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re2-36 勇者じゃなくても

「──以上が、調べた結果だな」


 ルリが淡々とした様子で外を眺めている。


 その隣で俺もまた外を眺めていた。……手を強く握りしめながら。


「……惨いものだ」


「あぁ」


「……まだ年端もいかない少女だというのにな」


「……あぁ」


 ルリの言葉に頷くたびに、強い怒りが沸き起こっていく。


 怒りを通り越して、もはや殺意に近かった。


「落ち着け、レン。見た目の年齢は同じくらいであっても、あの少女は違うのだ」


 ルリは遠くを眺めながら言った。


 そんなことは言われなくてもわかっている。わかっているけれど、抑えきれない怒りが俺を突き動かしていた。


「無理もない、か。我も怒りを覚えるほどだ。あれほどの外道はそう見たことはなかった。……かつての我もそうだったがな」


 ルリの目が鋭く細められた。その眼光が見つめるのがなんなのかは俺にはわからない。正確にはどんな光景を見ているのかがわからない。


 ルリ自身が言うように、かつてのルリが行いは外道と言っても無理のないものだ。かつてのルリは狂っていた。狂っていたからこそ、どんな非道でもたやすく行えた。でも、それはかつてのルリだ。いまのルリはもう狂ってもいなければ、非道に走ることもない。心優しき神獣にと生まれ変わったんだ。


 だからこそ、あの女の行動を許せないでいる。


 義憤に駆られると言えば、格好が付くのだろうけれど、ルリのそれは決して義憤ではない。俺のこの怒りと同じように。


「……手前勝手だとは思うのだが、おまえに落ち着けと言ったくせに、我自身も重ねてしまっていた。もしカティがあのような目に遭っていたらと思うと、沸き起こる憎悪を止めることができなんだ」


「……あぁ、わかるよ」


「そうか。そうだな」


 ルリがゆっくりと仮面を外した。久方ぶりに見る素顔だった。カティと同じ顔をしたルリの素顔。でも、同じ顔でもカティとは違う。カティはこんなにも険しい顔をしたことはなかった。あの子はいつも優しく、そして穏やかに笑っていた。俺のかわいい愛娘のひとりであるあの子は、こんな表情をほとんど浮かべなかった。


 だからと言って、カティがこんな表情を浮かべたからと言って愛せないというわけじゃない。俺はどんなカティでも愛せるし、愛している。それはいままでもこれからも決して変わらない。


「……すまんな。つまらん話をしてしまった」


「いや、いいよ。俺も身に迫る想いだった」


「……レン」


 ルリがなんとも言えない顔をしている。いま俺はいったいどんな顔をしているんだろうか。泣きそうなものなのか。それとも怒りを必死に抑えこんでいるのか。もしくはそのどちらでもないのか。どれでもいいと思う一方で、どれでもないのだろうかとおも思う。


 どうであるにせよ、俺は俺のままでしかいられない。


「……そうだよな。あの子はシリウスと見た目は同じくらいの年齢なんだもんな」


「……あぁ。その幼子が、重たいものをいくつも背負わされている。年齢を考えれば潰れてしまってもおかしくないはずなのに。いや、潰れて当然であるというのに、それでも潰れることなく必死に抗い続けている。強いと思うし、見事だと思う。その一方であまりにも惨すぎる」


「……同感だ」


 そう一言返すので精一杯だった。


 それ以上なんて言えばいいのかわからない。


 あの子がどんな想いで日々を過ごしているのかも俺にはわからないし、想像もできない。いや、想像すること自体が無礼だと思う。


 身も心もすり減らしながら、国のために、家族のために戦い抗う姿は、ただただ尊かった。

 その尊さを手前勝手な考えで汚してはいけないんだ。


「……アルクは知っていたのかな、このことを」


「いや、知らぬであろうな。仮に知っていたら、彼の者がどう動くのかなんて、そなたの方がわかっておるだろう?」


「……うん」


 もしアルクがあの子の現状を知っていたとしたら、どう動くのかなんて考えるまでもない。

 あいつは本当の勇者だから。


 あいつ自身は大したことがないとか言うのだろうけれど、俺にはできないことでもあいつならできる気がする。家族だからこその期待というのもあるけれど、それ抜きでもあいつならきっとあの子を救えただろうなと思う。


 でも、いまここにアルクはいない。最高の勇者はいまここにはいないんだ。


「なぁ、ルリ」


「うん?」


「囚われのお姫様を助けるのは勇者の役目というのが、世の常だと思うんだ」


「……いまひとつ納得はできぬが、なんとなく理解はできるな。それで?」


「だけどさ、勇者じゃなくてもお姫様を助けてもいいとは思わないか?」


「……そこは勇者がいないなら俺が勇者になると言うべきところではないかな?」


「俺は勇者って柄じゃないさ。どちらかと言えば、勇者っていうよりは悪役の方が合っているさ」


 吐き捨てるように、自嘲するように言うと、ルリは苦笑いしていた。まるで「おまえのどこが悪役なのだ」と言っているかのように感じられた。


「だって勇者っていうのは主人公ってことだ。主人公は負けちゃいけないんだ。守り抜かなきゃいけないんだ。……決して守りたい人たちに守って貰う奴が主人公であってはいけないんだ」


「……状況次第だろうに」


「そうだな。状況次第ではたしかにな。それでも俺は守れなかった。誰ひとり守ることも助けることもできなかった。でも、いまなら、いまならきっとできる気がする。いや、いまだからこそ助け出したいって思う。そうでなきゃ、俺はシリウスたちに顔向けができない。なによりもこの右目が言っているんだ。パパならできるってな」


「……まったく親バカはこれだから」


「うるせえ」


 お互いに吹き出すようにして笑い合った。


 ひとしきり笑い合ったあと、ルリは俺を見つめていた。俺もまたルリを見つめ返し、お互いの拳を突き合わせた。


「やろうぜ、相棒」


「あぁ、任せろ」


 決意を胸に俺たちはうなずき合った。囚われのお姫様を助けることを決めたんだ。

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