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rev3-28 ありふれた特別なもの

「フェスタ」が開催されて間もなく、私たちは全員揃って会場となっているリヴァイアスの街を練り歩いていました。


 王国祭のように、街中には至る所に屋台やら露天商が軒を連ねていました。ただ、王国祭とは違い、各広場に雪像が設置されてはいませんけれど。


 さすがに雪国であるアヴァンシアとは違い、リヴァイアクスは比較的温暖な地域が多いみたいですし、首都であるリヴァイアスもその温暖な地域になっているみたいです。もっともアヴァンシアに接している地域は冬の時期の方が長いみたいですが、詳しいことはわかりません。


 とにかく、アヴァンシアの王国祭のような雪像が置かれていることはありません。まぁ、そもそもオーベリのようにかなり薄めの生地の衣裳が伝統的な民族衣装となっていることを踏まえれば、リヴァイアクスの気候がどのようなものであるのかはうかがい知れるというものです。


 でも、そこのところを理解されていないからなのか、ベティちゃんは広場にたどり着くたびに、きょろきょろと辺りを見回して「ばぅ?」と首を傾げておいででした。どうやら、ベティちゃんの中でのお祭というものは雪像が置かれているものという認識になっているみたいです。


 考えてみれば、ベティちゃんは王国祭が最初に参加したお祭でしたから、王国祭の様式がベティちゃんの中でのお祭のデフォルトになってしまうのも無理もありませんし、広場で雪像を探してしまうのも無理からぬ事でした。


「ベティちゃん、さっきからなにか探していらっしゃいますが、なにか欲しいものでもあるのですか?」


 ベティちゃんの様子に、ルクレティア陛下もお気づきになられ、目線を合わせるようにして屈み込まれながら、ベティちゃんの行動の意味を尋ねられていました。


「ほしいものじゃないの。あのね、おかーさん」


「なんですか?」


「せつぞーってどこにあるの?」


 こてんと首を傾げるベティちゃんに。ルクレティア陛下は何度か瞬きをしながら「せつぞー?」とオウム返しをされていましたが、すぐに「あぁ」と頷かれました。


「雪像のことですか。ん~、雪像は「フェスタ」にはないですね」


「そーなの?」


「はい、そーなのです。雪像はですね。アヴァンシアのように雪がたくさんあるお国のお祭ではあるものなんですが、リヴァイアクスでは雪はほとんどないのですよ。ほら、この前ピクニックに行ったときも、丘の上に雪はなかったでしょう?」


「ばぅ? ……そういえば、ゆきなかったの」


「ええ。この国、特にこのリヴァイアスの住人の中には、雪自体を見たことがないって人は結構いるんですよ? アヴァンシアに接している地域、ん~、アヴァンシアに近いところでは雪はかなり降っているみたいですが、リヴァイアスはアヴァンシアからとてもとても離れていますので、雪はまったく降らないのです。だから雪像は「フェスタ」ではないのですよ」


「そーなんだ。ちょっとざんねんなの」


「ふふふ、そうですね。王国祭の雪像はとても見事、ん~、とてもきれいで凄かったですからね。ベティちゃんが残念がるのも無理もないかもです」


 ルクレティア陛下はベティちゃんを抱っこされました。抱っこしながら、とても穏やかな笑みを浮かべて夕焼けに染まる空を指差されました。


「でもですね、ベティちゃん。王国祭の雪像にも負けないくらいにきれいで、凄いものがこれから見られますよ」


「すごいもの? ……おそらはなにもないの」


「ふふふ、いまはそうですね。でもね、これから、もう少し遅くなるとお空に花が咲くんですよ」


「はな?」


 首を傾げながら、ベティちゃんはご自身のお鼻を触られました。音はたしかに同じですが、そちらのお鼻ではありませんよと頭を撫でながら教えてあげたい衝動に駆られました。ですが、私の熱い衝動はレンさんという名の親バカおとーさんの絶対零度を思わせる、とてもとても冷たいお目々によって抑え込まれました。


 レンさんはそのお目々で語っておいででした。「わかっているよな?」と。たった一言。ですが、その一言はとても雄弁に語っておいででした。私にできたのは敬礼だけでした。


「ふふふ、そちらのお鼻さんではありませんよ。ピクニックのときにも見たお花のほうです」


「あのおはながおそらにさくの?」


 鼻と花の違いを理解しても、ルクレティア陛下の仰る空に咲く花の意味を理解できないでいるようでした。まぁ、いきなり空に花が咲くと言われても、意味を理解できないでしょうね。私自身、現物というか、実際に見たことがないものですからね。


「ええ、お空に咲き誇るのです。ちなみにそれを花火と言うのです」


「はなび?」


「ええ。花火です。ひゅるるるるーって音を立てながらお空に上がって、ぼんときれいな光がお花のように広がっていくのです」


「ひゅるるるー?」


「はい、ひゅるるるーですよ」


 擬音を繰り返すベティちゃんと、穏やかな笑みを浮かべながら頷かれるルクレティア陛下。そのやり取りはとてもきれいでした。光景自体はとてもありふれたものでしょう。母親と娘が穏やかに会話を行う。それこそどこにでも見れる、とてもありふれたもの。


 けれど、そのありふれたものだからこそ美しい。似たような光景を見ようと思えば、いくらでも見かけることができるものです。


 でも、似たようなものでも、決して同じものではない。それぞれが特別なものです。その特別な光景を目の当たりにして、なんとも言えない気分に駆られてしまいました。


「ひゅるるるーみたいの」


「ふふふ、大丈夫ですよ。もう少ししたら見られますからね」


「もうすこしって、いつ?」


「そうですねぇ。お空がもう少し暗くなってからですね。いまはまだ花火が打ち上がるには少し早いのです」


「そーなの?」


「はい、そーなのです。花火はお空に星が浮かび始めた頃に打ち上げると、とてもとてもきれいになるのですよ。いま打ち上げてもきれいではあると思いますけど、やっぱり一番きれいなときに見るのがいいですからね」


「そーなんだ。じゃあ。ベティ、がまんするの」


「偉いですよ、ベティちゃん。そのときは一緒に見ましょうね?」


「おとーさんは?」


「もちろん、おとーさんも一緒ですよ。ね?」


 ルクレティア陛下はレンさんに振りました。レンさんは若干戸惑っていたというか、不意打ち気味だったせいか、少し困惑していたようでしたけど、すぐに「おとーさんも一緒に見るよ」とベティちゃんの頭を撫でられていました。


 ベティちゃんは嬉しそうに「ばぅ!」と鳴かれました。嬉しそうに鳴くベティちゃん。そんなベティちゃんの姿にその場にいた全員が頬を綻ばせました。


「さて、それではその前までにご飯を食べると致しましょうか。ベティちゃんは、いつも通りに甘いものでいいのですよね?」


「ばぅん! ベティ、プクレ、たべたいの!」


「プクレ? あぁ、魔大陸のおやつですね。おかーさんもアヴァンシアの王国祭で食べたことありますよ」


「ばぅ! とってもおいしかったの」


「そうですか、それはよかったですね。ん~、たしか、プクレの屋台も出ていたはずですから、「フェスタ」でも食べられると思いますよ」


「ほんとー!?」


「はい、ほんとーですよ。ただ、どこに屋台があるかまではちょっと憶えていませんので、少し歩くことになりますけど、いいですか?」


「もちろんなの」


「ふふふ、それじゃ一緒に探しましょうね」


「ばぅ!」


 ベティちゃんとルクレティア陛下はプクレの屋台を探されることにしたようで、きょろきょろと周囲を見渡しておいででした。レンさんはそんなおふたりを眺めつつも、その目はどこかもっと遠くを眺めているように、少しだけ細められていました。細められた目は少しだけ悲しみの光を帯びているように見えました。


 その悲しみの理由を私は知っていました。それはレンさんが「カレン・ズッキー」であるからこそ。伴侶のひとりであるプーレ女史を喪ったがこその悲しみ。世間的に「カレン・ズッキー」は重犯罪者となっています。その犯行のひとつがプーレ女史の殺害でした。


 でも、お姉ちゃんはそれを否定していました。曰く「旦那様は罪をすべてなすりつけられたんだ」と。ただ、誰にそれをされたのかまではお姉ちゃんは教えてくれませんでした。レンさんに聞こうにも、私がお姉ちゃんと会話できることをレンさんは知らないのです。なのに私が知るはずもないことを聞けば、レンさんからの反応がどんなものになるのかなんて考えるまでもないことでした。


 だから真実を知ることはいまのところできていないのです。扉を開く鍵を持っていても、その鍵を差すべき鍵穴がわからないのです。私にできることは時間を掛けてレンさんを知っていくということだけ。


 知ったところで意味なんてないのかもしれない。それでも、不思議と私はレンさんのことを知りたいと思っていました。


 その理由はわからない。わからないけれど、知りたいという気持ちはどうしても消えてはくれなかった。


「あ、みっけなの! おとーさん、アンジュおねーちゃんたちもはやく、はやくなの!」


 きょろきょろとプクレの屋台を探していたベティちゃんが、とても嬉しそうに笑っていました。そんなベティちゃんを抱っこするルクレティア陛下はもちろん、それまで悲しみに暮れていたレンさんも、そしてイリアさんやルリさん、私もまたその笑みにつられて笑顔になっていました。


 ベティちゃんに欲情することも多い私ではありますが、そのときのベティちゃんの笑顔を見ても欲情することはありませんでした。純粋に。そう、純粋にただかわいいなとしか思いませんでしたから、鼻血はおろかよだれさえも出しませんでした。


 そんな私の様子にイリアさんとルリさんは驚いたような顔をしていましたね。それはレンさんとルクレティア陛下も同じでした。ただひとりベティちゃんだけは、大好物となりつつあるプクレを見つけてテンション爆上げ中だからか、私の様子に気付いておられませんでした。


 そんななんとも言えない視線を浴びつつも、私たちはベティちゃんの見つけたプクレの屋台へと趣き、そこで──。


「あ、あなたは」


 ──王国祭で出会ったプクレの屋台のご亭主と再会することになるのでした。

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