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rev3-20 認められるわけがない

あ、順番間違えた←

 朝日が差し込めるダイニングで、ほとんど音が経つこともなく琥珀が注がれていました。


 注がれた琥珀からは、静かに湯気とともに芳醇な香りが立ちこめていく。そんな琥珀をそっと口に含むと、渋みとともにわずかな甘みが口の中に広がっていきます。


 普段であれば、牛乳を注ぎ、渋みを抑えるのですが、今日、いや、いまだけは牛乳はいりません。むしろ、もっと渋くてもいいくらいです。もっと渋くてようやくトントンというところでしょうね。


 それくらい私の口の中は、非常に甘ったるいのです。ええ、胸焼けを起こすくらいに甘ったるくて仕方がありません。それこそ、新手の拷問かと問いただしたいくらいにはです。


 とはいえ、それほど甘ったるいスイーツを食べたというわけではありません。むしろ、その手のものは食べていないのです。仮にあったとしても、手を付けることなく残していただろうなと思います。


 もしくはベティちゃんにあげていたかもしれませんね。その当のベティちゃんは、現在もぐもぐとお口を動かしながら、フルーツサンドを食べておられます。その姿は本当に愛らしくて、天使様というのはベティちゃんのような存在を言うのだろうなと痛感させられるほどです。


 もっともベティちゃんは食べていなくても、天使様を思わせるほどに愛らしい子ではあるので、当たり前と言えば当たり前なのでしょうが。


 なお、フルーツサンドと言っていますが、その具材は生クリームに旬のフルーツをふんだんに使ったというものであり、いつものフルーツケーキとほぼ変わりません。せいぜいサンドイッチ用のパンとスポンジケーキの差くらいでしょうか。


 そんなフルーツサンドをもりもりと食べながら、ベティちゃんはご機嫌良く尻尾をふりふりと振られていました。


 ただ、今日はひとりでちょこんと椅子に腰掛けながらお食事中です。


 いつものようにルクレティア陛下のお膝の上には座ってもいなければ、ルクレティア陛下に食べさせて貰ってもおらず、おひとりでのお食事中なのです。


 普段であれば、ルクレティア陛下のお膝の上に座って、ルクレティア陛下に食べさせて貰っているはずなのにです。


 では、その件のルクレティア陛下はどうしているのかと申しますと。あ、いえ、すいません。口にしたくないです。だって、ストレートティーを飲んでも中和しきれない甘ったるさなんて直視したくないですもん。


 ですが、そんな私の意思とは裏腹に、いえ、私の必死な抵抗を嘲笑うようにそれらの音は聞こえてくるのです。


 まず聞こえてきたのはハミングボイスでした。


 それもとても幸せそうな。それこそ幸せの絶頂にいるとしか思えないような、とても気分良さげなものです。

 

 次に聞こえたのフォークの音です。


 くるくるとパスタがフォークに巻き取られていく音。それは当たり前のもののはずなのに、不思議と上品なものに聞こえてなりませんでした。それこそ荘厳な宮中音楽のようでした。


 そんなふたつの音の後に聞こえてくるのは──。


「はい、旦那様」


 ──とても穏やかなルクレティア陛下のお声でした。


 ちらりと視線を向ければ、ルクレティア陛下はにこやかに笑いながら、巻き取ったパスタをそっと旦那様ことレンさんに差しだされていました。


 巻き取られたパスタは香辛料を効かせたもので、ところどころに赤い小さな輪っかのようなものが混ざっていました。ルクレティア陛下曰く、アオエペと呼ばれるリヴァイアクスでは定番のパスタだそうです。


 その定番のパスタが今日の朝食のメインでした。実際、私たちの席にはそれぞれアオエペが置かれており、その周囲にはサラダやパンとスープがセットとなっていました。


 朝からはちょっと重いかなぁと思ったのですが、意外なことにするすると食べられました。結構パンチはありましたけど、わりとあっさりしていたのです。最後はお皿の底に残ったソースをパンに付けて食べたのですが、それが悪魔的な美味しさでした。……まぁ、若干みみっちい気もしましたが、底に残ったソースをパンに付けるというのもまた定番だとルクレティア陛下は仰っていました。


 そんな朝食を私たちは取り終えたのですが、レンさんとベティちゃんはまだ朝食の真っ最中でした。


 レンさんたちがダイニングに現れるのが少し遅かったということもあるのですが、それ以上にレンさんとベティちゃんの分が若干遅れて来たというのが一番の理由でしょうね。


 なにせ私たちの分はダイニングに来たときには、もう用意されていたのですが、なぜかおふたりの分はまだ用意されていなかったのです。


 私たちが食べ進めている最中になって、ようやくおふたりの分が運ばれてきたのですが、それらは私たちの分とは違っていました。


 私たちの分は、ほぼ見た目が同じでした。若干盛られ方に差はあるものの、そこまでの大きくは違わなかったのです。


 ですが、レンさんの分はサラダとスープ、それにパンは私たちと同じだったのですが、メインであるアオエペの見た目がだいぶ違っていました。パスタが少しだけ焦げていたのと、盛り方が少し歪だったのです。


 それはベティちゃんのフルーツサンドも同じでした。ひとつひとつのフルーツの切り方がわずかに歪でしたし、パンも中心からだいぶずれて切られていました。


 レンさんもベティちゃんも運ばれてきた朝食を見て、最初首を傾げておられましたが、遅れてダイニングに来られたルクレティア陛下を見て納得されていました。


 正確に言えば、ルクレティア陛下の指を見てからですね。


 ルクレティア陛下の指は、治療の痕がありましたから。その痕跡を見たら、それがどういうことなのかなんて誰だってわかるものです。


 当のルクレティア陛下はなんとも申し訳なさそうかつ、どことなく緊張した面持ちだったのが印象的でした。


 まぁ、この時点でもう口の中は甘ったるくなりましたよ。


 公衆の面前で勘弁してくださいと言いたくなるほどに。


 ですが、そんなことを言える雰囲気ではありませんでしたし、壁際に沿って控えられていたメイドさん方が、なにやらジェスチャーのようなものをルクレティア陛下に送られていました。


 そのジェスチャーを見て、より一層口の中が甘ったるくなりましたね。それは私だけではなく、イリアさんとルリさんも同じでした。おふたりとも微妙に頬がひきつっていましたし。

 ただ、そんな私とは違い、ベティちゃんはとても嬉しそうにフルーツサンドを食べ始めていました。


 ルクレティア陛下は、ベティちゃんが食べ始めるのを見て、少し残念そうでしたが、レンさんがまだ食べられていないのを確認するやいなや、レンさんのフォークを手に取られたのです。そしてそれは始まりました。


「だ、旦那様。ど、どうぞ」


 ルクレティア陛下はひどく緊張した様子で、アオエペをフォークで巻き取り、レンさんの口元へと差しだされたのです。


 そうです。いわゆる「あーん」を始めたのですよ、あの人たちは。しかもメイドさん方はそれを見て、全員がガッツポーズか親指を立てるかのどちらかをしていたという始末。


 ちなみにですが、朝食の場にいたのは私たちだけではなく、大臣様であるアレクセイ卿もおられたのですが、アレクセイ卿はその光景を見て涙ながらにガッツポーズをしていたのがとても印象的でした。せめてあんたは止めろよと言いたくなりましたけど。


 しかし、そんな私たちの想いは届きませんでした。誰もその暴挙を止めることもなく、それどころか、レンさんに「早く」と急かすようなジェスチャーをしていました。


 そんな無言の後押しをされたレンさんは気恥ずかしそうに、ですが、それほど躊躇われることもなく、差しだされたパスタを口にされたのです。


「美味しいですか?」


「ん。うまい」


「よかったです。自信作ですが、お口に合うかどうかわからなかったので」


 ルクレティア陛下はほっと一息を吐きながら、パスタをご自身で調理されたことを伝えられました。


「……やっぱり、か」


「あ、あはは、わかっちゃいますよね。調理をするのは久しぶりでしたし、したとしてもいつも自分の分しか作ったことがなかったので、あまり見た目がよくないのですが」


 傷ついた指で頬を搔きながら、申し訳なさそうに笑うルクレティア陛下。そんな陛下の手をじっと眺めてから、レンさんはおもむろに口を開けました。それは続きを、次を催促するものでした。そのレンさんの仕草にルクレティア陛下はわずかに目を見開くと、嬉しそうに「はい」と頷かれました。


 ……そこからはまぁ、言うまでもなく、甘ったるい空気の中での朝食と相成ったわけでありますよ。


 アオエペは香辛料の効いたパンチのあるパスタのはずだったのですが、不思議と香辛料のスパイシーさは消えてなくなりましたね。まるで生クリームやらチョコやらでデコレーションされているのではないかと思えるほどに甘ったるいパスタになってしまったのです。


 そんな新手の味変化を起こしてくれた朝食をどうにか終えて、いまようやく私たちは甘さを中和させることができるようになりました。


 ベティちゃんはその中でも平然とお食事されていました。やはり主食がスイーツであるからなのか、甘さというものに対する耐性が私たちよりも高いのでしょうね。


 そんなことをぼんやりと考えつつ、私はレンさんとルクレティア陛下のやり取りを、お腹に手を当てて見つめていました。え? お腹に手を当てている理由ですか? そんなの──。

『○ロス○ロス○ロス○ロス○ロス○ロス○ロス○ロス○ロス……』


 ──お姉ちゃんがルクレティア陛下への呪詛をぶちまけているからに決まっているじゃないですか。爪でも噛んでおられるんですかね? ペキペキペキィという音がわずかに漏れていますからね。


 どうやらお姉ちゃんにとって、ルクレティア陛下の行いは絶許案件らしいです。ちなみに絶許案件の意味は、「絶対許さないよ、あの女、マジぶっ○す」ということらしいです。


 ……絶対許さないまではまだいい。ですが、その後はダメでしょうと言いたいです。聞いてくれないと思いますけどね?


 なにせ、少し前に「もう少し穏便に」と言ったのですが、お姉ちゃんったら「ぁ?」と一言告げられるだけでしたから。いつもならもっと長文で言い返してくるのに、今日に限ってはまさかの1文字ですもん。


 そんな1文字の返答に、私は即座に敬礼しました。ただ、いきなり敬礼したことでその場にいた全員から「なにしてんの、この子?」というようにおかしなものを見るような目を向けられてしまいましたが。


 ですが、そんな視線も私の頭の中で響くお姉ちゃんの呪詛を聞けば、納得してもらえるでしょう。残念ながら私にしか聞こえませんが。


 とにかく、そうして私はお腹を抑えながらの食後のティータイムを楽しんでいるのです。……はたして現状を見て楽しんでいると言っていいのかはわかりませんけどね。


『あの、お姉様? そろそろお怒りをですね』


『……許せと言うの? あんなふざけたことをする、あの女を?』


『いや、ふざけたと言いますけどね? レンさんも、ルクレティア陛下といい関係になっていますし、お姉様的にもレンさんを支える相手として陛下を見てもいいんじゃないかと』


『……お姉ちゃんは悲しいよ、アンジュ。アンジュがまさかそんな戯れ言を抜かせるなんて』


『いや、戯れ言と言われましても。実際、レンさんとルクレティア陛下は、わりとお似合いなように』


『は? 自分の力を使わずに無理矢理旦那様をその気にさせている女を認めろって言うの?』


『へ?』


 お姉ちゃんが口にしたのは、思わぬ一言というか、想像もしていなかったものでした。その言葉に私はどういうことなのかと問い返そうとしましたが、それよりも早くお姉ちゃんは決定的な一言を告げました。


『アンジュはわからないんだね。あの女は旦那様に催淫の魔法を使っているんだよ? そんなふざけた女に旦那様を支えさせる? そんなふざけたことをする女なんて認められるわけがないでしょう?』


 お姉ちゃんははっきりとルクレティア陛下の行いを批難しました。その一言に私は言葉を失ってしまうのでした。

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