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rev2-50 地雷とカカア天下

「ばぅん! たのしかったの!」 


 衝撃的な内容を聞かされた後も、ベティちゃんとルリさんは遊んでいました。


 その内容は単純に訓練場内を駆け回るだけという、わんこのようなものでしたが、それでもベティちゃんは満足げに笑っています。


「うむ。ベティよ、なかなかに成長しているではないか。褒めてやろう」


「ばぅ、ありがとう、ルリおねーちゃん」


「うむ。これからも成長するのだぞ」


「ばぅ!」


 ルリさんがベティちゃんの頭を優しく撫で、ベティちゃんは嬉しそうに尻尾を振っています。おふたりの見た目は同じくらいなのですが、ベティちゃん曰くルリさんの方が年上だそうですが、いまの光景を見ているとたしかにルリさんの方が年上なんだなぁというのがよくわかります。


 歳の近い妹を溺愛するお姉さん。それがいまのルリさんの姿です。昔はいろいろとあったみたいですが、いまのルリさんはベティちゃんをとても大切にしているお姉さんにしか私には見えません。いや、私だけじゃないですね。いまの光景を見たら、誰だって同じ感想を抱くことでしょう。


 そんなルリさんですが、ベティちゃん同様にたっぷりと遊んだことでだいぶ満足されたみたいです。ルリさんはベティちゃんとは違って仮面を付けられているので、口元から上の表情はわからないのですが、ふさふさの灰色の尻尾がふりふりと上下に揺れているところを見る限り、満足はされているようです。


 おふたりとも種族はグレーウルフ、つまりは狼の魔物なのですが、駆け回って満足したところを見ていると、とてもではないけれど狼とは思えません。本当はわんこ、いや、犬の獣人なんじゃないかなぁと思えてなりません。……実際に口にしたら怒られてしまいそうなので言いませんけどね。


「なんというか、狼には見えないはしゃぎっぷりであるな」


 国王様は私があえて言わなかったことを言ってくださいました。その瞬間、ベティちゃんとルリさんが「むぅ」と同時に唸りました。……どうやら若干不機嫌になられたみたいですね。やはり狼の魔物であるおふたりにとって、犬扱いされるのは嫌のようです。正直どちらもあまり変わらない気もしますとは言わない方が得策ですね。


「ベティはおーかみだもん」


「うむ。我らは狼であり、犬などという愛玩動物ではないぞ。我らは決して人に尻尾を振ったりはだな」


 まくし立てるようにして国王様に詰め寄るおふたり。そんなおふたりの圧に国王様は「あ、あははは」と苦笑いされつつ、後退されていかれますが、おふたりは国王様が後退された分だけ詰め寄って行かれますので、距離はほぼ変わりません。いえ、いずれ壁を背にすることを踏まえれば、徐々に距離は縮んでいきますね。国王様のピンチですが、私にはどうすることもできないので、せめて血が出ないことを祈ることしか──。


「ほれ、ふたりとも。これで落ち着けよ」


 不意に国王様の背後から腕が伸び、おふたりの前にそれぞれ瓶と大きなクッキーが差しだされました。その瞬間、おふたりの尻尾は一気に逆立ち、そして──。


「酒ぇ~!」


「ママのクッキーなの!」


 ──おふたりは同時に差しだされたそれらに飛びつきました。


 ルリさんは瓶を一気に呷って、美味しそうにごくごくと喉に押し流していき、ベティちゃんは大きなクッキーを口を大きく開けてかじりついていきました。おふたりとも尻尾をこれでもかと振っており、とても至福そうですね。


「た、助かった」


 対しておふたりに詰め寄られていた国王様は安堵したようで、その場に腰を落とされました。若干汗を搔いているところをふまえると、おふたりの圧はそれほどまでに強かったのでしょうね。


 暴行まではされなくても、散々な目に遭うことは確定していると国王様は思われたのかもしれません。さすがにそこまではと思わなくもないのですが、おふたりであればやりかねないなぁとも思えてしまうので、なんとも言えませんね、はい。


「不用意なことは言わない方がいいですよ、国王陛下」


 国王様の背後に立って、国王様に文字通りの助け船を出されたレンさんはおかしそうに笑っています。露わになった口元はにやにやと歪んでおり、とても人の悪そうな笑みを浮かべていますね。慇懃無礼ってこういうことを言うんだろうなぁと思ったのは言うまでもないです。


「う、うむ。たしかに不用意すぎたな。だが、あれほどにはしゃぐ姿を見ているとなぁ」


「気持ちはわからなくもないですが、ベティやルリは狼ですから。狼と犬は違います。狼は決して媚びることはないのです。……なにがあろうとも、どんな目に遭おうとも、みずからの誇りを貫き通す。それが狼ですから。それは魔物であっても、獣人であっても変わらないあり方なんですよ」


 レンさんは国王様ではなく、ベティちゃんとルリさんを見つめながら、いえ、おふたりでもなく、別の誰かを見つめているかのように、目を細めて遠くを眺めていました。その視界に映るのはいったい誰なのか。私にはわからないし、見当もつかなかった。ただ、その誰かのことをレンさんがとても大切に想っていることはなんとなくだけどわかることができました。


 ズキンと不意に胸の内側が痛んだ。

 

 レンさんがいまはいない誰かを見つめているというだけで、なぜか胸が痛くなった。どうしてなのかはわからない。


 ただ、胸がとてもとても痛くて堪らなかった。


 その意味が私にはわからない。なにもわからない。


「レン様、あまりおふたりを甘やかされるのはどうかと」


「いや、でも、ああしないと」


「それでもですよ。ほら、見てくださいな」


 遠くを眺めていたレンさんにイリアさんは呆れたようにため息を吐きながら、ちょいちょいと人差し指でベティちゃんたちを指差されました。指差されたおふたりは、レンさんが差しだされたお酒とクッキーをすでに消費したようで、物足りなそうな顔でレンさんをじぃっと見つめていますね。その視線に今度はレンさんが後退されました。が、おふたりは揃ってレンさんに詰め寄りました。それも国王様のとき以上にです。いや、それどころか──。


「もっとよこせ、レン!」


「おとーさん、おかわりなの!」


 ──おふたりは同時にレンさんに飛びかかったのです。飛びかかられたレンさんはおふたりを抱き留めることはできたものの、そのまま背中から倒れ込んでしまいました。


「あらあら、レンさんは本当におふたりには弱いのですねぇ」


 倒れ込んだレンさんを見て、モルガンさんがおかしそうに笑っています。というか、この人いつのまに現れたんでしょうか。さっきまではたしかにいなかったはずなんですけど。


「見ていないで、助けてくれませんかね?」


「ん~。お義姉さんと呼んでくださるのであれば」


「……血のつながりはなかったと聞いていますけど?」


「血のつながりがなくても、あの子は私のかわいい妹ですからね」


 ふふんと胸を張るモルガンさん。発言の意味がいまいちわかりませんが、どうやらモルガンさんとの間にもなにかしらの関係があった模様です。そのなにかしらがなんであるのかはさっぱりですが──。


「……レン様?」


 ──レンさんがこれから受難に遭うことは確定のようですね。イリアさんの口元が笑っています。そう、口元は笑っているのです。でも、なんででしょうね。笑っているはずなのに、国王様にベティちゃんたちが詰め寄っていたよりも強い圧力がレンさんに向けられています。その圧力の前にレンさんは──。


「は、はい、なんでしょうか?」


 ──普段ではあまり聞かない、イリアさんに対して畏まった口調で返事をされました。イリアさんが怖くて堪らないみたいですね。気持ちはすごくよくわかります。だっていまのイリアさん、めちゃくちゃ怖いですもん。


「あとでお話聞かせていただけますよね?」


 尋ねているはずなのに、尋ねているとは思えないお言葉でした。


 そのお言葉の前にレンさんは「も、もちろんです」とやっぱり畏まった口調でかつ、背筋をぴんと伸ばした状態で頷かれたのです。


(こういうのをカカア天下と言うんでしょうかね?)


 レンさんとイリアさんのやりとりを眺めながら、私はひとりそんな感想を抱くのでした。

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