをしみじみと感じてしまった。
「……出店のものでよければ、いくらかおわけしましょうか? いろいろと買い出ししていたので、それなりにありますので」
「! いや、しかし、私は仕事が」
「……こういうときは無礼講ですよ、ランドマスター。それとも私の旦那様の好意を受け取れないとでも?」
マスターさんことランドさんは、ずいぶんと迷っていた。
なんとなくだが、出店のメニューをつまみに一杯やりたいというところなのだろうが、仕事中にそれはできないと思っているようだ。
そんなランドさんをやや高圧的ではあったけれど、ルクレは諭していた。笑顔で高圧的な物言いというのは、なんともギャップはあったけれど、それもまたルクレらしいとは思った。
そんなルクレの言葉にランドさんは、一瞬言葉を失ったが、すぐに「お言葉に甘えさせていただきます」と頷いてくれた。
そうしてランドさんのために買い出しで得た食糧の中から一部をお裾分けした。ランドさんが選んだのは串焼き5本とビール系の酒だった。
そういうところは見た目のままなんだなぁと思いつつも、俺たちは応接間を後にした。ランドさんは「ありがとうざごいます」と最後までお礼を言いながら俺たちを見送ってくれた。
「さて、それじゃこれからどうしようか」
アンジュは当分戻ってこないことがわかった。
となると次はどうするかということになる。
花火はまだ続いている。
でも、それもそろそろ中盤に差し掛かる頃だ。
フィナーレは近い。
ならそのフィナーレが見える場所まで向かうのもありだし、フィナーレを見ずに城に戻るのもあり。
どうするべきかと考えていると、ベティのお腹からかわいらしい音が鳴り響いた。
「ばぅ、ごはんたべたいの」
お腹をさするベティに、俺たちは揃って笑っていた。
とりあえず、一息着けるところにという話になり、俺たちは支部の前から適当に座れる場所を探しに向かうことにした。
それまでに花火がフィナーレにならないことを祈りつつも、俺たちは人混み溢れる街の中を再び練り歩いていった。




