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rev2-41 狼狽するレン

 お城に用意して貰っている客室。その一室で私はレンさんと向かい合わせでティータイムをしています。


 普段はレンさんと向かい合わせということはあまりないのですが、今回は状況も状況ということもあり、こうしてご相伴に預からせていただくことになりました。その状況というのは──。


「──そうか、クリスティナさんが」


「ええ、今回はまだでしたが、かなり大変そうでした」


「だろうな。子供が産まれるって本当に大変みたいだし。……まだその機会に恵まれてはいないけれど、本当に命懸けって話を聞くしな」


「そうですね」


 ──孤児院にいた妊婦の女性こと勇者様のパーティーメンバーだったクリスティナさんの現状についての報告、というと業務のようになってしまいますが、実際にこうして報告しているので決して間違いではありません。


 今回たまたま訪問した際に、お腹を急に押さえて蹲ってしまったみたいですが、しばらくしたら調子が戻ったみたいで、「急にごめんなさいね」と謝られてしまいました。


 それ以降は特に問題もなく、私たちの制止を振り切って家事をしようとされていたので、シスターと一緒になって全力で止めましたが。その制止には国王様も含まれていて、国王様はいままでになく慌てられていました。


「その後、助産婦さんに来ていただいて、症状を話したら、問題はないと仰っていましたね。予行練習みたいなものだって」


「予行練習?」


「ええ。本当に産まれる際の予行練習のようなものがあるみたいで、今回はそれだったそうです。若干重めだったみたいですが、いまの調子なら問題なく産まれてくれるそうですよ」


「そうか。ならいい」


 レンさんは安心したみたいに、ゆっくりと紅茶を啜られました。


 その膝の上にはいつものようにフルーツケーキをもきゅもきゅと頬をいっぱいにして食べるベティちゃんのお姿が。まるでリスみたいで、非常にかわいらしいですね、はい。むろん、リスっぽくなくてもベティちゃんがかわいいのは、この世の真理なので当然ではありますが。

「……クリスティナさんの話をしていたと思ったら、これか」


 やれやれと肩を落とされるレンさん。そのお言葉に「うっ」と言葉を詰まらされてしまいました。レンさんは「こいつ、本当にどうしようもないよなぁ」というように唯一露わになっている右目は呆れの色に染まっておりました。


「もきゅ、もきゅ。おとーさん」


「ん? どうした? あと、口に物を入れながら喋っちゃダメだぞぉ~?」


 レンさんはティーカップを片手にしつつ、頬を膨らませたままのベティちゃんに笑いながら注意をしています。


 当のベティちゃんは「ばぅ。わかったの」とやはりもぐもぐとしながら喋っていますね。そんなベティちゃんにレンさんは穏やかに笑っていました。


「おねえさんがね。やくそくしてくれたの」


「なんの約束かな?」


「あのね、あのね、あかちゃんうまれたら、だっこさせてくれるっていってくれたの!」


「へぇ? よかったじゃないか」


「うん! ベティ、たのしみなの!」


 むふぅと鼻息を若干荒くしながら、尻尾を左右に振るベティちゃんはとても嬉しそうです。そういえば、コサージュ村の子供たちとも接していましたけど、みんなベティちゃんよりも年上でした。ベティちゃんと同じくらいの子もいましたが、ベティちゃんよりも年下の子はいませんでしたね。まぁ、村の中にいるにはいたんですけど、レンさんたちの小屋に行っていた子たちの中にはいなかったのです。


 ベティちゃんは基本的にレンさんたちの小屋の中で過ごしていました。時折、レンさんたちのうちのどなたかと一緒に下山して、コサージュ村に来ることはありましたが、ベティちゃんはわりと人見知りする子なこともあり、小屋に来ない子にみずから絡んでいくことはなかったのです。


 そのうえ、産まれたばかりの子供はさすがにコサージュ村にもいなかったし、この孤児院にもいません。ベティちゃんにとっては初めて接する赤ん坊ということになるのです。その赤ん坊を抱っこさせてもらえるとあれば、テンションが上がってしまうのも無理からぬ話です。そもそもこうしてティータイムをすることになったのも、孤児院に帰ってから、ベティちゃんのテンションが上がりっぱなしになっていたので、それを抑えるという事情もあったからなんです。


 ですが、そのもくろみは物の見事に不発していますね。ベティちゃんのテンションは下がることはありません。むしろ、テンションがどんどんと上昇し、その分だけフルーツケーキの消費量も上がっていきます。


 この小さい体のどこにそんな量が入るのだろうかと思うほどに、ベティちゃんの食べっぷりは見事しか言いようがありませんね、はい。さすがの私も若干目を疑うレベルです。


「ベティ?」


「ばぅ?」


「そろそろ落ち着こうか?」


「ベティ、落ち着いているの」


「いやいや、落ち着いているとは言えないからね?」


「ばぅ?」


「いや、そんな「言っている意味がわからない」って顔されても、お父さんも困るんだけどなぁ」


 あははは、と乾いた笑みを浮かべるレンさん。


 乾いた笑みを浮かべつつ、ちらりと隣に視線を向けるも、レンさんの隣に座るイリアさんはぼんやりとしているだけでした。普段のイリアさんであれば、レンさんのフォローに回ってくれるのに、今日はフォローをするつもりがないのか、もしくは別のことに意識が向いているのかは定かではありませんが、少なくとも普段のイリアさんらしからぬ姿にレンさんは戸惑っているみたいですね。


「イリア?」


「……あ、はい、なんでしょうか?」


「いや、呼んだだけなんだけど、なにかあったか?」


「いえ、別にこれと言って」


「そうか。まぁ、なにかあったら言ってくれよ?」


「はい、もちろんです」


 にこりとイリアさんは笑われました。不意打ちだったのでしょうか、若干レンさんの目が泳ぎましたけど、そのことにベティちゃんはめざとく気づいたのか、「むぅ」とうなり声を上げられました。レンさんの反応が気に食わない模様です。そういうところもかわいいなぁと思う辺り、私は本当にダメなのかもしれませんね。でも、本望です。


「まぁ、クリスティナさんが無事ならいいさ。あの人になにかあったら、アルゴさんに申し訳が立たないからな」


 レンさんは静かに紅茶を啜られました。アルゴさん、というお名前は初めてお聞きしましたが、話の内容から踏まえる限り、クリスティナさんの旦那さんのことでしょう。


「レンさん、アルゴさんって方は」


「あぁ、クリスティナさんの旦那さんのことさ。重武装の戦士で強面なんだけど、とても気さくないい人だったよ。いろいろとアドバイスをして貰ったこともある。ああいう人を縁の下の力持ちというんだろうね。事実上勇者の盾というべき人だった」


「ということは、その方も?」


「あぁ、勇者アルクのパーティーメンバーで、サブリーダーというべき人だった」


 レンさんは懐かしそうにアルゴさんの話をしている。でも、レンさんの語り口調からは陰りのようなものを感じられました。そもそもクリスティナさんが孤児院にいるのに、そのアルゴさんをいまのところお見かけしていないことを踏まえると、その理由もなんとなく察することはできました。


「あの、もしかしてなんですが」


「……その通りだよ。アルゴさんは亡くなっているんだ」


 躊躇いがちにレンさんが言いました。予想通りとはいえ、なかなかにキツい内容でした。その言葉に「……え?」とベティちゃんは食べるのをやめてしまったのです。


「おとーさん。おねえさんのあかちゃんのおとーさんはいないの?」


「……そうだよ。もういないんだ。だからクリスティナさんはあの孤児院にいるんだよ。あの孤児院は勇者とシスターの弟さんの家だからね。シスターの弟さんも勇者の仲間だったからね。赤ちゃんがお腹の中にいるクリスティナさんを過ごすのにいい場所は、自分たちの家しか思いつかなかったんだろうね」


「そう、なんだ」


 ベティちゃんはそれまでが嘘だったかのようにテンションを急降下させてしまいました。


「あかちゃん、おとーさんいないんだ」


「……そうだね。でも、クリスティナさんはお父さんの分まで赤ちゃんに愛情を──」


 レンさんはベティちゃんの頭を撫でながら、クリスティナさんのこれからについてを話そうとしていました。ですが、ベティちゃんは「なら」と言って顔を上げて言ったのです。


「あかちゃんのおとーさんのかわりを、おとーさんがしてあげればいいの」


「……うん?」


「あかちゃんのほんとうのおとーさんにはなれないけど、おとーさんならほんとうのおとーさんの代わりができるとおもうの」


「いや、あの、ベティ?」


「だから、おとーさん。あかちゃんのおとーさんになってあげてほしいの、おねがいなの」


 ベティちゃんは強い意志の籠もった目でレンさんを見つめていました。その言葉にレンさんが言葉を失ったのは言うまでありません。


 というか、いま部屋の中にいる全員が絶句していますね。ただひとりベティちゃんだけは真剣にレンさんを見つめていますが。


「おねがいなの、おとーさん」


「いや、だから、ね?」


 レンさんはなんていいのかわからないみたいで、ひどく狼狽していました。こんなレンさんを見るのは珍しいなぁと私は現実逃避しながら思ったのでした。

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