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rev2-114 出立

 時間というものはあっという間にすぎるもの。


 それはどんな時であろうと変わりません。


 先王様からの依頼が、ギルドを通しての正式な依頼となってから早数日。


 先王様方の準備も整ったことで、私たちは今日首都「アルトリウス」を出ることになりました。


 この半月ほどの日々でようやく馴染んできた客室のベッドととも、今日でお別れです。ですが、その反面これからは船旅になるのです。……もっとも船が待つ港町まで陸路で行かないといけないわけですが。


 ただし、港町には王室専用の大型船に乗ることになっていますので、船旅の快適さは約束されたようなものです。先日アーサー陛下と先王様が仰ったには豪華客船とまではいかないものの、近いレベルの施設は用意されているらしいので、正直楽しみではあります。


 まぁ、豪華客船なんて乗ったことないので、近いレベルの施設と言われても、まったく想像もできないのですけどね。


「ごーかきゃくせん、ってなぁに?」


 王室専用の大型船について、先王様方の話を聞いている際に、ベティちゃんは言葉の意味がわからないようで小首を傾げていました。


 小首を傾げながら、メイドさんたちお手製のフルーツケーキをいつものように食べる姿は、私の心をこれでもかと掴んで離しません。まったくベティちゃんはどうしていつも私の理性を試すようなことばかりするのでしょうね? やはりここは将来の夫として嫁であるベティちゃんにはいろいろと教えて──。


「ふざけたことを考えるな、ペド女」


 ──私の考えを読み取られたのか、レンさんはスパンといい音を立てて、私の後頭部を叩いてくださいました。


 一切の躊躇なく、かつ手加減なしに振り抜かれた平手打ちの痛いこと。私がその場で蹲ったのは言うまでもありません。


 そんな私をレンさんはまるで犯罪者を見るかのような、とてもとても冷たい目で見下ろしてくださいました。


 毎回のことですが、私がなにをしたというのでしょうね?


 私はただ単にベティちゃんと、甘い甘い新婚生活を思い浮かべていただけだったというのに。


 現実のベティちゃんには指一本さえ触れていなかったというのにも関わらず、なんでこんなひどい仕打ちを受けないといけないのでしょうか? 私はなにもしていません。私は無実です。ゆえにこれは裁判沙汰と言えますね。ええ、それこそ起訴すれば、確実に勝訴まで持って行ける案件であって──。


「余が思うに、アンジュ殿のそれは裁判を起こしても、敗訴確定だと思うがな」


「むしろ、起訴したところで、相手にされないのが目に見えていると言えますね」


 ──裁判所で会いましょうとレンさんに言おうとしたそのときです。まさかの先王様とアーサー陛下からの裏切り案件が発生しました。


 おふたりであれば、私の気持ちを理解してくれると思っていたのに。そう、このひとえに貫くベティちゃんの純粋な気持ちが、レンさんという名の圧制者によって見るも無惨な有様になっている現状を憂いてくださると思っていたのに。なのに、まさかのお言葉が私を待ち受けていたのです。そう、それはまるで信じていた者に裏切られたように。それこそ後ろから味方に刺されてしまったかのような、とてつもない衝撃が──。


『無理もないよ。単純にアンジュは気持ち悪いもの。言動とか、そういうレベルでなくて、ベティを前にするともう根本的なところから気持ち悪さが染み出ているんだよね。それこそ、「クッソきっもい」とベティに言われかねないレベルであって』


『やめて! 私の嫁はそんなひどいことを私には言わないの! ベティちゃんは、そう、いつも私に対して「アンジュおねえちゃん、ベティをおよめさんにしてね」って優しく笑いかけてくれるラブリーエンジェルなわけであってからに──』


『……うっわ』


『一言で返すなよ、姉ぇぇぇぇぇぇ! それが一番胸に来るんだぞ!?』


『じゃあ、気色悪い妄想しないでくれる? 私のかわいい愛娘をアンジュの妄想で穢さないでよ。それこそ、こっちから起訴したいくらいだもの』


『か、かわいい愛娘って、まだ会ったこともないくせに』


『でも、ベティは私のことを「まま」って思ってくれているよ? だから私もベティを愛娘と思っているもの。いわば相思相愛だね。アンジュの妄想とは違って。ぷー、くすくす』


『ちくせう。言い返せないぃぃぃぃぃ!』

 

 お姉ちゃんからの容赦ない言葉の数々に、私がその場で地にひれ伏したのは言うまでもありません。そしてそんな私を見て、レンさんはますます冷たい目で私を見下ろし、先王様はそっと目を逸らされ、アーサー陛下は無言で胸の前で十字を切られました。……私がなにをしたと言うのでしょうね、本当に。


 ちなみに、そうして私が責め苦に遭っている間も、ベティちゃんは美味しそうにフルーツケーキを食べていました。そんなベティちゃんを見て、私も食べたいなぁと思っていたら、今度はレンさんの拳が頭上に降り注ぎましたが、まぁ、それは割愛と致しましょう。


 あれから数日経ち、現在、私たちは首都アルトリウスの正門まで来ていました。お見送りとして、先王様とアーサー陛下、その護衛の兵士さん方、そして首都の住民の皆さん方が集まっておいでです。まるでなにかしらのパレードのように、住民の皆さんは左右に分かれて沿道を為しているのです。その中央を私たちは通って正門にまで来ました。


 なんで沿道ができているのかは、レンさんが「黒雷の戦女神」として謳われているからですね。それこそ新時代の勇者と謳われてもおかしくないほどに、レンさんは人気の冒険者となっているのです。先日ランクアップしたばかりですが、Bランクという高ランク冒険者であるから人気が出るのも無理からぬことではありますし、そこに加えて未曾有の危機から首都を守り抜いたレンさんは救世の勇者のような扱いをされていたのです。


 そんなレンさんが、街を出るとなればそりゃパレードレベルのお見送りになるのも当たり前です。


 当のレンさんはいくらか霹靂されていますけど、悪い気はしていないようです。ただ、いくらか過剰すぎる人気にげんなりとされていますけどね。


「それでは、先王陛下、アーサー陛下。いままでお世話になりました。どうかお健やかに」


「うむ。レン殿も長い旅路になるだろうが、息災でな」


「レン殿、またお会いしましょう」


 先王様とアーサー陛下はそれぞれにお言葉をくださいました。ただ、件の依頼については触れませんでした。まだ大々的に発表するほどに進展がないということもあるのでしょう。


 連合軍と言っても、いまはまだ一国だけ。


 一国だけではルシフェニアの集中攻撃を受けるうえに、先日の襲撃事件の傷がまだ塞がっていないアヴァンシアでは長く保ちません。


 ゆえにまだ連合軍の発足は国の上層部しか知らないことでした。国民に流布するのは連合が締結してからになる。


 つまり連合軍関係の事柄は、いまは国家機密なのです。その機密を、辺境の村出身の私が関わることになるとは、人生とはわからないものです。


「それでは、行って参ります」


 レンさんが一礼をすると、イリアさんとルリさん、ベティちゃんもよくわかっていないでしょうけど、一礼をしていました。その瞬間、沿道の住民の皆さんからの声援が飛び交いました。


 レンさんへの声援は一番大きく、イリアさんとルリさんはだいたい同じくらい。そして中にはベティちゃんへの声援もありました。ちなみに私へのそれはありません。いや、だって私は冒険者じゃないですし。当然ではあるのですけど、なんとなく面白くはありませんでしたが、まぁ、私は大人のレディーですから、このくらいではなんとも思いませんけどね。


「あぁ、行って参れ、我が国が誇る勇者たちよ」


 先王様は腕を広げながら、よく通るお声で言われました。


 もともと勇者扱いはされていた。


 でも、それは公認というわけではなく、あくまでもそういう扱いをされていただけでした。

 ですが、先王様のそのお言葉で、レンさんは公認の勇者となったのです。いまはまだ一国のみの勇者。ですが、その活躍が続けば、いずれは「聖大陸」公認の勇者となるのでしょう。現勇者のアルク・ベルセリオス様もいまやどこにおられるのかもわからないいま、レンさんが新たなる勇者となるのは、ある意味時間の問題かもしれません。


 ですが、その当のレンさんは「勇者」と呼ばれることにいくらか戸惑いがあるようにも思えます。その理由はいまいちわかりませんが、まぁ、いまはいいのです。


「行こうか」


 先王様のお言葉を受けて、レンさんは私たちにそう一言を告げて、正門を出られました。背中からは大歓声の声援を受けながら、私たちは新しい旅路の一歩を踏み出すのでした。

次回から特別編です。

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