rev2-42 名付け親
なんでこんなことになったのやら。
心の底からそう思う。
でも、愛娘のお願いを聞かないという選択肢はそもそも存在しない。
だからと言っても、内容が内容だった。それもとんでもない内容すぎた。
いや、ベティがああ言った理由もわかるんだ。
わからなくないんだよ。
クリスティナさんは、これからひとりで子育てをしないといけない。
端から見れば、とても大変なことになると思う。
それでもあの人はアルゴさんが遺した子供をひとりでも育てるだろう。
中には両親が揃っていても育児放棄されるということもある。
育児放棄とは言っても、最初からそのつもりだったという親はあまりいない。やむにやまれぬ事情の末ということが大半だとは思う。俺としてはあまり理解できないことではあるけれど。
まぁ、俺の場合は恵まれているからこそ言えることであって、恵まれていない人にしてみれば、育児との両立が非常に困難なことであるのは考えるまでもない。
それでもクリスティナさんであれば、両立するだろうなと思う。あの人はそれができる人だと思う。
だけど、やっぱり子育てはひとりで行うものじゃない。
一緒に行うパートナーがいてこそだと思う。
俺の場合はパートナーが何人もいてくれたが、クリスティナさんにはいない。
そのことをベティは気にしたのだろう。……単純にお腹の中の子に「おとーさん」がいないのがかわいそうだったからという方がらしいけど。
とにかく、ベティの意図はなんとなくわかる。
わかるんだけど、それでも俺がお腹の子の「おとーさん」になるというのはどうなんだろうか。
それって要はクリスティナさんとそういう関係になってくれと言われているようなものじゃないだろうか。
クリスティナさんをそういう目で見ているわけじゃない。
クリスティナさんはカッコいいお姉さんだ。わりと憧れている人だ。でも、その人とそういう関係になれるかと言われると、答えはNOだ。あくまでもクリスティナさんは俺にとっては頼れるお姉さんという存在であり、そういう対象ではないんだ。なによりもあの人はアルゴさんの隣に立っていこそが相応しいという人だ。
だから俺があの人に手を出すというのは絶対にありえない。……憧れていたお姉さんに手を出して嫁にした俺が言うのもなんだろうけど。
それでもクリスティナさんだけは例外だ。例外なのだけど、ベティのお願いもある。そのお願いを無碍にすることは俺にはできないし、したくもなかった。
かといって、クリスティナさんに手を出すのはなぁとも思ってしまう。
どうしたらいいのかはさっぱりとわからない。
わからないのであれば、もう行動に出るしかなかった。
というわけで──。
「──ということなんですけど、どう思いますか、クリスティナさん」
「……あのね、レンさん。いきなり来てそんなことを言われても、なにを言っているのか全然わからないよ?」
──直接クリスティナさんのところに来てみた。
加えて一応のお約束もかましてみた。……正確にはお約束をしておかないとやっていられなかったという事情もある。
かわいい愛娘のお願いというのは厄介なものなんだなぁとしみじみと感じながらも、そのお願いを叶えるのに全力を賭す。それが俺だった。
とはいえ、今回ばかりは相手側の事情もあることなので、とりあえず本人に直接訪ねるのが一番いいことは明らかだが、いきなり本題をぶちかますよりかは、ジャブ代わりに冗談を兼ねてみたのだが、どうにも今回は不発のようだった。さすがにふざけすたぎのかもしれないなとしみじみと思った。
「いや、内容が内容でしたので、ちょっとふざけみないとやっていられないなぁと」
「内容って?」
孤児院のアルクの部屋。そのベッドの上で首を傾げるクリスティナさん。こうして改めて見ると、クリスティナさんはやっぱり美人さんだなぁと思う。美人さんだけど、手を出そうという気にはなれない。が、ベティのお願いはこのクリスティナさんに手を出すということと同意義である。
どうしたらいいのか。やっぱりわからない。
「……それがですね。ベティがですね」
「ベティちゃんが?」
「クリスティナさんのお腹の子供をですね」
「あぁ、抱っこさせてあげるということ?」
「いや、それもそうですが。あ、そのことに関しましてはお礼を言わせてください。うちの子のわがままを聞いてくださってありがとうございます」
「ふふふ、違う違う。お腹に触れて目をキラキラとさせていたから、「産まれたら抱っこしてみる?」って私から聞いてみたから、ベティちゃんが抱っこしたいってだだをこねたわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「うん。だからベティちゃんを怒らないであげてね?」
「いや、あの子を怒ることなんてありません。怒らないのも問題かとは思いますが」
「レンさんらしくていいんじゃない? シリウスちゃんのときと変わっていないし」
「そう、ですかね?」
「うん。シリウスちゃんと接していたときと全然これっぽちも変わっていない。おかげで参考にはなるなぁとは思うけどね?」
「あ、あははは」
参考になる。その言葉がどういう意味でのものなのかはわからない。わからないが、まぁ、少なくとも全面的にまねするということではないことだけはたしかだろう。
「それで? ベティちゃんはなんて?」
クリスティナさんはじっと俺を見つめている。核心に迫ってきている。もしくははぐらかさずに言えってことなのかもしれない。頭のいい人だから、ベティと約束したその日のうちに来た俺の目的も察しているのかもしれない。
「……ベティにお願いをされました」
「この子たちについて?」
「たち?」
「あぁ、言っていなかったっけ? 双子みたいなの」
「双子ですか。それは」
「うん、ひとりよりも大変になっちゃったね。まぁ、それでも頑張りますけどね、お母さんは」
腕を曲げて力こぶを見せるクリスティナさん。その表情を見ているとなんとも言えなくなってしまった。同時に「ひとりでも大丈夫だから」と言われた気がした。たぶん間違いではないだろう。
「……ベティはクリスティナさんと一緒にその子たちの面倒を看てほしいとお願いしていました」
「そう。やっぱり」
「……あの子なりに気を遣ったのだと思います」
「うん、わかっている。それができる子だものね、ベティちゃんは」
「ええ、自慢の愛娘です。でも、それはクリスティナさんの琴線に触れることだから」
「そうだね」
「俺の方でいろいろと考えてもクリスティナさん次第だから」
「だから直接?」
「……はい。不躾なことだとはわかっているんですが」
「いいよ、ベティちゃんの気持ちはすごくわかったから」
「……ありがとう、ございます」
「ううん、それで答えだけどね」
「はい」
その気はないと言われるだろうというのは明らかだった。
下手をすれば罵声を浴びせられかねないことだ。
でも、クリスティナさんは笑っている。笑ったまま、首をゆっくりと振った。
「この子たちは私がひとりで育てるよ。ベティちゃんにはその旨伝えてもらえる?」
「承知しました」
わかりきっていた答えだった。特に思うことはなにもない。強いて言えば、失礼なことを聞いてしまったなということくらい。そのことについて謝ろうとしたが、不意にクリスティナさんが「でも」と言った。
「少しだけならベティちゃんのお願いを叶えさせてあげられるかもしれない」
「どういうことですか?」
少しだけというのがよくわからない。
ベティが言ったのは赤ちゃんのおとーさんの代わりをしてあげてほしいということ。
それをいま断られたのに、少しだけならできるというのはいまいちわからないことだった。
「別に親というのは母親である私と関係を持たなきゃいけないってことじゃないよ。それ以外にも方法はあるもの」
「そんなのありましたか?」
「うん。それはね。この子たちの名付け親になって欲しいんだ」
「俺がですか?」
「うん、お願いできないかな?」
名付け親。クリスティナさんのパートナーにはなれなくても、その子たちの名前を考えることはできる。かなり責任重大ではあるが、親と名の付くものは誰もが重大な責任を負うのだから、いまさらなことではある。そしてこれならクリスティナさんの言うとおり、少しだけだが、ベティのお願いを聞くことにもなる。なによりも名付け親になるということはだ。少なからずクリスティナさん親子との縁ができることになる。事実上の後見人になるというようなものだった。実際は後見人になるわけではないのだろうけれど、見ず知らずの他人よりかは縁ができることはたしかなことだった。
「……わかりました。でも、すぐには名前は思いつかないので」
「いいよ。この子たちが産まれるまでに考えてくれればいい」
「いい名前を考えておきますね」
「うん。それとできればだけど」
「……なにかあったらなんてことは、そうそうないとは思いますけど、そのときは俺が責任を持って」
「ありがとう。アルゴのこともあるからさ。なにかあるなんてあるわけないなんて言えないもの」
「そう、ですね」
一言頷くので精一杯だった。
なんて言えばいいのかもよくわからない。
ひとつだけ言えるのは、クリスティナさんはしっかりと前を見据えているということ。その前途は困難だらけだろうけれど、その助力になるくらいのことはしてあげたいと思う。
「というわけで、よろしくね」
「はい、任せてください」
クリスティナさんは笑う。その笑顔の下には悲壮なる決意を感じられる。その決意と信頼に背くことはできない。精一杯のことをしようと、その笑顔を見やりながら俺もまた決意を抱いたんだ。




