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rev3-8 おまえの罪を数えろ(byアンジュ&イリア

久しぶりの正午更新です。

楽しんで書きすぎた←

 頭がズキズキとする。


 それでいて、めちゃくちゃに気持ち悪い。


 姿見を確認すると、そこには真っ青な顔をした、いまにも倒れてしまいそうなほどに弱々しい絶世の美女が立っておりました。


「ふふふ、さすがは私ですね。こんなにもやつれていても美しいとは」


「……そういうのいいから」


「……はい」


 げっそりとした美女こと私は、後ろで呆れ顔のイリアさんに向かって、素直に頷きました。ですが、その瞬間、熱い衝動のようなものが込み上がってくるではありませんか。


「うっ」


「……飲み過ぎなのよ」


 はぁと小さくため息を吐きながら、イリアさんは私を支えてくれました。支えながら向かうのは備え付けのお手洗いです。ありがとうございます、とお礼を言うべきなのでしょうが、口にする余裕はございません。


 私にできたのは体をぷるぷると震わせながら、自身の口元を必死に抑え込むということだけでした。


 そんな私を見て、イリアさんはまたため息を吐かれました。その横顔には「本当にこいつどうしようもねぇなぁ」とありありと書かれておいでです。


「……本当にどっちが年下なのやら」


 ぼそりと呟かれるイリアさんのお言葉は、ぐさりと胸に突き刺さりました。


 イリアさんは大人っぽい方ですけど、実年齢は私よりも一つ年下なのです。だというのに私ときたら、その年下なイリアさんにこうしておんぶにだっこです。……うん、たしかにどっちが年下なのかわかったものではありませんね。


「ご、ごべんな──ぅ」


「あー、あー、あー。もういいってば」


 イリアさんはそう言って、私をお手洗いに放り込まれました。放り込むと言っても、投げ込まれたわけではなく、押し込まれたというだけなので、いわゆる比喩というものですね。


 そうしてお手洗いに連れて言って貰った私は、それからすぐに口からの熱い衝動を解き放ちました。


 ふふふ、朝から口の中が酸っぱくてたまらないのです。


 そしてそれがより一層呼び水となってくれるのだから、堪ったものではありませんね、はい。


「……堪ったものじゃないのは、私のセリフなんですけど?」


 何度目かのため息を吐かれるイリアさん。そのお言葉に私はなにも返すことはできません。むしろできたらすごいですよね、と他人事のようなことを考えましたが、そんなことを考えている間も熱い衝動は次から次へと私の中から解き放たれていきます。


 イリアさんは呆れながら、私の背中をそっと擦ってくれます。本当にイリアさんには頭が上がりませんね、はい。


「……そう思うのであれば、もう少し顧みてくれません? いい加減あなたの面倒を見るのが嫌なんですけど?」


「ごべんば──ぅ」


「……はいはい、無理して返事しなくてもいいですよ」


 再度ため息を吐かれたイリアさん。今日だけで何度イリアさんにため息を吐かれてしまうんでしょうね、私。考えるだけで頭痛いです。


「……頭痛いのは、私も同じなんですけど?」


 どうやらまた心の声が漏れたようです。いつもなら漏れずにいられるというのに、やはり体調不良の前では私の完璧な淑女っぷりも発揮することはできなくなるようで──。


「いや、普段からダダ漏れですけど? そもそも完璧な淑女って誰のこと? いまのあなた、いや、普段のあなたを見ても誰も完璧な淑女なんて思う人いないと思うのだけど?」


 また心に突き刺さる一言が告げられてしまいました。


 このツンデレ巨乳さんは、本当にどうしてこうも私に辛辣なのでしょうか。いったい私がなにをしたと──。


「言わなきゃわかりません? 現在進行形であなたに迷惑掛けられているんですが?」


 イリアさんがやけに優しいお声で言われました。お声は優しいし、仮面でお顔は見えません。でも、どうしてでしょうね? いまのイリアさんは笑っているように思えないのは。恐る恐ると振り返るとイリアさんの口元は弧を描いています。笑っているようですが、私の目には本当に笑っているようには見えませんでした。


「あー、その、ごめんなさい」


「……謝るくらいであれば、もう少し顧みてくださいね?」


「……ごめんなさい」


 そっと顔を逸らして謝罪するも、すぐにまた熱い情熱が込み上がってきました。私が再び情熱を解き放つと、イリアさんはまたため息を吐かれたのでした。


(船酔いの次は二日酔いって、母神様は私が嫌いなんでしょうかね?)


 レンさんのお母様であらせられる母神様。その母神様はどうやら私を嫌われている模様です。じゃなければ、なんの罪もない私にこんな仕打ちをするはずが。


「あ、いえ、罪はありましたね」


「……いったいなにを言っているの、あなた?」


「いえ、私が抱え込んだ原罪について少々」


「……くだらなそうだから聞きたくないのだけど」


「そうですか。そんなに聞きたいのですね」


「いや、聞きたくないんですけど」


「ふふふ、私の原罪とはですね」


「話聞けや」


 イリアさんがいつもは違い、荒っぽい口調になりましたが、その程度で私は止まりません。私が母神様から嫌われている原罪。それは──。


「私が美しすぎるから。それが私の抱える原ざ──あいた!」


 ──絶世の美を持つこと。それが私の原罪だと告げた瞬間、スパーンという大変いい音を立てながらイリアさんが私の後頭部を叩かれました。


「た、叩きましたね!? 母さんにも叩かれたことのない私を!」


「レン様に何度も叩かれているから慣れっこでしょう?」


「だ、だからってイリアさんも叩くことは」


「迷惑料代わりです」


 ため息ではなく、どこか勝ち誇ったように言うイリアさん。ですが、その言葉に反論はできません。それだけ迷惑を掛けていると思えば、なにも言い返せなくなってしまいました。……むしろ、いままでの迷惑を考えれば頭の一度や二度叩かれても文句言えませんね。それどころか、100回くらい叩かれてようやくトントンなような気もします。


「……まさか、ここで私にいままでのあれやこれをまとめてお返しするおつもりですか?」


「それもありですね。まぁ、そんなことをしたら、あなた死んじゃうかもだから、小出しに迷惑料として叩かせてもらいますけど」


「……手加減は」


「してもいいですけど、かえって増えますよ? ざっと100倍ほどに」


「……イマノママデオネガイシマス」


「よろしい」


 100回くらい叩かれてようやくトントンと思ったと同時に、もしやこれが狙いだったのではとイリアさんを見つめると、イリアさんは一度考えこむような仕草をしつつも、まとめてやると私が死んでしまうからと、これからは小出しで迷惑料代わりに私の頭を叩くと宣言されるではありませんか。


 いまのも結構痛かったというのに、それを小出しでことある毎にされるなんて堪ったものじゃありません。せめて手加減をしてほしいと思ったのですが、手加減をしたらざっと100倍は叩くことになると言われてしまいました。


 かなり痛いけれど、100回で済むのと、そこそこ痛い程度だけど、1万回叩かれること。どちらを選ぶかなんて考えるまでもありません。


 危険回避は誰だって行うものです。そう、これは危険回避なのです。ゆえに仕方がないのです。リスクを負わずにいられればそれが一番ですが、そんなことは誰もできない。ゆえにこれは致し方がない。そう自分に言い聞かせていた、そのときでした。


「おとーさんの、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ばぅぅぅぅぅぅぅ!」


 いきなりベティちゃんの怒りの咆哮が響きました。ついでに私がぐわんぐわんと揺れましたが、いまはそんなことよりもベティちゃんの方が先決です。


「べ、ベティちゃん。どうかしたんですかね。あたたた」


 私たちに用意された部屋はそれぞれに隣り合っています。ちょうど私とイリアさんの部屋はレンさんとベティちゃんの部屋とルリさんの部屋の間の部屋なのですが、その隣の部屋からベティちゃんの叫び声が聞こえてきました。


 いったいなにがあったというのか。


 私は体をよろけさせながらも、お手洗いから部屋の入り口へと向かいます。まぁ、あっちへふらふら、こっちへふらふらとしながらなので、ほとんどまともに歩けてはいませんけどね。


 そんな私を見てイリアさんはまたため息を吐かれると、さきほどのように肩を貸してくださいました。


 ありがとうございます、とお礼を言って私とイリアさんは部屋を出て、レンさんたちの部屋に向かいました。


 レンさんたちの部屋からは、唸り声のようなベティちゃんの「ばぅぅぅぅ!」というかわいらしい声が聞こえてきますが、はて、なにがあったことやら。


「ベティちゃん? 入りますよ」


 イリアさんは一声掛けてからドアを開くと、そこにはぷくっと頬を膨らましてベッドの上でお冠になっているベティちゃんと、そんなベティちゃんの前で明らかに動揺しているレンさん。そして──。


「……見られちゃいましたね」


 ──頬をほんのりと染めながら、白い素肌を真っ白なシーツで隠すルクレティア陛下がおられました。シーツの下がどうなっているのかなんて考えるまでもありません。


「……は?」


 あまりにも予想だにしていなかった光景に、私とイリアさんは言葉を異口同音を口にしました。その声にびくんと背中を大きく震わせると、レンさんは恐る恐ると振り返りました。仮面から覗く右目はいままで見たことがないほどに、困惑した光を宿されておられましたが、状況を見る限りそれがブラフであることは間違いないでしょうね。つまりは確信犯的犯行ということでしょう。


「……待って。これは違う。これは違うんだ! これには事情があるんだ! 頼むから俺の話を聞いてください、お願いします!」


 だというのに、犯人は自供どころか、言い訳を口にしようとする有様。自供するのであれば、まだ情状酌量の余地もあったというのに、まさかの言い訳ですよ。信じられない態度ですね。


 私はにっこりと笑いました。見ればイリアさんも隣でにっこりと笑っていますね。


 でも、どうしてでしょうか?


 レンさんは私たちの笑顔を見るなり、「ひぃっ!?」と恐ろしいものを見たかのように、悲鳴をあげられたではありませんか。まったく失礼しちゃいますね、ぷんぷんですよ。


「待って、お願い、本当に待って。話を聞いてください、お願いします。俺はなにもしていないんだ! 本当になにもしていないんだ! そもそもどうしてこうなっているのもまったくわからないわけで──」


 あわわわと両手を突き出しながら、なにやら命乞いじみたことを口にされるレンさん。よくまぁいけしゃあしゃあとそんなたわけたことを言えるものですね、尊敬しますよ。


 そもそもこの状況でなにもしていないなんてあるわけねえだろっつーの。どう考えても手出したとか思えないでしょうに。まったくこの種馬さんはなんなんですかね? 昨日会ったばかりだというのに、美人さんであればすぐさま手を出すっていうんですかね? 見境なしってかぁ? ああーん!?


「いや、あの、だから、誤解。そう、誤解なんです! 俺は本当になにもしていない! 起きたらこんな状況になっていたわけでして! 決して手を出したわけでは──」


 レンさんはどうにも自分の状況を理解していないようで、またもや言い訳を口にされていますね。言い訳を重ねれば重ねるほど、立場が悪くなっていくというのに。そのことにも気づかないなんて、本当に救いようがありませんね。ここははっきりと──。


「……ひどいです」


 ──ご自身の立場ってものを教えて差し上げようと思っていた、そのときでした。ルクレティア陛下が不意に呟かれたのです。見れば、ルクレティア陛下は口元を押さえて泣かれておいででした。


「……たしかに昨日私の方から訪ねはしましたが、それはあくまでもお話があるだけだったのに。そのお話も少し話しづらかったからお酒を飲みながらするつもりだったのに。レン様はお酒を飲まれたら急変されて、嫌がる私を無理矢理ベッドに組み伏して──」


「る、ルクレティア陛下? なにを仰って」


「──「これでおまえは俺の女だ。朝までたっぷりとかわいがって、俺好みになるようにしてやるぜ」って何度も何度もねちっこくかつ、執拗に──」


「ちょっと待って!? なにそれ知らない! なに言っているの!?」


「──「最終的にはおまえみずからが「あなたのお子を産ませてください」とオネダリするように躾けてやるよ。覚悟しろ、ルクレティア」とドスの利いたお声で私を求められました。やめてください、と何度もお願いしたのに、「やめてほしければ、「俺の女」になった証を刻め」と言われたから刻んだら、レン様は「へへへ、素直じゃないか。気に入ったぜ」と余計に私を」


「本当になにを言っているんだ、あんた!?」


 ぽろぽろと涙を流されるルクレティア陛下とやけに慌てているレンさん。ごまかそうとしているようにしか見えませんが、いくらなんでも見境がなさすぎる気もします。


 どちらの言葉が正しいのかと思いましたが、レンさんを見やれば、なんということでしょう。その首筋にいくつもの虫刺されのような痕が刻まれているではあーりませんか。ルクレティア陛下が刻まれたであろう「証」の痕が、これでもかと残っていますね。……これで言い逃れできると思ってんのか? ああーん!?


「……イリアさん。これは証拠ですよね?」


「ええ。確証ですね」


 お互いを見やりながら、意見を交わし合う私とイリアさん。するとレンさんは「誤解なんだってばぁぁぁ」とこの後に及んでまだシラを切ろうとされました。まったく呆れますね。呆れた婦女暴行犯ですこと。もうあなたの罪状は決まっているというのにね。


 私とイリアさんは犯罪者を見つめながら、にっこりとできる限りの笑みを浮かべて判決を言い渡しました。


「「ギルティ」」


 たった一言。


 その一言ですべては決しました。


 その後、レンさんの「誤解なんだってばぁぁぁ」という悲鳴とともに盛大なパチーンという音が二度響くことになったのは言うまでもありません。

レンの明日はどっちだ←

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