rev3-27 開催
「──それでは、これより「フェスタ」を開催致します」
「フェスタ」当日。
ルクレティア陛下はお城のバルコニーから拡声の魔法を使って、首都全体に声を届かせながら、「フェスタ」開催の挨拶を口にされました。
アヴァンシアの王国祭とは違い、リヴァイアクスではは首都の住民の前には出ず、お城のバルコニーから挨拶をするのが慣わしなのか、住民の皆さんは特に気にしていないようでした。
なにせ、挨拶が終わったとたん、街の方から歓声が上がりましたからね。その声にはルクレティア陛下が住民の皆さんの前に姿を現さないことに対しての不満は見えませんでした。
住民の皆さんにしてみれば、雲の上の存在であるルクレティア陛下のお声を聞けるだけでも十分なのかもしれません。
「それでは、あとはお任せ致しますね、アレクセイ卿」
「承知しております。どうぞ、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
ルクレティア陛下は挨拶が終わると、そばに控えられていたアレクセイ卿に後を任せると告げられると、アレクセイ卿は恭しく一礼をされた後、そばに控えていた私たち、特にレンさんに向かってにこやかに笑われました。
そう笑っていたのです。笑っておられたのですが、目がやや剣呑でありまして、その目は明らかに「わかっておられますな?」と言外で物語っておいででした。
その「わかっておられる」という言葉がどういう意味合いであるのかは、考えるまでもなく、ルクレティア陛下と「フェスタ」を過ごすのであれば、その間のルクレティア陛下の身辺警護はきちんと行うということで──。
「なお、花火を打ち上げる頃に、ほどよく人気が少なくなる絶好のポイントがありますので、頃合いを見てそちらへと」
辺警護をきちんと行えと言っているのかと思っていたのですが、どうやらアレクセイ卿の考えていたことは、私の予想とは大いに異なるもののようでした。
というか絶好のポイントの、絶好というのがどういう意味合いなのかが非常に怪しくなりました。
そのときのアレクセイ卿のお言葉の内容を踏まえると、花火が打ち上がる頃に、ほどよく人気がなくなるということは、そういう意味で絶好の機会ということなのでしょうね。
たしかに人前でイチャコラするのはなかなかに憚れますから、人気がなくなるというのはわりと重要かもしれない。そう思っていた時期が私にもあったのですが、アレクセイ卿のお考えは私のそれをはるかに凌駕しておりました。
「なので、それまでにレン様にはできる限り、精のつくものをお召し上がりいただきまして、折を見て、がばっと」
「そっちですか!?」
アレクセイ卿のお考えは本気で想定外のものでした。
たしかにそっちも人前でするようなことではないですけど、だからといってお外でそういうことをするのはいかがなものかと私は思うのです。
ですが、アレクセイ卿はきょとんと不思議そうな顔をされると──。
「ですが、私はそのときに長子を設けたので」
──とんでもないカミングアウトをされたのでした。そのあまりにもあんまりなカミングアウトに場が凍り付きました。
ですが、ルクレティア陛下は「なるほど。そういう場合でもありなのですね」となにやらメモ帳のようなものを取り出されていましたが、そんなことをメモしなくていいと思ったのですが、ルクレティア陛下は変なところで熱心な方ですから、すでに時遅しで、レンさんが頭を痛そうに押さえられているのがとても印象的でしたね。
「なにやらかしているんですか、過去のあなたは」
本来であれば、レンさんが言うべきであろうことを、あえて私が代弁しました。そのとき、自分でもはっきりとわかるほどにアレクセイ卿を見やる目はとても冷ややかなものでした。しかし、そんな冷ややかな視線を浴びてもアレクセイ卿は怯むどころか、むしろ誇らしげに胸を張っておいででした。
「ふ、若かりし頃の過ちというところですかな。誰しも青春時代はやらかすものでしょう。まぁ、この場合は青春というよりかは」
「わかった。わかりましたから、もう黙ってください」
「えー、ここからが本番なのに。あの頃の私が妻に向かって、「そなたが欲しいのだ」と花火の爆音に負けないくらいの声量で叫んだところとか」
「折りを見てレンさんとルクレティア陛下をふたりっきりにするように協力でもなんでもしますから、本当に黙ってください、お願いします」
聞いてもいねえことをつらつらと話し始めるアレクセイ卿に対して、私は本心からの黙ってくださいとお願いしました。
というか、花火に負けない声量で叫んだとか、どう考えても人目が付くでしょうに。なにやらかしているですかね、過去のこの人はと思わずにはいられませんでした。
「実は当時の私は外でそういうことをするのにハマっておりましてな。「フェスタ」の際にその手の絶好のポイントがあることは噂話で知っておりまして、ならばするしかなかろうとノリノリで」
「だから黙っていろって言ってんだろうが!?」
なお、聞きたくもなかったカミングアウトの続きを暴露し始めたアレクセイ卿に、ついついと敬語を忘れてしまいましたけど、私は悪くないと思います。
とにかく、そうして私たちはルクレティア陛下と一緒にお城を出て、「フェスタ」を楽しむことにしたのでした。
お城を出たのはちょうど日が沈み始めた頃でした。
王国祭は日が中天に差し掛かった頃から始まったのに対して、「フェスタ」は花火を打ち上げる関係で、開催はちょうど夕方くらいになるのです。
夕闇に包まれるリヴァイアスの街並みは、なんだかんだで見慣れてきていたのですが、「フェスタ」の日のリヴァイアスの街は、普段とはまるで異なる顔を見せていました。
普段、さまざまな馬車が行き交っているのに、街には行き交う馬車は一台も見かけませんでした。それどころか普段馬車が行き交う道には、様々な商品を扱う露天商や王国祭でも見かけた屋台が軒を連ねていたのです。それだけでも様変わりしたと言えることでした。
ですが、屋台や露天商が軒を連ねる以上に、街を行き交う人々が普段とはまるで違っていたのです。
なんと、ほぼすべての方がオーベリを身に付けていたのです。ルクレティア陛下はオーベリは伝統の民族衣装だと仰っておられていましたが、その割には街中で見かけたことがなかったので、伝統のものなのになんでだろうと思っていたんです。
しかし、その疑問は「フェスタ」が開催されることでようやくわかりました。オーベリは「フェスタ」のときに着る民族衣装なのでしょう。
実際、夕闇に包まれた普段とは違うリヴァイアスの街並みに、オーベリは見事に調和していました。逆に「フェスタ」の際にオーベリを身に付けていないと非常に浮いてしまうというのもまた。
ほとんどの人がオーベリを身に付けている中、オーベリではなく普段通りの服装で練り歩く方もいらっしゃいましたが、非常に目立っていましたね。
普段のリヴァイアスであれば、オーベリ姿ではないことは特に問題もないのでしょうけど、「フェスタ」中はオーベリ姿ではないのはかえって違和感を生み出していました。
オーベリ姿ではないのは、大抵国外からの観光客のようで、自分たちが浮いていることに戸惑っておられましたが、そんな観光客にとわらわらと群がるようにオーベリを持った集団が駆け寄っていました。
「あれは」
なんだろうと思っていると、ルクレティア陛下は「あれは貸衣装屋さんですね」と教えてくれました。
曰く、国外からの観光客向けにオーベリを貸し出す貸衣装屋さんが「フェスタ」のときに現れるそうです。正体は衣服関係のお店の方で、普段はオーベリではなく、一般的な服を扱われているそうですが、「フェスタ」が近付くと新作のオーベリを作り、それを販売するようです。
それは観光客だけではなく、リヴァイアスの住民に対してもらしいです。観光客には旅の思い出記念でという形で、リヴァイアスの住民には新作のオーベリの試着を兼ねてという形で、オーベリ姿ではない方を見かけると、どのお店の方も一目散に新作のオーベリを片手に駆け寄るというのが、「フェスタ」の際の風物詩のひとつらしいです。
そのときも観光客らしき方に、怪しい輝きを秘めながらオーベリ片手に突貫される集団が散見しました。中にはどの店のオーベリが一番かを口論で決めようとする方々もおられて、非常に賑やかでした。
普段のリヴァイアスはどちらかというと、静寂という言葉が似合うような街であるのに、「フェスタ」のときはそれが反転してしまう。二面性を持つというのはこういうことなのかと思えるほどに、普段のリヴァイアスとのギャップがある光景でした。
そんな光景が街中の至るところで起きていて、それは一種の非日常感をかもち出すには十分すぎるほどのことでした。
そんな非日常な光景を見やっていると、ルクレティア陛下は手をぱちんと叩き、「それでは参りましょうか」と言って、レンさんの腕にみずからの腕を絡ませられたのです。そして逆側の手ではベティちゃんと手を繋がれていました。
腕を絡めれたレンさんはなんとも恥ずかしそうに頬を搔かれ、ベティちゃんは「ばぅん」と嬉しそうに頷かれていましたね。その光景は誰がどう見てもひとつの家族にしか見えませんでした。
家族ではあるけれど、力尽くで為したもの。
それでも、たしかにレンさんたちの姿は家族として形を為していたのです。
その光景に私はなぜか胸の奥が少しだけ騒ぎました。
悲しいような、苦しいような、なんとも言えない感情が胸の中で燻っていました。その燻る感情をどうすることもできないまま、私たちは「フェスタ」の会場となったリヴァイアスの街を練り歩き始めたのでした。




