rev2-107 先王の依頼
王国祭襲撃事件から一週間後──。
「──此度の件、誠に大義であった」
──広大な謁見の間で、私たちは先王様と、まだ衰弱状態にある当代の国王陛下であるアーサー様の代わりに、玉座に着かれた先王様と対峙していました。
先王様はそれまでの宰相閣下としての姿ではなく、先代の国王陛下として私たちの前におられます。謁見の間には私たち以外にも王国の上層部に位置するお歴々が集まり、その護衛として兵士の方々が詰められていました。
つまり、私たちだけではなく、先王様は公の場で生存していることを露わにしたのです。王国祭襲撃事件の余波はとても大きなものでした。なにせ当代の陛下が目の前で重傷を追わされたことで始まったのですから。王国のトップたる陛下が凶刃に倒れた光景を、あの場にいた生存者はみんな目にしていたのです。
となれば、国が乱れるのは必至。中には先王様のご子息の誰か、つまり現陛下の兄君たちのどなたかの差し金ではないかという信憑性のない噂まで流れてしまうほどでした。信憑性はないわけですが、現陛下は先王様の末子。その末子が王位を継いだとあれば、当然その兄君たちにとって、現陛下を疎ましく思うのは当然のこと。となれば、今回の事件もその兄君たちの誰かの手によるものと考えてしまう人が出てしまうのもまた当然の帰趨と言えます。
真実は兄君たちの手によるものではないということは、一部の関係者だけが知っていますが、その事実は公には伏せられており、真実がこれからも公になることはないでしょう。
まぁ、それはともかく。
先王様が現陛下の代理をされているのは、事件の余波が拡大しないようにするため。そのために先王様は一芝居を打たれました。
王国祭襲撃事件の翌日、先王様は突如として公の場に出られたのです。それも目覚めたばかりの現陛下であるアーサー様を伴ってです。
アーサー様は事件当日に数年ぶりに目覚められた後、これまでの経緯を知られると、先王様と話し合いの末、一芝居を打たれることになったのです。
その芝居の内容というのは、傷つき倒れた現陛下が這い這いの体で民衆の前に現れ、先日の事件について語られている際に、ご自身の無力さに嘆いているところに、先王様が天国から舞い戻られたというやり取りでした。
先王様がお隠れになられたことは、辺境出身の私でも知っていること。首都やその近辺に住まわれている方にとっては、子供でも知っている、当然のことです。
その先王様が生前となんら変わらないお姿で、突如民衆の前に現れたのです。その衝撃は凄まじく、現陛下の嘆きによる静寂さとは別の静けさが王城前の広場に広まりました。その静けさを破ったのは現陛下の「父上?」という信じられないという感情が込められた一言でした。その呟きに先王様はにこやかに笑われると──。
「我が子の嘆きに天国より舞い戻ってきた。母神様に「愛する我が子の窮地に指を咥えて見ているつもりか」と背を蹴られたということもあるが、我が祖国のため、そして幼い我が子のために、これより余もまたこの窮地にこの身を粉にする所存である」
──よどみない一言を告げられたのでした。その一言に誰かが拍手をし、その拍手は伝播し、やがては惜しみない大歓声が響いたのでした。先王様と現陛下は涙を流しながら抱き合っていました。台本通りな迫真の演技でした。おふたりとも名優になれるのではないかと思えるほどに、おふたりのお姿はとても自然なものでした。
おふたりのやり取りはその日のうちに、先王陛下が天国から舞い戻られたという一報は国中に伝播しました。コサージュ村のような辺境にまで本当に一報が届いたのかどうかはわかりませんが、一週間も経ったのですから、すでに王国に住まう誰もが知っていることは間違いありません。
ですが、先王様のご帰還とともに悲しい一報も流れることになりました。それは現陛下の姉君であるトゥーリア殿下の訃報です。治療の甲斐なく、トゥーリア殿下が息を引き取られたことを、現陛下が伝えられたのです。先王様のご登場の前の、現陛下の嘆きは、トゥーリア殿下の訃報も込められていたのです。
先王様のご帰還とトゥーリア殿下の訃報。そんな真逆の一報がいまの首都を席巻していました。隠された真実のある一報が広く流布され、この一週間は瞬く間に過ぎていったのです。
その一報による余波がいくらか落ち着きを見せた頃、私たちはこうして謁見の間にと呼ばれることになったのでした。……先日に内容を先王様と現陛下からお話されていましたが、それでも緊張はありました。なにせ私はただの辺境の村娘です。一応出張所のマスターではありましたけど、もともとは辺境の村娘だったのです。その村娘が国のトップに呼び出しを受けるのです。緊張しない方がおかしいでしょうよ。
「アンジュであったな」
「は、はい!」
「そう、緊張することはない。此度の件におけるそなたたちの活躍を労うというだけのこと。別にそなたを罰するわけではない」
「あ、ありがたき幸せでございます!」
まるで両手を同時に出しながら歩き出すような不自然極まりない反応になる私を見て、先王様は苦笑いされていました。それはお歴々の方々や兵士さん方も同じでした。ただ、私の反応にイリアさんは痛そうに頭を押さえられていましたが。
『お許しがなかったら、直答しないでって教えたでしょうに』
頭を押さえながら、イリアさんが念話で私の失態を伝えてくれました。先王様方の苦笑いにはそのことも含まれていたということにそれで気づきました。というか、下手したらそれだけで罰せられるかもしれないミスでした。血の気が引く音って実際に聞こえるんだなぁとしみじみと思いながらも、先王様は私たちひとりひとりにお声を掛けられていきました。そのお声がけにみなさんは係の方を通してのお返事をされていました。ベティちゃんもたどたどしくはありましたがちゃんと直答せずにお返事していたのです。
もっともベティちゃんの場合は、元気よくお返事していたため、ほぼ直答と変わらないものでしたけど、その愛らしさに謁見の間にいる誰もがほっこりとしていました。さすがはベティちゃんです。かわゆし。
「──最後にそなたたちに今回の功績を賞して勲章を与える。爵位を授けたいところではあるが、どうにも爵位は喜ばれそうにないとアーサーからの申し出もあったことで、爵位なしの形だけの勲章になるが、そなたたちがこの国を救った勇士であることには変わりないことを憶えていて欲しい」
先王様の目配せの後、私たちそれぞれの胸に勲章が飾られていく。まさか、私の人生で受勲の名誉を得ることになるとは思いませんでした。
「さて、本来なら謁見はここで終わりのつもりだったのだが、実は折りを言って頼みがある」
受勲も終わり、これで謁見も終わりのはずだったのですが、不意に先王様が事前の話にはないことを口にされました。
レンさんが代表して、係の方に尋ねようとされましたが、それを制するように先王様が「直答を許す」と仰られたことで、レンさんは改まって先王様へと顔を向けられて「お頼みということですが」と言われました。先王様は静かに頷かれると──。
「そなたたちが腕利きの冒険者であることを見込んでの正式な依頼だ」
「お聞き致します。なんなりと」
「うむ。そなたたちに書状を渡して来て欲しい」
「書状ですか?」
「うむ、「リヴァイアクス」と「ベヒリア」の二カ国への書状である。内容は対「ルシフェニア」連合軍への参加の打診である」
──想像もしていなかった内容を仰られたのでした。




