rev2-77 化け物退治
考えていなかったわけじゃない。
可能性としてはありえた。
王国祭という一大行事において、奴らがなにかしらの行動に出るとすれば、考えられるのはふたつ。
ひとつは「アロン熱」の再流行。「アロン熱」自体はこの国で猛威を振るった伝染病だ。その特効薬を奴らは握っている。奴らが提供した薬で「アロン熱」の猛威は去った。でも、それは逆を言えば、「アロン熱」を奴らの手で再流行できるということでもある。
「アロン熱」の特効薬については、この国でも研究はされているみたいだけど、とっかかりさえ掴めていないようだが、少しずつではあるが研究は進んでいる。比べて奴らはすでに特効薬を流通させられるほどに、エリシキルを量産しているようだ。
(……アルトリアの仕業、というわけじゃないか。「アロン熱」は数年前に流行している。俺がこの世界に来たのはだいたい1年半前くらい。俺がこの世界に来るよりも早く「アロン熱」は流行している。つまりその時点で連中はエリシキルを量産できていたということ)
エリシキルを量産しているのは「アロン熱」対策というわけじゃないだろう。おそらくはなにかしら別の用途のためで、余剰にできたエリシキルを精製したら特効薬になったというところだろう。
もしくはもともと「アロン熱」自体がなにかしらの実験の副産物だったという可能性もありえる。
どちらにしろ、そのなにかしらがなんであるのかは俺には想像もできないってことはたしかだ。なにせ相手は大国だ。そしてその後ろにはあの邪神がいる。
あの邪神であれば、気まぐれで国ひとつを滅ぼしかねないことを平然と指示するはず。
その副産物が「アロン熱」であれば、また流行させることは難しいことじゃない。
仮に「アロン熱」をまた流行させるのであれば、王国祭というこの舞台はこれ以上と啼く相応しいだろう。
なにせ、国中から人がこの首都に集まってくるんだ。わざわざ各都市でパンデミックを起こすよりかは、首都に人々が集まってくるタイミングを選ぶ方がはるかに効率的だろう。
この国に住まうほぼすべての人々が集まるというわけではないだろうけれど、せっかくならばとこのタイミングで上京してくる人はかなり多いはず。
その証拠に首都の中は普段よりも大勢の人がいる。何度かモルガンさんのところのギルドで依頼を確認してみたけれど、大抵の依頼は王国祭での人口増加への対処というもの。一時的に物流を増やすための人員だったり、お祭という非日常ゆえの気の緩みからのトラブル対処の人員だったり、単純に初めて首都に来た人への道案内だったりと内容は様々だったけれど、ほぼすべてが一時的な人口増加への対処のためのものだった。
つまりギルドでも王国祭の開催期間中は大幅な人口増加を見越していたということだ。
そんな王国祭で「アロン熱」を再流行させる。連中が、いや、あの邪神が思いつきそうなことではある。
でも、奴らが選んだのはどうやら「アロン熱」ではないようだ。
連中が選んだのは直接的な被害が出る方法であり、個人的にはやってほしくはなかったもの。それが今回のテロ行為だ。
個人的にありえそうだと思っていたのは、あの黒騎士たちを、希望を元にして造った黒騎士たちを街の各所に転移させるというもの。「狼の王国」の狼王祭でしたことをもう一度繰り返すということ。
狼王祭のときは、レアやマモンさんという規格外な人がいたし、王であるデウスさんも健在だったから、どんなに黒騎士たちを送り込まれたところで殲滅に持っていくことは可能だった。いくらかの被害は出てしまっていたけれど、街を壊滅させるということにはならなかった。
でも、この国には規格外の人はいない。例外がルリくらいだけど、そのルリにしたって戦える制限時間がある。その制限時間内にこの広い首都内に随時現れるだろう黒騎士たちを殲滅することは難しかった。
俺も戦うことはできるけれど、あの黒騎士たちの正体を、希望のクローンであることを知ってしまったから、下手に攻撃することができない。守りたいって子供の頃から願ってきた人を模しているだけとはいえ、希望そのものと言える存在に手を出すことはできない。よほど理性が焼き切れない限りはだけど。
それまでルリひとりでこの首都を守り切ることはできないだろう。モルガンさんはレアの師匠であるし、天使のひとりではあるけれど、力を貸してくれるかどうかは未知数すぎて、数に入れられない。
それは彼女のギルドで抱えている冒険者も同じだ。
たぶん強い人はいるとは思う。思うけれど、それがどこまでの強さであるのかはわからない。狼王祭のときも、何人かの冒険者が率先して黒騎士たちと戦っていたが、返り討ちに遭っていたことを踏まえると、モルガンさんのところの冒険者たちも同じ道を辿ることになりかねない。
だから戦力はほぼルリひとりと言ってもいい。だからこそテロ行為は勘弁してほしかったわけだけど、連中は俺が考えるよりもはるかに被害を大きくしたいようだ。まさかこんな街中にカオスグールを出現させるなんて考えてもいなかった。
(俺としては素直に攻撃を仕掛けられるからやりやすくはなったけれど、冒険者や街の住人の被害がより悲惨になったな)
カオスグールはアンデッドだ。アンデッドであるがゆえに日中の行動は苦手だと思っていた。だからこそ日中の街中で出現させることはないと思っていた。それがまさかの日中で出現させるとは。
でも、俺個人としては黒騎士連中と戦うよりかはやりやすくなった。あくまでも俺はだけど。
普通の冒険者にとってみれば、正体不明の謎のぶよぶよといきなり戦わされるという状況に陥ったわけであり、街の住人も見たことも聞いたこともない謎の魔物に襲われるということになった。
これが通常の魔物であれば、冒険者にしろ、街の住人にしろ、対処のしようはあったはずだ。
だが、相手は神代の化け物だ。神代の化け物の情報なんて一部の学者先生が知っているかどうかってところだ。その学者先生だって、目の前のぶよぶよがカオスグールだってすぐに連想できるはずもない。
加えて、黒騎士たちとは違い、カオスグールは倒した相手をそのまま捕食する。黒騎士たちに斬られたとしても、場合によっては生き残れる可能性はある。けれど、カオスグールの場合、消滅させない限りは生き残る方法はない。下手すれば生きたまま捕食されるという悪夢じみた目に遭う可能性だって十分にありえた。
いまのところ、俺の目の前にはカオスグールは一体しかいない。
でも、連中がこの一体だけしかカオスグールを用意しないとは思えない。目の前の雪像のようなものを街の各所に設置してそこからカオスグールを出現させるはずだ。少なくとも俺が連中であれば、間違いなくそうする。
それだけ雪像はとんでもなくきれいだった。雪像というよりかは大理石とかで作った彫刻じゃないかとさえ思ってしまうほどに、とても丁寧に、かつなにかしらの情念を込めて作られたもののように感じられた。
この雪像がたまたまそうなのかもしれないし、同じように設置された雪像すべてが同じ出来という可能性なのかもしれない。
だが、少なくとも目の前にある雪像は、「裏切りの王女」とやらの雪像は名工が施したと思えるくらいにとても美しかった。
その美しい雪像から悍ましい化け物が出てくるというのが、なんとも皮肉めいてはいるのだけど。
(しかもその「裏切りの王女」とやらの名前が「アルトリア」か)
先代ロード・シリウスから教えられた話では、「裏切りの王女」とやらの話は聞いていない。先代にとって「裏切りの王女」とやらはそれほど重要な存在ではなかったということなのか、それとも「裏切りの王女」とやらは後世で追加された人物かってことなのかもしれないが、少なくとも「ルシフェア」の聖王にとって、思い入れがある存在であることは間違いなさそうだ。
(それでも、その人物の像から化け物なんて出現させるもんかね)
奴さんの考えはいまいちわからない。
わからないが、こうして化け物が現れたことはたしかだった。
(ルリが陛下たちを連れて行ってくれた。これで後顧の憂いはない。なら後はただ戦うだけだ)
黒騎士たちとは違う。カオスグールだけであれば、戦うことに躊躇しない。魔鋼の刀に聖属性の力を宿らせる。黒い刀身に眩い白い光が宿っていく。
「消えてなくなれよ、ぶよぶよ野郎、いますぐにな」
国王陛下と貴族の男性を襲ったカオスグール。この個体をさっさと消滅させるべく、魔鋼の刀で斬りかかる。
カオスグールが言葉にならぬ重低音の声を上げる。その声はどう聞いても悲痛なもので、ダメージを受けているとしか思えない。
返す刀でもう一度化け物の体を切り裂く。化け物の体の体積が少なくなり、また悲鳴を上げていく。
あとはカオスグールが消滅するまで斬るだけだ。
(アンジュたちを頼むぞ、ルリ)
いまここにはいない相棒に後ろを任せてから、俺は目の前にいる化け物退治を始めた。




