rev2-49 日常? 非日常?
「ばぅばぅばぅばぅばぅ!」
ベティちゃんの鳴き声が訓練場内でこだましていました。
その鳴き声はとても、そうとっても楽しそうな声で、テンションMAXと言ってもいいくらいに充実した声ですね。それこそお城でいつものフルーツケーキを食べているときと同じくらいには。
鳴き声だけを聞くと、微笑ましいとしか思えないのですが、言動がまるで合っていないのです。そう、言葉と行動に差がありすぎるのです。
「ほぅ。ベティ、いつの間にそこまで」
「ばぅ! ルリおねえちゃんにいつまでもまけていられないの!」
「はっはっは! それでこそカティたちの妹よ! よいよい、ではもう少し段階を上げるとするか!」
「ばぅ!」
ルリさんの声とベティちゃんの声がこだましています。そう、こだましているのです。
ですが、こだましているおふたりの姿は訓練場内には、ぱっと見では見受けられません。
しかし、たしかにおふたりは訓練場内にいるのです。いるはずなのですが、残念ながらその姿は見受けられないのです。なにを言っているのかと言われたら、私自身ちゃんと答えられないのですが、イリアさん曰く──。
「まぁ、おふたりとも一般人の目では見えない速度で行動していますからねぇ」
──と苦笑いされていました。
そう、現在ルリさんとベティちゃんは私の目程度では追いかけられないほどの速度で、訓練場内を駆け回っているそうです。あくまでも駆け回っているだけで、模擬戦やなにかしらの訓練をしているわけではなく、ただ訓練場内をぐるっと駆けているだけみたいです。
でも、最初からそうではなかったのです。いや、最初からぐるっと駆けてはいたんですが、最初の時点はちゃんと目で追いかけることはできたんです。一周する速度がその時点から若干おかしかったと言えば、おかしかったですが。
なにせ、数秒ほどでベティちゃんは一周回ってきていましたから。
「あそんでくるの!」
そう言ってイリアさんの腕から飛び出したベティちゃんに「行ってらっしゃい」と声をかけ終えようとしたときには、すでにベティちゃんは私の目の前を通過し終えていました。ちなみにそのとき私は、イリアさんよりも少し奥まった場所に立っていました。時計回りで言えば、イリアさんの場所を12時とすれば、ちょうど11時の場所くらいでしたね。
当のベティちゃんは時計回りに訓練場内を駆けていました。ショートカットをした様子はなく、ぐるりと大きく一周回っていました。大きく一周回ったタイムは、私が一声掛ける終わるよりも速かったのです。
なにを言っているのと問われたら、私自身なにを言っているのかさっぱりと理解できませんが、実際になにが起こったのかは私自身理解できていませんでしたね。
「……ベティは、その、脚が速いの、だな?」
訓練場まで案内してくださった国王様も目が点となっているようで、かなり呆然とされていましたね。かく言う私も目が点となっていましたけど。
「……脚が速いと言えば速いですが、あれはそういうことではないんですけどね」
イリアさんは苦笑いしながらよくわからないことを仰っていました。その後に「遊び兼訓練みたいなものだから、使うのはいいんですけどね」とも。
「使うってなにを?」
「……ん-、簡潔に言えば、ある能力を使いながらベティちゃんは走っているというところですかね」
「能力と言うと、魔法ですか?」
「あぁ、魔法は使っていないですね。あくまでもその属性の力を行使しているだけです」
「属性というと、風属性の力で速度を上げているとか?」
「なるほど。風属性を使って速度を底上げしているわけか。であれば、あれほどまでに速いのも納得よな」
魔法ではないけれど、ある属性の力を行使している。その言葉で真っ先に思いついたのは風属性の力を行使しているということ。魔法と言えるほどのものではないけれど、背後に風を起こして文字通りの追い風にして駆ける速度を上げるという方法は、風属性の適性がある人であれば、誰でもできることでした。それでもベティちゃんほどの速度で走れる人なんてほとんど見たことありません。
それぞれの属性の適性は人族よりも魔族、魔族よりも魔物の方が高い傾向にあります。ベティちゃんは見た目は獣人さん、魔族のように見えますけど、実際は狼の魔物ですから、私や国王様のような人族よりもはるかに高い、属性への適正があるのですから、あれだけ速く走れるのも納得できることでした。
「いえ、あれは風属性というレベルではないですね。ベティちゃんの種族はグレーウルフですから、あの子が用いるのは伝説の力です」
「伝説の力?」
イリアさんが口にした内容がいまいちわからなかった。
伝説の力と言われてもなんのことなのかは私にはわからなくて、首を傾げていると国王様が「まさか」と口を半分開けたまま固まっておいででした。
「そのまさかですよ。ベティちゃんは刻属性の力を行使できます。まだ不慣れではあるのですが」
「……はい?」
言われてすぐにはのみ込むことができませんでした。
刻属性。
その言葉は私でも知っているもの。
この世界の創造主たる母神スカイスト様が司る力にして、母神様だけが行使できる力。なるほど、たしかに刻属性であれば、伝説の力とは言えるでしょう。ですが──。
「あの、冗談ですよね?」
──納得はできませんでしたね。
だって刻属性は母神様だけの力。いくら魔物であり、人族や魔族よりも高い属性への適性があろうとも、刻属性を行使できるなんて言われてもすぐに頷けるわけがなかった。ですが、イリアさんはさらなる爆弾を放り込んできました。
「ちなみに私たちのクランは全員が公使できますよ」
「……はい?」
言われた意味がまたわからなかった。
伝説の力である刻属性を全員が行使できる。
今度こそ冗談としか思えないことでした。
ですが、イリアさんは冗談を言っている風には見えなかった。それどころか当たり前のように平然とされていました。
「まぁ、行使できると言っても私は、ルリ様やレン様ほど高い適正はありません。せいぜい「世界」に入れる程度ですから、いまのベティちゃんよりも少し高いくらいですか、あの子が進化を果たせば、それこそクランの中でもっとも適性が低くなります。その程度です」
「その程度って」
刻属性を行使できるという時点でありえないのに、自身の力をその程度と言い切れるというのがありえない。
ですが、イリアさんは卑下したわけでもなく、実際にご自分の力を大したことがないと思っているようでした。
「レン様たちのお力を見れば、そう言うしかないのも当然ですからね」
「れ、レンさんたちはもっと?」
「ええ。まぁ、ルリ様曰く「下手くそ」と酷評というレベルみたいですが。あくまでも使い方が下手なだけで、能力がないわけではないのですけどね」
苦笑いするイリアさん。でも、言っている内容があまりにもなものなので、私も国王様も言葉をそれ以上発することはできませんでした。
そうして私と国王様が衝撃を受けている間に、気づいたらベティちゃんの遊び相手としてルリさんも訓練場で駆け回り始めたのです。そこからおふたりの姿はほぼ見えなくなりました。イリアさん曰く「これも刻属性の訓練ですから」ということでしたが、意味がよくわからなかったですね。
ですが、実際におふたりの姿は一切見えないので、遊びにしては高度すぎることをおふたりがしているということは、なんとなくですが理解できました。
「……アンジュ殿の周りはどうなっているのだ?」
国王様はおかしなものを見るような目で私を見られていました。やめてくださいと言いたかったです。私はあくまでも普通なのですと言いたいのですが、ルリさんとベティちゃんの遊びを目の当たりにしていると、なにも言い返せなくなってしまうのです。
「おふたりともあまりはしゃぎすぎないようにしてくださいねー」
そんな私たちの困惑を置いてけぼりにして、イリアさんはルリさんとベティちゃんになんといも言えないことを言ってくださいました。日常的なセリフであるのに、非日常的な状況で聞くとなんともおかしな気分になるんだなぁとしみじみと私は感じました。
(私の周りって本当にどうなっているんだろう)
国王様に言われたことを反芻しつつ、私は国王様ともどもあり得ない光景を、見えてはいないけど、目の当たりにし続けるのでした。




