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rev3-24 うちひしがれて

 ルクレティア陛下が落ちつかれてからは、特筆するようなことはなにもなく、いつも通りの食後の時間でした。


 ルクレティア陛下は、執務の時間が来たようで、名残惜しみながらダイニングを出られました。その際に、レンさんはルクレティア陛下に「また後でな」と声を掛けられていました。ベティちゃんは「がんばってなの」と応援していましたね。


 おふたりの声に、ルクレティア陛下はとても嬉しそうに笑われたのです。その態度の変化はとてもわかりやすく、お付きのメイドさんは苦笑いされておいででしたね。


 逆に言えば、それだけルクレティア陛下はレンさんとベティちゃんをとても大切に想っているということなのでしょうね。


 それはおふたりも理解しているからこそのささやかな声援を送ったんでしょうね。まぁ、さすがに露骨すぎて、レンさんもメイドさんと同じく苦笑いされていましたけど。ベティちゃんは「ばぅ」と満足そうに頷いていたのがとてもかわいらしかったです。それこそ、食べちゃいたいくらいに──。


「処されたいですか? アンジュ様」


「おまえ、そろそろいい加減にしとけ?」


 ──と思っていた時期が私にもありました。


 親バカおとーさんの次は親バカおかーさんですかと思わずにはいられないほどに、レンさんとルクレティア陛下は息ぴったりでした。仮面のおかげでレンさんのお顔は見えませんが、目が笑っていなかったところはルクレティア陛下と同じでしたから、おそらくルクレティア陛下同様に笑顔ではあったのでしょうね。そう、とてもとても攻撃的な笑顔を浮かべておいでした。


 そんなおふたりからの威圧的な笑顔を浮かべられた私ができたことは、不慣れな敬礼を以てお返事をすることだけでした。そんな私を見て、その場にいたベティちゃん以外の方々がドン引きしたようなお顔をしておられました。


 ただ、当のベティちゃんは状況を理解していないからか、きょとんと小首を傾げていたのがとても印象的でした。網膜に焼き付けようと思うほどに。


 まぁ、とにかくです。

 

 そんなこんなで食後の時間は穏やかに過ぎ、私たちは執務に赴くルクレティア陛下をお見送りしたのです。


 その後、私たちはそれぞれになすべきことをしていました。


 レンさんはアレクセイ卿に王宮騎士団の元へと連れて行かれました。リヴァイアクスでは歴代の王配になられた方は、王宮騎士団の団長になる慣わしがあるとかということで、そろそろ顔見せをした方がいいということでした。


 レンさんは少し面倒そうでしたけれど、自分で蒔いた種であるうえに、ルクレティア陛下を公然に「嫁」と仰ったこともあり、渋々ではありましたがアレクセイ卿とともに王宮騎士団の詰め所へと向かわれました。なお、その際にベティちゃんも一緒に連れて行かれました。


 アレクセイ卿が言うには、騎士団の方々が今後守るべき御子にあらせられるのだから、ついでになるけれど顔見せをするということでしたね。なお、ベティちゃんはやっぱり意味を理解していないようで、きょとんとされておいででしたが。


 レンさんとベティちゃんはアレクセイ卿に連れて行かれると、次はルリさんが「少々野暮用がある」と言ってそそくさとダイニングを出て行かれました。そうしてダイニングに残ったのは私とイリアさんだけになりました。正確にはまだメイドさんがいくらかおられましたけど、皆さん片づけの最中でしたし、特に私とイリアさんに絡んでこられることはなかったのです。


 もっとも、イリアさんが積極的に私に絡むことはほとんどありません。時折ありましたけど、リヴァイアクスに着いてからはそれもなくなり、そのときの私はお茶を飲み終わったら、リヴァイアスの支部に行ってみようかなぁとぼんやりと考えていたのですが、そんな私にとイリアさんは小さくため息を吐かれたのです。


「……少し付き合ってください」


 ため息の後にイリアさんは一言言われました。


 その言葉に「え? あ、はい」と私はほぼ生返事をしていました。あまりにもいきなりすぎたというのもあるんですが、それ以上にイリアさんの雰囲気がやや刺々しかったというのも影響していたのかもしれません。


 なにかやらかしたかなと思いながらも、イリアさんに合わせて食後のお茶を飲み終えると、イリアさんはすぐに席を立ち、メイドさんにごちそうさまでしたとお礼を言われていました。私も倣ってというか、慌ててお礼を言うと、メイドさん方はお粗末さまでしたとお辞儀をされておいででしたね。


 そんな当たり前なやり取りを行ってから、私とイリアさんはダイニングを出てそのままお城の廊下をしばらく歩きました。イリアさんが先頭に立ち、その後を私が続くという形でした。


 ただ、先頭を行くのがイリアさんなので、向かっているのがどこなのかはわかりませんでした。そのイリアさんは迷うこともなくずんずんと廊下を進まれていき、ほどなくしてダイニング前の廊下から城門前の通路へとたどり着きました。


「……外に出ますよ」


「わかりました」


 イリアさんは振り返り、外に出ると言われたので私も素直に頷いたのですが、イリアさんはそれ以上なにも言われずに、城門の方へと歩いて行かれ、私もその後に続きました。衛兵さんに城門を開けて貰い、私たちはお城の外へと出ました。


 でも、イリアさんはそれからなにも言わずに歩かれていました。なんの用事があるんだろうと思いつつも、私はその後を黙って着いて行きました。


 やがて、城門からそれなりに離れ、首都リヴァイアスの中央にある噴水広場に至ろうとしたところで、イリアさんがようやく口を開かれたのです。


「……ここまで離れれば、さすがに聞き耳を立てている連中もいなくなるかな」


 ぼそりと呟かれた声は、たしかに私の耳に届きました。その思わぬ言葉に「え?」と返すと、イリアさんはくるりと踵を返され、私を見やると──。


「あなた、気付いていなかったんですか? ずっと監視されていたことに」


「監視、ですか?」


「その言動だと気付いていなかったみたいですね。まぁ、無理もないですかね。あなたはそっちの方はからっきしでしょうし」


 無理もないと言いつつも、イリアさんは大いに呆れているようで、侮蔑の籠もった目で私を見下していました。


「えっと、ごめんなさい?」


「……別に謝れと言っているわけじゃないですよ」


「え、それじゃ、えっと」


「ああ、もういいです。立ち話もなんですから、その辺のお店にでも入りましょう」


 そう言ってイリアさんは、近くにあったオープンカフェに向かわれました。私はその後を慌てて追いかけましたが、イリアさんは決して私を振り返ることはありませんでした。


 そうしてふたりで入ったオープンカフェでは、日当たりのいい席に案内され、私たちはそれぞれに紅茶とケーキのセットを頼みました。私は旬のフルーツケーキ、イリアさんはショコラケーキでした。


 その後、ケーキセットはすぐに運ばれて、店員さんがごゆっくりと愛想のいい挨拶をされて離れると、イリアさんは再び口を開かれました。


「……ねぇ、あなたはいまのままでいいんんですか?」


「へ?」


 注文したフルーツケーキを配膳されていたフォークで小さく切り崩していると、イリアさんが言われたのは、返事に困るものでした。切り崩していた手を止め、「いまのままと言いますと」と聞き返すと、イリアさんはため息を吐かれました。


「だから、あの女の思うままにしていていいんですかって言っているんですよ」


「あの女、というと、ルクレティア陛下のことでしょうか?」


「ええ。その陛下のことです。まぁ、いまは周囲に誰もいないですし、そこそこ喧噪がありますから、聞き耳を立てても陛下の耳に届くことはないでしょうから、あえてあの女ということにしましょう。……それと下手に陛下の名を口にするのは危険かもしれませんからね」


 イリアさんは紅茶をゆっくりと口に含まれましたが、すぐには飲み込まれず、しばらく口の中に溜め込まれてから、ようやく飲まれますと──。


「……どうやら毒の類いは入っていないみたいですね。さすがに街全体が敵というわけではありませんか」


「毒って、なにを」


「……どうやらそちらも気付いていないみたいですね? あの城で用意されている飲食物にはほんのわずかですが、毒が仕込まれているんですよ?」


「……え?」


「もちろん、レン様とベティちゃんの分、そして当然あの女の分には仕込まれていませんがね。ですが、私やあなた、そしてルリ様の分には入っていますよ。本当に微量なうえにかなり弱い類いのものなので、毎日の食事に含まれていてもすぐには支障が出るようなものではありませんけど。ただ、半年もいまの食事をしていたら、謎の体調不良と診察されかねませんが」


 淡々と言いながらイリアさんは、注文したショコラケーキをフォークで切り崩して行かれました。その様子を眺めつつも、私はイリアさんが言われた言葉を理解できずにいました。


「ど、毒ってどういう」


「声が大きいですよ。……ここからは例のものとか言っておきましょうか」


「……例のもの、ってどういうことですか?」


 イリアさんが人差し指を唇に当てて、毒と言うなと言われたので、その言葉に従い、例のものと言い換えながら、なぜ毒なんて入っているのかと問い返すと、イリアさんは当然のような口調で言い切りました。


「そんなの決まっているじゃないですか。あの女にとって私とあなた、そしてルリ様は邪魔でしかないからですよ。邪魔者だからさっさと排除したいところだけど、すぐに排除するとレン様にもベティちゃんにも怪しまれかねない。あの女はいまの関係のままで、私たちを排除したいのですよ。だからこそ、時間を掛けて私たちを毒殺するつもりなのでしょうね」


 なんでもないことのようにあっさりと言い切られるイリアさんに、私は言葉を失いました。


「いや、その、疎まれているなぁとは思っていましたけど、さすがにそこまでは」


「しますね。王族であればそこまでして当然です。王宮なんてものは権謀術数のるつぼですよ? 外から見ればきらびやかであっても、その内部は外から見たきらびやかさなんて欠片もない、様々な人間の欲望が入り混じった場所なんですから」


「……それはイリアさんが、そちら側だからですか?」


「……ええ。私も王宮側の人間ですよ。まぁ、この国とは違いますけど」


 アーサー陛下やルクレティア陛下が「姫君」と仰っていたのでわかっていたことではありますが、イリアさんもまた権謀術数のるつぼの中側の人物。その人がどうして冒険者なんてしているのかはさっぱりとわかりませんが、それでも王宮という場所がどういう場所であるのかを知っている人ではあるのです。だからこそ、その言葉には説得力がありました。……あまり認めたくないものではありますけどね。


「とにかく、あの女が私たちを殺そうとしていることはたしかです。よっぽどレン様にぞっこんのようですよ。少し前まで生娘だった癖に、少しあの方に抱かれた程度で、すっかりあの方の一番の女という振る舞いをしているんですから。滑稽すぎて笑えてきますよ」


 喉の奥を鳴らすようにしてイリアさんは笑っていた。けれど、その言葉と目に宿る光からは笑っているようには見えなかった。


「そもそも、あの女は前々から気に入らなかったんですよね。清楚なお嬢様と言うかのようにお上品に振る舞っているけれど、その腹の中はどれほどなのかと前々から確かめたくて仕方がなかったですが、今回のことで真っ黒なことがよぉーくわかりました。反吐が出ますね」


 実際に反吐を吐こうとしてはいませんが、イリアさんの目は剣呑なものになっていました。どうやらイリアさんはルクレティア陛下を相当に嫌っているようでした。


「今回あなたを連れ出したのは、あの女に気を許さないようにと伝えるためです。城の中ではどこに耳があるのかもわかりませんからね。まぁ、街でも似たようなものでしょうが、城の中よりかはましでしょうし」


 そう言って飲みかけの紅茶を啜るイリアさん。そのイリアさんを真似るようにして私も紅茶を啜っていく。お城で飲んだ紅茶よりもランクは下がるでしょうけど、それにしたとしてもその紅茶には味がないように感じられた。


 いや、紅茶だけじゃない。口にするすべてが味気なく感じられるほどに、イリアさんからの話は衝撃的なものでした。


 ルクレティア陛下がわからなくなっていく。


 あの人の考えが、想いがよくわからなかった。


 それほどまでに欲しいものを手にしようとするのか。


 どうしてそこまでするのか。


 私にはわからなかった。


「わからなくてもいいんじゃないですか? あの手の人種にはあなたのように一般の考えは通じませんからね。せいぜい利用されないように気をつけて」


 それだけ言ってイリアさんは紅茶を飲んでいく。


 私はもう紅茶もケーキも口にする気力がなくなっていました。


 ただ、なんとも言えない悲しみに打ちひしがれていくことしかできないまま、イリアさんとのカフェでのひとときをすごしていったのでした。

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