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rev2-78 謎の少女

 笑顔と歓声で包まれるはずだった王国祭は、たった一瞬で怒声と悲鳴が入り混じる悲劇になってしまいました。


 その過程で、国王様が胸に穴を開けられるという大けがを負われてしまった。そんな国王様と私を一緒に抱えて、ルリさんはお城へと戻ってくださいました。


 お城であれば、あの変な化け物がいる街中よりも、お城という安全地帯であれば、国王様の治療に励むことができる。国王様はいますぐにどうにかなるというわけではないようですが、胸から夥しい量の血を流す姿を見たら、誰の目から見ても重傷でした。


 私はルリさんの腕の中で国王様に必死に「お城に着くまで頑張ってください」とお声を掛けることしかできませんでした。


 その内容は自分でも「もっと他に言いようがあるだろう」と思えるものでしたが、それ以外になにを言えばいいのかがわかりませんでした。


 だって当て布で胸を押さえても血は一切止まらない。それどころか、当ててすぐに真っ赤に染まってしまうほどに、国王様の傷は深かった。


 国王様が意識を失わないようにするべきなんでしょうが、果たしてそれで合っているのかはわからない。むしろ、意識を失っていた方がまだましかもしれない。苦しみの中にいるよりかは、意識を失われて、それを夢かなにかだと思われていた方がましかもしれないと思ったのです。


 そう思う一方で、意識を失ったら、そのままという可能性だって十分にありえる。医療知識なんてほとんどないから、せいぜいが霜焼けの治し方や、手傷の治療くらいしか私は知らないのです。コサージュ村は辺境だったせいか、とても平和だったのです。平和すぎて、防壁などの外敵から村を守る設備さえありませんでした。


 だから大けがを負った人の治療の仕方なんて私にはわからない。ギルドの職員として怪我の治療法などの講習を受けたことはありますけど、その講習の内容は不思議なことにまったく思い出すことができないのです。


(ちゃんと講習を受けていたはずだったのに)


 平時であれば、いくらでも思い出すことができる。


 でも非常時に、本当に必要なときに思い出せなければ、どんな知識も意味はない。講習はちゃんと受けていた。でも受けてはいたけれど、身に付けてはいなかったのだと、痛感させられてしまいました。


 でもどんなに悔やんだところで、わからないものはわからない。できないものはできないのです。私にできたのはバカみたいに国王様にお声を掛けるということだけ。たったそれだけのことしかできない自分がひどく情けなかった。


 自分への情けなさとなにもしてあげられない悔しさに涙を流しそうになるも、私が涙を流したところでなんにもならないだろうと自分に言い聞かせて、私はただ声を掛け続けているうちに、ようやくお城にと戻ってこられました。


 お城に戻る間、街中がひどい騒ぎになっていた。


 笑顔が溢れるはずのお祭が、怒声と悲鳴が入り混じる悲劇にとなってしまっていた。


 鎮静化するにもどうすればいいのかはわからない。


 そもそもどうしてこうなったのかもわからない。


 どうして楽しいお祭を、みんなが楽しみにしていたお祭を台無しにできるのかが理解できなかった。


 会ったこともない犯人への憤りに燃えつつも、お城へとたどり着いたのであれば、真っ先にするべきことは国王様の治療でした。


 ルリさんが着地したのは城門を越えた先、ちょうどお城の中庭付近でした。その中庭には宰相様がひとりのんびりとお茶を啜られていました。


「な、何事だ?」


 宰相様は驚いたお顔で、空から降ってきた私たちを見て目を白黒とさせておいででしたが、ルリさんの腕の中におられる国王様を見て、変わり果てた国王様のお姿に言葉を失われて折られました。


「宰相殿。国王陛下が大けがを負われている。誰か治療のできる者を」


「お、大けがだと? いったいなにが」


「説明している暇はないのだ。いますぐに治療できる者を──いや、待ってくれ」


 事態を飲み込めていない宰相様を急かしていたルリさんでしたが、不意に視線を逸らされると中庭内の花壇にあった花をひとつ手に取られました。


「ルリさん? こんなときになにを」


「……レンに怒られるかもしれんが、緊急事態なのでな。宰相殿も他言は無用としていただきたい」


「いったいなにを──なんと!?」


 ルリさんは宰相様への返答はされずに、静かに息を吐きながらまぶたを閉じられたのです。そうしてルリさんがまぶたを閉じられるとすぐに、ルリさんの手の中にあった花の様子が一変したのです。手の中にあったのは花壇に植えられていた花。地面すれすれに咲いていたクロッカスの花のうち、紫色のものでした。そう、紫色のクロッカスだったのですが、ルリさんがまぶたを閉じてすぐに、クロッカスの色が変化しました。


 いや、正確に言えば、クロッカスの花の周りを透明なヴェールのようなものが覆ったのです。その変化に宰相様は目を見開かれて驚かれました。


「それは」


「これはこの大陸で言うエリシキルだ」


「なんと、エリシキル!?」


「うむ。「魔大陸」ではエリキサと呼ばれるが、違いは単なる呼び方だけ。その効能は同じだ。その者の傷を治し、状態異常さえも癒やす。最上級の霊草だ。エリキサがあれば、国王陛下の傷も癒やすことができよう」


「そ、そっか、エリシキルがあれば」


 いまのいままで失念していましたが、考えてみればエリシキルがあれば、国王様をお助けすることは可能です。たださすがのエリシキルも失った血を戻すことはできないでしょうが、傷さえ治れば、あとはどうとでもなる。いえ、エリシキルなしだといますぐに国王様をお救いする方法はありません。宰相様は事態をいまだに飲み込めてはいないようですが、緊急事態であることはおわかりのはず。


 国王様が口にされるものは、本来なら毒味をするべきですが、状況が状況ですので、ここはスルーして貰うしかない。そう思ったのですが──。


「だが、それは」


 ──宰相様はなぜか乗り気ではないようです。


 この緊急事態になにを躊躇っているのか。


 国王様が、いまここにいる方が本来のアーサー様ではないことなんて私はわかっているのです。まぁ、ルリさんがわかっておられるかはわかりません。エリシキルの効能でトゥーリア様が掛けられる魔法の影響も抜けてしまうかもしれませんが、命あっての物種なんです。つべこべ言ってなんていられません。


「宰相様。宰相様がなにをお考えなのかはわかりませんが、国王様をお救いするのはいましかありません!」


「だ、だが」


「あぁ、もう、時間がないんですよ! ルリさん、貸してください!」


「あぁ」


「ま、待って、待ってくれ!」


 宰相様は私を制止しようとされますが、世迷い言を聞いている場合ではないのです。


 私は「ごめんなさい、無理です!」とはっきりと断ってから、自分の口の中に元はクロッカスだったエリシキルを放り込むと、何度か咀嚼してから思い切って国王様の唇に口づけると、咀嚼したエリシキルを口内にと送り込みました。


 送り込んだエリシキルを国王様はゆっくりと嚥下されると、国王様の胸の傷はあっという間に消えてなくなりました。ただ服に付いた夥しい量の血の痕は残ってしまいましたけど、服は洗えばいいだけです。


 命を失うよりかははるかにましだとそう自分に言い聞かせていると──。


「どういうことだ?」


 ──ルリさんが困惑したような声をあげたのです。いったいどうしたのだろうと国王様を見やって私もまた「え?」と声を上げました。


 国王様のお髪は煌めく金の髪でした。まるでおとぎ話に出てくるような王子様そのものという容姿に相応しいものでした。


 でも、いま私の目の前にいるのは王子様ではありません。いま目の前にいるのは10歳くらいの女の子。当代の国王様であるはずのアーサー様ではなく、その姉君にあたるトゥーリア殿下が、アーサー様の代わりに王として振る舞われている。そうお姉ちゃんは言っていました。


 トゥーリア殿下はアーサー様の双子の姉君。おふたりの容姿はほぼ同じはず。アーサー様のお髪が金髪であらせられるのであれば、トゥーリア様も当然金髪であるはずなのですが、私の目の前にいる方はとても金髪と言えるお髪の持ち主ではありませんでした。いえ、それどころか、容姿自体がまるで違っていたのです。


「髪も顔もぜんぜん違う」


 髪の色はくすんだ黒髪。手入れはされていますが、少し前まで見ていた国王様のお髪とはとは違い、若干硬めそうに見えます。お顔もさきほどまでの王子様然とした、美少年風なものではなく、どちらかと言えば、田舎、それこそコサージュ村にもいるようなあか抜けなさのある女の子というところでしょうか。かわいいと言えばかわいいんですが、美少女とは言えない容姿の女の子が私の目の前に突如として現れたのです。


 これはいったいどういうことなのか。


 国王様、もとい、トゥーリア殿下を助けたはずだったのに、私が助けたのはトゥーリア殿下とはまるで異なる女の子だった。狐に化かされた気分でした。


「……やはり、そうなってしまったか」


 宰相様が静かに。まるですべてを受け入れたかのように静かに呟かれた。いったい宰相様がなにを言っているのか。私にはわからない。わからないけれど、とんでもないタブーに触れてしまったのだとはっきりと理解できた。いったい私はなにに巻き込まれているんだろう。そう思いながら、私は宰相様の続く言葉を待つことしかできませんでした。

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