rev2-51 数合わせだからと言って
「──では王国祭で」
ベティちゃんのストレス解消兼遊びが終わると、私たちはまたモルガンさんの執務室へと戻る──ことはなかったです。
モルガンさん曰く、「もうするべき話はぜんぶしましたので」とのことで、これ以上は話す必要性はないそうでした。
コサージュ村の出張所はモルガンさんの管轄だから、ちゃんと話はしておいた方がいいんじゃないかなぁと思ったんですが、コサージュ村のことに関してはレンさんがすでに話をしてくださったそうなので、同じ話を聞くだけになるから必要ないとのことでした。
普通であれば、いくらその出張所の冒険者のエースの話を聞いたとはいえ、長であるマスターの話を聞くまでもないということにはならないと思うんですが、モルガンさんは私からの話ではなく、レンさんからの話を重要視されたようです。
……私は一応コサージュ村の出張所のマスターだったわけなんですが、そのマスターの話よりも一介の冒険者からの話を優先するというのはどういうことなんだとは思いましたが、当のモルガンさんはそれが当たり前のようにされていたので、なにも言うことができなくなってしまいました。
「あの、モルガンさん。一応アンジュはコサージュ村の出張所のマスターだったので、彼女の話も聞くべきでは?」
扱いのあまりのひどさにレンさんも助け船を出してくださいました。しかしモルガンさんはどこ吹く風とでも言うべきか、「ん~?」と首を傾げつつ私を上から下までじっくりと眺められると一言──。
「アンジュさんってお飾りのマスターじゃなかったんですか?」
──胸にぐさりと刺さるお言葉をくださいました。そのお言葉に「ごふぅ」と私が膝を突いたのは言うまでもありません。
「いやぁ、てっきりコサージュ村の出張所はレンさんが実効支配しているようなものだとばかり思っていたので、レンさんの話を聞けばいいかなぁと思っていました」
膝を突いた私に対して、モルガンさんは冷酷なまでに追撃をくださいました。その追撃に膝だけではなく両手まで私は突いたのです。それでもモルガンさんの追撃は止まってくれなかった。
「これまでいろんなマスターやギルドマスターを見てきましたが、アンジュさんほど才能の欠片も感じられないマスターは見たことがなかったので、てっきりお飾りでしかなかったのだと思っていたのですが」
「も、モルガンさん」
「いくら僻地どころか、辺境中の辺境にあるような小さい出張所とはいえ、人材不足でしたねぇ。先代のマスターもさっさと亡くなってしまったみたいですし、もう少しまともなのを送っていればよかったかなといまでは後悔を──」」
「モルガンさん、アンジュが死んでしまうのでそれ以上は」
「え? あ──」
レンさんの制止の声が掛かったことでモルガンさんは私を改めて見やり、絶句なさいました。そのときの私は失意のあまりにその場で横たわっていましたから無理もなかったと思います。
まぁ無理からぬ話だとは思いますよ。
モルガンさんにとっては悪気はなく、単純に思ったことを口にされただけだったでしょうから。
でも、その一言一言が容赦なく私の胸を抉ってくださったのです。いまにも倒れてしまいそうなほどの衝撃が私に襲いかかっていたのです。実際に倒れ込んでいたので、その衝撃がどれほどのものであったのかなんて言うまでもないことです。
この世で一番恐ろしいのは悪意もなく、事実を淡々と告げられることだったんだなぁとしみじみと感じざるをえない瞬間でした。
その一言の前に私は屈してしまったのです。いえ、屈さないわけがないです。屈せずにはいられませんでした。
そんな思いも寄らなかった光景にモルガンさんは、なんとも言えないようなお顔で「あー、ごめんなさい」と謝ってくださいました。謝ってくださいましたけど、それだけで私の心の傷が癒えるわけもなく、私はその後項垂れることしかできなくなりました。
「……これでは、もう話を聞くどころではありませんね」
「むしろ、これで話を聞けたらすごいと思いますよ、どっちの意味でも」
「あははは、そうですよねぇ」
レンさんの言葉にモルガンさんは笑っていました。でも、どんなにモルガンさんが笑おうとも私の傷が癒えることはありませんでした。
「詳しい話は、王国祭ですればいいのではないかな? モルガンも王国祭の日は登城するであろう?」
「はい、もちろん」
「では、そのときに改めて話を聞くということでよかろう。アンジュ殿もそれでよかろう? いまの状態ではまともに話はできぬであろうし」
「……そう、ですね」
私が言えたのはそれだけでした。それだけでも十分に国王様もモルガンさんも私の心境を理解してくださいました。……もっと速く理解してくれないかなぁと思わなくもないですが、こればかりは致し方のないことです。モルガンさんにとって私は所詮数合わせだけのマスターでしかなったのです。いや、まぁ、それが事実ですから、そういう認識をされるのも無理からぬ話です。それどころか、本当のことを言われただけでなんでショックを受けているんだよと言われてもおかしくないことでした。
実際私自身も自分が数合わせだけの存在であることは、重々承知していました。でも、それを直接の上司とも言える人の口から言われると、こんなにも衝撃があるものなんだなぁと痛感させられてしまったのです。本当にいまさらなことではあるんですけどね。
とにかく、この日の目的はモルガンさんとの顔合わせではあったので、すでに目的は達成していましたし、それ以上の話をするにも私の精神状況がズタボロになっていたこともあり、これ以上のお話はやむなく中止になったのです。
そうして私たちはモルガンさんに見送られる形で、首都のギルドを後にしました。国王様が用意してくださった馬車の中で、「私ってそんなにも才能ないんだなぁ」と私が思ったのは言うまでもありません。
でも、どんなに悔しがっても、どんなに泣きはらしてもないものはないのだからどうしようもないのです。
むしろ、無い物ねだりをしている暇があれば、王国祭のときにモルガンさんの認識を改めさせるほどに、あの人にぎゃふんと言わせるような報告をどうすればできるのかを考えた方が精神衛生上ましでした。
(絶対にぎゃふんと言わせてみせるんだから)
帰りの馬車の中で私は王国祭に向けての闘志を燃やしました。そんな私にレンさんたちも国王様も微笑ましそうなものを見るような目を向けてくださいましたが、私はすでに意識を王国祭にと向けていましたので、夕食のときに国王様に指摘されるまでそのことにまるで気づいていなかったのです。
それから私は王国祭までにモルガンさんを唸らせるような報告ができるように資料の作成を始めました。
私にはマスターとしての才能はたしかにない。
でも、才能がなければなにもできないわけじゃない。
そのことをモルガンさんに突きつけてやろうという意識になっていたのです。
そのためには寝る間をある程度は惜しみながら、資料の作成に集中するしかありませんでした。それまでのような外出は控え、私は自分に与えられた部屋で一日中資料作成につきっきりで当たりました。
そうして私は王国祭までの日々を、資料作成に費やし、そして当日を迎えることになったのでした。




