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rev2-109 プロポーズ

 対ルシフェニア連合軍の発足。


 まだ同盟国もない、一国だけの、名ばかりの連合軍。


 だけど、たしかに連合軍という組織は設立された。


 先王様が仰るように、海洋国家リヴァイアクス、山岳国家ベヒリア。聖大陸における二大軍事国と同盟を組むことができれば、連合軍は正式に設立されたと言ってもいいでしょう。


 でも、いまはまだ両国にはその知らせは届いていない。いまの段階ではまだアヴァンシアだけの、それも現在謁見の間にいる面々しか知らない極秘事項です。国家機密と言ってもいいもの。


 その国家機密に、辺境の村出身である私が関わることになるなんて、考えてもいませんでした。もし、去年の私にこのことを言ったところで、「あなたなにを言っているの?」と返されるだけでしょう。というか、そう返す私をありありと予想できます。


 それだけ今回のことは、いえ、レンさんたちと出会ってからの日々はそれまでの人生では思いも寄らないことばかりです。


 まだきちんと会ったこともないお姉ちゃんの存在やら、出張所のマスターになったことやら、ベティちゃんという将来の嫁と出会ったことやら、シリウスちゃんという娘ができてしまったことやらと列挙できないくらいのことばかり。


 そんな日々でも楽しめていたんですよ、これでも。そう、楽しめていたんです。いたんですが、さすがにこればかりは想定外すぎました。


「──どうだろうか、アンジュ殿? 私の妃となっていただくことは叶わないだろうか?」


 国王様であるアーサー様は真剣な表情で私を見つめられていました。


 首都に到着してからの日々はかなり濃い内容でしたが、今回ほど濃くはありません。というか、想定外すぎですね、はい。想定外の事態にはなれていたつもりでしたが、今回の想定外はそれまでのよりもはるかに想定の範囲外のことで、そのあまりの衝撃に首都にたどり着いてからの日々をつい思い出してしまうほどのものでした。


 それこそ「走馬灯ってこんな感じなのかな」と思うほどに。というか、いままで私の魂ってどこかに旅立っていませんでしたか? 旅立っていましたよね? うん、きっと旅立っていましたね、うん。


「どうかなされたか、アンジュ殿?」


 アーサー様がお顔をこれでもかと近づけられる。アーサー様はつい先日目覚められたばかりで、全体的に線が非常に細いうえに、昏睡状態だったこともあり、背丈もまだ小さい。それでも少し背伸びをすれば、顔を近づけることもできる。それどころか、だいぶ頑張って背伸びをしたら唇を重ねることだってできる。


 いや、そんなことをされるはずがないということはわかっているのですけど、それでもこうしていざ近づかれると、緊張してしまうのも無理からぬ話なわけでして。


 現に私はいま「あぁ、めっちゃ顔近いぃぃぃ」とか「うわぁ、まつげ細い。男の子なのに女の子に見える」とか、そんなどうでもいいことばかり考えています。いえ、もうはっきりと言います。そうでもしないと自分を保てられないのですよ!


 だって、考えてみてくださいよ!


 私はただの村娘ですよ!? まぁ、そこそこきれいな顔立ちはしているんだろうなぁとは思いますけど、田舎者丸出しであることは間違いないんです! それこそ、首都に住まうようなおしゃれな方々から見れば、「なぁに、あの子? 田舎くさーい」とか「お上りさんかなぁ? 全然あか抜けていないところとか、かわいらしいなぁ」とか思われているに違いないのです!


 そんな私に一国の王様が求婚される?


 なぁに寝ぼけているんですか、私は!?


 そんな夢みたいことが現実に起きるわけないでしょうに!


 はい、これは夢でーす。ただのお馬鹿な夢に決まっていまーす。


 そんなお馬鹿な夢からはさっさと覚めて、現実に戻りましょーねー。


 ただでさえ、アーサー様から大事な話があるって言われているんですから、これ以上お待たせするようなことをしちゃいけませんよー、いいですかー、私ー?


「アンジュ殿?」


「ふぅ、最近の夢って奴は、どうにもリアルでいけませんね」


「……は?」


 おっと、夢の中のアーサー様が唖然とされていますね? まったく国王様に夢の中とはいえ、とんでもないことを言わせるなんて。不敬にもほどがありますよ? はい、さっさと都合のいいお馬鹿さんな夢からは覚めましょうね。……んー、こういうときってたしか死ぬような目に遭うと目が覚めるっていうのがお約束ですよね? するってーと──。


「よーし、飛び降りちゃうぞー」


「はぁっ!?」


 アーサー様のお口が大きく開かれました。せっかくの美少年が台無しになっていますが、私の夢のせいです。現実のアーサー様には非常に申し訳ないです。はい、さっさと飛び降りて現実に戻りましょう。そうしましょう。


「よーし、さっさとバルコニーから飛び降りて-」


「な、なにを申されているのだ!? そのようなことをしたら死んでしまうぞ!?」


「いやいや、こうしないと夢から覚めないじゃないですか。あー、早く目覚めないとアーサー様に迷惑が」


「いや、これが現実だ! 現実だから!?」


「あははは、そんなことあるわけないでしょー、もう、夢の中のアーサー様ったら。冗談言わないでくださいよー」


「いや、私は現実の私だから! 夢の中の私とかいう意味がわからない存在じゃないから!」


「あははは、まっさかー」


「れ、レン殿! アンジュ殿をどうにかしてくれ! 体格が違いすぎて止め切れん!」


 夢の中のアーサー様は必死のお顔で夢の中のレンさんたちに助けを求められました。おぉ、こういうところも現実みたいですねぇ。でも、これは夢なの。夢。だから、申し訳ないけれど、無視してバルコニーの柵を乗り越えて──。


「なにやってんだ、おまえは!?」


 ──バシンッ!といういい音が辺りに響きました。


「っ痛ぁ!? え、なに、この痛み!? 夢なのにとんでもなく痛い!?」


「夢じゃねえよ!? おまえこそ、なに寝ぼけたこと抜かしているんだ!?」


「へ?」


 夢じゃない?


 でも、この痛みはたしかに現実っぽい。


 え、でも、現実だったら、いまのアーサー様の発言も現実?


「いやいやいや! ありえない! ありえないですって! 私ただの村娘ですよ!? その村娘に国王様が求婚とか、そんなありえない現実が起きるわけがないでしょう!?」


「……いや、だから、現実なのだ。現実に私はあなたに求婚したのだ」


 アーサー様が思いっきり凹んでいる。あれ、もしかして私とんでもないことを言っちゃった?


 いや、でも、これは現実じゃないはずだからセーフのはずで。


 あぁ、でも、現実じゃないのだったら、あの痛みの理由がわからない。痛みがあるってことは現実なわけで。あ、でも、現実ってどこから現実? 痛みがあれば現実なの? 痛みがなければ夢なわけ?


 でも、夢でも痛いときは痛いだろうし。うん。やっぱりここは──。


「やっぱり飛び降りて、死ぬかどうかで確かめないと──」


「バカか、おまえはっ!?」


 ──バコン!というとても痛い音が響き渡ったことで、これが現実だというのを理解することができました。その分めちゃくちゃ頭が痛いけれど、これも致し方がない。これが生きるということなのです。


「……あー、まぁ、なんだ。もうめちゃくちゃだが、改めて言おう。私の妃になって欲しいのだ、アンジュ殿。他ならぬあなたと一緒に私はこの国をよりよい未来に導きたいのだ」


 そう言ってアーサー様は私の手を取り、跪きながら手の甲に口づけられました。まるでおとぎ話の中のようです。そんなありえない光景を私はぼんやりと眺めていました。現実味のない現実に困惑を隠せないでいました。でも、そんな私をお構いなしにアーサー様は続けられました。


「どうか、答えを聞かせて欲しい。あなたの想いと私の想いは重ねっているのかどうかを。あなたの口からお聞かせ願いたい。アンジュ殿」


 アーサー様は真剣な表情で私を見上げられました。その視線に私は答えが出ないまま、ただ見つめることしかできなかった。青白い月の光を浴びながら、まっすぐに空の瞳と視線を合わせたまま、ただ見つめ合うことしかできなかったのでした。

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