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rev3-18 違いはあれど同じもの

本来ならタマちゃんのターンですが、諸事情(体調面)で連続でこちらになりますが、小っ恥ずかしかったです←苦笑

 結局、城に着くまでルクレは泣き続けていた。


 ルクレの体は俺と大差ないほどに小さなものだ。見ようによっては、ルクレの方が背丈は高いかもしれない。


 それでも、その見で背負うには大きすぎるほどのものを、彼女は背負わされている。一国の王という立場は、まだ年若い彼女が背負うには大きく、そして重すぎる。その重すぎるものを背負いながらも、ルクレはいつも笑っていた。まるで重さなんて気にしていないように。


 だけど、それがただのポーズであることは誰の目からでも明らかだった。今年で15歳の少女が背負うには、その責務が重たすぎることなんて、誰にでもわかるはずなのに、それを彼女は見せないようにしていただけだったというのに。


 王配となったのだから、彼女が背負うものを少しでも軽くしたかった。だけど、それがどれほどまでに難しいことなのかを、今日初めて突きつけられた。


 王の良人という立場が、どれほどまでに苦渋に満ちたものであるのか。それを俺は理解しているようで、理解していなかったのかもしれない。腕の中で体を震わせて泣きじゃくる彼女を見つめながら、俺はそのことを痛感させられた。


 強く抱きしめるだけで、折れてしまいそうなほどに細く脆い体だった。閨を供にしたときにはわかっていたことだった。それでもこうして抱きしめたことで、より一層ルクレの体がどれほどまでに小さなものなのかが改めてわかった。


 こんなにも小さな体で彼女は、即位からずっとひとりで背負い続けてきた。その日々がどれほどまでに熾烈なものだったのか。俺には想像もつかなかったし、いまの俺ではその気持ちを理解することさえもできない。


 できることは泣きじゃくる彼女を抱きしめることだけだった。


 その小さく細い体に、少しでも長くぬくもりを与えてあげることしかできなかった。


 そうして、楽しいはずのピクニックは、なんとも言えない物悲しさに包まれる形で終わりを告げた。


「……ご迷惑をおかけしました」


 城にたどり着いたとき、ルクレは目元を紅くして申し訳なさそうにしていた。直前まで泣いていた影響で、その目元は誰が見てもわかるほどに真っ赤に腫れていた。


 馬車はすでに止まっていた。だけど、御者さんは扉を開けようとはしていない。走行中に車内がどのような状況にあるのかを理解していたからか、到着した旨を伝える際に、少し席を外させていただきますと言って、離れていった。


 それはベティも同じだった。


 途中で起きていたのにも関わらず、ベティは城に着くまでは一切声を発さず、眠ったふりをしていた。そして城にたどり着く少し前に起き出した。そのときにはルクレも泣き止んでいたが、目元の腫れは一目でわかるものだったのに、あえてベティはそのことに触れてはいなかった。


 御者さんが離れてすぐにベティはひとりで馬車を降りてしまった。曰く「おなかがすいたの」ということだった。


 小山から離れたときには、もう空の色は変わっていたからか、城に着いたときにはもう日は沈んでいて、お腹が空くというのもわからなくはないが、それがベティなりの気遣いであることはわかっていた。なにせ念話で念押しをされてしまったし。


『ほんとうのほんとうに、おかーさんをおねがいするの、おとーさん』


 その念押しの声にはやけに迫力があって、ちゃんと慰めないと承知しないぞと言外で言われているのは明らかだった。もっとも念押しされなかったとしても、こんなにも弱り切った嫁を前になにもしないなんてことはありえなかった。


 わかっているよ、と返事をすると、ベティは最後に一度振り返って、嬉しそうに頷いていた。


 ベティは、いや、ベティだけじゃない。シリウスともカティとも血の繋がりはない。それでも他人を思いやれるその優しさを三人とも持ってくれていることが誇らしかった。


 そんな誇らしい愛娘を見送ると、馬車の中は俺とルクレのふたりだけになった。周辺に近付く人の気配はない。御者さんがあらかじめ説明をし、ベティもおそらくは事情を話しているのだろう。


 馬車が停まった位置は、城の正門前から少し離れた場所だった。城からそう離れていないので、城に入るのもそこまで苦にはならない場所でありながら、人通りの邪魔にならない場所で、こういうときには相応しい場所だった。


 だから、気兼ねなくルクレと話をすることができていた。ルクレも王としての仮面を外し、ありのままのルクレとして俺と接してくれている。


 そう、ありのままのルクレなのだけど、その言葉は王としての彼女でもある。人目はなく、人の気配がなくとも彼女の王としての立場が変わることはなかった。


 いや、王としての立場じゃなかったとしても、彼女の言葉は変わらないんだろう。自責の念が強すぎるという一面は決して変わらない。それが俺には無性に悔しかった。


 そもそもルクレは謝ってくれたけれど、なんでルクレが謝るのかがわからなかった。


 ルクレが謝ることじゃない。むしろ、謝るべきなのは俺の方だというのに。それでもルクレは悪いのは自分だというかのように、申し訳なさそうに頭を下げていた。


「ルクレは悪くないよ」


 言ったところで意味はないかもしれないけれど、俺はルクレが気にすることじゃないと告げた。でも、彼女は静かに首を振っていた。


「いいえ、旦那様にご迷惑をおかけしました。それは私の不徳です。旦那様はこんな私なんかをご寵愛してくださっているのに、私はそのお気持ちに報いていません。本当に申し訳なく──」

 

 ルクレの目尻に涙が浮かぶ。自責の念に駆られ続ける彼女を見ていると、堪えきれなくなってしまった。俺は彼女の言葉を途中で妨げるようにして、その唇を塞いだ。ルクレは目を見開いたが、すぐにまぶたを閉じて俺の背中にそっと腕を回してくれた。


 触れ合うだけの、まるで子供みたいなキス。それでもたしかな繋がりが、唇を通して感じられた。


 唇を触れ合わせていると、気付いたときには彼女を組み伏していた。馬車の座席の上で中途半端に彼女の水色の髪が広がっていた。車窓の外は真っ暗で、時折巡回している兵士さん方の声が風に乗って聞こえてくるが、その声はとても小さく、かなり距離が離れていた。


 車内には専用の灯りがあるけれど、それはとても頼りなく、ぼんやりとした光を照らすだけ。その灯りに照らされた彼女は、ひどく蠱惑的だったが、理性をどうにか総動員して、本能のままに突き動かされないように自制心を働かせていたのだけど──。


「……来て」


 ──そんな俺のちっぽけな理性を嘲笑うように、彼女は俺を求めてきた。たった一言。主語もない言葉だというのに、彼女が言う言葉の意味をはっきりと理解できた。


 生唾を飲む音がどこからか聞こえてくる。

 

 それが自分自身が発したものだと気付くのに時間はいらなかった。


「でも」


 だけど、彼女の言葉にすぐ肯んじることはできなかった。


 襲われ掛かってから時間は経っていなかった。


 だというのに、それを思い出させるようなことをするのは憚れた。


「……怖いの」


 けれど、そんな俺の歯止めを彼女はあっさりと打ち壊してくれた。目尻に浮かんでいた涙を、ほろりと零しながら彼女は俺を見上げていた。濡れた湖水の瞳はひどく魅力的で、抗いがたい色気があった。


「……あのときのことを、思い出して怖いんです。忘れさせてほしいんです。だから、来て。私を壊して、おねがい」


 ルクレは泣きながらそう願ってきた。その言葉に、その想いに俺は自制心を投げ捨てて、再びその唇を奪った。今度は触れ合うだけのものじゃない。もっと深く繋がり合うようにして、むさぼり合うように唇を重ね合う。


 唇を重ねながら、そっとルクレの服に手を掛けると、ルクレも協力するようにみずからの服をはだけさせていく。薄暗い車内の中で、真っ白な素肌が徐々に露わになっていった。


 呼吸を整えるために離れると、ルクレの腕がすっと伸び、俺の素顔を隠していた仮面を、ルクレが外していた。部屋の中ではない。誰の目につくかもわからない城内で、素顔を露わにするのは憚れたのだけど、ルクレの手で晒されるのであればと思うと、抵抗感は不思議となかった。


「……私を、ルクレティアを、あなたのものにしてください。誰が見てもわかるように、私があなたの女であることがわかるようにしてください、カレン様」


 旦那様ではなく、カレン様とルクレは言った。俺の正体はやっぱりわかっていたのだろう。旦那様という言葉は「レン」に対して使われるもの。でも、素顔を露わにした俺は「レン」ではない。


 それでも「レン」も「カレン」も同じ人間だった。わずかな違い。でも、そのわずかが決定的な違いであるというのに、その境目を彼女はなくそうとしてくれているのだろう。


「……旦那様でいい。「レン」にとっても、「カレン」にとっても、ルクレティアは俺のものだ。俺の女だよ」


 そっとルクレの頬を撫でる。ルクレはくすぐったそうに目を細めながらも、幸せそうに頬を綻ばせた。そんなルクレを眺めているうちに呼吸は整っていた。顔を近づける。ルクレは俺をじっと見上げながら、その唇で七つの文字を口にする。その返事とばかりに俺もまた六つの文字を口にする。ひとつ違い。でも、同じ意味の言葉。


「レン」と「カレン」がわずかな違いがあるものの、同じ人間であるかのように。俺とルクレが口にしあった七つと六つの文字もまた、わずかな違いはあるけれど、同じ意味だった。


 そんなひとりの人間とひとつの言葉を通して、彼女はなにを伝えたいのか。その意味をぼんやりと考えながら、俺はルクレに顔を近づけていった。


 いつもとは違い、花の香りはしなかった。それでも目の前にいるのがルクレであることは変わらない。


 そんなルクレのぬくもりを全身で感じながら、俺は彼女と発する熱に溺れていった。

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