re2-34 どんなに悍ましくても
だいぶ胸くそ展開です。
「──ふぅ、疲れたな」
アルトリウスは自室に籠もりながら、ひとり静かに息を吐いた。
着慣れた男物の服の襟を緩めていく。
「……着慣れた、か」
ふ、と自嘲したくなる想いはあれど、それも致し方がないことである。
「……元から女として生きてきたわけではないからな」
そう、いまさらなことだった。
アルトリウス・フォン・アヴァンシア。
アヴァンシア英傑国の国王の名前。
国王は代々始祖王の名を受け継ぐのが慣例となっている。先代国王もまたアルトリウスを名乗っていた。その先代もまた。いまや名前というよりは称号に近いものとされているのが、アヴァンシアの王族にとっての認識だっだ。
その称号を受け継いだのが、当代のアルトリウスだった。
その齢は10。まだ子供とされる年齢だ。が、戴冠したのはいまから数年ほど前。年齢が一桁の頃のことだ。
そんな幼すぎる子供を戴冠させなければならないほどに、のっぴきならない状況に当時の王国はなっていた。あくまでも上層部の間だけではあるが。
「……こちらも外すか」
ショートカットの髪を上にずらす。すぽっと心地よい音とともに隠していた髪がふわりと広がっていく。ふと視線をずらせば姿見に映るのは、少年王とはとてもではないが言えない姿。男装をした髪の長い少女が、まだ幼い顔立ちが誰もが目を奪われるような美貌を持った少女がそこにはいた。
少女の名前は、トゥーリア。当代のアルトリウスとして戴冠した少年王の本当の名前だった。
「……やはり切った方がいいかな?」
姿見に映る自身の姿を見てトゥーリアがまず思ったのは、くせっ毛がひとつもないストレートのブロンドヘアーを切るかどうかということ。
定期的に切ってはいるのだが、あまりに切りすぎるとお付きのメイドたちや臣下たちが止めてしまうのだ。こんなものはいらないとトゥーリア自身言っているのだが、誰も耳を貸してはくれない。
誰もが口々に言うのだ。「そんなにも美しい髪を切るなんて」という一言。余計なお世話だとトゥーリアはいつも思う。
「……男として育てられたのだから、いまさらだと思うんだがな」
名前はトゥーリアと女性らしい名前だが、施されてきた教育は男としての振る舞いばかり。女性らしい振る舞いとして施されたものは、せいぜいメイクくらいだ。それも着飾るものではなく、女を隠すためのものとしてだ。
なんで少女であるトゥーリアが少年として振る舞っているのか。その理由は非常に単純なものだった。
「……影が王になるとはね。わからないものだよ」
そう、トゥーリアはもともと本来戴冠するはずだったアルトリウスの影武者だった。影武者として生きることを決定づけられた、本来のアルトリウス──アーサーの双子の姉だった。
双子であるがゆえに、変装をすれば見分けはつかなくなる。それは実父である先代王にも見分けられないほど。歳の離れた兄たちでは、ほぼ面識のない兄たちでは、トゥーリアが双子の弟であるアーサーと入れ替わっているなどと気づくわけもない。念には念をと認識阻害の魔法まで使っているのだ。トゥーリア自身が臣下と呼ぶ一部の者たち以外がトゥーリアの秘密を知ることはほとんどないだろう。一部の例外を除いて。
「……ふふふ、相変わらずおきれいですね、アルトリウス陛下」
不意に声が聞こえた。
同時に視界がぐるんと回転したが、頭を床にたたきつけることにはならなかった。頭が床に触れる前に後頭部と床が触れないように差し込まれた手がある。その手の感触はひどく悍ましい。いや、手の感触だけではない。目の前にいる人物自体が悍ましくて仕方がなかった。
「……三の姫君か。唐突に現れるのはやめていただけないかな?」
「あら、ごめんなさい。でも、普段は美少年として振る舞っている陛下の素の姿を、震えるほどの美少女としての姿を見せられたら、堪らなくなってしまいまして」
くすくすと笑うのは、真っ白な髪をした14、5歳くらいの少女。トゥーリアにとっては年上であるが、地位としてトゥーリアよりも下に位置している。その少女の名前はアリア。かの大国ルシフェニアの姫君のひとりにして最高幹部である「三姫将」の一角だ。そしてトゥーリアにとっては──。
「……どう堪らないのだ?」
「うん? 不思議なことを仰いますね、陛下。この体勢になれば私がこの先なにをするのかなんてわかっているでしょう? だってもう何度もしているのだからね」
アリアの口元が大きく歪んだ。赤い瞳には身が震えるほどの妖しい光が宿っている。
「……好きにすればいい」
「ええ、好きにさせてもらいますよ? だって陛下は、いいえ、トゥーリアちゃんは私の玩具だものね」
アリアの顔が近づいた。呼吸ができなくなる。口の中いっぱいに唾液と嬲るように這い回る舌の感触が広がっていく。
トゥーリアはまぶたをぎゅっと閉じて耐えようとした。が、そんなトゥーリアの想いをあざ笑うようにアリアの声が脳内で響く。
『目を閉じたら、大切な弟くんが大変なことになるけれどいいのかなぁ~?』
その一言にトゥリーアは閉じていたまぶたを開かされた。目の前にはとても楽しそうに妖しい光を灯した目で見下ろすアリアがいる。トゥーリアは目を鋭く細めてアリアを睨み付ける。トゥーリアにとって、現状でできる精一杯の抵抗だった。だが、その抵抗を以てしてもアリアを止めることはできない。
「あは。いいよ、かわいいなぁ。もう何度もかわいがってあげているのに、気丈さを失わないその姿が堪らなくかわいいんだよねぇ。身も心も屈服させて、私のことを「旦那様」って呼ばせたいなぁ~。あ、でも「いつもの」も聞きたいなぁ。ねぇ、いつもみたいに言ってよ、トゥーリアちゃん?」
アリアは笑っている。「ゲスが」と呟くもアリアは気にした風ではない。むしろ、より一層にアリアは興奮しているようだった。手拍子を叩いてトゥーリアを促していく。
「ほらぁ、はーやーく。はーやーく。はーやーくしないとぉ~、わかっているよねぇ~?」
猫撫で声というのはこういうことを言うのだろうな、とトゥーリアは心の底から思った。唾棄すべき相手。それでも、それでもやらねばならなかった。
(……アーサー。あなたが無事なら私はなんでもできる。だから、だからアーサー。私のこんな姿は見ないで、お願い)
トゥーリアは視線を部屋の隅にある扉へと、トゥーリアの自室内を経由しないと入れない部屋の入り口を見やりながら、目尻から涙をこぼれ落とした。その涙をアリアは舌でゆっくりと舐め取っていく。気持ち悪い。心の底から思いながらも、トゥーリアは「いつものように」告げた。
「……私トゥーリアはあなたの玩具、です。あなたにかわいがってもらえるのが、トゥーリアの幸せ、ですっ。だから、お願いします。トゥーリアを今日もいっぱい、いっぱいっ、かわいがってください、ご主人、様ぁっ!」
泣きながらトゥーリアは叫んだ。気持ち悪さと情けなさ、そして最愛の弟への想い。それらの葛藤がトゥーリアに涙を流させた。そんなトゥーリアを前にアリアはとても上機嫌のようだった。
「へぇ、そっか、そっかそっかぁ~。トゥーリアちゃんはそんなにもかわいがって欲しいんだねぇ~。うん、わかったよ。私はトゥーリアちゃんの大好きなご主人様だもの。ご主人様として玩具であるトゥーリアちゃんをたっぷりとかわいがってあげるねぇ~」
鼻歌交じりにアリアは言った。トゥーリアは泣きながら頷く。アリアの手がトゥーリアの服に触れる。布が引き裂かれる音を聞きながら、トゥーリアは視線を部屋の隅にある扉へ、昏倒し続ける弟アーサーがいる部屋を見やった。
(……絶対にあなたを取り戻してみせるからね。だからアーサーはなにも気にしなくていいからね。お姉ちゃんは強いから、絶対に負けないからね)
アリアの手が体に触れる。身の毛もよだつほどの悍ましさを感じながらトゥーリアは、アリアという嵐が過ぎ去るのをただ待った。視界の端に姿見に映る自分の姿を、光のない瞳をした自身の姿を他人事のように思いながら。
ちなみに私の趣味にはこういうのはありませんので、あしからず。いや、マジで←汗




