re2-35 終わりなき嵐に晒されて
引き続き、胸くそ展開です←
けだるさが体を覆い尽くしていた。
まぶたを開くのも億劫になる。
それでもやらねばならないことがあった。
トゥーリアは乱れた呼吸をどうにか整えながら、ゆっくりと起き上がった。
嵐の時間は過ぎ去っていた。
本当に嵐が訪れていたのかもわからないほど、部屋の中は静寂に包み込まれている。
しかし、嵐が訪れていたという痕跡は至るところにある。
床に転がる服の残骸、かすれた喉、そしてほぼ全身を覆う悍ましい唾液の痕。それらすべてがトゥーリアの身に起こったことを、紛れもなく嵐が到来していたというなによりもの証拠である。申し訳程度に体に掛けられたシーツもそれを助長させてくれている。
その痕跡を眺めながら、トゥーリアは自嘲した。
「年端もいかない少女を相手に、か」
ははは、と力なく笑う。
奪われたときの痛みはよく覚えている。
心身ともに刻み込まれた痛み。
それまで経験したことのない痛みが下腹部から這い上がってくるようだった。その痛みの前に家畜が絞められたときのような声をあげていた。その声にアレはとても興奮したようだった。
「こんなにも上品でかわいいのに、そういうところはほかの女と変わらないんだねぇ」
にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべながら、アレは心の底から楽しそうにしていた。
弟の影として生きることを余儀なくされたとはいえ、それでも先代王からは珠のようにかわいがってもらえていた。男らしい振る舞いを強要されても、先代王、父にとってトゥーリアがかわいい娘であったことには変わらなかった。
「いまは耐えてくれ。いつか、いつかはきっとそなたに女らしい日々を過ごさせる。だからそれまでは、それまでは」
父は涙ながらに語っていた。
涙を流しながら抱きしめてくれた。背中にきつく回された父の両腕をいまでもトゥーリアははっきりと覚えていた。
そんな父だから、トゥーリアを必要以上に傷つけることはしなかった。せいぜい弟とともに剣の訓練などの武術の手ほどきをするときくらい、かすり傷や小さな切り傷を与えるくらいだった。それでもあの父はひどく傷ついた顔をしていた。傷つけられたのはこちらなのにと、弟ともどもに笑ったが、それだけ父がトゥーリアを、いや末の子であるふたりを愛していたというなによりもの証拠だった。
だから父に与えられる痛みであれば、どんなものでも耐えられた。時には泣きたくなるくらいのひどいこともあったが、それでも耐えることはできた。
だけど、アレに与えられた痛みだけは耐えることができなかった。耐えられなかった。それまで一度もなかった痛みに喘いでしまった。それがアレの嗜虐心に火を点けてしまった。
「トゥーリアちゃん、かわいいなぁ~。適当に遊び潰そうとしていたけどぉ~、き~めた~。トゥーリアちゃんを徹底的にかわいがって私好みの女に仕立ててあげるねぇ~」
アレは仄暗い光を赤い瞳に宿しながら言った。その言葉の通り、アレは定期的にトゥーリアの元に訪れては、トゥーリアを「かわいがった」のだ。
トゥーリアにとっては死にたくなるような、ひどい嵐はいまも定期的に訪れる。少し前までその嵐に身を晒された。それでもトゥーリアは耐えることしかできなかった。
「あーさー」
嵐に晒された気だるさに耐えながら、トゥーリアは掛けられたシーツで体を包んで部屋の隅にある扉へと向かう。
体にまったく力が入らないけれど、それでもトゥーリアは床を這いずって扉へと向かう。ドアノブを捻り、体ごとぶつけるようにして扉を開いた。扉の先には薄暗い部屋とひとつのベッドがあった。ベッドの上にはゆっくりと胸を上下させながら眠る少年が、トゥーリアとうり二つの少年が、トゥーリアが男装した姿そのものの少年がそこに眠っていた。少年の頬はひどくやつれていた。それでも少年はまだ生きている。生きてくれている。
「あーさー、アーサー」
涙がこぼれ落ちる。
嵐が去った後、いつもこうして確認する。
弟が、最愛の弟が生きてくれていることを確認せずにはいられない。
「おねえちゃん、きょうもがんばったよ」
震える腕でベッドにしがみつき、眠る弟の頬を擦る。掌からは弟のぬくもりが伝わってくる。以前は弟もトゥーリアの頬を擦ってくれた。
「……私のせいでごめんなさい、姉上」
弟はいつもそう言った。弟が跡継ぎと決まる少し前から、トゥーリアが影として生きることが決まったときから、弟はいつも泣きながら謝った。気にすることなどなにもないというのに。弟はいつも申し訳なさそうだった。それが不謹慎だったけれど、おかしかった。
「……アーサーはなにも気にしなくていいんだよ」
アーサーが謝るたびにトゥーリアはアーサーをそっと抱きしめた。アーサーはトゥーリアに抱きしめられながら、トゥーリアの胸に顔を埋めて泣いていた。
「王様になるのに、そんな泣き虫さんだとダメだよ? 王様はね。決して人前で泣いちゃいけないんだから。王様が泣いていいのは、ひとりのときだけなんだからね」
泣きじゃくるアーサーの頭を撫でながらトゥーリアが口にするのは、いつも決まってその一言だった。
アーサーは「ごめんなさい」と何度も何度も謝っていた。
そんなアーサーがトゥーリアは堪らなく愛おしかった。この子のためならなんだってできるし、なんだってしてみせる。それはいまも変わらない。決して変わることのないトゥーリアの想いだった。
「感動的なシーンだねぇ~」
パチパチと拍手の音が聞こえた。
慌てて振り返ると、嵐がそこにいた。
妖しく口元を歪め、仄暗い光を宿した赤い瞳をトゥーリアに向けた嵐が扉を背にして立っていた。
「ちょうど遊び足りないなぁ~と思っていたんだよねぇ。でも、普通にするのはつまらないからさぁ。でも、ちょうどいいことを思いついたよ~」
くすくすと笑いながら、トゥーリアに近づく嵐。トゥーリアは「ひぃ」と震えた声をあげた。その声に嵐は唇を舐め取った。
「大好きな弟くんの前で、トゥーリアちゃんをお姉ちゃんじゃなく「女」にするのってすごく楽しいと思わない?」
その一言は誰がどう聞いても頭がおかしいとしか言えないもの。悍ましさしか感じられないものだった。
「というわけでぇ~、いただきまーす」
嵐が手を伸ばしてくる。その手を払いのけることはトゥーリアにはできなかった。できるのはただ祈ることだけだった。
(おねがい、アーサー。私を、いまの私を見ないで。おねがい)
トゥーリアはアーサーから視線を逸らし、再び訪れた嵐に耐えた。耐えることしかトゥーリアには残されていなかった。
いつまで耐えればいいのか。ふと浮かんだ言葉に、「終わりなどあるわけがない」と自嘲しながら、トゥーリアは嵐に身を晒していった。
前回も言いましたけど、けっしてこれは私の趣味ではありません。いや、マジで←汗




