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rev2-86 不死の王

「──姫様は、あのとき、もう人間ではなくなっていたのです」


 トトリさんの語った内容は、悍ましくも悲しいものでした。


 美姫と謳われたトゥーリア殿下。


 その殿下が正気を失い、狂気に支配されていく。


 いや、元から狂気を抱かれていたのかもしれませんね。


 人形を、弟君であり、当代の国王陛下になるアーサー様を模した人形をめった刺しにするなんて、いったいどれほどの恨み辛みがトゥーリア殿下の中にあったのかは私には想像もできない。


 私にも双子の姉がいる。まぁ、直接会ったこともないうえに、声だけしか知らないお姉ちゃんだけど、それでも私はあの人を恨もうとは思わない。だって双子ってことは自分の片割れみたいなものです。その片割れを恨めるわけがない。


 けれどトゥーリア殿下は恨んでしまった。


 もともとの出来が違いすぎるというのであれば、まだ諦めもつくでしょう。


 でも、トゥーリア殿下は天才児だった。


 天才だからこそ、いや、天才であるのに、それ以上の天才であったアーサー様のために自分のすべてを奪われてしまう。優れているのに、それ以上に優れた存在のためだけに生きることを余儀なくされる。その存在が自身の片割れであった。その事実がトゥーリア殿下の心を蝕まれてしまった。


「……すべては余、いや、私の考えが浅はかすぎたのだろうな」


 先王様はトトリさんを抱きかかえながら、お顔を歪ませていました。先王様の責任ではないと思いますが、たしかに判断が早計だったのかもしれないという部分はあります。表舞台からトゥーリア殿下を退かせるのではなく、アーサー様の補佐という立場にすれば問題はなかったのかもしれません。


 ですが、それは結果論。今回の結果で言えば、影として生きながらえさせるのではなく、補佐という形であればよかったのかもしれません。


 でも、それはそれで問題が生じる可能性もなくはないのです。


 トゥーリア殿下がアーサー様を尊重し、アーサー様もまたトゥーリア殿下に敬意を以て接することができれば、王国の繁栄は確実なものだったでしょう。


 ですが、トゥーリア様はお話を聞く限りでは、だいぶ勝ち気な方ですから、アーサー様を尊重したとしても、弟君としてでしょう。ご自身の上に立つ者としてではなく、あくまでも自分の下にいる者として、となるはずです。


 たとえ身分に差が生じようとも、トゥーリア殿下のあり方は決して変わらなかったでしょう。


 けれど、場合によってはそれでも問題はなかった。トゥーリア殿下がアーサー様を守るべき存在だと思われていたのであれば、愛する弟として思われていたのであれば問題はなかった。


 でも、トゥーリア殿下のお考えはそうじゃなかった。アーサー様を愛されてはいたけれど、それは半ば愛玩動物に対するようなものであり、血の繋がった双子の弟へのものではなかった。


 はっきりと言えば、トゥーリア殿下の感情は歪んでいる。


 いや、歪まれてしまったのでしょう。その原因が先王様の判断だと言うのは容易い。


 でも、もし私が先王様のお立場であったら、どういう判断をしただろうか。同じ判断をしなかったとは、とてもではないけれど言えません。いえ、もしかしたらもっとひどいことになるような判断をしていた可能性だってありえる。


 結果論を言えば、先王様の判断は誤りだったかもしれません。


 でも、他の人が先王様の立場だったら、もっと悲惨な事になっていた可能性も十分にありえた。


 いや、それ以前にもし。そう、もしも──。


「……あれから時折思う。思ってはならぬことだが、もし、もしトゥーリアかアーサーのどちらかが我が子でなければ、と。もしどちらかが他人の子であり、残った方が片方を見初めていれば、と。もしそうであれば、王国の将来は約束されたようなものだったのだと」


「それは」


 ──もしもどちらかが王族でなければ。そのどちらかを残った方が見初められていれば、たしかに王国の将来は約束されたようなもの。天才同士が惹かれ合い、結ばれる。これ以上とない理想的な展開だったでしょう。


 でも、残念ながらおふたりは双子として生まれた。


 決して結ばれることのない存在として、いえ、いずれは対立しかねない存在として生を得てしまった。


 もしかしたらそれこそが元凶だったのかもしれません。


 天才児同士の双子として生まれてしまったことこそが、最大の要因だった。


 もし、おふたりのどちらかが天才でなければ。


 王位継承者たる片割れを尊重する程度の聡明さがあれば。


 悲劇は避けられたかもしれない。


 でも、それはただの妄想にしかすぎない。


 現実は、甘い妄想ではなく、もっと悲惨で辛いものです。


「……陛下。そのようなことを仰らないでください」


 先王様の腕の中のトトリさんは、批難するかのように厳しい目つきで先王様を見上げられていました。その視線に先王様は若干たじろがれましたが、「だが、トトリ」と反論されようとしておられましたが、トトリさんは「だが、ではありません」とはっきりと言い切られました。


「陛下のお気持ちは理解できます。ですが、それを陛下が仰ってしまわれたら、トゥーリア様もアーサー様も傷つかれるだけです。特に狂われてしまわれたトゥーリア様が不憫ですから」


 トトリさんはそう言って涙を流されました。その涙はとてもきれいでした。トゥーリア殿下のことを誰よりも想われていることがよくわかりました。


「だが、トトリ。あの子のせいでそなたは」


「……何度も引き裂かれる痛みを与えられていただけですので」


「だけではなかろう。あの子はなんとも惨いことを」


 先王様は申し訳なさそうにされ、トトリさんは優しく微笑まれていました。おふたりの話の内容はよくわからない。でも、トトリさんが途中まで話された内容を、トゥーリア殿下に組み伏されたことを踏まえたら、そっち関係のなにかがあったということでしょう。そこにトトリさんの「何度も引き裂かれる痛み」というワードを加えると、導き出される答えはひとつだけです。


「あの、トトリさんはもしかして、その」


「……トゥーリア様のお力で、何度も再生させられました。「何度抱いても初めてのトトリを味わえるなんて素敵よね」という理由でした」


「……それは」


 なんて言えばいいのかわからなかった。


 本来なら一度きりの痛みを、何度も何度も体験させられる。


 そんな経験を過ごしてきたトトリさんに、なんて言えばいいのか私にはわからなかった。

 

 そんな私を見て、トトリさんは穏やかに笑われました。


 その笑顔はとてもではないけれど、年齢相応のものには見えなかった。


「……結局、トゥーリア殿下はいったい」


 私はトトリさんから視線を逸らし、トゥーリア殿下がどういう存在になったのかを尋ねました。それ以上なにを言えばいいのかもわからなかったということもありますけど、単純に話の続きが気になったのです。トゥーリア殿下は人間をやめて、なにになったのか。その顛末を知りたかった。


「……おそらくだが」


 それまで口を閉ざされていたルリさんが、不意に呟かれました。その言葉はひどく重たいものでした。


「トゥーリア殿下は禁忌の魔法に手を出したのだろうな。トトリ殿の先輩とやらの死体を手元に置いていたことを踏まえると、手を出したのはネクロマンシー。永遠の生命を目指すために創設されたが、不完全な形でしかなしえなかったうえに、多大な被害を生じさせるがゆえに禁忌とされたものだ。おそらくはそれに手を出したのだろう。となれば、だ。トゥーリア殿下が至ったのはひとつしかあるまいて」


「ひとつと仰いますと?」


「……アンジュ殿は一応辺境の主張所とはいえ、冒険者ギルドのマスターだったのに知らぬのか?」


「……勉強不足でして」


「いや、無理もなかろう。そもそも神代以降には至った存在もいないのだ。現代ではもはや伝説やおとぎ話の中でしか触れることない存在だからな。たしか冒険者ギルドでも確認されていないがゆえに、ランク外となっていたはずだ。知識として抑えておくのも、触れずにいても問題はないとされている化け物連中のひとつだ。なにせ確認されてもいないのだから、知っていようと知らなくても大して変わらん。そもそも知識があろうとなかろうと、相対した時点で死亡は確定だからな」


「そんな存在が?」


「ああ。その名はリッチ。不死王とも謳われるアンデッドたちの王のことだ。そのリッチにトゥーリア殿下は至ってしまったのだろう。並の才覚ではアンデッドになったとしても、リッチに至ることなどできぬはずなのだがな。それだけの才が殿下にはあったのだろうな」


 ルリさんは再び口を閉ざされました。その言葉を引き継ぐようにして、トトリさんは静かに頷かれると、また語り始められました。事の顛末を、トゥーリア殿下の身代わりをするようになった事情を語られました。


「……ルリ様の仰る通りです。トゥーリア様はご自身で仰ったのです。「私はもう人間じゃないの。私はリッチという素晴らしい種族になったの」と」


 トトリさんの目尻から涙がこぼれ落ちるのを私は見ていることしかできなかった。拭うこともできないまま、ただ話の続きに耳を傾けていくのでした。

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