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rev2-99 地下へと

「──よし。イリアとの連絡が取れた」


 方針が決定した後、ルリさんはイリアさんと念話で意思の疎通を始められました。


 街の方はなんやかんやで大丈夫なようです。


 ルリさん曰く、レンさんが無双しているということでした。が、話を聞いてすぐにルリさんは怪訝そうに「無双している?」と声を出して聞き返されていましたけど。もっともそのときにはまだ話の内容は私たちにはわかりませんでした。


 ですが、ルリさんが漏らした言葉で、街の方が無事だということはなんとなくわかりました。


 その一方でルリさんが怪訝そうにしている理由がいまひとつ理解できなかった。でもそのことを尋ねることはできず、私たちはただルリさんとイリアさんの念話が終わるのを待ったのです。


 その念話も終わり、ルリさんが語られた内容は、街中に出てきた黒いぶよぶよは、レンさんがひとりで一刀両断して討伐し続けているとのことです。


 あの黒いぶよぶよでさえも、歯牙にかけないとかさすがはレンさんだなぁと私は思いましたが、ルリさんはどうにも納得されていない模様でした。


 でも、そんなルリさんの反応とは裏腹に先王様とトトリさんは手放しに喜ばれていました。先王様はあの黒いぶよぶよをご存知ではありませんでしたが、あの黒いぶよぶよが及ぼす被害をお伝えしたら顔を顰められていたので、その害をレンさんが排除していることを知って喜ばれていたみたいです。トトリさんに至っては、その害を実際に受けていたのですから言うまでもありません。


「とにかく、街の方はもう問題なかろう。後はこちらの問題を片づけるべきだ」


 ルリさんはそう言って先王様をじっと見つめられました。その視線に先王様はたじろぎながらも、「だが」と躊躇されていました。


「……気持ちはわかる。だが、先王陛下、トゥーリア殿下が舞い戻られれば、せっかくのレンの苦労も水の泡になる。いまはレンが腐肉共を駆逐しているが、トゥーリア殿下が舞い戻っただけで、それも難しくなる」


「……それは、トゥーリアがリッチだからか?」


「あぁ。リッチとはアンデッド共にとっての王とも言える存在。たとえ、そのリッチ本人の配下でなかったとしても、リッチがそこに在れば、周囲にいるアンデッド共は皆一様に強化されてしまう。それはあの腐肉共とて同じよ。いまはレンが一掃できておるが、トゥーリア殿下が舞い戻られれば、あの腐肉共がどれほどまでに強化されるのかもわからぬのだ。下手をすれば、レンが返り討ちになる可能性とてある。そしてあれが返り討ちになってしまえば、この国の滅亡は決まる。いや、この大陸が滅ぶだろうな」


「……それほどまでに」


「……心中お察しする。だが、選ぶしかない。苦渋の決断というものは誰にでも訪れるもの。そうしたところで誰もが最良の結果を得られるわけではない。だが、最良の結果にならなくても、最善の決断をすることはできる。もう最良にはならずとも、最善はまだ選べるのだ。ゆえに聞こう、先王陛下。あなたはどうなされる? 最善を選ばれるか? それとも選ばずに悉くを滅ぼされてしまうか? どうなされる?」


 ルリさんはじっと先王様を見つめられる。その視線に先王様は顔を俯かれ、爪が食い込むほどに手を握りしめられました。ルリさんが言われた通り、先王様は苦渋の決断を強いられていました。


 ルリさんも別に嫌がらせで言っているわけじゃない。ただ、そうするしかないからこそ言われているのです。それは先王様も重々承知されている。それでもなお、先王様は迷われていました。迷いに迷われているのです。


 その姿は一国の王としてのものには見えない。王という超越者としての姿ではなく、ひとりの人間としての、どうしようもない現実に振り回されるひとりの父親としての姿にしか見えませんでした。


 そんな先王様の手をトトリさんは力なく包まれました。


「トトリ」


「……もうよいのです、陛下」


「だが、だが!」


「もう十分です。トトリはもう十分すぎるほどによくしていただきました。だから、これはご恩返しなのです」


「そのような、そのようなことがあってたまるものか! せめて、せめて、そなただけは。そなただけは助けたい! そう思うことがなぜ、なぜ悪いのだ!?」


 先王様は泣き叫んでおられました。端から見れば言動は見苦しいとか、往生際が悪いとか言われてしまうのかも知れません。でも、私にはそうは思えない。それはルリさんも同じで、痛ましそうに先王様を見つめていました。ですが、どんなに先王様が望まれなくても現実は決して変わらない。


「……陛下もわかっておいででしょう? ルリ様の仰る通り、このままではトゥーリア様のご意志が無駄になってしまうのです。この国のために犠牲になられた、あの方のご意志がすべて無になってしまう。それは避けねばなりません」


「だが、だが、トトリ。それでは、そなたが」


「いいのです。さきほども申し上げましたが、トトリはもう十分すぎるほどに幸せにしていただきました。孤児であったこの身では、返しきれないほどの多大なご恩を受けました。そのご恩を少しでもお返ししたいのです。だから行かせてください。姫様のおわす場所へと。姫様もきっと私を待ち続けておられるのですから」


 トトリさんは笑われました。その笑顔に先王様は俯かれました。俯かれたまま、「わかった」とだけ呟かれたのです。掌に食い込んだ爪からは鮮血が滴り落ちていた。先王様の心中を察するには十分すぎる光景でした。


「……では、参りましょうか、「カタコンベ」への入り口に。それでひとまず丸く収まるでしょう」


「……あぁ、行こう。地下へ」


 先王様は泣きながらトトリさんを抱きかかえられました。そして中庭の中央にある噴水を見やった、そのときでした。


「あは、やっと見つけたぁ」


 その声はどこからともなく聞こえてきました。ひどく粘着質な声。その声にトトリさんが小さく悲鳴を上げられました。


「どこにいるのかなぁと思っていたら、こーんなところにいたんですねぇ? しかも、あらら、亡くなられたはずの先王陛下もご一緒じゃないですかぁ? これはどういうことですかねぇ?」


 くすくすと笑う声。ゆっくりと近づいてくる足音に私たちは振り返りました。そこには見覚えのある女性がいた。王国祭の最中ですれ違った女性。私の食べていた屋台のスイーツを見て、どこの屋台かと聞いてこられた女性。そのときはこれと言っておかしな様子はなかった。でも、いま目の前にいる彼女はどこから見てもおかしな風にしか見えない。


「まずいお肉ばかり食べさせられて飽き飽きとしていたんですよねぇ。せっかく、あの腐肉共が私の獲物をいい感じに調理してくれていたから、いつものように犯すのではなく、もう食べちゃおうと思っていたのに、私の道を塞ぐものだから、面倒だから徹底的に食べ尽くしたけど、もう飽き飽きとしていたんですよねぇ。でも、ちょうどいいところに、ごちそうが現れてくれましたぁ。それもふたりも」


 にぃと口元を歪めて笑う女性。イリアさんに似た真っ白な髪と真っ白な肌。でも、その髪も肌もいまは鮮血に染まっていた。それもあまりにも血を浴びすぎたゆえか、その色は黒々としたものにと変化している。


 地獄の使者。


 おとぎ話に出てくる存在ですが、その存在を体現しているとしか言いようのないひどい姿を、その女性はしていました。


「け、獣」


「ふふふ、獣かぁ。ひどいことを言うねぇ、トゥーリアちゃんは」


 くすくすと笑う女性。笑いながらもその目はトトリさんに向けられていました。トゥーリア殿下の姿ではなく、本来の姿になられたトトリさんを見て、「トゥーリア」とはっきりと言い切ったのです。それはこの女性が当代の国王様の正体を完全に見抜いていたということでした。


「さ、三の姫君。なぜ、そなたは」


「変装がわかったのかぁ、とかですかぁ? 簡単ですよぉ~。その子は私の唾液塗れに何度もなりました。それは私にとってマーキングなんですよ。そして一度マーキングした獲物を私が見逃すことはありません。たとえどんなに姿形が変わろうとも、ね? でも、驚いたなぁ。まさか、あの美少女なトゥーリアちゃんが、こんなにも小汚い女の子だったなんてねぇ。でも、これはこれでありかなぁ? 上品な女の子も美味しいけれど、こういう子もなかなかに美味しいもんねぇ」


 あは、と笑いながら女性は舌なめずりを繰り返す。その姿はただただ不気味で恐ろしかった。


「それにぃ。まさかアンジュちゃんも一緒なんてねぇ。そっちの偽トゥーリアちゃんを食べながら、アンジュちゃんのハジメテを貰えるなんてサイコーだよぉ。徹底的に調教してぇ、自分から「孕ませてください」ってオネダリさせるようにしちゃおーっと」


 女性はトトリさんから私にと視線を向けられた。その言動はあまりにも不快でした。でも、どんなに不快でもその視線から逃れる術はなかった。


「さぁて、まずいお肉の食べ放題の後は、ごちそうを堪能させてもらおうかなぁ」


 女性はゆっくりと私たちに向かってくる。その女性の前にルリさんは立ちはだかれました。

「……ここは我が抑える。その間に先王陛下たちは」


「ルリさん、でも」


「心配無用。あの程度の輩など一蹴できる」


「……ご無理はなさらないでくださいね?」


「無理する程度のこともないが、承知しておる」


 ルリさんは口元だけで笑みを浮かべてひらひらと手を振られました。そんなルリさんの無事を祈りつつも私は先王様たちを連れて噴水へと走りました。そのすぐ後に戦闘音が聞こえてきました。ルリさんの戦闘可能時間内に事を済ませよう。それだけを考えながら、私たちは噴水へと、トゥーリア殿下がおられる「カタコンベ」への入り口に急ぐのでした。

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