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rev2-106 暮れなずむ街並みを眺めては

 自分で自分がわからなかった。


 熱くなった息を吐き出しながら、顧みても言動が理解できなかった。


 他人の言動であれば、理解できないということもある。同じものを見ても誰もが同じ感想を抱くというわけじゃない。人間国宝の作り上げた芸術作品を見て、感動する人もいれば、「どこがすごいんだろう?」と思う人だっている。


 感性というものは人それぞれだ。だから同じものを見ても、同じ感想を抱くということはない。中にはいるだろうけれど、その数は決して多くない。


 逆に言えば、同じ感想を抱く人は少なからずいるということでもあるけれど、同じ感想を抱いた人だって、別のものに対しては違う感想を抱くこともある。


 感性は人それぞれ。それぞれの人のそれまでの道程で決まると言っていい。そしてそれぞれの道程はやはり人によって大きく異なる。たとえば、生まれからずっとエリートコースを邁進する人だっていれば、最底辺から這い上がってエリートコースに乗る人だっている。逆にエリートコースにいたのが、ひょんなことで最底辺にまで落ちてしまうこともあれば、最底辺から抜け出すことができないまま、人生を終える人だっている。


 エリートコースにいる人が最底辺の人の考えは理解できない。最底辺の人もエリートコースにいる人の考えを理解できない。


 だから、他人の言動を理解できないというのはある意味当たり前だ。なにせ、親でさえも他人なのだから。他人の考えを完璧に理解することなんてできるわけもない。いくらかは共感し理解できたとはいえ、そのすべてまでは難しい。


 でも、自分の言動を理解するのはたやすい。なにせ自分が行うことなんだ。その行いを理解できないなんて本来ならありえないことだ。そう、ありえないことだった。ありえないことのはずなのに──。


(……なんで俺はあんなことを言ったんだ?)


 ──そのありえないはずのことを、いま身を以て俺は体験していた。


 原因はついさっきのこと。


 最後の腐肉を蹴散らし終えた後、城から宰相閣下を連れてルリとアンジュが戻ってきた。

 

 ルリはいくらかいつもとは雰囲気が異なっていた。戦闘後の高揚感と言えばいいのかな。普段の物静かなのじゃロリキャラから一変して、いくらか攻撃的な、本性をわずかに露わにさせていた。


 城でなにがあったのかはわからないけれど、なにかしらの戦闘が行われていたことはわかった。


 まぁ、そうでもなきゃ宰相閣下がわざわざ出てくることなんてありえないだろうが、当の宰相閣下はどうにも戦闘で追われているようには見えない。むしろ、どこかすっきりとした面持ちだった。国王陛下に振り回されていた人と同一人物とは思えないほどに、その顔立ちは変わっていた。


 そこまではいい。そこまでは俺も冷静でいれた。


 でも、アンジュを目にしたとき、冷静さを失った。


 妙な衝動が全身を駆け巡っていた。その衝動に困惑しながらも、アンジュと二、三言交わしたが、アンジュは俺が持つミカヅチが気になるようで、やけにしつこく食い下がってきた。食い下がられたことで苛立ったのか、それとも面倒になったのかはわからない。


 いつもであれば、「うるせえな」と言うはずだった。でも、そのときの俺はいつもとは違う行動を取った。アンジュに顔を近づけて「一晩付き合えば教える」と囁いていた。


 ……正直なんでそんなことをしたのかが理解できない。


 腐肉共を蹴散らしながらでも、戦闘を行っていたこともあり、いくらかの高揚感はあったけれど、それで近づく人たちにまで攻撃を仕掛けるほど理性を失っていたわけじゃなかったし、アンジュに苛立つのだって別に珍しいことじゃない。


 だというのに、普段とはまるで違う感情に突き動かされて俺はアンジュに詰め寄っていた。詰め寄って普段なら絶対言わないであろう一言を告げていた。


 自分の言動のはずなのに、その言動をまるで理解できなかった。


 そもそもなんであんなことを言ったのかさえもわからない。そのときの俺は冷静だったはずなのに。


 たしかに腐肉共を屠ることでいくらかの高揚感はあった。


 普段ならその高揚感がずっと続いていて、そのせいでということもあるかもしれなかった。

 だけど、今回は違っていた。


 むしろ、その逆で、腐肉を蹴散らすたびに冷静になっていった。いや、違うか。腐肉共を蹴散らしながらもずっと冷静だった。高揚感はたしかにあった。あったけれど、それでトリガーハッピーのように、テンションがどんどんと上がって行ったというわけではなく、その逆で腐肉共を蹴散らすたびに、かえって冷静さを保てていた。


 それどころか、どうすれば効率的に腐肉共を屠ることができるかを模索していた。


 首都の至るところに腐肉共は現れていた。


 が、全域に現れたわけじゃない。


 腐肉共は「裏切りの王女」の雪像から這い出てきた。


「裏切りの王女」の雪像は他の雪像と同じように、街中の広場に立てられていた。その各広場に「裏切りの王女」は他の雪像同様に設置されていたようだった。その雪像から腐肉共は這い出てくる。そして腐肉共は大抵動きが遅い。大抵の奴は現れた広場から、そう遠くまで離れることはない。


 つまり、街中の広場という広場を回ればいいということになる。まぁ、中には一体の雪像に複数体の腐肉共が現れることもあったけれど、大した問題ではなかった。


 どんなに遠く離れていようとも、いまの俺であればすぐに駆けつけることはできた。


 だからなにも問題なく、次々に腐肉共を屠り蹴散らしていった。

 

 ただ腐肉共を屠っても一定以上からテンションが上がることはなかった。凪のように静かな心境でいられた。


 どうしてそんな心境でいられたのかはわからない。


 わからないけれど、じいちゃんが昔言っていたことをぼんやりと思い出していた。


「常に高揚し続けるのは半人前のすることだ。高揚をどこかで抑えられてようやく一人前だ。そして達人とは常に静かでいることだ。波紋のない水面のように、凪いだ海のような心境に踏み込んで初めて、その道を極めるための一歩を踏み出せるようになる。それは戦いだろうとそれ以外であろうと決して変わらぬ」


 それを聞いたのはまだおばあちゃんが生きていた頃だった。でも言われた当時はじいちゃんの言っている意味を理解することはできなかった。「どういうこと?」と聞くと、じいちゃんは大きな手で俺の頭を撫でながら、「いつかはわかるときが来るさ」と笑っていた。


 たぶん、腐肉共を屠っていたときの俺は、じいちゃんが言っていた状態だったのかもしれない。その道を究めるための一歩を踏み出せるようになっていたのだろう。


 いまなら、あの状態を経験したいまなら、じいちゃんの言っていた意味を理解することができる。

 

 でも、アンジュへの言動を理解することはできなかった。


 そもそもなんであんなことを言っていたのかはわからない。


 わからないけど、やらかしたことだけはたしかだった。


「……なんであんなことを言ったのかなぁ」


 小さくため息を吐きながら、俺はひとり用意して貰っていた部屋のバルコニーでため息を吐いた。眼下に見えるのは、暮れなずむ街並みだけ。あんな大騒動があったというのに、街はいつも変わらない表情を見せている。それが不思議だった。


(……営みは変わらないんだな。どこの世界であっても、なにがあったとしても)


 人の営みはなにも変わらない。異世界であろうとなかろうと、直前になにが起こっても人が生きてすることにはなんの違いもない。


 そんな当たり前のことに、なぜか感動しそうになっている自分がいた。感動しながら──。

「……それがすべて壊れたらどうなるんだろう?」


 ──感動しながらも、その営みがすべて壊れたらどうなるのかを考えてしまう自分がいた。しかも考えて妙な衝動を感じてさえいた。なんでそんなことになっているのかはわからない。わからないけれど、漏らした吐息がやけに熱くなっている。


(……どうなっているんだ、俺は?)


 自分がいまどうなっているのかがわからない。


 わかるのは、いつもの自分ではないということだけ。


(……いつもの自分じゃない、か)


 いったいどうなっているのかはわからない。


 ただ、なにかが変わってしまったということだけは理解できていた。


 その原因がなんであるのかもわかる。


 ちらりと視線を下げると、腰に佩いたミカヅチが見えた。


 魔鋼の刀がミカヅチに変化した。


 その理由はわからない。


 でも、たしかにこれはミカヅチだった。


「レン」で振るっていた愛刀がいまたしかにここにある。


 その理由もわからない。


 わからないが、ミカヅチを得たことで俺が変わったことだけは確かだった。


「……おまえはどうして来てくれたんだ、ミカヅチ?」


 尋ねても返答はない。


 あるわけがなかった。


 ミカヅチは黒狼望とは違う。ミカヅチにはガルムは宿っていない。だから、返答はない。それでも俺は尋ねていた。


 なんでいま俺の元に来てくれたんだと。どうしてもっと早く来てくれなかったんだと。そんな想いを、どうしようもない想いを抱きながら俺はミカヅチに語りかけていた。わずかな諦念とこれから先への希望、そしてみずからの変化による戸惑い。それらすべてをごちゃ混ぜにしながら、誰もいない部屋の中でひとり尋ね続けた。

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