rev2-37 変化の理由
子供たちが笑っている。
庭先を駆けながら、子供たちはとても楽しそうに笑っている。
国は同じでも、住む場所に違いがある。それでも子供の楽しそうな声は、地域が違っても変わることはないようでした。
「どうぞ、アンジュさん」
「あ、どうもです、シスター」
目の前には紅茶をそっと置かれた。紅茶を淹れてくれたのは、この首都に来て初めて訪れた孤児院を経営しているシスター・アルカ。シスター・アルカはニコニコと笑いながら、今回の突然の訪問でも気を悪くすることなく受け入れてくださいました。
ちなみに今回孤児院に来たのは、私だけではなく、イリアさんとベティちゃんもです。
おふたりはいま庭先で子供たちと一緒に遊んでいますね。
ベティちゃんにとっては見た目が同年代の子や少し年上の子たちと一緒に思いっきり遊べるひさしぶりの時間のようです。
対してイリアさんは年上のお姉さんとして子供たちと接していますね。私よりも年齢は下のはずなんですけど、私よりもはるかに落ち着いた雰囲気をもっておられるので、お姉さんというよりかは孤児院の先生という風に見えてしまいますね。本当に私よりも年下なのだろうかと言いたくなりますね、はい。
そんな私がいまいるのは、孤児院の食堂でした。前回、国王様と一緒に来たときも通された場所。外部の人が来たときにまず通すようにしているのでしょう。決して国王様だからというわけではなく、誰が来ても同じようにしているのかもしれません。
もともとは使っていなかった教会を再利用しているということでしたので、来客用の応接室などの部屋はないのでしょう。この孤児院で一番静なのがこの食堂ということなんだと思います。
「ありがとうございます。それと急にすみません」
「いいえ、お気になさらずに。それに陛下が急に訪れられるよりもましですので」
シスター・アルカは口元に手を当ててはっきりと仰られました。その言い方だと国王様がお越しになるのは迷惑だと言っているようなものではないのかなと思うのですが。
「あの、その物言いって」
「あぁ、いいんですよ。というか、ご本人からあまり畏まった風にはしないでほしいと頼まれていますので。まぁ、さすがにお迎えに来られた方々の前では畏まりますけど、そうでなければいくらか気さくに対応させてもらっていますよ」
「そうなんですか?」
「ええ、そうなんです。それになんだかんだと言って、あの方もいろいろと思うところもおありでしょうからね」
「それって?」
シスター・アルカは「失礼しますね」と言って、私の向かい側に腰掛けられました。
「陛下がこの孤児院を気に掛けられているのは、姉君のことを思い出されているからです」
「姉君、ですか?」
「ええ。陛下には双子として産まれた姉君様がおられたのですよ。トゥーリア様というとてもおきれいで聡明な姉君様がおられたのです。トゥーリア様も陛下同様によくこの孤児院にお越しになっておられましたね」
「そんな方が」
「ええ。おふたりはとても仲の良いご姉弟でした。時の陛下を揃って困らせるほどには」
「先王様を?」
「ええ。双子とはいえ、男女という違いはありましたが、それぞれに男装と女装をされますと、どちらがどちらなのかわからなくなるくらいに、おふたりはよく似ておいででしたね。先王様でさえも、お二人のことを揃ってかわいがっておられていた先王様でさえも見分けがつかないほどでした。まぁ、見分けがつかなくなるのはトゥーリア様が男装されるときでしたけどね」
当時のことを思い出されているのか、シスター・アルカはおかしそうに笑われました。でも、その笑顔は少し物悲しそうでもあった。その理由はシスター・アルカの話のところどころでなんとなく察することはできました。
「陛下が女装されるときはすぐにわかりましたよ。なにせぷるぷると震えられながら顔を真っ赤にしておいででしたからね。すぐにそちらが陛下であることは誰の目にも明らかでした。その後陛下はトゥーリア様に「この程度のことで恥ずかしがってどうするの!」と叱られていましたね」
「……あの国王様がですか」
想像もできないというのはまさにこのことですね。
私の目から見た国王様はとても茶目っ気のある方でした。
それこそシスター・アルカが言う姉君様みたいにです。
「その頃の陛下はまだ王位継承者として選ばれてはおりませんでしたが、当時の王国の情勢を思えば継承権を得るのは時間の問題だと言われていました」
「そうだったんですか?」
「ええ。なにせ先王様のご子息様方、陛下の兄君にあたる方々はどうにも、その、器量的な問題がありましてね」
「あぁ、そういう」
シスター・アルカは明言を避けていましたが、つまり国王様の兄君様たちはみな暗愚だったということでしょう。
代々名君と呼ばれる王家の人間であっても、できが悪い方はどうしても出てきてしまうのでしょう。そして先王様のご子息にはそういう方が多かった。ですが、末の子である国王様とその姉君様は例外だったということなんでしょうね。だからこそ、国王様は王位継承者として選ばれたということ。
道理でまだ年若いどころか、幼いあの方が国王陛下になられたわけです。普通はもっと年長の方が王位継承者になるのが当たり前だというのに、異例中の異例のようなものが起きた理由はそういう下地があったからこそだったということなんでしょうね。
「王位継承権を得られるまでは、陛下はどちらかと言えば、物静かなお方でした。トゥーリア様同様に聡明な方ではありましたけど、いまのように周囲を困らせる方ではありませんでした。むしろ、それはトゥーリア様の専売特許みたいなものでした」
「でも、いまは」
「ええ、まるでトゥーリア様を思わせるような振る舞いをされるように。無理もないことですけどね」
シスター・アルカはそう言うと、遠くを眺められました。国王様が変わられた理由。姉君様を思わせるような振る舞いを取るようになった理由。それはどう考えてもひとつだけ。なによりもそのトゥーリア様をいままで見たことがなかった理由もそこに含まれるはずです。その理由は──。
「いまから数年ほど前のことになりますか。私たちがこの国に訪れて一年後のことです。トゥーリア様が流行病に罹られたのは」
──トゥーリア様に不幸が起きたということ。そのときのことをシスター・アルカは少しずつ口にしてくれました。
明日もなんでもやになります。




