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rev3-16 風の中の鼓動

 馬車に揺られること、数十分。


 もともと城を出たときには、日はもう一番高くまで上がっていて、ここからは緩やかに温度とともに日は下がっていくだけ。


 どこかに出かけるには遅すぎる時間だった。それでも俺たち三人はこうして城から見て北側の──港とは逆側にあるリヴァイアスの正門の外の小山にまで来ていた。


 まぁ、小山とは言うものの、実態は少し小高い丘なのだけど、リヴァイアスの住民ないし周辺の都市出身者にとっては、小山という扱いにしていて、近隣の住民にとっては絶好のピクニックポイントらしい。


 その理由は小山の頂上からは遮蔽物になるものは、城くらいしかないため、その先にある海を、どこまでも続く水平線をほぼ見通すことができるくらいに見晴らしがいいからだ。


 実際に、いま俺たちの目の前には、その見晴らしのいい光景が広がっていた。どこまでも続く水平線とそのはるか上にある青い空。その間に広がるリヴァイアスの街並み。そのどれをとってもたしかに目を見張るほどの美しい光景ではあった。


 そう、光景自体はとてもきれいなのだけど、現在ちょっと問題があるというか、無粋というか、あまりにも光景に見合わぬものが転がっていた。


「う、うぅぅぅ、い、いてぇ」


「だ、だれか、き、きずをぉ」


「し、しにそう、げふぅ」


 現在俺とルクレ、それとベティの下にはずたぼろになった小汚い連中が積み重なっている。まるで小山のうえにできた新しい小山のようにだ。


 その上に乗っかって、俺たちはメイドさん手製の昼食を食べている最中だった。


 なんでこうなったのかとこの連中が誰なのかと言うと、連中はこの辺を根城にしていたという盗賊たちだ。その全員が現在ボロボロになって山のように積み重なっている。ちなみに俺たちが直接足場にしている大男がいるのだけど、それがこいつらのお頭だった。


 そのお頭は子分たち以上にボロボロになっていた。具体的に言うと、Z指定になりそうなくらいにボロボロで、誰よりも重傷というか、致命傷を負っているようにも見えるが、そのお頭を一番上に積み重ねて足場にしている辺り、相当怒りが深かったようだ。


 なんで、「ようだ」と言ったのかと言うと、実を言えば、こいつらをこてんぱんにしたのは俺じゃない。いや、数人はぶっ飛ばしたけれど、残りは全員ベティがぶちのめしました。


 正確に言えば、ベティ的にはぶちのめす反面遊び相手にしていたのかもしれない。なにせ盗賊たちをぶちのめしながら、ベティはとても楽しそうに笑っていたからね。


 もっともその眉間には深い皺がよっていたし、こめかみは薄らと血管が浮き出ていたし、なによりも尻尾がいままでにないほどに逆立っていたところを見る限り、相当頭にきていたみたいだ。


 その原因は、お頭がルクレに襲いかかったからだ。まぁ、襲いかかったと言っても、押し倒したり、服を破いたり等まではできなかった。そうなる直前でベティにより強襲を喰らったからだ。


 そうなったのもすべてはこの丘にたどり着いてすぐに、ルクレは馬車を城に帰したことが原因だと思う。


 ルクレは馬車から降りるなり、日暮れになったら迎えに来て欲しいと御者に頼みこんだんだ。当の御者は少し迷っていたけれど、最終的には頷いて元来た道を引き返していった。


 ちょうど今日は他にピクニック客はおらず、俺たち三人だけだったのが、ルクレが馬車を帰した理由だったのだろう。


 でも、それが結果的に盗賊たちを呼び込む原因になった。こいつら的には少女ふたりに幼女ひとりという組み合わせは、いろんな意味で絶好の獲物に見えたんだと思う。


 しかもひとりは見るからにいいところのお嬢様のような出で立ちなのだから、そそられる獲物という風には見えたはずだ。


 まさか、そのうちのひとりが国王陛下だとは思ってもいなかったんだろうが、その判断がこの惨状を招いてしまった。


 連中は俺たちを囲むようにして一斉に姿を現した。特にこれと言って目を見張るような奴はいなかったこともあり、俺は完全に油断していたし、ルクレも俺がいるから安全だと思っていたみたいだ。


 だから、まさか後ろから連中にとっての最大戦力になるお頭が迫っているとは思っていなかった。そこは完全に俺の油断というか、ミスだった。ベティがいなかったら、ちょっと面倒なことになっていたと思う。


 俺とルクレの隙を衝くようにして、お頭は俺の背後にいたルクレへと飛びかかったんだ。しかもご丁寧なことに先に数人ほど襲いかからせ、その数人を俺がぶちのめしてすぐにだ。


 完全に隙を衝かれてしまい、俺は慌ててルクレに手を伸ばしたが、それよりもお頭がルクレを押し倒す方が明らかに早かった。押し倒したところで、すぐさまぶちのめしていただろうけれど、ルクレの体がお頭の手垢にわずかにでも塗れたことは間違いない。


 現にお頭はひどく下品な顔で笑っていた。大方、ほかの子分共を使って俺を抑え込み、その間にルクレでオタノシミでもしようと考えていたんだろうけれど、残念ながらその妄想通りには事が運ぶはなかった。


 あとわずかでルクレに触れようとしたところで、ルクレの腕の中にいたベティが、カウンターとばかりに跳び膝蹴りを放った。


「ばっちいてで、おかーさんにさわっちゃだめなの!」


 ベティは飛び膝蹴りを放ちながらはっきりとそう言った。が、当のお頭は顔を押さえて背中から倒れ込んでいたから、その言葉を聞き取れてはいなかっただろう。


 連中もベティの存在はわかっていたはずだ。でも獣人とはいえ、見た目が5歳くらいの幼女なんてどうとでもなると考えていたんだろうから、その一撃はまさに想定外のものだったはず。


 実際、ベティの一撃はきれいにお頭の顔面に命中した。しかもお頭自身の体重や飛びかかっていたことで重力の影響も加味した結果、お頭は大きな音を立てて地面に横たわった。そうして倒れ伏したところをベティがマウントを取り、延々と顔を殴り続けたんだ。


 お頭にとっても十分に驚愕する展開だっただろうが、子分共にとってはそれ以上の光景だっただろう。


 自分たちから見て強者であるお頭が、獣人とはいえ5歳児くらいの幼女の手によって、私刑を喰らっているんだから。その衝撃はとてつもないものだったに違いない。


 ベティはお頭が言葉を発しなくなるまで殴りつけると、子分共に振り返り、「あそぼ?」と笑いかけていた。ちなみにそのときのベティはお頭の返り血を浴びて紅く染まっていたのがとても印象的でしたね。


 それからほんの数分後には、盗賊たちは全員ベティたちと「あそび」終えていた。着ている服はもともと小汚らしいものだったけれど、それ以外は少し薄汚れているくらいだったのが、いまや全員顔で識別できないほどに腫れ上がっている上にボロボロになっていた。

 

 特にひどいのが体をいまだに痙攣させているお頭なのだけど、そのお頭は少しごつごつとしたレジャーシートとなっているのがなんとも言えない。


「はい、ベティちゃん。あーんですよ」


「あーん」


「美味しいですか?」


「うん、おいしいの!」


「そうですか、それはよかったです」


 ニコニコと笑いながら、まるで何事もなかったかのように振る舞うルクレとベティ。ベティはいつものようにルクレの膝の上に腰掛けており、ルクレはそんなベティと向かい合わせになって、ベティにショコラケーキを食べさせている。とても穏やかな光景なのだけど、少し視点を下げると惨劇が広がっているという、なんともちぐはぐなものだ。


 そんなちぐはぐな光景を眺めつつ、俺はふたりの隣に腰掛けてメイドさんお手製のサンドイッチを頬張っている。……若干肩身が狭いです、はい。


 だって、ふたりとも俺の方なんて一切見ないんだもん。完全にふたりの世界ですよ。三人で来ているはずなのに、のけ者扱いはさすがにひどいと思う。思うのだけど、やらかしたことには変わりないので強いことは言えません。


 それでも、迎えが来るまでこの調子はさすがにと思い立ち、俺はあえてふたりの世界に足を踏み込むことにした


「あー、その、ルクレさん?」


「どうされましたか?」


 ルクレは不思議そうに首を傾げるも、その膝の上のベティはぷくっと頬を膨らましている。……どうやらまだお怒りのようです。俺がのけ者になった理由はベティがお怒りだからだ。そうなってしまうような失態を演じたのだから無理もないけれど、そろそろ許して欲しいわけだけど、望み薄であることは間違いない。


「どうしたの、ほだおーさん」


「いや、あの、ベティちゃん? その略はやめてくれませんかね?」


「どうしてなの、ほだおーさん」


「いや、だから、ね?」


「ほだおーさんはほだおーさんだから、しかたがないとおもうの。ベティはきょう一日、おとーさんをほだおーさんとよぶことにきめたの。だから、おとーさんはきょうはおとーさんじゃなく、ほだおーさんなの」


「だ、だから、その」


「いーよね、ほだおーさん」


「えっと、だから」


「いーよね?」


「……はい、ほだおーさんでいいです」


 ベティの笑顔の圧の前に俺は敗れた。ちなみにほだおーさんというのは、ベティ曰く「ほんとうにダメなおとーさん」の略らしい。


 その原因は俺の失態によるもの。要はベティの手を借りなかったら、ルクレをちゃんと守れなかったことだ。なお、ベティはお頭の存在に気付いていたみたいで、ルクレの腕の中にいながら、いざという時に備えていたらしい。


 そしてそのいざという時が実際に訪れてしまい、その結果、俺を今日一日「ほだおーさん」と呼ぶことにしたとのことだ。


 まぁ、今回のは完全に失態だから、そう呼ばれてしまうのは無理からぬことだ。言いつくろうにも、「いいわけなの」と切り捨てられるのは目に見えているし、実際に「いいわけなの」とすでに切り捨てられた後でもある。


 余談だけど、この盗賊たちを積み重ねたのは他ならぬ俺です。その間、ベティはルクレに返り血を拭って貰っていました。


 正直返り血を拭うのは、いくらベティ相手であっても、箱入り娘であるルクレには厳しいと思うし、そもそも襲われ掛かった恐怖もあるとは思ったのだけど、当のルクレは気にすることなく、ベティの返り血を拭っていた。……わずかに体を震わせながらだったけど。


 その震えはいまも続いている。その震えがベティに対してなのか、それとも襲われ掛かったからなのかはわからない。だが、ベティにもその震えは伝わっている。それでもベティは笑顔を崩さない。崩さないが、ルクレを見る目は少しだけ悲しげだった。


『ほだおーさん。あとでちゃんとおかーさんをなぐさめてあげるの。じゃないと、きょういちにちじゃすまさないの。これからずっとほだおーさんなの。ベティじゃ、おかーさんをなぐさめてあげれないの』


 現にそんな言葉を念話で俺に伝えてくるほどだ。しっかりと俺に対しての脅しを込みでなあたり、娘は強いなぁと思わされてしまう。というか、父親が娘には弱すぎるだけなのかもしれないけれど。


『……うん、わかっている。頑張ってみるよ。今日もできれば、ルリのところに泊まりに行って貰えるかな?』


『わかっているの。がんばってね、おとーさん。あ、でも、ベティはいもーととおとーとだったら、いもーとがいいの』


 ベティはそれだけ伝えると、念話を切り上げてしまった。


 子供の成長は早いというけれど、これはどういうことかと言いたい。いきなりすぎて、口に含んでいたサンドイッチを噴き出しそうになった。というか、少し噴き出しました。


 そんな俺を見て、ベティは「ばっちぃの」と引いていた。誰のせいだと言いたかったけれど、ベティが聞く耳持たずなのは目に見えていたので、あえて気にしないことにした。


「どうかなさいまして?」


 対してルクレは、いきなりの俺の反応に首を傾げていた。首を傾げつつも、俺の口元を拭ってくれる辺り、ベティとは違って、「ばっちぃ」と思ってはいないようだ。むしろ、俺の世話をしてくれるのが嬉しいように思える。


「なんでもないよ。ただ、いい景色だなぁと」


「そうですね。いい景色です。旦那様とベティちゃんと一緒に見られて幸せです」


 にこやかにルクレは笑う。その手は震えていない。でも、わずかにその目は揺れ動いていた。揺れ動く湖水の瞳を見つめていると胸が騒いだ。気付いたときにはルクレの手を取り、そっと抱き寄せていた。


「……だんな、さま?」


「……ごめん。いまは少しこうさせてもらっていいかな」


「……はい。いいですよ」


 ルクレはそれだけ言って、俺の背中に腕を回してくれた。それ以上は俺もルクレもなにも言わなかった。ベティはいつのまにかルクレの膝の上から降りて、ひとりでショコラケーキを食べていた。


 ルクレの鼓動が聞こえてくる。盗賊たちの呻き声やベティの咀嚼音も聞こえるはずなのに、それらの音はもう聞こえない。聞こえるのはただ腕の中にいる愛おしい人の鼓動とそんな俺たちを包み込む風の音だけだった。

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