rev3-14 だって、反則だったんだもん(byレン
布のこすれる音が聞こえた。
まぶたを開くと、見慣れない窓とその向こう側には見慣れない街の景色が見えた。日はすっかりと高く昇っているため、すでに日々の営みは始まっているだろう。
距離がありすぎるから、その営みを観察することはできないし、せいぜい見えるのは豆粒くらいにしか見えない人々の姿くらいだ。
距離があるからこそ、豆粒にしか見えなくても、等身大の人々は視線の先でたしかに日々を謳歌している。
そんな当たり前のことをぼんやりと考えながら、窓の向こう側を見つめていると、また布のこすれる音が聞こえてきた。
なんの音だろうと視線を向けると、そこにはワイシャツを羽織って身支度を調えているルクレティア陛下がいた。
普段肩で掛け流している髪は、いまは背中側にまっすぐと下ろされていた。もともと長いなぁと思っていたけれど、まっすぐに下ろすとその髪は腰にまで及んでいて、髪の色と相まって穏やかに流れ落ちる滝のようにも見えた。
俺が起きたことに気付いていないようで、彼女はベッドの上で膝を立てながら、真っ白なニーソックスを穿いているようだったが、まだはスカートまでは穿いていないようで、ニーソックスに負けないほどに白くきれいな素足が露わになっていた。
よく見ると下ろされた髪の向こう側には水色のなにかがワイシャツの裾からちらちらと見えていたし、肩甲骨の下あたりにも同じ色のなにかが見えていて、若干目に毒ではある。
とはいえ、そのことを彼女自身は無頓着のようで、なにかしらの歌を口ずさみながら、身支度を調えていた。その度に布のこすれる音は聞こえた。……どうやら彼女が身支度を調える音で目を覚ましたようだった。
というか、なんで俺は彼女と同じ部屋で寝泊まりしているのだろうか。
頭の中がひどくぼんやりとしていた。まるで寝不足で頭が動いていないように感じられた。そこで「なんで寝不足?」とふと思った。
寝不足になるようなことをしたのだろうかとぼんやりと考えつつ、俺は目の前にいるルクレティア陛下に声を掛けていた。
「……おはようございます」
体を起こす気力がまだ沸かず、寝転んだまま声を掛けると、彼女はゆっくりと振り返ると、口角を上げて笑いかけてくれた。
「はい、おはようございます」
とても嬉しそうに笑う彼女だが、まだワイシャツの前部分を留めていなかったようで、下着が上下揃ってばっちりと見えてしまっていた。
「あー、その、見えていますけど?」
顔を背けるべきか、それとも顔を隠すべきなのか、一瞬迷ったが視線をそのまま天井に向けることにした。どっちも失礼な気はしたけれど、状況が状況なので理解は得られるだろうと思ったからだ。
すると、「むぅ」となぜか唸るような声とともにベッドの軋む音がどこからか聞こえてきた。なんだろうと思っていたら、視界いっぱいにルクレティア陛下が映った。
「……え?」
いきなりの光景に思考がついていけなかった。だが、そんな俺を無視して彼女は、その整った顔を近づけてくる。手を差し込むよりも早く、彼女は一気に迫った。数瞬後にはまぶたを閉じた彼女がすぐそばにいて、唇を通してその熱が伝わってくる。
いきなりのことすぎて、頭の中が真っ白になってしまうが、ルクレアティア陛下は対照的に「してやったり」とわずかにまぶたを開きながら笑っているようだった。
「……寝ぼけられているみたいですので、起こして差し上げましたよ」
ふふふ、とルクレティア陛下は笑っている。首筋に刻まれた紅い痕をみずからなで付け、頬を紅潮させている。清楚な彼女とはかけ離れた艶美な姿だった。
そんな彼女の姿を見ているうちに、頭の中が覚醒していき、そのいきなりすぎる行動の意味を理解できた。
「……そうだね。寝ぼけていたみたいだ。ありがとう、ルクレ」
「お気になさらずに、旦那様」
ルクレは静かに首を振り、気にしていないと言ってくれた。……もっとも気にしていないというには、いきなりキスしてくるのはどうなのかと思わなくもないが、そこはルクレらしいことだと思うことにした。
「いま、何時かな?」
「ちょうど十時になったばかりです。私としてはいつもよりも寝坊助さんになってしまいましたけど、アレクセイ卿からはもう少しゆっくりとしていてもいいと毎回のように言われていましたから、問題はないかと」
ルクレは俺の上にまたがりながら、髪を掻き上げている。その表情はとても穏やかだが、その目はどこか期待の色に染まっているようでもあった。腕を伸ばし、彼女を一気に抱き寄せるとそのままベッドの上でごろりと一回転し、今度は俺の方から彼女を見下ろした。
ほんの一瞬で上下が逆になったことで、余裕が消えてなくなったみたいで、ルクレの頬が先ほどよりも紅潮した。
「……あ、あはは、あっという間ですね」
視線を逸らし、どこか恥ずかしそうにするルクレ。そんなルクレを見ていると、悪戯心というか、意地悪をしてやろうという気持ちがムクムクと沸き起こり始める。
とはいえ、時間が時間であるため、誰が踏み込んでくるかわからない現状で、そんなことをしている余裕はない。
余裕はないけれど、釘を刺すことはしておくべきだった。
「……いまが昼間でよかったな。夜だったら啼いて貰っていたよ?」
にやりと口角を上げて笑いかけると、ルクレは「ふぇ?」と頬どころか、耳まで真っ赤に染めて動揺している。初々しい反応を示す彼女が愛おしく感じられた。
「冗談だ。ただ、あまり無自覚に肌は見せない方がいい。いまの姿は少し、いや、だいぶ目に毒だしな」
「……見るに堪えないと?」
目に毒という言葉を、その言葉のままで捉えてしまうルクレ。悲しげな光を瞳に宿して、少し落ち込んでしまった。どうしてそう捉えるんだろうと一瞬唖然となるが、苦笑いしながら「違うよ」と手を振った。
「いまのルクレを見ていると自分を抑えられなくなるからだよ」
言葉の意味を伝えると、ルクレの表情はまた一転した。悲しげな表情だったのが、いまはとても嬉しそうなものになった。ころころと表情がよく変わる姿がおかしくもあるけれど、それ以上に愛おしく思えた。
「……ルクレはかわいいな」
「そう、ですか? 自分ではよくわからないのです」
「相対的に見ても、ルクレは美人だよ」
「……ありがとうございます、嬉しいです」
ルクレはまた頬を染めてしまう。すぐに頬を染めてしまうのもかわいらしいが、その真っ白な肌が紅潮するのを見ていると、ちょっとまずいことになりそうだった。具体的には昨日一晩中見続けてきた姿と重ねてしまいそうだった。
「……あー、その、そういうところがまずい、です」
「まずい、とは?」
俺の言葉の意味がわからず、こてんと首を傾げるルクレ。だからそういうところがまずいと言っているのだけど、どうにも俺の心境を理解してもらえそうにないようだった。
「だから、そのね。……いまにも手を出してしまいそう、ってことです」
頬を搔きながら、視線を逸らすとルクレはいまにもぼんと煙が上がってしまいそうなほどに、顔を真っ赤にしてしまう。そういうところもやはり愛らしかった。
「……あ、あの、いまからは、その」
「う、うん。わかっている。だから我慢しています」
顔を逸らしながら、近くに落ちていた仮面を手に取り、そのまま身に付けた。すっかりと忘れていたが、いままで素顔を晒しながら会話をしていた。いまさらではあるけれど、顔を隠していた方がいいだろう。余計な騒動にルクレを巻き込みたくはなかった。
「……あー、その、ごめんな。身支度の途中で」
身支度の続きをして貰おうと、謝罪とともにルクレの上から退こうとしたのだけど、ルクレの手がすっと俺の腕を掴んだ。ルクレは顔を真っ赤にしながらも、「……待ってください」と消え入りそうな声で呟いた。
「どうかした?」
掴んできた手を払うことはできず、掴まれていない方の手で彼女の頬を撫でると、ルクレは心地よさそうに目を細め、しばらく俺の手に身を任せていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……いまは困りますけど、その、また夜であれば」
「え?」
「夜にお仕事を終えてからなら、いつでもいいです。あ、でも、その、日付が変わるまででお願いします。遅くまではちょっと仕事に差し支えがあるかもしれませんから」
ルクレは要望を伝えてくれた。その要望が意味することがなんであるのかなんて言うまでもないことだ。
「……えっと、でも、その、昨日の今日だし。そんな毎日しなくても」
「だけど、旦那様はそのしたいのですよね? でしたら、私は構いません。それに」
「うん?」
「旦那様がお好みの閨のやり方を早く身に付けたい、ですから」
わずかに顔を背けながらルクレは言った。顔を背けつつも、その目はしっかりと俺を見つめている。期待、不安、恥ずかしさといろんな感情が入り交じった目だ。そんな目を見ていたら、ぷつんとなにかが千切れ飛ぶような音がどこからともなく、それでいてはっきりと聞こえてきた。
「……旦那様?」
ルクレは首を傾げて上目遣いで俺を見つめていた。そんなルクレの姿に「反則」という言葉が脳裏によぎり、次によぎったのは──。
「自制心、ってなぁに? おいしいもの?」
──そんな素晴らしい言葉だった。その言葉に俺は付き従うことにした。
「……ルクレ」
「はい?」
「反則。レッドカード。一発退場」
「……はい?」
俺が口にした言葉に、ルクレは意味がわからなかったようで、聞き返すように「はい?」と口にしたが、その言葉を俺はあえて曲解していた。
「いま、「はい」と言ったね? 言質は取ったということで、いいよね?」
「え? あ、あの、旦那様? なにを仰って──って、あの、なんで私の服に手を掛けるんですか!? ですから、これからはダメで──っ!?」
ルクレがなにか言っていたが、うるさいので唇で塞ぎ、そのまま彼女の服に手を掛け、頭の中で一言思った。それは──。
「いただきます」
──そんななんとも言えない言葉だった。
その後、結局部屋から出られたのは昼を過ぎてからになり、部屋の前に控えていた兵士さんや巡回中の騎士さん、はたまたメイドさんやらたまたま通りかかっていた一部の貴族さん方がにやにやと笑いながら、「オタノシミでしたね」と顔を合わせる誰からも告げられることになったのだった。
なんか同人時代に戻ったみたいな内容になった。でも後悔はしていない←




