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rev2-47 モルガンの正体

 アンジュたちが執務室を出て行き、部屋に残ったのは俺とモルガンのふたりだけになった。


 ベティに思いっきり体を動かせるためとはいえ、なにも全員で行かなくてもいいんじゃないかと思わなくもないんだが、それだけモルガンは人払いをしたかったということなんだろう。それほどまでに俺とふたりっきりになりたかったということなんだろう。


「それでなんの用事があるので?」


「そうですね。立ち話もなんですので、どうぞおかけになってください」


 モルガンは応対用のソファーを勧めてきた。うちのギルドにもあったけど、ここのソファーはより高価そうに見える。うちのギルドのあれは、元々あったものをそのまま流用しただけ。実際の価値はまったく知らないが、売ればそれなりの金額にはなったと思う。そのソファーよりもここのソファーの方が高級そうには見える。実際にはどっちが高いかはわからないけども。


「……座った瞬間に拘束されるということにはならないですよね?」


「そんなことは致しませんよ。同業者相手にそんなことをして何の意味があるのです?」


「同業者」という一言に反応しそうになった。「同業者」という意味合いはこの場合、ふたつの意味合いになる。冒険者とギルドマスターというふたつの意味だ。


 モルガンは数少ないギルドマスターの称号を得た才女だ。


 それぞれの支部ないし出張所でもマスターと呼ばれる長はいる。ギルドマスターと呼ばれる人も中にはいる。だが、その長たち全員がギルドマスターの称号を得ているわけじゃない。

 実際にギルドマスターの称号を持つ人は世界中でせいぜい10人いるかどうかというくらい。ちなみに支部と出張所はだいたい100くらいはあるらしい。


 100の支部と出張所を10人のギルドマスターだけで受け持つことはできない。


 ギルドマスターの代わりに俺やアンジュのようなマスターと呼ばれる存在がそれぞれの支部や出張所を受け持って運営し、そのマスターたちの業務状況を管理し、指導するのがギルドマスターというのが冒険者ギルドの実態だった。


 要するにマスターというのが店長で、ギルドマスターというのはエリアマネージャーということ。


 そのギルドマスターのさらに上にグランドマスターがいるそうだけど、俺はいまのところ会ったことはないが、当代のグランドマスターは歴代初の女性ということだけは知っている。

 話は逸れたけど、ギルドマスターになるにはそれぞれの支部ないし出張所の運営状況に加え、マスター本人の戦闘能力、指導能力などいろいろな要素を加味した上で、ギルドの総本部での選抜試験を合格するなどいくつかの関門を越えてようやくなれるほどの狭き門だ。


 そしてギルドマスターを目指すような人は、大抵元高ランクの冒険者だ。だいたいはAランクないしBランクの人が多い。Sランクの冒険者の場合は、そのまま冒険者を続けた方が稼ぎがいいからギルドマスターを目指す人はいない。つまりモルガンもまたAないしBランクの元冒険者ということになる。見た目はだいぶ若いのに、ククルさんと同等もしくはそれ以上の実力者ということだ。


 そのモルガンが「同業者」と言った。


 モルガンもまた冒険者だったのだから、「同業者」という言葉も冒険者を差すと思うべきなんだろうが、「お召し物を変えたのですか」という言葉を受けた後だと意味合いが変化してしまう。俺はギルドマスターではなかったけれど、モルガン同様に冒険者ギルドのマスターをしていた。そういう意味では俺とモルガンはたしかに「同業者」ではある。


 この場合、冒険者と取った方がいいんだが、この時点で俺はもうやらかしてしまっている。冒険者として取ったのであれば、すぐに返事をするべきだったのだけど、「どちらの意味合いなのか」と考えた時点でモルガンの術中にはまってしまった。


「同業者」は冒険者としての意味合いであるのに、なぜかレン・アルカトラという人物は冒険者としての意味合いで取らず、少し考え込んでしまったという事実のできあがりだ。


 冒険者として活動しているのであれば、ギルドマスターないしマスターが元高ランク冒険者だったなんてことは、誰もが知っている常識だった。


 その常識に対してなぜか戸惑いを見せ、考え込んだ。その時点でレン・アルカトラという人物はなにか一物を抱え込んでいるということになる。「俺は怪しい人ですよ」とみずから宣言しているようなものだった。はっきりと言えば、追い詰められたようなもの。


 たった一言だ。


 その一言だけで俺は追い詰められてしまっていた。


(やっぱりギルドマスターになれるだけあって、数枚上手の相手か)


 モルガン自身の戦闘能力がどれほどのものなのかはわからないが、少なくともククルさん並みの切れ者であることはたしかだ。いや、もしかしたらククルさんどころか、レアやデウスさん並みかもしれない。


 そんな相手と二人っきり。緊張するなという方がおかしい。


「大丈夫ですよ、取って喰ったりはしません。なにせあなたは私にとっては上司のご息女兼かわいい妹分の旦那様だもの」


 緊張したままの俺にモルガンが言ったのは思いもしなかった一言だったが、わかるのは前半だけだ。後半がいまいちわからなかった。


「……妹分?」


「あら、そちらを不思議がられますか、神子様?」


「……どちらかと言えば、ですよ。いまの呼び方と「上司のご息女」という言葉を踏まえれば、あなたがどういう「存在」なのかはわかりますが、妹分の旦那様というのがよくわからなかっただけです。俺の嫁の中であなたの妹分がいた。いえ、俺の嫁の中で姉貴分がいたなんて聞いたことはありません。せいぜいあるとすれば」


 そこでふと思い出すことがあった。


 以前当の本人が昔のことを話してくれた。その話の中で「お姉さん」という存在がいたということを。


 でも、その「お姉さん」は「幼かった彼女」の前で変わり果てた姿になって死んでしまったと「彼女」は言っていたが、たしかにその「お姉さん」にとって「彼女」は妹分であり、弟子のような存在だったはず。その「お姉さん」が死者になり、「彼女」が「超越者」になっていたとしてもその事実は変わらない。


 加えて言えば、「お姉さん」が死者だったとしても目の前に絶対に存在しないわけじゃない。なにせ俺は実際に目の当たりにしている。遺体が灰になっても、「高位の存在」として生まれ変わり、そばにいてくれていたという事例を目の当たりにしている。


 であればだ。「彼女」の「お姉さん」が「高位の存在」として生まれ変わって目の前にいたとしてもなんらおかしくはなかった。だとすれば、モルガンは決して俺の敵ではないということになるが、味方とも言い切れない。ただある程度は緊張感を緩和してもいいのかもしれない。


「……ちなみにひとつ確認させてほしいのですが」


「あぁ、あの子にはあなたのことは知らせていませんよ。そもそもあの子は私がいまも生きていることを知りませんから、知らせようがありませんし」


 くすりとモルガンは人が悪そうな笑みを浮かべる。とても邪悪な笑みだ。邪悪なのだけど、笑い方は「彼女」によく似ている。いや、「彼女」自身がモルガンに似た笑みを浮かべるようになったと言う方が正しいのか。


「では、神子様、洗いざらい話して貰ってもよろしいですか? 特にそうですねぇ。あの子を、レヴィを初めて抱いた日のことがいいですねぇ。あのレヴィがぞっこんになるほどにお上手みたいですし。できれば私も一度していただきたいところですが、そうするとレヴィに怒られてしまいますし」


 残念そうにモルガンは言う。「彼女」の話の中で「お姉さん」は夢魔だったと聞いている。夢の中では無敵の存在とも言っていた。そして夢魔というと、地球では人の精気を吸い取って生きながらえる存在とされているけど、どうやらこの世界でもその概念は変わらないようだった。言っていることが明らかにおかしい。


 あと、うろ覚えだけど、「お姉さん」は「彼女」のことを「レヴィ」と本名を一文字だけ縮めた呼び名で呼んでいたはず。その呼び名は「彼女」と当の「お姉さん」しか知らないこと。その呼び名で「彼女」を呼んでいるのだから、目の前にいるモルガンが「彼女」の言う「お姉さん」であることは間違いないようだった。


「……うちの母さんの人選おかしいでしょう」


「あらあら、ご母堂の悪口はいけませんよ、神子様?」


 くすくすとモルガンが笑う。人払いをしたのもいまさらだけど納得できたし、俺の正体がわかるのも当然のことだった。まさか「彼女」が言っていた「お姉さん」だとは思いもしなかった。というか、「お姉さん」を「高位の存在」にするとか考えてもいなかったよ。本当になにを考えているんだか、あの母は。


「それであなたの言うレヴィ──レアの話をすればいいんですか?」


「ええ、あの子が小さい頃に別れたっきりなので、いろいろと知りたいのですよ、お願いしますね、神子様」


「はいはい、わかりましたよ。天使様相手に話せる内容かどうかは知りませんが」


「ふふふ、それはもうたっぷりと聞かせていただきますので」


 にやにやと楽しそうに笑うモルガン。天使様相手にレアとのいろいろな話をなぜしなきゃいけないのかと思わなくもないが、当たり障りのない話くらいならいいかと思い直して、俺はレアと過ごした日々のことを話すことにした。

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