rev3-34 理由
高笑いを続ける神獣様。
お顔立ちは、ルクレティア陛下によく似ているのに、その瞳には狂気が宿っていました。
霊山で会った、イリアさんの姉であるあの女の瞳によく似て、いや、あの女よりもはるかかに深い狂気を宿らせながら、高笑いを続けていた。
それまでの話の内容は、とても笑えるものじゃなかった。
内容自体は悲恋とも言うべきものなのかもしれない。
想っていた相手を奪われた。
それは悲恋と呼ばれるものには相応しいものです。
一方で、その内容は悲恋というものの中でも、こう言うのはとても申し訳ないけれど、ごくありふれたものです。
大抵の悲恋というものは、想い合っていたというのに結ばれなかったとか、自分の想いは相手に届いていなかったということが多いです。
神獣様のそれは、前者のようにも、後者のようにも感じられるものでした。もっと言えば、その間というところですかね。
神獣様が語られた内容は、あまりにも一方的すぎるもの。神獣様の視点の物語であり、相手側の視点が一切ない。
双方の視点があってこその悲恋だと私は思うのです。
片方だけの視点では、物語としては正直落第としか言いようがありません。
同じ想いを抱いていたのに、限りなく近いけれど、限りなく遠い平行線を辿ることしかできなかった。それが悲恋と呼ばれるものの魅力だと私は思います。
その点で言えば神獣様は、たしかにレリアーナさんを想ってはいたのでしょう。
けれど、神獣様だけすぎるのです。レリアーナさんの想いはまるで伝わってこなかった。
私の感受性が低すぎるからこそ、レリアーナさんの想いが伝わらなかったのかもしれません。
そう思う一方で、感受性の問題は私だけではないのかもしれないとも思うのです。
ですが、それは、いえ、それではあまりにも惨すぎる。
いくら世界が残酷とはいえ、そこまで残酷な終焉はないと思いたいです。
だって、もし本当にそんな終焉であったら、あまりにも残酷です。いえ、無惨と言ってもいいくらいにはひどすぎる。
そのことを神獣様はご理解されているのでしょうか?
それとも気づかないふりをされているのでしょうか?
私にはわかりません。
わからないけれど、少なくともその結果があってこそのいまだということはわかります。
神獣様は病まれている。
心に深い深い傷を負い、その傷が膿み、やがて一種の病となり、お心を覆い尽くされてしまっている。
はっきりとわかるのに、私にはそれをどうすることもできません。
そもそも、どうすればいいのかもわからない。
わかるのは、いまの神獣様がこの国において、どのような存在になってしまっているのかということくらい。
神獣様の加護を受けるために、この国の王女殿下方や女王陛下方に課された役目はあまりにも惨いものです。
その惨い役目をルクレティア陛下も課された。
ようやく理解できました。
ルクレティア陛下がどうしてあんなにも私に辛辣だったのかをです。
ルクレティア陛下にしてみれば、私はあまりにも恵まれすぎていたのでしょう。
ルクレティア陛下は、神獣様のお手つきにあってようやくレンさんの隣にいられる。だというのに、私はそんな目に一切遭うこともなく、それどころかのほほんとした顔で近くにいられている。
私とレンさんがそういう関係ではないとわかっていたとしても、当のルクレティア陛下にしてみれば、とてもではないけれど、笑っていられるものじゃなかった。嫉妬心に駆られるのも無理からぬものだったのでしょう。
私自身、その手の経験はまだないからわからないけれど、もし私がルクレティア陛下の立場であったのであれば、きっと笑うことはできなかったでしょう。だからわかるとは言わないし、言えないけれど、ルクレティア陛下の態度も理解できなくはないのです。
「ふぅん? 君、ルクレティアから散々な扱いを受けているくせに、あの子に同情するのかい? 変わっているねぇ」
くすくすと含むような笑い声が聞こえてきました。誰のものなのかなんて考えるまでもない。ここにいるのは私と彼の方だけ。いや、そもそもの話。いま私はどこにいるのかさえもわかっていない。
鉄格子や枷などを見る限り、どこかの牢獄にいるということはわかるのですが、いったいどこのなのかまではわからなかった。身に付けている服がオーベリのままであることから、時間はそんなに経ってはいないようです。となると、場所もだいぶ限られてくるはず。
とはいえ、お城の中というのはさすがにないでしょう。
お城の中に牢獄があるなんて話は聞いたことがありませんし。
まぁ、あえて言わなかっただけで、探せばあるのかもしれませんが、なんとなくですが、お城の中とは思えないのです。
むしろ、お城の中というには、湿りすぎている気がするのです。それこそまるで──。
「うん、正解。ここは城の中ではないよ。ここはボクの社さ。わかりやすく言えば、「大蛇殿」の中にある牢獄と言えばいいかな?」
「「大蛇殿」の中」
「そう、いわばボクの城と言えばいいのかな? いまはボクだけが住める城。ボクしかいない城。その中に君はいる。光栄に思いなよ? いくら君がアルスベリアの血族とはいえ、ただの人間がボクの領域に足を踏み入れるなんてことは本来ありえないことなんだよ?」
神獣様は笑っていた。それまでの狂気は影を潜めて、いまは穏やかに笑っておいででした。その笑顔はやはりルクレティア陛下のものとよく似ています。
神獣様のお言葉を信じれば、ルクレティア陛下と重なるのも無理もないのでしょうね。
神獣様はその体がレリアーナさんの子孫の体と仰っていました。そしてその妹であるレイアーナさんはルクレティア陛下のご先祖様ということでした。
つまり、神獣様のいまの体の持ち主とルクレティア陛下は親戚同士ということ。ただし、遠い親戚なのでしょうが。でも、元を辿ればレリアーナさんとレイアーナさんという双子の姉妹に行き着くということ。
もしかしたら、おふたりは先祖帰りなのかもしれません。遠い血縁ではあるけれど、あまりにも似すぎていることからして、おふたりが先祖返りをしてそれぞれの先祖そっくりになった。それこそまるで、双子の姉妹であるかのように。
「ほう? そこまで理解しているのかい? さすがはアルスベリアの血族だねぇ。これならば、レリアーナを呼び起こすのもできそうだねぇ」
穏やかな笑みが不意に変わりました。緩やかな曲線を描いていた口元が、大きく弧を描きながら、口角が大きく上がったのです。その笑みはあまりにも凶暴なもので、思わず小さな悲鳴が上がってしまいました。
神獣様は私の悲鳴を聞いて、楽しそうな笑い声を上げられました。まるで喜劇を見ているかのような、そんな笑い声でした。
「本来ならボクの領域にただの人間を入れることはない。でも、その領域に君を入れたのは理由がある。君がアルスベリアの血族だからこそ、ボクは君を招いたのさ。理由はただひとつ。ここにいるはずのレリアーナを呼び起こして貰うためだよ」
そう言って、とんとんとご自身の胸を叩かれる神獣様。ですが、仰っている意味が全くと言っていいほど理解できなかった。
「どういうこと、ですか?}
「うん? そのままの意味だが? あぁ、そうか。君は自分がアルスベリアの血族であることを理解していなかったんだったね。しかもいまではアルスベリアの血族だけではなく、六の姉上の血を引いてもいる。この世界中を探しても、君ほど特別な血を持った者はいないだろうねぇ」
神獣様はわかるようでわからないことを仰いました。しかもその中で、とても聞き捨てならないことをも仰いました。
「六の、姉上?」
神獣様が姉上と仰る相手。その方がどんな方なのかなんて考えるまでもない。ないのですが、数が合いません。彼の方々は六柱のはず。そして目の前にいる方もそのひとつのはずなのに、なぜひとつ数が多いのでしょうか。それではまるでもう一柱、彼の方々がいると言っているようなものです。でも、そんな話はいままで一度も聞いたことはありません。
でも、神獣様はさも当然のように六の姉上と仰いました。当の神獣様がそう仰るということは、彼の方々にはもうお一方いらっしゃるということになります。それはまさに世界を揺るがすような事実で──。
「……君、本当に一般人として育てられたんだね? ある一定以上の産まれであれば、当たり前の知識として教えられていることを知らないし。まぁ、無理もないか。一の姉上は、引きこもりだしねぇ」
「引きこもり?」
「あ、いや、引きこもりかと言うのか、あれは。ボクらとしては引きこもり同然だけど、君たちから見れば、やり手の経営者だもんなぁ。二の姉上と三の姉上にめちゃくちゃ依存しているのに、あれで経営者なんてやれるんだから不思議なものだと思うけどねぇ」
「まぁ、あの人、カリスマ性だけはすごいもんなぁ」と神獣様はなにやら遠くを眺めながらしみじみと仰いました。仰っている内容はなんとも言えないもののようですが、お話を聞く限り、どうやらもう一柱いらっしゃることは事実のようです。
それも一定以上の産まれであれば、常識として教えられると言われるほどに。
どうしてそんなことをされているのかはわかりませんが、隠さなければならない存在であらせられることも事実のようですね。
「一の姉上のことは置いておこうか。あの人のことを語るとなると、一晩二晩では済まなくなる。まぁ、ボクとしてはそっちの方がありがたいのだけど、さっきの続きをしようか。君にはこの子の中で眠っているレリアーナを起こすための手伝いをして貰いたい」
「手伝いっていわれても」
「なぁに、そんな大したことじゃない。君はただ目覚めればいいだけさ。アルスベリアの血の力に、「開放の巫女」の力に目覚めればいいだけだよ」
その一言とともに、神獣様のお姿はふっと消えてしまいました。
どこにと思ったときには、目の前に神獣様がいました。私はただ唖然と神獣様を見遣っていましたが、そんな私の胸にと彼の方は手を伸ばされ、そして──。
「さぁ、目覚めろ。「開放の巫女」の力よ」
──私の胸に深々とその手を突き刺されたのでした。




