Act1-67 霊草エリキサ その三
本日二話目です。
イロコィが差し出してきた書類は、ノッポの似顔絵と簡単な経歴が書かれていた履歴書だった。
この世界は、地球と似通ったところはあるが、カメラなどの発明はなされていないようで、履歴書には顔写真ではなく、似顔絵で代用されている。
その似顔絵は、何度見ても、俺が利き腕を切り飛ばしたノッポにしか見えない。そう、見えないのだけど、その経歴がおかしかった。
「……ラース高等教育学校主席卒業?」
この国の首都の名前が入っているうえに、高等教育学校、加えて主席ということは、たぶん大学ってことだと思うけど、なんだ、このでたらめな経歴は。あからさまに嘘だろうよ。
「明らかに嘘とわかる経歴の履歴書はどうかと思いますよ?」
「……まぁ、そう言われるお気持ちはわかります。なにせ、私だけではなく、兄や父も同じ意見でしたので」
イロコィが困った顔をしていた。演技をしているようには見えない。
「……えっと? イロコィ殿、これは冗談ではないんですか?」
「冗談であれば、まだ笑えます。が、事実です。このような軽薄な見た目ですが、問い合わせたところ、高等教育学校を実際に主席卒業しているという返答がありました」
マジか。え、ノッポの奴、マジに頭いいのか。
そういえば、頭悪そうな面をしていたけれど、神算鬼謀とか言っていたな。
頭悪そうなのに、よく知っているなと思ったけど、もともと頭がいいのであれば、知っているのも当然か。人は、見た目によらないんだな、としみじみ思うよ。
しかし主席卒業。主席卒業かぁ。
「……欲しいな」
「カレン殿? なにか?」
イロコィが怪訝そうな顔をする。が俺にとってはどうでもいいことだ。なにせ頭の中は、ノッポをうちに勧誘することでいっぱいになっていた。
主席卒業ってことは、少なくとも数字には強いということだろう。なにせ主席なんだ。すべての学問でトップクラスでなければ、主席になんてなれるわけがない。
となれば、ノッポは数字に強いということになる。数字に強いということは、会計担当や流通担当に回しても、すんなりとこなしてくれそうだ。
まぁ、数学と簿記とでは違うけれど、同じ数字を扱うのであれば、多少なりともアドバンテージはあるんじゃないだろうか。
実際にどっちの部署に回すかは、ノッポの適性にもよるけれど、この経歴通りの能力があれば、優秀な人材としてうちで受け入れるのもありだろう。
どうせドルーサ商会じゃ、せいぜい嫌がらせに使うための捨て駒程度にしか使っていないのだろうし。ならうちで働いてもらうのもありだ。この経歴通りであれば、かなり重宝しそうな人材だった。
「とにかく、うちの従業員に一生ものの怪我を負わせたのです。この埋め合わせをしていただくか、もしくはエリキサを用意してもらうかを」
「では、エリキサを用意しましょうかね。で怪我が治ったら、うちで面倒を見ます」
「……いま、なんと?」
イロコィが呆然とした顔をしていた。そんなにおかしなことは言っていないつもりだったけれど、イロコィにとっては信じられないことだったようだ。仕方がないから、もう一度言ってあげようかな。
「エリキサを用意します。怪我が治ったら、うちに彼をください。有効活用いたしますので」
できるかぎりの笑顔を浮かべてあげると、なぜかイロコィは言葉が出なくなったのか、口をパクパクと開けたり、閉じたりし始めた。
なんでいきなり鯉の物まねをしているのかなとは思うけれど、やっぱりどうでもいい。いま大事なのは、言質を取ることだ。そう、ノッポをヘッドハンティングするための言質を取ることだった。
「あ、あなたは、いまなにを言ったか」
「何度も言わせないでくださいよ。エリキサを用意しますから、それで彼の怪我を治します。で怪我が治ったら、うちで雇います。いいですよね?」
「な、なにをいきなり。彼はうちの商会の従業員で」
「その従業員を捨て駒にしたんでしょう? 顏のわりには、優秀そうな人材じゃないですか。それを捨て駒にするとか、ドルーサ商会は相当に人材が多いんでしょうけど、うちはカツカツなんですよ。なので優秀ないし有望な人材であれば、喉から手が出るほどに欲しいんですよ」
「だ、だからと言って」
「いいじゃないですか。そちらはどうあったとしても、痛手にはならないでしょう? 彼を捨て駒にできるドルーサ商会にとって、捨て駒のひとつやふたつがいなくなったとしても、なんの問題もない。それどころか、捨て駒の怪我を治すために、奔走したという美談に仕立てられるじゃないですか。そしてその捨て駒は、雇い主たちの温情に敬意するも、自分なんかのために貴重な霊草を使ってもらったことで、かえって引け目を抱いてしまい、商会を去ってしまう。だが商会側は去っていく捨て駒に対して、費用をよこせだのと無粋なことは言わず、黙って見送った。ほら、お涙ちょうだいな美談の出来上がりですよ? どう考えてもそちらにとって痛手はないでしょう? なにせその霊草はうちが用意するのです。あなた方にはなんの痛手もない」
「そ、それはたしかに、そうですが」
イロコィは動揺していた。イロコィ程度で判断できることではないのだろう。人事のことだし、流通担当である彼には、決定権のないことなのだろう。
「あなたでは、決められないのであれば、あなたのお父さまやお兄さまと話し合って決めてくださって構いませんよ? なにもこの場で決めてくださいとは言っていませんからね」
「いや、その必要はないですぞ」
声がまた聞こえてきた。今度は誰よと思っていると、恰幅のいい白髪のじいさんが部屋の中に入ってきた。
顔はイロコィと似ているが、目は穏やかだった。
ただ狸だと一目でわかる。もっと言えば、このじいさんにとって利益があれば、どこまでも協力してくれるだろうが、利益がなくなれば、一瞬で掌返し。そういうことを平然とやりそうな爺さんだ。
ただそういう相手の方が、まだ付き合いやすいところはある。
なにせ利益があるうちは、絶対に裏切らない相手だ。
下手に恩義だのなんだのと言うようなタイプよりかは、仕事上では付き合いやすいタイプと言える。
「……あー、聞くまでもないでしょうけど、どちら様で?」
本当に聞くまでもないことだ。なにせイロコィに、親父さんとお兄さんと話し合いをしてこいと言ったのに、その必要がないと言ったということは、そういうことだろう。
なんでこんなところに、そんな大物がやってくるのだろうか。千客万来すぎて、嫌になってきたね。
「ほっほっほ、聞かれるまでもありませんが、ドルーサ商会で会長をしております。ジョン・ドルーサと申します」
予想通りすぎる展開だった。ただひと言言いたい。
なんでみんな俺の部屋に来るんだよ。アルトリアが制服を着ているから、まだいいけれど、脱がしていたら、全員の目を潰しているところだった。
アルトリアの肌を見ようなんざ、百年早いわ。
俺だって、まだまじまじと眺めたわけじゃないのに、なにが悲しくて、ほかの連中に先に見せにゃならんのだよ。そうなったら、確実にぶち切れる自信があるよ、俺。
とまぁ、ちょっと予想通りすぎる展開というか、テンプレすぎて、思考が止まっていたけれど、そろそろ現実逃避はやめて、真面目にやりますか。
まずは自己紹介かな。名乗ってもらって、名乗りもしないというのは、いくらなんでも失礼すぎるだろうし。
本当になんでこんなことになったのやら。ひとり小さくため息を吐きながら、逃避したい現実に目を向けることにした。
初日はこれでおしまいです。
二日目は日付変わってすぐの更新となります。




