rev2-65 揺れる瞳に映るのは
プクレ。
「魔大陸」ではわりと有名なスイーツで、首都「アルトリウス」でも人気のあるもののようですが、私はいまのところ一度も食べたこともないものでした。
いや、食べたことがないどころか、見たこともないものなので、いったいどういうものなのかも見当もつきませんが、それは私だけのようでレンさんはよくご存知のようです。なにせベティちゃんが「あれがプクレ?」と尋ねるたびにレンさんは首を振りますからね。
ちなみに今回ベティちゃんが尋ねたのは、薄いクッキーを重ね合わせ、その間にチョコやらクリームやらを挟んだラングドシャというものですね。コサージュ村には当然そんなハイカラなものはありませんでしたよ、はい。これだから都会って奴は!
「プクレはもう少し平べったい感じだよ。生地の香ばしさとバルナの瑞々しさ、クリームの甘みがぜんぶ調和しているんだ」
レンさんは腕の中にいるベティちゃんにそう説明し、その説明を聞いてベティちゃんは「おぉー」と唸り声を上げていました。その目はらんらんと輝いており、まだ見ぬプクレに思いを馳せているようです。
かく言う私もレンさんの説明を聞いて、食べてみたいなぁという欲求に襲われています。やはり私も女子の端くれ。甘い物には目がないのです。それも首都で流行るというこじゃれたスイーツであればなおさらです。それに話を聞く限りでは、量もそれなりありそうですし。
こじゃれたスイーツと言うと、どうしても量が少な目になりがちなものです。量が少ないということはそれだけ厳選された素材で、手間暇惜しまずに丁寧に作り上げた逸品だという証拠ですが、やはり、その、どうせ食べるならお腹いっぱいに食べたいなぁと思うわけでありまして。
その点プクレはこじゃれたものではあるようですが、話を聞く限りではそれなりに食べ応えのあるものなようなので、お腹いっぱいに食べられることはほぼ確定と言えるでしょうね。ちなみに私はそこそこ食べる方ですが、あくまでもそこそこであって、大食いというわけではありません。実際に見ないとわかりませんが、レンさんの話に出てくるプクレであれば、おそらく2つは食べられるかなぁと思います。
「プ・ク・レ、プ・ク・レ」
レンさんの腕の中で尻尾をぶんぶんと振るベティちゃん。その姿はとっても愛らしいです。それだけでもうお腹いっぱいになりそうなくらいに愛らしいです。本当に食べちゃいたいくらいに愛らしいです。ベティちゃんは甘い物好きなので、きっと食べたらとても甘い味が──。
「……なんだか久しぶりだけど、うちの愛娘に邪な目を向けるな」
──妄想をしていたら、レンさんの右目が私を捉えました。その目はとてもとても迫力のあるもので、それだけで失神してしまう人もいらっしゃるんではないかと思うくらいにとても怖いものでした。魔王ってこういう人を言うんじゃないですかね、はい。
「ばぅ? ヨコシマってなに?」
当のベティちゃんはレンさんの仰る意味がわからないのか、不思議そうに首を傾げていますが、やはり愛らしいですね。でも下手に反応するとこわぁいおとーさんに怒られてしまうので、ここは黙っているのが得策ですね。
「……黙っていてもそのだらしない顔は隠せてねえからな?」
黙っていればバレない。そう思っていた時期が私にもありましたが、どうにも現実は私には厳しい模様です。というか、だらしないってなんですか、だらしないって。ちょっと意味がわからないんですけど?
「……てめぇの胸に手を当てて考えろや」
けっと吐き捨てるように言ってからレンさんはずんずんと歩き出して行かれます。ちょうど人だかりに向かって歩かれて行かれますが、そんなレンさんの後に私やイリアさんたちは続きました。というのもレンさんが向かう先には一軒の屋台がありました。その屋台には幟があり、それには「魔大陸名物」と書かれていたのです。
どうやらレンさんの向かう先にある屋台こそが目的の屋台のようですね。つまりは件のスイーツであるプクレの屋台。
レンさんは平べったい形をしたスイーツだと仰っていましたけど、どういう風に平べったいのかがよくわかりませんでした。縦に細長いのか、それとも横に広いのか。平べったいというとどちらかだとは思うのですが、果たしてどちらなのでしょうか。
ベティちゃんの「プ・ク・レ、プ・ク・レ」の拍子を私も密かに呟きながら、レンさんの後を追うと、ついにその屋台の前にまでたどり着きました。
屋台ではすでに別のお客さん用に作っているようで、丸い鉄板の上で薄い生地を焼いていました。
生地はある程度火を通すと一度裏返すようで、その方法は専用のへらのようなもので鉄板から切り離すと「よっ」という店主さんの掛け声とともに一瞬で返されました、
そうして返された生地の上に一口大に切り分けられた真っ白いバルナとこれまた白いクリームをデコレーションし、それをあっという間に丸めてから包み紙に包んでお客さんに渡していました。
生地を裏返してからほんの1分ほどで提供するというまさに早業。職人芸とも言えるものです。
その光景にベティちゃんはパチパチパチと手を叩いて喜んでいますね。かく言う私も同じように拍手を送ってしまっているわけですが。
「おや、なんだかべっぴんさんたちの集まりだねぇ。買ってくれるなら少しサービスしますよ?」
店主さんは中年のおじさんでした。ただ厭らしさはなく、親しみやすい一方で丁寧に接客されている模様ですね。好感触です。
「もともとそのつもりだから。クリームの種類は選べます?」
「お? お客さん、通ですねぇ。基本は通常のクリームですが、うちでは本家の屋台を意識したベリロクリームも用意できますぜ。まぁ、本家には及びませんけど」
あははは、と苦笑いされる店主さん。そこは本家顔負けとか言うだろうに、まさかの本家には及ばないという弱腰だとは。商売人としてはそこは大言壮語は言うべきでしょうに。
でも、逆を言えば、それだけ本家の屋台の味が素晴らしいということなのかもしれません。その本家の味に近づけようとしている。ますます楽しみですね。
「じゃあ、俺はそのベリロクリームを貰おうかな。ベティはどうする?」
「ばぅ! おとーさんのとおんなじがいい!」
しゅたっと元気よくベティちゃんはレンさんと同じものをチョイスされました。さすがはおとーさん大好きっ子なベティちゃんです。安定の愛らしさです。
「イリアとルリは?」
「ふむ、我は通常のクリームかの?」
「私はレン様とベティちゃんと同じで」
ルリさんは通常のクリーム、イリアさんはレンさんたちと同じベリロクリーム。ここは性格が出ている感じですね。ルリさんの場合はベティちゃんにちょっと食べさせてあげるつもりであえて通常のクリームを選んだのでしょうね。イリアさんは単純にレンさんと同じものが食べたかったというところでしょうか。晴れているとはいえ、雪国のこの国が今日はやけに暑いものですよ。
「アンジュは?」
最後に私に尋ねられたレンさん。どう考えてもおまけにしか思えませんが、まぁ、別に構いません。さて私のオーダーですが、ここはもちろん──。
「私はルリさんと同じく通常と、レンさんたちと同じのをひとつずつお願いします!」
──もちろん、通常のクリームとベリロクリームの二種を同時にオーダーです。乙女に産まれたからには美味しいスイーツには目がないのです。ゆえにふたつあるのであれば、ふたつとも喰らってこその乙女です。そんな私に店主さんは「毎度あり」と嬉しそうに笑い、レンさんはどこか呆れた様子で全員分のプクレの代金を支払われていました。
「……おまえ、よく食うくせに胸にはちっともいかねえんだな」
「う、うるさいですよ、レンさん!」
レンさんの一言がぐさりと胸に突き刺さりましたが、事実は事実ですからあまり強く言い返せませんでした。そんな私たちのやりとりを聞いていた店主さんは笑いながら注文を確認されました。
「では、通常のクリームを2つとベリロクリームを4つで。あ、そちらのかわいいお嬢さんの分はハーフサイズにしますか?」
「だってさ。どうする、ベティ? ひとりで食べられるかい?」
「ばぅ! 頑張るの!」
「そっか。じゃあ、通常サイズで」
「はい、承りました。では、少々お待ちくださいね。順番にお渡ししますので」
店主さんは早速プクレの調理に取りかかられました。生地の元を丸い鉄板の上に垂らし、それを素早く円形に広げる。その手際はとても素早かった。その素早さにベティちゃんが「おぉー」と歓声をあげました。やっぱり愛らしいですね。
その後ある程度生地に熱が通ったら、先ほどのように裏返されると、バルナを置き、その上に先ほどとは違う色の、ピンク色のクリームでデコレーションされて行かれました。おそらくはピンク色のクリームがベリロクリームなのでしょう。そのベリロクリームを見つめるレンさんは目をすっと細められていました。懐かしそうに、だけど、いまにも泣いてしまいそうなほどにその目はいろんな感情に揺れているようでした。
「では、まずベリロクリーム一つ目です」
「どうも。ほら、ベティ。食べたかったプクレだよ」
「ばぅ! ありがとうなの、おとーさん! いただきまぁす!」
店主さんは包み紙に包んだプクレを手渡してくれました。そのプクレをレンさんは迷うことなくベティちゃんにあげると、ベティちゃんは目を輝かせながら勢いよくかじりつき、そして──。
「おいしーの!」
──満面の笑みを浮かべるのでした。花が咲く笑顔という言葉もありますが、これはこういうことを言うんでしょうねとしみじみと思いました。
「おとーさん、プクレおいしーの! おとーさんがいっていたとおりなの! ままの作るプクレもこうなの!?」
きらきらと目を輝かせながらベティちゃんが矢継ぎ早にレンさんに尋ねていく。レンさんは「そうだねぇ」と笑いながらベティちゃんの頭を撫でられていました。そんなふたりのやりとりに店主さんは「え?」と一瞬首を傾げられましたが、まだ注文したプクレがすべてできあがっていないことを思い出したのか、再びプクレ作りに集中されました。
集中しつつも、店主さんはなにか聞きたそうなお顔でレンさんとベティちゃんを見やっていましたが、ベティちゃんは食べるの夢中になり、レンさんはそんなベティちゃんを見守りつつも、どこか遠くを眺めるように作られていくプクレを見つめていました。プクレを見つめるその目はいろんな感情を、特に悲しみの色に染まっているように思えてならなかった。




