rev3-25 消耗戦
微量で微弱の毒を食事に盛られていた。
そんな衝撃の事実を知った私でしたが、知ったところでできることなんて限られていました。
できることは、毒消しを服用するということくらい。むしろ、それ以外にできることはほとんどありませんでした。
仮にですが、食事に毒を盛られていると言ったところで、レンさんとベティちゃんが信じるわけもないのです。なにせ、ふたりの分には盛られていないですし、毒を盛ったのがルクレティア陛下だという証拠もありません。
状況から見れば、ルクレティア陛下が指示を出したからということになるけれど、おふたりはルクレティア陛下がそんな非道をすると考えていないのです。おふたりにとって、ルクレティア陛下は穏やかで優しい女性。そんな彼女がふたり以外を毒殺しようとしているなんて信じるわけがありません。
加えて、もし毒が入っていると伝えたとしても、それが検出されなければ私はただの愉快犯になるだけ。相手はルクレティア陛下ひとりだけじゃない。あの方側には数多の人材がいて、その人材を使えば私がどれだけ声高に叫んだところで、簡単に握りつぶされてしまう。それができる力をあの方は握っているのです。
いわば、国と単独で戦うというようなもの。どう考えても無謀ですし、勝ち目なんてあるわけもない。表立ってできることはなにもなく、唯一できることがあるとすれば、食事の際に毒消しを服用するという消極的な方法くらいです。
毒が入っているとわかっていても、食事は取らねばなりません。
毎回食事を取らないというのは明らかに不自然ですから。幸いなことに毒自体は微弱かつ微量であるので、毒消しはそこまで量もいりませんし、効果も低くて問題はないので、そこまで費用はかからない。
ただ、いままでの食事で摂取していた毒は体内に溜め込まれていますけど、摂取した期間が短かったこともあり、イリアさん曰く、これ以上毒を摂取しなければ、そのうち自然と毒は抜けていくだろうから、いまのところ問題はないそうです。
それらを口にしてイリアさんが最後に言ったのは、「本当にいけ好かない女だこと」でした。ルクレティア陛下をイリアさんは本当に嫌っているようで、いまにも反吐を吐いてもおかしくないような、なんとも忌々しそうな口調でした。
まぁ、私に対しても似たような口調で話されることが多いですが、ルクレティア陛下ほどではないことを踏まえると、どうやらイリアさんにとって私はルクレティア陛下よりかはましな程度なのでしょうね。
そのことを喜べばいいのか、それとも嘆けばいいのか。なんとも言えない気分にさせられてしまいました。
その後、私たちは食事の対策として二種類の毒消しを買いました。
ひとつは摂取した毒を打ち消すもの。いわば通常の毒消しです。
もうひとつは事前に飲んでおくことで、ある程度中和できるもの。用途としては摂取したらすぐに効果を発揮するような類いの強い毒に対してのもの。要は毒の効果が発揮したら手遅れになるのを防ぎ、通常の毒消しを飲む時間を稼ぐためのものですね。もっと言えば、毒の予防薬というところでしょうか。
イリアさんが言うには、予防薬は念のために用意しておく程度でいいらしいです。いままでの傾向からしてルクレティア陛下が盛る毒は微弱なものだから、通常の毒消しだけで十分に事足りるそうです。
ですが、念には念を入れておけば安心ということで、予防薬と通常の毒消しを両方買っておきました。なお、通常の毒消しが銅貨5枚で、予防薬は倍の10枚というローコストです。まぁ、どちらも最低ランクのものでしたけど、重ね重ね言いますが、いままでの傾向的に毒が微量で微弱だからその程度のもので十分のようです。
そうして二種類の毒消しとカモフラージュ用の消耗品をいくらか買い、私たちはお城へと戻りました。正直な話、お城で過ごすのではなく、街の宿屋で過ごした方がまだ安全な気もしましたけど、これからは宿屋で寝泊まりしますなんて言ったら、怪しまれるだけでした。
怪しまれたとしても、今後のことを考えれば宿屋で寝泊まりするのが正解なんでしょうけど、イリアさんが言うにはそれはそれでリスクを抱えることになるそうでした。
「もし、宿屋で寝泊まりすれば、あの女は間違いなく刺客を放つでしょうね。城の内部であれば、あの女が怪しまれることになるでしょうけど、宿屋であれば通りすがりの不審者がという体で済ませられますから」
イリアさんは舌打ちをしながら、ルクレティア陛下の行動を予測されました。その予測を聞いて初めて、たしかにその可能性は高いものだと思いました。
お城の内部で刺客に襲われたとしたら、城の警備の穴を衝くような刺客を用意できるような相手に狙われているということになりますが、いまのところ私にはそのような相手に狙われる理由はありませんし、その相手もいません。となると、一番考えられるのはお城の内部にいる誰かが雇ったということになります。その場合、真っ先に疑われるのはルクレティア陛下ご自身です。
私たちはルクレティア陛下に招かれた客人。その客人の中から王配とその間に娘を設けられましたけど、それでも私たちの身分はルクレティア陛下の客人であることには変わりありません。
その客人が刺客に襲われる。どう考えてもおかしいことです。仮に客人が私たちではなく、この国か別国の重役にあたる方であれば、可能性はあるでしょうけど、城という警備が厳重であってしかるべき場所で、わざわざ襲わせるなんて依頼人がいるわけがないのです。
あるとすれば、それは警備の穴を衝けるのではなく、警備に穴を空けさせることができる限られた人物。その中で私たちに刺客を放てる動機を持つのはルクレティア陛下くらいです。
自身の居城で刺客を放てば、真っ先に疑われることになることくらい、あの方は言われずとも理解されているはず。
それでも私たちを排除したいからこそ、微弱で微量な毒で時間を掛けての毒殺という消極的な方法を取っているのです。
でも、もし城の中から出たとしたら、あの方はもっと積極的な方法で私たちを排除に掛かることは目に見えていました。もっとも積極的な方法を取られれば、それはそれでこちらも証拠を握ることができるようになりますけど、証拠を残すようなことをあの方がするとも思えませんから、襲われ損になるのも明らかでしょうね。
「……これって詰んでいませんか?」
イリアさんの話を聞いて私が真っ先に抱いた感想。それはすでに半ば詰んでいるというものでした。
どう考えても盤面をいまからひっくり返すことはできない。対策は取れるけれど、いずれジリ貧に追い込まれるだけですし、後手に回り続けることになってしまいます。先手を取るどころか、決定打を打つことさえもいまのままでは敵わない。つまりはすでに半ば詰んでいるのでした。
「だから厄介なんですよ」
やれやれとため息交じりにイリアさんは仰いました。
ルクレティア陛下に対する切り札とも言えるレンさんとベティちゃんは、すでにルクレティア陛下の手中にあると言ってもいい状態。気付いたら、盤面はすでに圧倒的な不利になってしまっているのです。その盤面をひっくり返すことは魔法であってもできないことでした。
「あの、ルクレティア陛下がここまで」
私の脳裏に浮かぶのは、いつも朗らかな笑みを浮かべた、自然と目を奪われてしまうほどの美少女然としたルクレティア陛下のお姿でした。その姿と私たちを淡々と追い詰める姿はあまりにもギャップがありすぎるものでした。
穏やかで優しげな笑みを浮かべながら、ここまで徹底的に勝ち筋を潰しながら、自身の勝ち筋を不動のものとする。ルクレティア陛下の本性を知るまで、あの方がここまでするなんて考えてもいませんでしたからね。
ですが、こうしていざ直面すると、もはや笑えない状況でした。いや、かえって笑えてくると言ってもいいのかもです。これほどに形勢不利にさせられてしまったら、もう笑うしかないありませんでした。
「これ、どうしたらいいんですかね?」
「……ルリ様が動かれているはずですから、その動きが表面化するまでは耐えるだけですかね」
「耐えるだけ。消耗戦、ですか」
「ええ。それも圧倒的不利な形でのね」
ふぅと小さくため息を吐くイリアさん。ため息を吐きたくもなりますよね。なにせ現状は孤軍奮闘という言葉さえも生ぬるいほどの状況なんですから。この状況をひっくり返すために、ルリさんはひとり暗躍されている。その間に私たちができるのは一方的な消耗戦で耐え続けるだけ。ため息どころか、ふざけんなと言いたくなるのも無理からぬ状況でした。
それでもやらなきゃいけない。そんな敗色濃厚な戦況を踏まえたうえで、私たちは敵地となったお城へと戻り、そして──。
「ばぅばぅ。ひらひらしているけれど、うごきやすいの!」
──オーベリという名の天使様の衣服を思わせるような、素晴らしすぎる装束を身につけた、ベティちゃんという名の大天使様と邂逅を果たすのでした。
ベティちゃんのオーベリは布地は青ですが、色様々な観賞魚の柄のものというなんとも風流なものです。その風流なオーベリはベティちゃんの背丈に合わせてオーダーメイドされたもののようで、ベティちゃんの背丈にぴったりでしたし、普段は下ろしている髪をポニーテールで纏めていました。
そんなベティちゃんを見た瞬間、私が吐血したのは言うまでもありません。毒消しさえも凌駕する、圧倒的で、でも甘美な毒がこの世界にあるなんて思ってもいませんでした。その甘美な毒を服毒した私は、ゆっくりと跪きながら、その場に横たわりました。
その際、イリアさんが「……本当になんなの、この人」と大いに呆れておりましたし、ベティちゃんのオーベリの試着を見学していたメイドさん方はもちろんのこと、同じ試着をされていたレンさんや執務を抜け出されていたルクレティア陛下から侮蔑のまなざしを向けられていたそうですが、そのときの私にはそんなまなざしは気になりませんでした。
そのときの私はただただ愛くるしいベティちゃんという名の甘美な毒の前に倒れ伏すことで精一杯だったのです。
「ベティちゃん、かわゆす、がく」
私は震える体で親指を立てて、意識を手放しました。そんな私を周囲の方々はより一層侮蔑の籠もったまなざしを向けられていそうですが、それはまた別の話となります。
とにかく、そうして私たちの消耗戦は始まりを告げるのでした。
サブタイトルはまともなのに、ラストがひどいというね←




