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rev2-46 整理の時間

 転移陣で移動した先──モルガンさんの執務室はとても広い一室でした。


 モルガンさんの執務室だけで、コサージュ村のギルドのロビーと同じくらいの広さはあるんじゃないんでしょうか。……執務室だけで、そんなに広く取るとか、意味わからないですけど。


「ばぅばぅ、広いの」


 イリアさんに抱っこされていたベティちゃんが、目をきらきらと輝かせています。


 思えば、首都に来てから、ベティちゃんが思いっきり体を動かすことはなくなっていました。先日孤児院の庭先で子供たちと一緒に遊んだときくらいでしょうか。それでもベティちゃんはいくらか手加減をしていたはずですし。


 ベティちゃんの身体能力は、はっきりと言って子供どころか、そこらの大人よりもはるかに高いのです。いまは人化の術で人の姿になっていますけど、元は狼の魔物なのです。人間と比較にならないほどの高い身体能力を持つのは当然です。


 それはベティちゃん自身わかっていることで、コサージュ村の子供たちと遊ぶときだって、ベティちゃんは子供たちに怪我をさせないように注意をしてくれていたほどです。まぁ、最初期の頃は加減を誤ってしまうことが度々あったみたいですが、その度にレンさんたちが矯正した結果、加減を誤ることはなくなったのです。


 その経験からか、孤児院の子供たちと遊んでも怪我をさせることはなかった。


 ですが、それは同時にベティちゃんにいくらかの負担を掛けるということです。


 子供たちは思いっきり遊べるけど、ベティちゃんは加減をしないといけない。見た目は同じくらいの子供であるのに、人と魔物というわずかな違いだけで、加減しないといけないというのは、なかなかにフラストレーションが溜まること。


 でも、コサージュ村にいたときであれば、子供たちが帰ったあとに、ベティちゃんは思いっきり体を動かすことはできました。その相手はだいたいルリさんが担当していましたけど、レンさんかイリアさんが担うこともありました。


 お三方であれば、ベティちゃんが思いっきりどころか、全力を出しても抑え込むのはたやすいようで、ベティちゃんはお三方には遠慮なんて一切せずに全力で遊んでいました。そのときの光景をたまたま見たことがありましたけど、正直私の目ではベティちゃんを捉えることはできませんでした。広場の端から端までほんの一瞬で移動していましたから。瞬きしている間にベティちゃんの居場所は変わり続けるというありえない光景でした。


 でも、それ以上にありえなかったのは、そんなベティちゃんをレンさんたちはたやすく着いていけるどころか、ベティちゃん以上の速さで行動していたということですかね。私の目ではどちらも速すぎて、どれくらいの差があるのかはまるでわかりませんでしたが、当のベティちゃんが「ばぅばぅ」と何度も鳴きながら、目をきらきらと輝かせていたので、間違いなくベティちゃんよりもお三方の方がはるかに速かったということなんだと思います。


 ベティちゃんはわりと甘えん坊な子でもありますが、向上心もわりと強めな子なので、自分よりも高みにいる相手と対峙すると、テンションが爆上がりしてしまうのです。


 ですが、首都ではベティちゃんが全力を出せるほどのスペースは存在しません。せいぜいお城の中にある兵士さん方の訓練場くらいですか。でも、その訓練場にしても、兵士さん方の専用スペースであるため、ベティちゃんが入り浸ることはできません。そもそもベティちゃんの場合は訓練のためではなく、全力で遊ぶためですから、国王様とておいそれと許可は出してくれないので、余計にベティちゃんのフラストレーションは溜まる一方です。


 そこにモルガンさんの執務室というとても広々としたスペースを見てしまったら、ベティちゃんのテンションが上がってしまうのも無理からぬ話。


 しかし、残念なことにここはあくまでも執務室です。ベティちゃんの遊び場ではないので、思うさまに駆けたり、飛び跳ねたりすることはできません。それはベティちゃんもわかっているでしょうけど、それでも広々としたスペースを見て、興奮を抑え込めないでいるようです。ぶっちゃけかわいいです。


「ベティちゃんでしたね? そんなに広々としたお部屋が好きなのですか?」


「ひろいほうがいっぱいあそべるの!」


「あぁ、そういうことですか。ですが、ごめんなさいね。ここは私の仕事場なので、駆け回られるとちょっと困るので」


「ばぅ、わかっているの」


「そうですか。ん~、そうですね。では、うちのギルドの訓練場の使用許可を出しましょうか? お城の兵士の訓練場ほどには広くありませんが、私の執務室よりも広いので、ベティちゃんも思いっきり遊べると思いますよ?」


「ほんとう!?」


「はい、本当です。ただ、ベティちゃんのおとーさんをすこぉしばかりお借りいたしますが、よろしいですか? 少し難しいお話をしますので」


「ばぅ、わかったの! おとーさんをかしてあげるの!」


「ちょっと、ベティ? おとーさんをそんなに簡単に貸し出さないでくれないか?」


 モルガンさんの交換条件をあっさりと飲んでしまうベティちゃん。あまりの軽さにレンさんは若干傷ついておいでですね。目が雄弁に「俺は遊び場よりも軽いのか」と物語っていますので。


「ばぅ? ダメなの?」


 ベティちゃんはつぶらなおめめでレンさんを見上げました。その視線にレンさんは「くぅ」と唸り声を上げましたが、最終的には「……いいよ」と肩を落とされながら頷かれたのです。この人本当に娘さんには弱いですね。


「では、これが許可証です。いま係の者を呼びますので、その者に案内を──」


「では、余が案内しようか。アンジュ殿も一緒にどうかな?」


「え? 私もですか?」


「うむ。モルガンはレン殿に用事があるようだからな。アンジュ殿がモルガンに話があるというのであれば構わないが」


「それは」


 言われてみれば、ギルドには顔を出しに来ただけ。モルガンさんに話すことはほとんどありません。コサージュ村の件で話があるにはありますが、まだ私の中で風化したわけではないから、ちゃんと話せるのかがわからないのです。


 モルガンさんは私にとってある意味上司に当たる方と言えなくもない人ですから、ちゃんと報告はしないといけないというのはわかってはいます。でも、その報告ができるかどうかわからないのであれば、もう少しだけ時間を置きたいのです。あくまでもモルガンさんがそれを許してくださるのであれば、ですけど。


「……コサージュ村のことに関しましては、私の方でもいろいろと情報を集めていますよ。まだその精査の途中なので、もう少し時間をいただけるとありがたいですね。無論、いますぐに報告できるのであれば、それも構いませんがね」


「……私の方でも少し時間がいるかと」


「左様ですか。では、いましばらく時間を置きましょうか。そうですね。王国祭までにはこちらの精査も終わると思います。王国祭が終わった後、そうですね、いまから一週間後に報告をお願いできますか?」


「はい、わかりました」


「それでは、その日までに報告書が作製できる程度にしておいてください。いろんな意味でね?」


 モルガンさんは人差し指を立てながらウィンクをされました。言われていることはつまり一週間時間をあげるから、それまでに気持ちの整理をつけなさいということ。厳しくもあるけれど、最大限の時間をくださったこともわかります。ありがたいことでした。


「……整理しておきます」


「はい、よろしくお願いしますね。では、陛下、非常に申し訳ないのですが」


「あぁ、わかっている。では、行こうか」


 国王様はレンさん以外の全員を見回してから、転移陣にと向かわれました。その後を追いかけつつ、わずかに振り返るとレンさんとモルガンさんはお互いをじっと見つめていました。レンさんの方は見つめるというよりかは睨み付けていると言えるくらいに鋭い視線で。


 いったいこのふたりの間にはなにがあるんだろう。


 そんなことを考えながら、私は国王様たちと一緒に執務室を後にするのでした。

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