rev2-43 首都のギルド
「ばぅばぅばぅ」
もぎゅっもぎゅっと頬を膨らましながら、ケーキを頬張るベティちゃん。
現在は夕食時なのですが、ベティちゃんの主食はもっぱらスイーツなため、今夜ももりもりとケーキを食べておいでです。
「甘味が主食というのは、初めて聞いたときはなにかしらの冗談だろうと思っていたが、こうして毎食甘味ばかりを口にするのを見ていたら、それが当たり前のように思えてくるな」
国王様はベティちゃんの食べっぷりを見て、おかしそうに笑っています。それは控えているメイドさん方も同じようで、どなたも微笑ましそうにベティちゃんを見やっていますね。特にベティちゃんが懐いているメイドさんに至っては、生クリームでべったりとなっているベティちゃんの口の周りをナプキンで拭いてくださっています。そんなメイドさんにレンさんは申し訳なさそうに「……ありがとうございます」とお礼を言っています。メイドさんはメイドさんで「お気になさらずに」と笑ってくれているのが救いでしょうね。
「しかし、そんなに甘い物ばかりで飽きはしないのかい、ベティ?」
「ばぅ?」
不思議そうに首を傾げつつも、ケーキを頬張るベティちゃんはなんとも愛らしいです。まぁ、ベティちゃんが愛らしくないなんてことは、天地がひっくりかえてもありえないことなので当たり前ではありますが。
「……ケーキおいしいよ?」
「なにをいっているの?」みたいな顔でベティちゃんは国王様に返事をしました。国王様は苦笑いで「そういうことを言っているわけじゃないんだがなぁ」と言っていましたけど、国王様は気にしていないみたいです。
「ケーキばかりで飽きないのかい?」
「いつもちがうあじなの」
「そうなのかい?」
「ばぅん。いつもちがうの。みためはおんなじだけど、あじはぜんぜんちがうの」
「そうなのか」
「ばぅ」
ベティちゃんは力強く首肯しています。そこまでしなくてもいいんじゃないとは思うのですが、少なくともベティちゃんにとっては大事なことのようです。
まさか毎回別の味のケーキを食べていたとは思ってもいませんでした。
私も国王様と同じで、毎回同じケーキばかりを食べていると思っていたのですが、どうやら毎食ごとにケーキに使うフルーツやスポンジの種類を変えていたみたいですね。そこまでするのかと若干呆れてしまいそうになりますけど、ベティちゃんのためであれば、そこまでするのも当然だなぁという結論にみずから至りました。……もしかしたらこういうところが気持ち悪いと言われる一因なのかもしれません。だからといって、いまさら私は私のあり方を変えられないのです。このまま突っ走るしかありません。
「……いつもすみませんね」
「いえいえ、こちらも楽しんで作らせていただいていますので」
「そう言っていただけるとありがたいです」
例のメイドさんにレンさんが申し訳なさそうに頭を下げています。どうやら、レンさんはベティちゃんのケーキが毎回違うものであることに気づいていたみたいです。まぁ、レンさんは毎回ベティちゃんに「あーん」をしてもらっているのだから、気づいていて当然ですね。非常にけしからんです、はい。
「ちなみに我も食べさせて貰っているが、よくわからなかったな」
「ルリ様の場合は、お酒を召し上がりすぎですから」
「そんなに飲んでは──」
「いますよ。ただ酒だからと言って、飲み過ぎです」
ルリさんとイリアさんがケーキの味についてを話して、いや、ケーキの話でもありましたけど、ルリさんがお酒を飲み過ぎといういつもの話題になりましたね。
ちなみにルリさんもまたベティちゃんに「あーん」をしてもらえているひとりなんですが、どうもケーキの味の違いには気づいていなかったみたいですね。なにせルリさんってば、イリアさんの言うように毎食ごとにお酒を召し上がっていましたからね。
私たちは国王様の客人なため、どれだけ飲み食いしても費用を請求されないのですけど、それにしたとしても若干やりすぎなくらいにルリさんは飲まれていますね。それじゃあ、ケーキの味の違いなんてわかるわけもありませんし、イリアさんに注意されるのも当然ですね。
「そうかのぅ? いつもよりかは減らしているつもりなのだが」
「ルリ様の場合はあくまでもつもりでしかないんですよ」
「そうか?」
「ええ。コップ一杯分減らしたところで、対して変化はありませんから」
「それでも減少はしておるぞ?」
「ほぼ誤差の範囲ですよ」
「誤差なのか」
「ええ、誤差です」
きっぱりと言い切るイリアさん。そんなイリアさんの一言にいくらかショックを受けた顔をされるルリさん。ルリさん的には減少させているつもりだったのに、実際は誤差の範囲でしかなかったと言われたら、ショックを受けるのも無理もないのかもしれません。私の個人的な意見もイリアさんと同じなので、こればかりはどうしようもないですね、はい。
「そういえば、アンジュ殿」
「あ、はい、なんでしょう?」
声を掛けられるとは思っていなかったので、少し慌ててしまいましたが、国王様は気にされることなく続けてくださいました。
「アンジュ殿はたしかギルドマスターと聞いたが」
「ええ。まぁ、一応です。あくまでも臨時の措置というところなんですけど」
「それでもギルドマスターであることには変わらない。そうかな?」
「ええ、まぁ」
なんでいまさらそんなことを聞くんだろうと思いましたが、続く言葉でその意味がよくわかりました。
「では、やはりそろそろこの首都のギルドにも顔を出しておいた方がいいのではないか?」
その一言はいままで考えてもいなかったものでした。
言われてみれば、たしかに小さな出張所の長とはいえ、一応マスターをしていたんですから、別の街、しかもその国の首都に来たのであれば、その首都のギルドに顔を出すのは当然です。だというのに私と来たら、いままでそんなことを考えてもいませんでした。
「ふむ、顔を出すのであれば、余から使いを送っておこう」
「……申し訳ないですが、お願いできますか?」
「うむ、問題ない。では、後ほど使いを送っておく。数日中、早ければ明日には首都のマスターと会えると思う」
「そうですか。……お詫びの品を持って行かないと」
「気にしなくてもいいとは思うが、それもよければ、こちらで用意しようか?」
「いや、さすがにそこまで甘えるわけには」
「だが、当のマスターの嗜好を知らないと詫びの品を選びようもあるまい? ここは任せてもいいと思うが」
言われたことは間違いではなかった。
実際私はこの首都のマスターのことをなにも知らない。
お詫びの品として選んでも、それがかえって相手の機嫌を損なえることもある。ここは素直に国王様のお言葉に従っておくべきかもしれません。
「……重ね重ね申し訳ないんですが」
「あぁ、気にしなくても良い。任せてくれたまえ」
ニコニコと笑う国王様。そのお言葉に私は徹底的に甘えることにしたのでした。




