表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1552/2050

rev2-64 悲しみを胸に

「──今年も無事にこの日を迎えられたこと。余は誇らしく思う。この一年、皆はどう過ごしただろうか? あの忌まわしい「アロン熱」の流行は抑えられた。だが、あの病のような脅威は突然として現れる。もしかしたら、いまこのときにもその脅威は密やかに近づいているかもしれない。そればかりは誰にも否定はできないことだ」


 日が高く昇っていた。


 首都「アルトリウス」の王城「セリアン」の前にある中央広場には首都の住人、いや、首都近隣の街や村の住人たちも挙って集まっていた。


 その中央広場には俺たちもいた。本来なら城の中にいるつもりだったのだけど、国王陛下たっての希望で中央広場まで来ていた。


「余の凜々しいところを下から見ていて欲しいのだ」


 にこやかな笑顔でそんなことを言われたら、頷くほかになかった。一緒に屋台を回るという約束をしていたから、城の中にいた方が合流はしやすいのだけど、どうしてもと頼まれたら頷くほかなかった。


 その中央広場はいま人で溢れ返り、中央広場に入りきれない人たちは中央広場のそばの住宅や宿屋の二階から国王陛下の演説を聴いていた。誰もが一言も口を挟まないほどの静寂さが漂う中、国王陛下は大きく腕を広げながら、前回の王国祭からの日々を口にしていた。


「アロン熱」──。


 この国を突如として襲った奇病。不意に咳き込み始めると、瞬く間に罹患者を二度と目を覚まさない眠りにと陥らせる、文字通りの死の病。その有効的な治療方法はなにひとつ確立されていない。確立されないまま、ある日突然その流行は収まった。


 首都の住人及びその近隣の街や村の住人たちの中では、「母神様の思し召しによって助かった」だのという話だけど、本当のところはよくわからない。だが、少なくとも母さんがなにかしらの手を貸したとは思えない。そもそもそんな妙な奇病がなぜ急に大流行したのかもわからない。それもこの国限定でだ。


 大流行するような奇病であれば、王国全土どころか、この国がある「聖大陸」全土に瞬く間に広がっていてもおかしくないはずなのだけど、おかしなことに「アロン熱」が猛威を振るったのはこの国だけだということ。


 一部では「王族の怠慢さに母神様が怒ったからなのでは」という噂が流れたこともあったそうだけど、そんな噂を流した連中は即座に袋たたきにあったらしい。


「他の国の王族であればまだしも、この国でそれはありえない!」


「国王陛下方が怠慢だと? どの口でそんなことを言いやがる!」


「国王陛下がいらっしゃるからこそ、この国の平和は成り立っているんだぞ!」


 流布しようとした連中は、悉く街や村の住人たちから私刑に近い袋たたきにあったそうだ。ちなみにその連中は命からがら逃げ延びたそうで、いまでもどこの誰かはわからないみたいだ。


 それだけこの国は結束力と王族、特に国王陛下の求心力が高い。それだけのものを代々の国王陛下が示してきたということ。その有り様は俺が「魔大陸」で見てきた七王たちの有り様に似ている。


 七王たちは常に自分のことよりも国を、その民を愛していた。それはいま演説をしている当代の国王陛下も同じだった。


 国王陛下の惜しみない愛情を感じながら国民たちは、その愛情に報いようとそれぞれの仕事をできる限りの範囲でやり抜いていた。その成果に報いようと国王陛下は国民のための政策に奔走する。その繰り返しがこの国を豊かにしている。


 風土を思えば、とても豊かとは言えない国ではあるのだけど、国民ひとりひとりの精神性は、他者を尊重し思いやるというその精神性は豊かであればこそのものだ。たとえ国力という意味では「聖大陸」の四大国家の中では最低であったとしても、その有り様は最も優れているという。誰もが認める奇跡の国。それが「英傑の国」と呼ばれる「アヴァンシア王国」で、俺が落ち延びた国だった。


「……ばぅ。こくおーさま、つかれているの」


「……そうだな」


 国王陛下は演説を続けている。下手な演説であれば聞くに堪えないものだけど、国王陛下の演説はとても上手だ。時にユーモアに、時に真剣に。その内容によって、その表情や声色を変えている。


 それは大人でも難しいことなのに、まだ10歳の子供がそれを成している。自身の性別、いや、自身の存在さえも偽りながら国民のために身を粉にしている。その有り様は立派と言える反面、やりすぎだとも思うのだけど、それがこの国の王としてのあり方なのだろうと思うと、なにも言えなくなってしまう。


 事実演説を行う国王陛下の顔にはかすかな疲れのようなものがにじみ出ていた。


 遠目からではすぐにはわからない程度のものだけど、普段の彼女を知っていれば、わずかな違和感があった。その違和感を感じさせないように振る舞うのは立派だけど、そろそろ本人も限界のようだ。演説の途中であるのに急に口を閉ざしてしまった。


 それまで静寂に包まれていた中央広場が急にざわめき始める。誰もが心配そうに国王陛下を見上げる中、国王陛下は苦笑いしながら口を開いた。


「──すまない。もう少し話をしたいところなのだが、どうにも興に乗りすぎてしまった。これ以上は皆も退屈になるであろうし、屋台からもいい匂いがし始めている。そろそろ腹の虫が鳴る者も多いのではないかな? というわけで、これで開催の挨拶を終わりとしよう。これより今年の王国祭を始める。みな今年も王国祭を楽しんでくれ。余も目一杯に楽しむぞ!」


 国王陛下が空に向かって両拳を突き上げた。その仕草はとても愛らしいもので、年相応の少年のようだ。そんな国王陛下に演説を聴いていたひとりひとりが拍手を送っていく。万雷の喝采。それはまさにこういうことを言うんだろう。 


「さぁさぁさぁ、できたてほやほやの串焼きはいかが! いまならひとつ銅貨10枚のところ、50本限定で銅貨5枚で販売するよ!」


「冒険者御用達の特製エールです! 酒精は若干強めですが、スカッと爽快な味わいですよ! いまなら美人看板娘が注いであげるサービスしています!」


「坊ちゃん、嬢ちゃんよってきな! 成長すれば卵が取れる、かわいいクルッポのヒヨコちゃん一羽につき、銅貨5枚でゆずってあげちゃうよ!」


「観賞用にぴったりなかわいいかわいいキントト掬い、やっていかんかね! いまなら1回銅貨1枚を、一時間限定で銅貨1枚で5回までやれちゃうよぉ!」


 中央広場やその付近から威勢のいいかけ声が聞こえてくる。これぞお祭りって感じだ。


 国王陛下がいたバルコニーにはすでに人影はない。


 演説が終わったら、さっさと引っ込んだようだ。今頃出かける準備をされているんだろうな。


 普通は国王陛下が祭りで遊ぶなんてことはないと思うのだけど、ここの国王陛下はいい意味で型破りだ。いや、もしかしたら代々がそうなのかもしれないけど。


「どうします、レンさん?」


 そばにいたアンジュがこれからどうするのかと聞いてきた。どうするもなにも国王陛下が来るまでは下手に動けない。かといって人の動きの流れもあるので、じっとしているわけにもいかなかった。


「とりあえず、国王陛下が言っていたプクレの屋台でも探そうか」


「ばぅ!」


 以前国王陛下が言っていたプクレの屋台。たぶん国王陛下であれば、プクレの屋台で待っていたら来てくれると思う。おそらくは国王陛下も俺たちの行動を予測してプクレの屋台を真っ先に探すと思う。


「言づてを頼んでおけばよかったかな?」


 念のために言づてを誰かに頼んでおけばよかったのだけど、いまさらだった。


「あぁ、そのことでしたら、「プクレの屋台に行くと思いますので」と複数のメイドの方に言づてを頼んでおきましたので、問題はないかと」


 失敗したなと思っていたら、イリアがすでに先手を打ってくれていたようだ。これで心置きなくプクレの屋台に向かえそうだ。


「じゃあ、行こうか」


 全員を見回してから俺は、国王陛下の言っていたプクレの屋台を、プーレの実家が営んでいた屋台の味を再現したという屋台を探すことにした。張り裂けそうな胸の痛みを感じながらも、懐かしいその味を求めて動き始めたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ