rev2-61 琴線
いい人は本当にいるもの。
私の髪は母さん譲りの長い銀髪。
子供の頃は銀髪だということで、よくからかわれてしまっていたし、成長しても小さい子には不名誉な呼び名をされることもあるけれど、いまはこの髪は私にとって自慢だった。
私の見てくれは正直平々凡々と言うところ。それなりに整ってはいるけれど、絶世の美女というほどじゃないし、見るに堪えないほどに醜いというわけでもない。せいぜいがそこそこ見ていられるという程度でしょう。
そんな私が唯一自慢できるのがこの髪でした。まぁ、自慢はできるけれど、ベティちゃんやイリアさんの髪に比べると、見劣りしてしまいますけどね。
それでも私という存在が自慢できるものが、この髪だということには変わりありません。
たぶん、お姉ちゃんも私と同じで、この銀髪の持ち主なんだろうなとは思います。時折、レンさんが私の髪をじっと見つめていることがありますから。私の髪を通して、お姉ちゃんを思い出しているんでしょうね。
そんな私の銀髪は自慢であるけれど、その分お手入れがとても大変なんです。特に髪を洗うときなんてそれだけで疲れてしまうほどには。
腰に届くほどの長さであるため、しっかりと洗おうとしたら、それなりに無理のある体勢にならなきゃいけないし、特に首への負担が掛かってしまうんですよね。
コサージュ村にいたときは、泊まりに来たディーネに髪を洗って貰ったり、私もそのお礼にとディーネの髪を洗ってあげたりしたものです。
でも、いまはもうディーネはいない。
そうなると、自分ひとりで髪を洗わなきゃいけない。
髪をひとりで洗うのはもう慣れたものです。
ディーネが来るまではひとりで洗っていたんですから。
だから慣れているはずなのに、髪を洗っていると違和感があって、どうにもうまく洗えないのです。
おかげで首都に来るまで、立ち寄った村や街でお風呂に入るときは、イリアさんに髪を洗うのを手伝って貰っていました。
イリアさんからは嫌味を言われるだろうなぁと思っていたんですが、イリアさんは不思議と、嫌味を言われることはありませんでした。
むしろ、一度お願いしたら進んで手伝ってくれるようになりました。なんで手伝ってくれるのかはわからなかった。
ただ言えるのはイリアさんは私の髪を洗いながら、どこか楽しそうでもあったということ。イリアさんがなにを考えているのかは私にはわからないです。
でも、イリアさんは私の髪を洗うことになにかしらの楽しみを見出していたことはわかりました。それがどういうことなのかはいまだにわかりませんけど。
そのイリアさんはこの場にはいない。となると、ひとりで髪を洗わないといけなかったんですが、たまたま居合わせたどなたかが、髪を洗うのを手伝ってくださることになりました。
湯気のおかげで顔もわからない方でしたけれど、ひとりで髪を洗うよりかはましかなと思ったので、お願いすることにしました。その判断はいまのところ大正解でした。
「このくらいでよろしいですか?」
「ええ、問題ないです。ありがとうございます、トトリさん」
「いえいえ、お気になさらずに」
くすくすと笑いながらトトリさん──と名乗った見知らぬ方は私の髪を優しく扱ってくださいました。両手につけた石鹸の泡をしみこませるように、ゆっくりと両手をずらしてくれる。それはイリアさんもしてくれたやり方。まぁ、一般的な長い髪の洗い方ですね。
一般的でもしっかりとやってくれる人と適当にやってしまう人もいらっしゃる中、トトリさんはしっかりと洗ってくださいました。ずいぶんとしっかりとしてくださるんだなぁと思いましたが、その理由は聞けば納得なものでした。
「トゥーリア殿下のときもこうして?」
「……ええ。殿下はお転婆な方でしたけど、先王様からはしっかりと髪の手入れをするようにと口酸っぱく言われておいででしたから。その分私の負担は大きかったですけどね」
「トゥーリア殿下の髪も長かったんですね」
「ええ、アンジュ様と同じくらいでしたねぇ」
「なるほど。だから」
「ええ。そういうことですよ」
ふふふ、とトトリさんは笑いました。トトリさん曰く、トトリさんはトゥーリア殿下のお付きのメイドさんだったみたいで、よくこうしてトゥーリア殿下の髪を洗われていたみたいです。貴人であるトゥーリア殿下にされていた洗い方を、私という一般庶民相手にしてもらうというのは、なんとも畏れ多いことではあるのですが、トトリさんが言うには「それくらいのことをトゥーリア殿下は気になされない」ということでした。
「殿下はいい意味でも悪い意味でも、細かいことは気になさらない方ですから」
小さくため息を吐かれるトトリさんは、当時のことを思い出されていたみたいですね。当時の苦労と、楽しかった思い出を振り返っていたみたいです。私なんかの髪でトゥーリア殿下との日々を思い出されるのはなんとも心苦しくはあります。
それでもトトリさんは気にされることなく、私の髪をしっかりと洗ってくれていました。
ちなみにトトリさんは、トゥーリア殿下と同い年ということでした。同い年だからこそ、遊び相手にいいだろうということでトゥーリア殿下お付きのメイドになられたみたいです。
トトリさんにとってトゥーリア殿下は上司であると同時に、幼なじみのような存在であるのです。その幼なじみであるトゥーリア殿下の現状に思うところはあるのでしょう。思うところはあってもなにもしてあげられないことに、トトリさんは心を痛めている。そこに私が髪を洗うことに難儀しているのを見て、手助けを買って出てくれた。その理由はトゥーリア殿下もやはり髪を洗うのが苦手だったからということでした。
つまり、私はトトリさんにとってトゥーリア殿下を思わせる存在だったということ。だからこそ当時を懐かしんで手助けを買って出てくれたのです。……やっぱりいろんな意味で畏れ多かったです。
「……トゥーリア殿下は」
「はい?」
「普段どんな方だったんですか?」
「……そう、ですね。殿下は先ほども言いましたが、お転婆な方でした。でも、するべきことはしっかりとこなす方でした。だからあんなことになるなんて」
トトリさんはとても辛そうでした。辛そうなのに、不思議とその声には自責の念が籠もっているように思えた。
「……トゥーリア殿下との間になにかあったのですか?」
「え?」
「いえ、なにかご自分を責められているように思えましたので」
「……そんなことはないですよ?」
「そう、ですか?」
「ええ。そうですよ。私は別に」
そう言いながらもトトリさんの声は震えていました。
トトリさんとトゥーリア殿下の間になにかしらのことがあったというのがわかります。でも、それがなんなのかはわからなかった。
「……はい、これで終わりましたよ。あとは洗い流すだけですので、お任せしても?」
「え? あ、はい。もう大丈夫です。ありがとうございました」
「いえ、お気になさらずに。それでは、また」
ぺこりと一礼されてからトトリさんは、背中を向けられ、そのまま浴室から出て行かれてしまわれました。
「……やっぱり聞かれたくないことだったのかなぁ」
失敗したなぁと思いながらも、トトリさんに洗って貰っていた髪、正確には泡を染みこませてもらっていた髪を、洗い流していく。
洗い流しながらも「私ってどうしてもこうも人の琴線に触れることを言っちゃうんだろうなぁ」と思う。でも、そんな自分をどうすることもできない。できないまま、私はひとりため息を吐きながらひとりっきりのお風呂を過ごすのでした。




