Act1-69 霊草エリキサ その五
本日二話目の更新です。
爺さんはひとしきり笑うと、口調を変えた。
「こんなお嬢ちゃんに、言い当てられるとはなぁ。長生きはしてみるものだなぁ」
爺さんはおかしそうに笑った。
口調を変えた時点で、俺を対等に扱ってもいいと判断してくれたようだ。
もしくは、面白そうなおもちゃでも見つけたと言うところか。できれば前者であればありがたいのだけど。
「ただひとついいかね? お嬢ちゃん」
「なんだい?」
「君が言った内容だが、ひとつ忘れているものがあると思うのだが?」
「エリキサのこと、かな?」
「ほっほっほ、打てば響くとは、君のためにある言葉だね。そうだ。エリキサを要求してきたのがおかしいと、君は言ったが、はたして本当にそうかな?」
「うん?」
「なにせ幻の霊草だよ? そんなものを実際に手に入れられるのであれば、その価値は計り知れないだろう。人によっては、星金貨一枚であっても手に入れようとするだろうね。そんな大金を稼げる「商品」を手に入れられるとあれば、嘘のひとつやふたつは吐いて当然ではないかね?」
爺さんは笑いながら、俺を見つめている。
どうやらまだ試しは終わっていないようだ。
あえてエリキサについては、そこまで言わなかった。
だって言わずともわかるだろう。そんな「争いの種」なんざ、手元に置いておこうなんてバカはいないだろうから。
それをあえて爺さんは口にした。
この爺さんがそんな意味のないことをするとは思えない。
ということは、意味があるからこそ、口にしたということ。
そしてこの現状での意味があるものと言えば、俺への試金石ということだろう。面倒ではあるけれど、乗ってやるしかない。
「答えてやってもいいけどさ。あんた、本当に食えない爺さんだね」
「言っている意味がよくわからんなぁ」
「はいはい、じゃあ答えるよ。エリキサを「商品」として確保するため、とあんたは言っていたが、そんなのは、百パーセントありえないね」
「ほう?」
「だって、そうだろう? エリキサは幻の霊草だ。その効能を知れば、欲しい人であれば、喉から手を出すほどに欲するはずだ。あんたの言う通り、人によれば、星金貨一枚を出しても惜しくはないと言うだろう」
「だからこそ、「商品」として確保を」
「でも、それは別にあんたのところの「商品」として買う必要はない。もっと言えば、あんたところから盗みだして、売りさばくことだってできる。むしろそう考える奴は大勢いるだろうね。ばれれば、それこそ命はないかもしれないが、もし万が一うまくいった場合、そいつは巨万の富を手に入れたと同意義になる。そして盗まれ、売りに出されてしまえば、そのエリキサがあんたのものだという証拠はない。仮にあったとしても、売られる前に取り返せなかったというか、まんまと盗まれた方が悪いだろうからね」
この世界では、地球のような法体系はない。
あるとしても、それぞれの国の王が設立したものくらい。
その法律だって、国によっては変わる。
国によれば、殺人を許容する国もあれば、他人を傷つけただけで死罪という国もある。
要は国によって特色がまるで違うから、統一した法体系を作ることができないということ。
ただ「魔大陸」では人身売買は広く禁止されているってことくらいか。
「聖大陸」の方はよく知らん。あそこにいたのは、ほんの数分程度なんだから、知るわけもない。というか、興味もないからどうでもいい。
とにかく、盗んだものを売りさばくことは、地球であれば違法だ。そもそも盗むこと自体が違法なのだから、それを売り飛ばすなんて許されるわけもない。
しかしそれはあくまでも地球での話だ。
少なくとも「竜の王国」内では、盗んだものを売りさばいてはいけないなんて法律はなかった。
なにせこの世界における普遍の事実である「弱肉強食」を踏まえれば、盗んだ方よりも盗まれた方が悪いと言うことになるのは明らかなのだから。
盗まれた方が弱かったからいけない。そういうことになってしまう。
盗まれたくなかったから、ちゃんと対策を取っておけばよかったというだけのことだ。
それを怠ったがゆえに、盗まれてしまった。
まぁ対策を取っておいても、盗まれるときには盗まれてしまうだろうけれど、この世界自体、理不尽がまかり通ってしまうのだから、そのことをとやかく言っても栓なきことでしかなかった。
もっともこの爺さんの場合は、その対策を徹底的に行うだろうけれど、それでも費用対効果が吊り合うとは思えない。
それにだ。いかな霊草とはいえ、いつまでも保存しておけるわけじゃない。
入れたものが決して劣化しないアイテムボックスがあればいいけれど、この世界では容量ほぼ無限のアイテムボックスは存在しても、その中身が劣化しないことにはなりえない。
というか、劣化しないというのは、母神さまだけにしかできない。そう、時を操れる母神さまでなければ、そんなアイテムボックスは作り出せないそうだ。
となると、霊草を保存するのもかなりの大事になる。
価値のあるものほど、繊細な扱いが必要になるのは、この世界でも地球でも変わらない。
たとえば貴金属になる銀なんて、酸化しやすいから、放っておくとあっというまに真っ黒になってしまう。酸化しないように手入れをするのは必須だ。
同じように、エリキサも霊草とは言っているが、植物であることには変わりない。
その霊草を薬効が落ちないように、最高の状態で保管するなんて、どう考えても費用が掛かることだ。
そのうえ、防犯対策もしないといけないとなると、費用はどんどんとかさんでしまうことになる。
費用がかさんでしまう前に、「商品」として売りさばければ、儲けは出るだろう。
だが、もし売りさばくことができなければ、金食い虫にしかなりえない。
儲けは確実に出る。
だが、あまりにも費用がかさんでしまう。そんなものをはたして「商品」として置いておく価値はあるのだろうか。
仮に保管するための費用が年間金貨三百枚かかったとして、その年中に売れればいい。金貨一万枚近くのもうけを得られる。
しかしもし十年経っても売れなければ? 百年であれば? 百年どころか、三十年とちょっとあれば、星金貨を超えてしまう費用になる。
そんなのは時限爆弾となんら変わらない。
ずいぶんと気の長い時限爆弾ではあるが、賭けるチップが命と金という違いはあれど、費用がかさむという爆発を起こす前に処理できればいいが、爆発するほどの費用がかさんでしまえば、星金貨を超えるほどの費用がでた時点でアウトだ。
そもそも「これは幻の霊草エリキサです」なんて言われて、信じるバカがどこにいるという話だよ。
この世界には鑑定なんてスキルはないのだから、出されたそれっぽいものだからと言って、星金貨一枚だなんて大金を支払える奴はそうそういない。
いる人はいるだろうけれど、エリキサが欲しいと思った矢先に、エリキサだと差し出されて、簡単に信じられるものだろうか。
かなり切羽詰まった状況であれば、信じる人は信じるのだろう。けれどそうそう、その切羽詰まったという人は現れない。それも星金貨一枚の値段の商品を買えるほどの人であれば、なおさらだ。
そして仮に売れたとしても、いや売れてしまえば、一度きりの特別商品なんて謳い文句を用意しても、無視して用意しろと言ってくれるのは現れるだろう。
特別や例外というものは、一度でも許してしまえば、特別にも例外にもなりえなくなってしまう。
「前回は大丈夫だったのに、なんで今回はダメなんだ」と言う屁理屈を通されるきっかけになりえてしまう。だから特別や例外という言葉は商売では、使ってはいけない類のものだ。
そのうえいざ用意しようにも、エリキサが俺の用意したものだったのであれば、当然俺に頼むしかなくなってしまう。
だが、その時に俺がドルーサ商会のためにエリキサを用意する義理も義務もないので、当然特別依頼として俺に頼むしかなくなってしまう。
確実に足元を見られた値段での依頼になる。
エリキサを用意するたびに、足元を見られた値段での特別依頼なんてしてしまえば、確実に費用がかさむ。
しかもそれが恒常化すれば、自然とエリキサの値段も下げることになる。
薬効に加えて、幻と呼ばれるほどの希少価値があるからこそ、星金貨一枚という値段でも買う人が現れる。
けれどエリキサがあたりまえのように用意できるのであれば、客側もその値段を出すのは渋ることになる。結果利幅は減る。そのうえ、俺が依頼料の値下げに応じるかもわからない。
あたり前のようにエリキサを用意できるのは、俺が採取しているからであれば、ドルーサ商会側が譲歩するしかなくなってしまう。
なにせ値下げを一方的に言いつけた結果、ほかの商会に卸されてしまえば、目も当てられなくなってしまう。
ドルーサ商会にとっては、どんなに高額であったとしても、値下げ交渉はできない。なのにエリキサの値段は上げることもできない。完全な二重苦だ。
そんな状況に陥るくらいであれば、エリキサなんて爆弾を抱える必要はない。たしかに一度だけであれば、かなりの儲けを得られるだろうが、一度きりにならなければ、下手に恒常化してしまえば、詰む可能性が高い。
目先の利益だけにとらわれるのであれば、エリキサを用意させて、自分たちで売ってしまうという手はありだ。しかし将来性のことを考えると、エリキサは爆弾以外にはなりえない。
そんなことがわからないような爺さんではない。どう考えても俺への試しとして言っている。付き合うのは、本当に面倒だが、言わない限りは引いてくれそうにはなかった。
面倒だなぁと心の底から思いながらも、俺は俺なりの見解を口にしていった。さてさて、爺さんはどういう反応を示しますかね。
続きは六時になります。




